第429話 絵を描くって楽しい
カテリーナさんには、とんでもない才能があったようです。
(8月20日です。)
あれから、カテリーナさんは、孤児院には行かなくなっていた。シンシアちゃんはお友達と遊ばなくてはならないので、朝、フミさんと一緒に孤児院に向かうが、カテリーナさんには、家庭教師が来ている。タイタン大学の女学生で、どこかの男爵の2女らしい。可愛らしい子だが、眼鏡をかけているので、ちょっときつめの顔に見える。歳から言っても、カテリーナさんのお姉さん位の年だ。
カテリーナさんには、1日に2時間、書き方と算数を教えている。カテリーナさん、数の概念はできているようだ。幼いころから、固くなったパンを1つ貰うより、2つ貰うほうが嬉しかったからだ。
問題は、書き方だ。まず、文字を1文字ずつ書く。その時、その文字を声を出して読みながら描くのだ。『A』を書くときは、『えー、えー。』と声を出しながら、一文字ずつ書いていく。これはすぐにできた。しかし、問題はこれからだ。2つ以上の文字が続いて、言葉になっている。その発音と意味を理解しなければならない。リンゴの絵を見せて、リンゴのつづりを書かせる。最初は、アルファベット一文字ずつ声に出す。すべてのつづりを書き終わったら、『リンゴ』と発音させるのだ。
次に、文字は書かないが、『これはリンゴです。』、『これはペンです。』と発音させる。間違えると、ゆっくり聞かせてから、再度発音させる。
「こえは、いんごです。」
「だめ、これはりんごです。もう一回。」
「これは、いんごです。」
「り・ん・ご。」
「り・ん・ご。」
「そうできたじゃない。そう、リンゴよ。」
徐々にではあるが、はっきりした発音と書き方ができてきた。文字は、大きく不ぞろいだが、お手本をなぞるのに一生懸命なので、大きさを揃えるまで至らないのだ。
ある日の夕方、シンシアが孤児院から帰ってきた。今日、孤児院で習ったことや、遊んだことをカテリーナさんに一生懸命話しかける。カテリーナさんは、ニコニコしながら聞いていた。
「そう、それは楽しかったのね?」
「へ?」
カテリーナさんが、お母さんのような口をきいた。シンシアちゃんは、たまたま会話になっただけかも知れないと思い、そのまま話を続けた。次は、お友達と喧嘩をした話だ。一通り話すと、
「シンシア、どう思ったの。」
シンシアちゃんは、嬉しさで、胸が張り裂けそうだった。ママが普通になった。それから、たくさん会話をした。ほとんどは、シンシアちゃんが喋っているが、ちゃんと聞いて、短いけど、返事をしてくれる。いままで、ずっと我慢してきたことが現実にできるようになったのだ。話し続けながら、シンシアちゃんは涙が止まらなかった。
カテリーナさんとシンシアちゃんは、9月から、グレーテル市のタイタン屋敷に住むことになっている。カテリーナさんが、タマ美の絵画学部に特別聴講生として通学することになったからだ。
さすがに幼児の相手では、語学能力等の向上に限界があるので、シェルが家庭教師を雇うことにしたのだ。シンシアちゃんは、お屋敷の周りには小さな子がいないので、お友達を作るためにゲートを使ってタイタン市の孤児院に通うことになっている。今までは、フミさんといっしょだったのが、今度は、一人で行くことになる。でも、もともと小学1年生以上の能力を持っているので、きっと迷わないで行けるだろう。
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カテリーナさんは、今の生活に満足していた。言葉は良く知らないが、いつも綺麗な体と、綺麗な服、おいしい食事、掃除だってたまにしかしなくていいみたい。こんな生活、夢のようだ。
ここに来る前は、とにかく怖くて痛くて、悲しくてひもじくて、でも、1日に必ず1度以上の食事を貰えたから、それなりに嬉しかった。前の孤児院では、あれは、きっと孤児院だと思うけど、いくら掃除をしても食事をくれない日があった。あれに比べれば、段々暮らしは良くなっていった気がする。
でも、町の大きな建物の掃除をしているときは、あんなに大きい建物の中で一人で寝るのはとても怖かったわ。朝の小さなパン1個とお昼のご飯はおいしかったけど、夜は寒いし、怖いし、いつ頃だったろう。大きなお城に連れていかれたの。体の大きなおじさんが、裸の私の上に乗って、無理やり何かを股の間に入れてきたわ。とても痛かったけど、そんなときなんて言えばいいか分からなかったから、思いっきり泣いたの。そしたら頬をぶたれたの。口の中が血だらけになってしまったので、必死に泣くのをこらえたわ。
終わって、男の人が帰っていったら、女の人たちがベッドに来て、私を小さな部屋に連れて行ったの。窓もない、薄暗い部屋だったけど、天窓からの月の光で、なれれば結構いろいろ見えてきたわ。
その男の人は、定期的に来て、私を裸にして乗ってくるの。その頃には、もう痛くなくなっていたけど、あまり奥まで入れられると、ちょっと痛かった。あれって、いったい、なんだろう。誰でもするんだろうか。
あの時、私はうんと小さかったから、よくわからなかったけど、黒い服を着た女の人たちが、私をお風呂に入れると、あの男の人のいる部屋に連れていかれたの。男の人は、最初から裸で、足の間からお肉の棒が伸びていたわ。あれを私の足の間にいれてくるの。
しばらくしたら、ゲーゲー吐き始めて、そうしたら、あの男の人は来なくなったわ。どれくらいたったのか分からないけど、おなかが膨れてきて、ある日、とても痛くなったの。それでシンシアちゃんが産まれた。とても痛かった、あの男の人と寝るときよりもずっと痛かった。でも、シンシアちゃんを見たら、痛いのが飛んで行ったわ。とても可愛らしい。あの頃『可愛い』という言葉は知らなかったけど、ものすごくいい気持ちだった。ずっとシンシアちゃんを見ていたかったけど、すぐにどこかに連れていかれたの。
あとは、ずっと一人だった。たまにシンシアちゃんが来たけど、1時間位でどこかへ連れていかれたの。私は、部屋の外に出ると女の人にぶたれるので、じっと我慢していたの。
『シンシア』という名前だって、ここに来て、シルフさんに首に何かを巻いて貰って初めて知ったの。『シンシア』、なんて可愛らしい名前なの。私の名前は、知らない。皆が私のことを、なんて呼んでいたのか分からない。聞こえなかったから。でも、顔つきから、あまり、いい名前ではない呼び方をされていたような気がする。
今、私は『カテリーナさん』って呼ばれている。『さん』は、名前ではないんですって。でも、ここの黒い服を着た女の人たち、『メイド』と言うらしいのだけれど、ごはんを作ったり掃除をするのがお仕事なんだって。私もメイドだったのかも知れない。ずっと掃除をしていたんだもん。
今は、毎日、ご本を読むの、分からないところは、家庭教師のメリイさんに聞くんだけど、とにかく声に出して読むのが大切らしいわ。最近は、絵の付いていないご本を読まされて面白くないけど、シルフさんが言うには、もう頭の中の方は大丈夫だって。うん、前は、靄がかかっていたようになっていたし、大切なことも3日もすると忘れてしまったのに、今はいつまでも覚えているの。昔のこともいろいろ思い出したわ。
そういえば、あのお城の意地悪な人たちはみんないなくなってしまったらしいわ。どこに行ったのかしら。王都に行くと、また虐められるのかしら。でも、行けと言われたのだから、行かないといけないらしいの。なんか、怖いわ。この前、王都に行ったときも、怖い猫のおじさんがいたし。
でも、あそこで思いっきり絵が描けるらしいの。だから、楽しみでもあるわ。あ、そういえば、最近、絵の具を使って絵を描くの。いろんな色を混ぜると、不思議。思っていなかったような色が作れちゃう。これから絵の具を使う練習をするんだって。
今は、水で混ぜたり筆を洗っているけど、匂いのする油で絵の具を混ぜるんだって。どんな感じなんだろう。それに、油を使うときは、紙には書かないの。布に書くんですって。家庭教師のメリイさんが言っていたわ。
あの、美術館で見たような絵が描けたらいいな。そうしたら、私、お花を一杯描くわ。お花畑の中を歩いているシンシアちゃんを描くの。真っ青な空と真っ白な雲、あ、曇って白くなんかないの。いろんな色が混じっているの。不思議。夕方は赤くなるし。あ、あの夕方の朱い雲を描いてみたいな。どんな絵の具を混ぜたら、あんなに美しい色が出るのかしら。
カテリーナさんは、グレーテル市の屋敷から、王都の美術大学に通い、絵の勉強をするとともに、家庭教師に来てもらって、高校卒業程度の勉強を教えてもらうことにした。勿論、睡眠学習も併用して早期に習得させる予定だ。来年、4月には、タマリンゴ美術大学絵画学部に入学させる予定らしい。
シンシアちゃんも、1年早いが、来年は、グレーテル市立小学校に入学させる予定だ。学力認定検査があるらしいが、メリイさんの話では、小学校高学年レベルはあるらしい。シンシアちゃんの趣味は本を読むことらしい。カテリーナさんが、声を出して本を読んでいるとき、難しい単語が出てくるとシンシアちゃんが教えている。とても5歳児とは思えない。きっと、物心ついた時から、カテリーナさんを守るのは自分だけだと思い、一生懸命努力したのだろう。孤児院のお友達と別れるのはつらそうだったが、小学1年生になったら、友達だって100人位すぐできるだろう。
屋敷から小学校は、少し遠いが、毎日、執事かメイドが送り迎えすれば大丈夫だと思う。前のキティちゃんの例もあるので、馬車での送り迎えは極力避けることにするが、雨の日や雪の日はしょうがないだろう。そんな時に馬車が働かなかったら、厩舎で買っている馬達と厩務員達は職を失ってしまう。
とにかく、カテリーナさんが、まだ年齢相当とはいかないが、かなり普通の女の子になってきて良かったと思っているゴロタだった。
ゴロタの周りには、才能の溢れる人ばかりが集まってきます。




