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第428話 カテリーナさん、頑張っています。

今回は、カテリーナさんのお話です。

(7月25日です。)

  カテリーナさんは、いま17歳だ。9月で18歳になるが、学校には行っていない。娘のシンシアとともに、フミさんの孤児院に通っている。孤児院は、聖ゼロス教会タイタン市孤児院と言う。本来なら、孤児院の運営費は、篤志家の寄付と教会の援助で賄うのであるが、この孤児院は全額、ゴロタが出している。親の無い子の他、母親が死んで、幼い子を抱えて困っている父親から預かったり、両親が働いていて子供を預ける所がない親から頼まれて預かっていたりしている。


  フミさんは、院長として働いているが、その他にゼロス教会のシスターが3人、臨時で雇っている女性が6人の計10人で子供たちの面倒を見ている。食事の準備だけは、近所の方たちが手伝ってくれているが、全部で60人近い子供達の面倒を見るのは大変だ。朝食が終わると、小学校に行く子達がいなくなるので、少し楽になるが、逆に年長者がいなくなって、言う事を聞かない子ばかりになるので、フミさん達の気の休まることはない。


  カテリーナさんは、去年の10月からゴロタ達とタイタン離宮に一緒に住み始めた。シルフの人口中耳の移植手術も上手く行き、聴覚神経も正常に機能しているようだ。まだ、上手くは喋れないが、人の言葉は理解できているようだ。ほぼ、毎日、シルフが脳に微弱電流を送って、欠損したシナプスの再建を行っている。再建と言っても、本当の再建ではなく、他のシナプスに代行させていると言う事だそうだ。正常な脳が何らかの外的要因で欠損したなら、ゴロタの『復元』で、何とかできるのだが、生まれた時からの欠損は、存在しなかった物を造ると言う事で、『復元』では無理なのだ。ゴロタのもう一つのスキル『錬成』は、もっと簡単な臓器ならば可能だが、脳は、複雑過ぎて『錬成』の対象外となっている。


  シルフの微弱電流で、シナプスの通り道を作った後、睡眠学習機を頭に付けて寝ている。その効果は、目覚ましいもので、最近は、オネショをしなくなった。また、フミさんとシンシアちゃんの二人に連れられて孤児院に行くのだが、今では、手を引かなくても一人できちんと歩いている。


  話す言葉もはっきりしてきた。以前は、『あ』や『え』などの母音が混じった喋り方だったが、今では、子音もきちんと発音できている。例えば。シンシアは『いんいあたん』としか言えなかったのが、最近はきちんと『シンシアちゃん』と言えている。会話も、単語の羅列だが、できるようになった。


  孤児院で、未就学児達とお勉強するのも、以前は、3歳児以下で、絵を描く以外は、まったく何もできなかったが、今では、小さな子供達の面倒をきちんと見ている。また、お絵描きになると、時間を忘れて書き続けていた。フミさんは、カテリーナさんのデッサン力にいつも感心させられていた。


  ただ、すぐに廊下や便所の掃除を始めるので、それは朝、掃除婦のおばさんがやるから大丈夫と言っても、なかなかやめようとしなかった。きっと、幼いころから、掃除をすることだけが、自分が生きていく道だと思い込んで、それだけをやり続けた習慣が抜けないのだろう。


  カテリーナさんは、17歳だが、パッと見た感じでは、15歳位だ。幼い感じが抜けないのだ。黙って街を歩いていると、若い男の子たちは、皆、振り向いてみているが、ゴロタ以外の男性が近づくと顔が引きつっている。まあ、いつもシンシアちゃんが一緒だから、声を掛けてくる男の子はいないのだが。


  今日は、午後から、孤児院の年長さん達を連れて、最近できた美術館に見学に行く。カテリーナさんとシンシアちゃんも一緒だ。美術館は、タイタン州の芸術家協会が、ゴロタに頼んで作ってもらったもので、完全空調完備の大理石造りの立派なものだった。


  展示している絵は、世界中からゴロタが集めたもので、玉石混合だった。入ってすぐのホールでは、新人芸術家の絵や彫刻が飾ってあり、奥の展示室には、太古の昔から国宝とされてきた絵や2~300年前の有名な画家の絵などが展示されている。


  皆は、美術館の職員の案内で、ぞろぞろと館内を見学していたが、ある絵の所にいったら、カテリーナさんは動かなくなった。その絵は、太古の画家が描いた油絵で、土手の上の道を歩く女性が、日傘をさしている美しい絵だった。これは、ゴロタが、中央フェニック帝国の皇居宝物殿から持ってきたもので、本来の価値は、幾ら位するのか分からないそうだ。


  カテリーナさんは、動こうとしない。シンシアちゃんが手を引いても、頑として動かないのだ。じっと見つめている。そのうち、涙を流し始めたが、それでもじっとしている。それを見ていたフミさんが、館員の方にお願いして、1冊の本を持ってきてもらった。画集である。この美術館収蔵の絵を印刷している。フルカラー印刷で、装丁も凝ったものだったので、1冊12万ギルもしたが、それをカテリーナさんに渡した。ようやく、絵から目を離したカテリーナさんは、本を捲って目を輝かせた。目の前の絵が、見開きページで印刷されている。


  カテリーナさんは、本物の絵を見、本の絵を見と忙しい。


  「さ、行きましょう。」


  カテリーナさんは、


  「きれい、この絵、きれい。本の絵、きれい。」


  と、喜んでいる。孤児院に戻っても、何もしないでじっと本を見ている。あの女の人の絵は、太古の画家クロード・モネの『日傘をさす女』だった。緻密に書かれているわけではないが、少し離れると、その女性が若く美しいことが分かる不思議な絵だった。


  孤児院のお絵かきセットを出してきた。カテリーナさん専用のものが置いてあった。ほかの子たちは、すぐに折ったり、巻いてある紙を破ったりしていたが、カテリーナさんは、12色のクレバスを大切に使っていた。画帳もきっちりと書いていて、絶対に裏面に書かなかった。最初は、裏面にも書いていたが、2枚重なると色が混じって汚くなることを知って、やらなくなったのだ。


  カテリーナさんは、本の絵を見ながら、デッサンを始めた。まず。水色のクレパスで土手のラインを横に引く。次に人物像だ。ほとんど丸と楕円だけで形をとった。次に凹凸をつけていく。ピンクで、細かな形を付けていった。フミさんがじっと見ていることにも気が付かず、夢中で描いていた。おおよその形ができたので、色を埋めていく。その頃には、もう元絵は見ていない。記憶と自分の感性だけで描いている。12色しかないのに、そこにはフルカラーの情景が描き出されていた。最後に、黒で陰影をつけて出来上がりだ。


  モネの『日傘をさす女』風だが、色遣いや細かなデッサンはオリジナルと言っても良いだろう。フミさんには、どちらの絵が素晴らしいか分からなかったが、奥行きの深さと、女性の憂いを含んだ表情は、カテリーナさんの書いた絵の方が良いような気がした。カテリーナさんは、書き終わったページを捲り、新しいページにまた絵を描き始めた。今度は、まったく元絵を見ていない。そのまま、クロッキーに入り、色を埋めていく。さっきの書き方とは少し違うようだが、出来上がりは、もっと明るい色調の『日傘をさす女』だった。


  カテリーナさんは、疲れてしまったのか立ち上がって水を1杯飲むとソファで眠ってしまった。フミさんは、置きっぱなしの画帳をそっと自分のバッグの中にいれた。


  夕方、タイタン離宮に戻ると、カテリーナさんの描いた絵をゴロタやシェルに見せた。ゴロタは、よくわからなかったが、上手い絵だと思った。しかし、シェルは違った。カテリーナの絵は只者ではない。才能の片鱗が見え隠れしている。


  「カテリーナ、あなた、誰かに絵を習ったの。」


  「カテリーナ、絵、好き。描きたい。」


  シェルは、翌日、カテリーナの絵を持って、グレーテル王国の王都に行った。勿論、カテリーナとシンシアも一緒だ。王都には、美術大学がある。ゴロタ帝国にも、セント・ゴロタ市にはあるが、大学改革が進んでいないので、腐れ教授が多く、才能もないのに教授の座にしがみついている者が多いのだ。それで、グレーテル王国の美術大学に行ってみたのだ。


  ジェンキン宰相の紹介を貰って、タマリンゴ美術大学、略してタマ美に行った。絵画学部の学部長にカテリーナの絵を見せるのだ。


  学部長室に行くと、イーゼルとキャンバスに囲まれた中にコッホ学部長はいた。驚いたことに、コッホ学部長は、猫人だった。かなり年配らしいが、猫人の年齢は、人間には見分けがつかない。シェルが要件を言うと、すぐにカテリーナさんが書いた絵を見せてくれと言う。カテリーナさんが、おずおずと画帳を差し出す。


  最初のページから、コッホ学部長は驚きの顔を見せている。しかし、シェル達、人間には猫人の表情は良く分からない。ページをめくっていく。カテリーナが孤児院のお絵かきの時間に書いたいたずら書きだが、孤児院の子供達をスケッチしたものや、シンシアを描いたクロッキー等が続く。時々、クレパスで彩色されているページがあるが、そのページを開くと、部屋全体が色づくようだった。そして、最後に昨日かいた『日傘をさす女』の模写のページになった。『日傘をさす女』シリーズは、4枚あった。最後は、色合いも、背景も全く違う。森の中を歩いているシンシアが日傘をさしている。シェルは、この絵が一番良い作品のような気がする。


  「君は、今まで誰に絵を習っていたのかね。」


  カテリーナさん、非常に怖がっている。相手が男性だと言う事の他に、猫人だということに恐怖を感じている。


  「大丈夫よ。カテリーナ、学部長先生は、とてもやさしいのよ。」


  シェルが、事情を説明する。カテリーナの障碍のことや、今まで絵を習ったことの無いことなど。それを聞いて、コッホ学部長は、じっとカテリーナを見ていた。おもむろに傍にあった30センチ四方のキャンバスをイーゼルにかけて、木炭をカテリーナに渡した。


  「さあ、このキャンバスに私の上半身を書いてみなさい。時間は、1時間位だ。」


  カテリーナは、震える手で、コッホ学部長から木炭を貰った。木炭を持つのは初めてだったが、クレパスの黒色のように思えた。じっとキャンバスとコッホ学部長を見る。コッホ学部長は、右斜めを向いている。突然、カテリーナは、人差し指を立てて、コッホ学部長と自分の目の間に立てた。じっと見つめている。それから、キャンバスに書き始めた。時々指を立てて、キャンバスとコッホ学部長を見る、30分位して、カテリーナは書き終わった。真っ白なキャンバスにコッホ学部長の上半身が書かれていた。薄く、背景の書棚まで書かれていた。


  シェルは、カテリーナの描いた絵を見て震えている。なんて素晴らしい絵だろう。絶対に白と黒しか使われていないはずなのに、そこには学部長室の深い紺色の雰囲気と、窓からさす青色の光が描かれていた。その中で、威厳とやさしさに満ちたコッホ学部長が、今にも話しかけるように佇んでいた。

カテリーナさん、超天才画家の片鱗が見えてきました。

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