第41話 ノエルの村 リンダバーク
今日、ノエルの村に着きます。でも、その前に、ノエルは初めて対人戦闘を経験します。13歳の女の子にとっては、かなり厳しい戦いです。でも、裂けてはいけない戦いです。
(4月24日)
キャッシュ市2日目の夜。
今日は、エーデル姫と一緒に寝る日だ。今までも、何回も寝ているが、テントの中では、さすがにいつものネグリジェを着ては寝れないので、上はアンダーウエア、下はパンツである。ご丁寧なことにブラジャーを器用に外して寝ている。
そんなエーデル姫と、今日は、ホテルで二人きりで寝ることになった。お風呂から上がった、エーデル姫は、いつものネグリジェ姿です。あ、持ってきたのですね。一応。
僕は、直ぐに部屋の明かりを消して、真っ暗な中、ベッドに潜り込んだ。エーデル姫は、ベッドの中で、モゾモゾしている。
僕は、ベッドの中で、上を向いて寝ている。突然、その上から、エーデル姫がお休みのキスをして来た。感触から、ネグリジェは、着ていないようだ。当然、生おっぱいが僕の胸に当たってくる。でも、僕は無視をして眠った。本当に、直ぐ眠った。エーデル姫は諦めたのか、横にずれて、足を絡ませながら、そしての片腕を胸に押し当てながら眠った。なにかモゾモゾしていたが、僕は、絶対に目を開けなかった。翌朝、エーデル姫は、朝シャワーを浴びていた。
旅は、続く。キャッシュ市からは、王国騎士団キャッシュ市駐屯部隊から、4名の騎士が警護に付く。彼ら専用の2頭立て馬車も随行する。野営道具などを搬送するためだ。
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(4月25日です。)
2泊目の夜、野宿をしている時に事件は起こった。
深夜、外が何か騒がしくなっている。イフちゃんが、テントの中に現れて、異変を知らせてきた。野盗である。敵は、30名以上だそうだ。僕も、気配で気がついた。全く脅威を感じない。今回は、ノエルが対処すると言って、僕の寝袋から出た。暗い中、上着とスカートを履く。女性陣で情報交換をしているみたいだ。
上着は、インナー用の防具をシャツの上に羽織っただけだ。身支度を整え、ワンドだけを持って外に出た。念のため、イフちゃんも護衛に付いてもらう。
戦闘は、未だ始まっていない。4人対30人では、いくら騎士と言っても、戦闘にならない。野盗のボスらしき者が、降伏を勧めている。降伏したところで、武器を捨てた段階で、男は虐殺、女は●●に決まっている。
ノエルが、前に出た。小さな声で詠唱しながら。
『お嬢ちゃん、下がって。』騎士の人が大声で叫んだ。しかし、もう遅い。まあ、遅いのは野盗にとってなのだが。ノエルは、ワンドを大きく頭上にかざした。
「ファイヤー・バーン」
野盗の頭上に大きな火球が生じた。辺りは、真昼のように明るい。ボスを始め、野盗の下卑た顔が良く見える。彼らは、何が起きたかと上を見る。それが最後だ。
ノエルは、ワンドを振り下ろした。
火球が割れた。野盗の頭上から、割れた火球の一つ一つが降って来た。確実に。ほぼ全員が即死だった。かろうじて躱した者も、大火傷は免れなかった。
ノエルは、ジト目で野盗だった物 (黒こげの炭)を見てから、テントに戻ってきた。騎士団の人達は、言葉が無かった。
テントに戻ったノエルは、無言で防具を脱ぎ、シャツとスカートを脱ぐ。僕の寝袋に入って来て、冷め切った身体で抱き付いてくる。肩が小刻みに震えていた。僕は、そっとノエルの肩を抱いた。皆は、黙って目を閉じていた。
朝、外に出てみると、騎士の人達が、野盗の死体を集めている。このまま放置すると、腐敗して酷い状況になるからだ。集め終わったら、枯れ木等を集めなければならない。半日仕事だ。下手をすると、もう一泊、野宿だ。僕は、『ベルの剣』を抜き、野盗だった物に剣を向けて、イフちゃんに話しかけた。
『イフちゃん、頼みます。』
『ベルの剣』から、『煉獄の炎』が迸る。きっと2000度以上の炎だ。骨さえ残らない。僕は、『ベルの剣』を納めてから朝食の準備を始めた。
準備中、騎士の一人が声をかけて来た。
「あのう、あなた達は一体?」
シェルさんが、ポーチの中から冒険者証を取り出して見せた。『B』ランクの冒険者証を見て、納得して戻っていった。これ以上詳しく説明すると面倒くさくなってしまう。
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(4月29日です。)
それから、野宿と村での宿泊を繰り返して、今日、ようやくノエルの村に着く予定だ。
ノエルは、今までの可愛らしい服ではなく、どこかで見たことのある服を着ていた。上は赤色のジャケットに水色のリボンを襟に巻いた白シャツ。緑のチェックのミニスカートである。ジャケットの胸ポケットには、何やらかっこいいワッペンが縫い付けてある。
聞けば、王立魔法学院中等部の制服らしい。そういえば、以前、魔法セミナーで、あのガキ大将の女友達も着ていたような気がする。ノエルは、両親に学校を辞めた事を言っていないそうだ。
夕方、村に着いた。村の名前は、リンダバーク。人口2000人位の小さな村だ。村の中央に位置する教会が、ノエルの実家だそうだ。
ノエルは、教会の方に走って行った。教会の前には、一人の女性が立っていた。長い黒髪の細身の身体で、白いロングワンピースを着ていた。腰のところには、赤くて長いリボンを結んでいた。右手には、白い杖を持っている。
ノエルが、その女性に抱き付く。泣いているようだ。教会から神父さんも出てきた。今度は、3人で抱き合っている。僕達は、暫く様子を見ていたが、気が付いたノエルが、涙を手で拭いながら僕達を呼び寄せて紹介してくれた。
父親は、ダンテさん。銀髪のイケメン神父で、身長もかなり高い。声がバリトンの、お説教が上手そうな声だった。
母親は、ワカコさん。東の海の向こうの国から、両親と共に来た人で、小柄だが凄く綺麗な人だ。ワカコさんは、ノエルが小さい時に目を怪我してしまい、今は全く見えないそうだ。ワカコさんは、薬草の知識を活かして治癒師をしている。
皆で、教会の裏の居住棟に行った。広いリビングで、それぞれに座るが、僕とノエルは、ダンテさん達の前に座る。僕は、顔が真っ赤になってしまっている。
「お父さん、お母さん。私、成人したら、このゴロタさんと結婚したいの。いいでしょ?」
凄い、ストレートだ。僕は、下を向いてしまった。吃驚する両親。
沈黙の時間が流れた。
沈黙を破ったのは、ダンテさんだった。
「ノエル、その前に言うことはないか。魔法学院の制服を着ているが、本当に学校に行っているのか?最近、王都に行った人がいて、お前が魔道具屋で働いているのを見たと言ってきたのだが、どういう事なんだ?」
ノエルの顔が、青ざめた。肩がワナワナと震えている。決心したように大きく深呼吸してから、語り始めた。
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(少し前の話です。)
ノエルが王立魔法学院に行くことになったのは、10歳で村の学校を卒業し、母親の手伝いをはじめてから、1年位経った頃である。
誰からも教わった訳でもないのに、いつの間にか、『ヒール』が使えるようになり、薬草の知識と『ヒール』で殆どの怪我や病気を治してしまった。隣村からも治癒をお願いしに来る人がいる位だった。
一昨年の夏、村長から、王立魔法学院の中等部を受けて見ないかと言われた。最初、ノエルは断った。母親のワカコさんの世話をしなければならないからと。しかし、本当は『行ってみたい。』というのが本心だった。
ダンテさんは、娘の気持ちを察し『自分達のことは心配するな。』と言って、試験を受けさせてくれた。試験は、2段階だった。10月の予備試験を、領都のキャッシュ市で受けた。この時は、両親も一緒に来てくれた。予備試験には何なく合格し、王都で本試験を受けたのは12歳になった去年の2月の事であった。
この時は、村で王都に行く用事のある人に連れられ、一人で受験した。初めての一人旅で、旅館で泣き続けたのを覚えている。
受験から合格発表までは、学院の寄宿舎に泊まった。食事も学院が用意してくれた。試験は、簡単な魔法理論と実技だった。魔法理論は、村の教会に置いてある本で勉強したので、問題無かったが、問題は実技だ。ノエルは、『ヒール』以外の魔法を知らなかった。
実技試験場には、大勢の受験生がいた。最初に、使う魔法種別毎に組み分けをされたが、聖魔法の組は無かった。どうやら、聖魔法は、聖職者としての修業を積まないと発現しないらしいのだ。
仕方がないので、一番多い火魔法の組に並んだ。他の人のやっているのを見ていれば、出来るかも知れないと思ったのだ。見ていると、殆どの受験者が、目を閉じて手を伸ばし、
「火の精霊よ、我が手に炎を顕現せよ。」
と言っている。そうすると、ポッと手の先に炎が出て来るのだ。それだけだ。中には、何回やっても出来ない子がいる。きっと、調子が悪いのだろう。簡単そうだ、と思った。
ノエルの番だ。所定場所に立った。
目を閉じて、手を前方に伸ばし、炎が自分の手から燃え上がるのをイメージした。手の先が、暖かくなってきた。呪文を詠唱した。
「火の精霊よ、我が手に炎を顕現せよ。」
ゴーッと言う轟音と共に、5m以上の火柱が立った。そばにいた受験生の何人かが火傷してしまった。あわてて、立会い教師がヒールを掛けている。ノエルは、次に風魔法を受けさせられた。他の人がやっているのを見て、同じようになるようにイメージした。
「風の精霊よ、我が前に嵐を顕現せよ。」
試験場につむじ風が舞い上がり、やはり何人かが吹き飛ばされた。ノエルの試験は終わった。当然、合格であった。
入学して、ノエルは『S』クラスに組分けされた。授業は、楽しかった。特に、色々な魔法を目にするのが楽しく、あんな事がしたい、こんな事ができたと毎日が新鮮だった。しかし、学業以外の問題があった。
ノエルの実家は貧しかった。教会は、福祉事業と、学校へ来れない子達への教材や昼食を出すので精一杯で、必要な経費は教会から父親に支給される生活費からの持ち出しだった。
ワカコさんの治癒の仕事もボランティアのようなものだった。ノエルの着るものは、村の子たちが着古した服を寄進された中から、だれも着ないような一番古い物を選んで着ていた。ノエルが、治癒の仕事を手伝うようになっても、寄進が増えることはなかった。村も貧しかったのだ。たまに隣村から治癒に来た人から現金を貰うことがあったが、教会の補修や、僧服の購入等の借金ですぐに消えてしまった。
学院に来てからも、ノエルは、他の子のように、休日に遊びに行くことはなかった。着る物も学院から支給される制服以外は、実家から持って来た粗末な物ばかりだった。ワンドだって、実家の近くのトネリコの枝を自分で削った物を使用していた。
それでも、学べることに喜びを感じ、早く一人前になりたかった。両親を楽にさせてやりたい。できればワカコさんの目を、王都の治癒院で見せてやりたい。そのためには、どんなことでも我慢できると思っていた。
学院に入校して2カ月が過ぎた6月の初めの頃だった。
学院の食堂で給食を食べていたら、太った男の子がからかって来た。この子は、同じクラスのガッシュと言う子で、特別な才能を持っているそうだ。ノエルと違うのは、貴族の子で、初等部から上がって来た子だというところだった。
「ちびのノエル、また給食だけか。だから、いつまでも小さいんだよ。」
確かに、ノエルは他の子よりも小さかったが、それは母親似だったからだ。
「給食は、関係ないわ。お母さんも小さかったからよ。」
「お前のお母さんは、ワジンだろ。4大精霊様を信じてないんだろう。」
「違うわ。今は、教会で仕事をしているのよ。」
「異教徒の娘が、この学校で勉強なんかするんじゃない。ワジンの子。」
自分の事なら何を言われても我慢できる。しかし、母の悪口は許せなかった。小さい頃から、差別される母を見てきた。父と結婚する時も、父の実家からは反対されたらしい。
ガッシュには、手製のワンドでも馬鹿にされた。いつも同じ制服を着ている事でも馬鹿にされている。でも、そんなことは気にならない。家が貧乏なことは本当のことだし、恥ずかしい事なんか何もないからだ。
ノエルが、服装や貧乏な事で悪口を言われても平気なのを見て、最近は、母さんの悪口を言い始めた。母さんがワジンであることは、担任の先生にしか言っていない。
でも、今では皆んなが知っている。ノエルの黒い髪と黒い瞳は、王国では珍しいから、仕方がないと思った。でも、『ワジンの子』と馬鹿にされるのは許せなかった。なぜ、ワジンがバカにされなければならないの。母さんは、ちっとも悪く無いのに。心の中で、何かが弾けた。
意識せずに、身体が炎に包まれた。魔法の暴走と言うらしい。もう、どうでも良くなった。ガッシュを睨んだら、目から炎が放たれ、ガッシュが燃え上がった。
大火傷をする寸前に、そばにいた教師が『シールド』で防御したので、ガッシュは軽い火傷と、髪と制服を燃やしただけで済んだ。炎に包まれたガッシュを見て、ノエルの体内の魔力は力を失った。
ノエルのお母さんは、ワカコさんと言います。和歌子か若子か、どちらも好きですが、ワカコが一番かな。