第421話 ミキさんは、セミプロです。
最近は、戦闘シーンがありません。というか、いろいろ敵が出てきても戦闘が長続きしないのです。
(4月23日です。)
今日は、シェルの誕生日なので、全員が、タイタン離宮の大広間に集まっている。ミキさんも、レオナちゃんを連れて来ている。レオナちゃんの面倒は、専門の婆やが見てくれているので、手間がかからないが、それでも『ママ、ママ』とミキさんにくっ付いてきてしまう。
それをじっと見ていたリサちゃんが、レオナちゃんの前に立ちはだかる。
「レオナちゃん、ママ、ここにいる。リサ、ママ、いないの。」
ここに来て、皆と一緒に暮らし、クレスタ、カテリーナさんを見ているうちに自分にはママがいないと言う事が分かったらしい。
リサちゃんは、ママのことを考えるとなぜか胸がモヤモヤしてくるのだ。魔狼のリトは、リサを育ててくれたが、自分のママではないことは分かっている。
マリアちゃんは、いつもクレスタに抱かれているし、シンシアちゃんだって、変な言葉しか喋れないけど、カテリーナさんと一緒だ。特に、カテリーナさんに抱っこされているシンシアちゃんを見ると、自分も抱っこされてみたくなるのに、シンシアちゃんが怒って泣くので、いつもあきらめている。
そういうときは、キティちゃんやドミノちゃんが抱っこしてくれたのに、もうドミノちゃんはいないし。
それで寂しさを感じているときに、ミキさんが来たのだ。レオナちゃんは、頭に変な耳がついているし、尻尾もあるけど、リサちゃんがミキさんの傍に行っても怒ったりしない良い子だ。
ミキさんは、リサちゃんのことを差別せずに、レオナちゃんと同じように可愛がってくれる。
「リサ、抱っこ。」
そういうと、必ず抱っこしてくれる。ずっと抱っこしていても、レオナちゃんは、ニコニコみているだけだ。シンシアちゃんの場合と大違いだ。
獣人特にライオン族は、子供に冷淡で、小さいうちから平気で狩りに行かせたりする。それで怪我をしたり、死んだら、そんな運命の子だったとすぐに次の子を作り始めるのだ。子供に愛着がないというか冷淡なのだ。
レオナちゃんは、乳離れしてすぐにミキさんと離され、乳母とメイドに囲まれて育っていた。母親には、週に1度、金曜日の夜に会うだけだったのだ。ミキさんが獣人だったら、そんなことはなかったろうが、かつての旧帝国では人間族は、奴隷の対象でしかなかったのだから仕方がない。
ミキさんは、右手でレオナちゃん、左手でリサちゃんを抱っこしている。まあ、歩き回るわけではないので、大丈夫なのだが、今日のパーティのために帰ってきているドミノちゃんが、リサちゃんを抱っこしようとすると、ミキさんの首に腕を回して、離れようとしない。
「リサ、抱っこがいい。ドミノちゃん、嫌。」
うん、完全に甘えん坊モードだ。魔狼のリトが、困ったような顔をしている。うん、そんな気がする。シェルがそれを見ていて、
「じゃあ、レオナちゃん、シェルのところにおいで。」
「うん、シェルおばちゃん、抱っこ。」
『おばちゃん』の言葉に反応して、シェルのこめかみがピクピクしている。レオナちゃんは、素直でとても良い子だ。ママと一緒に暮らせるだけで、今までのオネショの癖がぴたりと止まったらしい。
シェルの誕生パーティは賑やかに、かつ楽しく進んでいる。カテリーナさんも、手で掴んで食べたりしないし、リサちゃんも犬食いはやめている。でも、時々、手づかみになるのは、これくらいの小さい子ではしょうがない。
カテリーナさんは、まだ上手くしゃべれないが、人口中耳の組み込み手術が上手くいったみたいで、言う事はかなりわかるようになって来ている。しかし、シルフの話では、言語中枢のある左脳の前頭葉に軽度の変形が見られるようだ。考えているイメージが、上手く言語に結びつかないらしい。例の翻訳機のグレードアップ版なら、イメージを言葉にできるが、脳の発達のためにも、なるべく使わないで喋る訓練をしている。
「シーシア。リーたん、なかよ。ウーン。」
言いたいことは、大体わかる。『シンシアちゃん、リサちゃんと仲良くしなければダメよ。』と言いたいのだろう。さすが、母親である。カテリーナさんは、最近、ニコニコ笑顔でいることが多い。ここでは、虐める人もいないし、皆、自分たちのことを大事にしてくれるから、何も心配がないのだ。
カテリーナさんは、リハビリを兼ねて、シンシアちゃんを連れて、フミさんの孤児院で働いている。と言うか、遊んでいる。フミさんの話では、もう、すっかり大人の行動をとることが多いそうだ。トイレに行ってきた子の、手を洗ってあげたり、洋服が乱れている子を、きちんと治してあげたりとかだ。きっと、ちゃんとした母親になってくれるだろう。
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ミキさんは、グレーテル王立音楽学院大学部に特進した。高等部声楽科の非常勤講師もしている。専任教授が休みの時に、代理で授業を行うのだ。僅かではあるが、お給料も貰える。ピアノ科の生徒には敵わないが、ピアノもかなり上手に弾けるようになっている。最近は、作曲の勉強も始めているようだ。
毎週、土曜日の午後、ミキさんは、王都の繁華街にあるカフェで歌っている。学院では、高校生以下の生徒のアルバイトを禁じているが、ミキさんは例外だった。まあ、年齢的にも大学生と同等だったからだが。今は、自由に演奏活動をすることができる。ミキさんは、すでに王都のプロダクションと専属契約を結んでおり、土曜日の午後はアルバイトというか、本業で稼いでいる。
ミキさんのマネージャーは、ドエス企画のガルボさんと言う女性で、30歳位だろうか。ミキさんが、学校行事以外で演奏するときには、必ず同伴している。何でも、歌った曲数とお客さんの数により、出演料の割り増しをするそうだ。
ミキさんは、ワンステージ幾ら貰えるのか良く分からなかったが、かなりの金額らしいことは、ガルボさんが、演奏が終わるといつもニコニコしているので、なんとなく分かるのだ。
ミキさんは、ピアノを弾きながら、歌うのだが、シルフさんが開発したスタンドマイクとアンプがセッティングされており、会場内が少し位騒がしくても、ミキさんの歌声が聞こえないと言う事はない。
このところ、ミキさんの噂が王都で広まっており、いつも超満員だ。ドエス企画のスタッフの方たちが来て、ミキさんのレコードや写真集を販売している。レコードは、10曲入り1枚で3000ギル、写真集は、1冊5000ギルだ。レコードプレーヤーの最新型も売っているが、これはプロダクションではなく、ドエス商事の方達だ。いつも、売り上げが好調らしい。
ミキさんのステージは、チケット取れないランキングのダントツ1位らしい。3か月前から1か月分のチケット、つまり4回分のチケットを売るのだが、カフェの席数が120席分しかないため、いつも、販売開始前には長蛇の列ができているそうだ。それでも、いつも最前列の席に座っているファンの方々がいる。チケットが入りづらいのに、どんなに苦労をして、毎回チケットを購入しているのか申し訳なく思ってしまう。
ミキさんのステージ衣装は、特に変わったところはない普段着だ。変に、キラキラした衣装は、どうも好きになれないのだ。
勿論、『TIT48』のステージ衣装を1人で着る勇気はないので、普通のブラウスに、普通のミニスカートで演奏している。
一応、『TIT48』のメンバーとして在籍しているが、このようなソロ活動が多いのは仕方がない。本当に申し訳なく思っている。
カフェのピアノは、最近作られた普及品だが、あまり気にしない。自分は、歌手であってピアノ演奏者ではないからだ。
しかし、伴奏の途中で弾く間奏部分で、なんとなく音に満足できない時がある。特に高音部を引いたときに、カツン、カツンと金属音がしたときは、『ああ、お屋敷にあるピアノだったら、こんな音はしないのに。』と思ってしまうのだ。
ミキさんは、2時間、歌とおしゃべりでお客さんを楽しませている。いつも、だいたい16曲位演奏する。残りの時間は、フェニック帝国時代に見たり聞いたりしたことや、最近のタイタン市の目覚ましい発展ぶりを話している。
学校の話もすることがある。作曲の話や、今、習っている曲の話をし始めると、あっという間に時間が過ぎてしまう。やはり音楽の話をしている時が一番楽しい。
ミキさんが歌うのは、主に昔のスタンダード曲だ。『木星の歌』や『古い柱時計』それに『雨の中で唄えば』などだ。1曲につき、ピアノ伴奏と歌詞を覚えるのに、3日ほどかかってしまうが、あとは楽譜などなくてもアドリブで弾けてしまう。ファンの皆さんには、ピアノの演奏を聴かせるのではなく、自分の歌声を聴かせるのだ。そういう気持ちになってから、演奏で緊張することはなくなった。
しかし、この前、ゴロタさんがお忍びで聴きに来た時には、何故か緊張してしまった。ゴロタさんとの禁断の一夜のことが思い出され、下半身が熱くなってしまったのだ。その時は、どんな風に歌ったかのかも分からないほど緊張してしまった。
あれ以来、ゴロタさんは一度も来てくれないが、演奏が気に食わなかったのだろうか。でも、自分は、お金を貰って、ここで歌っているのだ。いつだって、全力で歌いたい。お客さんに喜んでもらいたい。そう思いながら歌っているミキさん、19歳の春だった。
この調子では、ミキさんは大歌手となってしまいます。この世界では、結婚していても子供がいても関係ありません。そんな情報に目の色を変える芸能記者もいません。




