第419話 ジルは、注目の的です。
ジルちゃんは、大学へ入学します。
(4月10日です。)
今日は、ジルのタイタン学院大学部法学部法律科の入学式の日です。この学部そのものが去年設立されたものであり、学年定員は100名だった。そのうち、法律科が50名、行政司法科が50名だ。行政司法科は、行政庁に入省したり、許認可事務の補助を業務とする書士の子息が多い。
法律科は、裁判官、検察官及び弁護士になるための司法試験受験のための講義が殆どで、大学4年間で司法試験に合格しない場合には、その後法律学院という専門の学校に通って勉強することになる。法律学院の2年間で合格しなかった場合は、裁判所事務官、検察事務官或いは弁護士事務所の手伝いをしながら司法試験の勉強をする。検察事務官も20年以上勤務すると検事補として検事の仕事ができるし、裁判所事務官も30年以上勤務すれば判事補として小さな裁判所の裁判官を務めることができる。
もちろん、ジルちゃんは、大学在学中に司法試験に一発合格するつもりだ。1日6時間勉強して、1000日分、つまり8000時間相当の勉強をしないと司法試験には合格しないそうだ。部厚い六法全書という法律の条文だけが書いてある本のどこに何が書いてあり、その意味はどうなのかと言う事をすべて網羅していなければならないそうだ。
ジルちゃんは緊張した気持ちで、入学式に臨んだが、入学式が行われる講堂に入って驚いた。女子学生は、ジルちゃんだけだったのだ。
文学部や経済学部には、あと10人程、女子学生が入学する予定だが、貴族の娘や大商人の娘さん達は全員、入学式は欠席しているようだ。執事さんみたいな人が前列に座っているのは、代理出席なのだろう。
法学部法律科の女性はジルちゃん1人だけだった。それは、入学試験の時からわかっていたが、こうして男子学生に囲まれていると、少し恥ずかしい。
式典が進み、新入生代表の決意表明がある。首席のジルちゃんが代表として壇上に上がった。実は、昨日、教務課の課長に呼ばれて、決意表明文を渡され、これを読むようにと言われた。内容は、決意らしいことが書かれているが、ありふれた文章で、自分の気持ちが伝わらない。
課長に、『この文章でなければならないのでしょうか?』と聞いたら、本当は自由なのだが、昨年は、準備も何もしていなくて、ただ立っているだけになってしまったので、今年は、あらかじめ準備することにしたらしい。ほかに表明したいことがあれば、自由に発表して良いらしい。『それが、本学の本旨ですから。』と、眼鏡の奥の細い目が、微笑んでいた。
壇上に上がったジルちゃんは、準備してもらった紙も出さずに決意表明を始めた。
「桜の花が咲き誇っている、今日、この帝国タイタン学院大学部に入学することができ、感激もひとしおです。私たちは、成人と言っても、まだまだ幼く、広い大空に飛び立つには知識も経験も足りません。しかし、私たちは、大人の人たちに負けないものを持っています。それは、これから飛び立とうとする大空と、空を自由に飛び回ることのできる翼です。」
「先人は、私たちに大きな志しを持てと諭してくれました。これからの4年間、あっという間に過ぎて行ってしまうでしょう。しかし、私たちは誓います。4年後、この大学で学んで良かったと思えるだけの成果をだし、タイタン学院出身だと胸をはって言えるようになることを。」
「学長様をはじめ、教授様達の薫陶と溢れんばかりの知識の泉に触れ、素晴らしい大学生活を送るよう誓って、私達の決意表明とします。王国歴2029年4月10日、新入生代表法学部法律科1年ジルベリナ・ウオッカ。」
まったく原稿なしだった。学長をはじめ教授陣たちは、ジルの堂々とした態度に圧倒されていた、ジルが、ゴロタ皇帝陛下の婚約者だと言う事は、学長と一部学部長しか知らない。勿論、ほとんどの学生も知らなかった。しかし、ジルちゃんが、『TIT48』のメンバーであることは、皆、知っていたので、もっと可愛らしい式n辞を期待していたらしい。
入学式が終わると、今日は、もう何もやることがないらしい。皆は、学内でクラブ活動の勧誘を冷かしたり、市内の評判店に行ったりと自由行動だ。学生寮に入寮する者達は、寮の歓迎コンパがあるらしい。
女子学生は、極端に少ないので、寮というよりも下宿のようなところに入るらしいが、ほとんどの女子学生は、親と同居か、親から高級アパートを借りてもらって、メイドなどと一緒に住むことにしているらしい。
ジルは、まだ時間があったので、大学の図書館に寄ることにした。図書館の本は、持ち出し禁止の禁書以外は、自由に借りることができるらしい。借りるためには、学生証が必要だが、合格通知・入港案内と一緒に送られてきた。注意書きがあって、学生証の裏の白い部分に、自分の小指の血判を押すようにとのことだった。何か、魔法のようなものがかかっているみたいで、その白い部分に針で血が出ている小指を押し当てても、赤く光るだけで、血の跡が付かなかった。
その学生証が、図書館の入館許可証と貸し出し許可証を兼ねているようだった。ジルは、奥の方に並べられている法律関係の書棚を見て歩いた。
『法学概論』、『憲法講義』、『行政法の基礎と実務』、『刑法概論』、『民法概論』と超難しそうな名前の本の中に、『サルでもわかる法律基礎知識』と『初めての法律基礎』という本があった。手に取ってみてみると、大きな字とイラストが主体の本で、まだ授業を受けていないジルでもわかるようなことを細々と書いている。うん、絶対に役に立たないだろうと思って、書棚に戻した。
結局、きっと授業で使うであろうと思われる『法学講義総論編』という本を借りることにした。著者が、この大学の法学部長だったからである。貸し出し窓口で、手続きを取っていると、受付の司書の方から、法学部長室に行かれるように案内された。
何かなと思って、大学の本校舎の4階にある教授専用エリアに行ってみる。法学部長室は、すぐに分かった。大きな扉を開けて中に入ると、白髪の初老の男性が、大きなデスクの向こう側に座っていた。眼鏡越しにジルを見ると、
「おお、よく来たな。きっと来ると思っておった。」
と言われた。学部長は、ロウヤーという名前で、この前まで、グレーテル王国高等裁判所長官をしていたそうだ。と言う事は、50歳をはるかに越しているのは間違いないだろう。ロウヤー学部長は、ジルにソファに座るように指示をして、伝声管で、秘書にお茶を頼んでいた。
ジルは、図書館で借りた分厚い本を抱えて、緊張していたら、学部長が用件を切り出してきた。要件というのは、1年生の学年委員長をやって貰いたいとのことだった。
学年委員長の仕事は、学生たちの要望を聞いて、学校事務局に連絡してくれることと、学校祭や各種行事を執り行う事だった。高校時代の全校委員長と大して変わりはない。しかし、ジルは、常に副としてしか活動していなかったので、やっていけるかどうかの自身がなかった。しかし、学部長は、困った時は、学生課長や教務課長が助けてくれるので心配はいらないと言ってくれた。
しぶしぶ引き受けたジルちゃんは、歩いて離宮まで帰ることにした。両親とも、こちらに転居してきているが、あの結婚騒動以来、両親とは住む気がしないので、ずっと離宮に住んでいる。まあ、そのほうが、学費や生活費それにお小遣いまでシェルさんに貰えるので、助かるのだが。父の借金は、すでに完済している。ゴロタ帝国の司法長官の給与は破格らしい。近々、セント・ゴロタ市に転居することになっている。あちらの司法庁でゴロタ帝国全土の司法行政を見るらしい。父は本来は、法律の専門家のはずなのだが、男爵に叙爵されたころから、法律よりも省内の運営についての仕事ばかりになってしまったらしい。
ジルちゃんは、リュックサックに入っている図書館から借りた本の重さをかみしめながら、気持ちの良いタイタン市の夕暮れの道を歩いて行った。
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フェルマー王子とドミノちゃんは、グレーテル屋敷に個室を貰っている。フェルマー王子は、1階の部屋を、ドミノちゃんは2階の部屋だ。1階には、ミキさんとレオナちゃんで2室を使っている。そのうちの1室は防音室で、グランドピアノが置いてある。フェルマー王子は、1室を寝室兼音楽練習室として使っている。やはり、防音室にしてアップライトピアノが置いてある。このピアノは離宮別館の自分の部屋に置いてあるものを持ってきたのだ。
ドミノちゃんは、2階の防音室だ。2階なので、グランドピアノが入らないため、やはり、新しく買ったアップライトピアノを置いて貰っている。屋敷の大広間にもグランドピアノが置いてあるので、この屋敷内だけで4台のピアノがあるのだ。ピアノだけで、時価5000万ギル以上はする。
ノエルさんやビラさんも同じく2階の部屋を使っているが、この前までシズさんもいたらしい。ゴロタ帝国となってから、もうグレーテル王国騎士団に剣術を教えるのは無理なので、退官して、タイタン市の離宮にある本来の自分の部屋に住んでいる。
今は、ゴロタ帝国国防軍の国防大学武道担当教授兼国防軍大佐として働いている。新宮殿が完成するまでは、タイタン離宮から通勤するそうだ。
ドミノちゃんとフェルマー王子は、必ず一緒に登下校する。どちらかが遅いと、校門のところで待っているのだ。いつも、ドミノちゃんが待たされている。フェルマー王子は、クラス委員になったので、いろいろと用事があるのだ。そんな時は、ドミノちゃんは、大学のギター愛好会に行って、ギターを練習している。それで、時間になると、校門のところに行くのだが、その頃にはフェルマー王子が委員会を終えて、待っていることになる。
部活は、毎週、火曜日と木曜日だ。それに土曜日は自主練日だ。入学前、ここに来たのは、ちょうど土曜日だったので、先輩たちが練習していたらしい。そういえば、今日1日は、学校に休講届を出して、大学で部員募集に駆り出されてしまった。3m位の高さの台の上に立たされ、二人でギターデュエットをさせられたのだ。シェルさんが知ったら、絶対に怒るだろう。シェルさんは、『あなたたちの歌は、お金になるの。簡単に人前で歌ってはダメよ。』と注意されていたのだ。
ドミノちゃんは、白いクラシックギター、フェルマー王子は、20万ギル位のフォークギターを使っている。シェルさんから買ってもらった高級なギターは、屋外で使用したときには、必ずメンテナンスに出さなければならないので、最近製作されたレプリカの復旧品を使っているのだ。しかし、もっと良いギターを持っていることは、先輩達には内緒だ。先輩たちは、今、フェルマー王子が使っているギターを購入するために、ずっとアルバイトをしているらしいのだ。
演奏は、いつものスタンダードナンバーだ。シルフさんが作成したマイクとアンプセットを使っているので、校内中に歌声が響いている。演奏台の前は、黒山の人だかりだ。皆、二人の歌声に合わせて体を揺らしている。
あれ、後ろの方にクラスメイト達がいて、やはり身体を揺らしていた。
アイドルグループで、成績優秀って狡いです。




