第418話 フェル&ドミノ
フェルマー王子達は、無事に中学生が務まるでしょうか?
(4月8日です。)
今日は、フェルマー王子達は、学校のクラブ活動の日だ。中等部の生徒は、週に2回以上のクラブ活動が義務化されている。帰宅部は許されない。
フェルマー王子とドミノちゃんは、例の大学のお兄さんたちがギターを演奏していた部室を訪ねた。校舎が違うので、迷ってしまったが、かすかに聞こえるギターの音の方に行ってみると、目的の部室というか、クラブが練習している教室があった。
教室の中に入ると、男子学生が2人と女子大生が4人おしゃべりをしながらギターをポロンポロン弾いていた。真ん中のお兄さんと目があったのでフェルマー王子が申し込みのお願いをすることになった。
「すみません。この部に入りたいんですが?」
「え、君たち、小学生いや制服をきているから中学生か。この部は、高校生以上でなければ入れないんだよ。中学生は、あっちの校舎にある部活に入るのが原則だからね。」
あ、そうなんだ。ちょっとがっかりしたフェルマー王子とドミノちゃんは、教室から出ようとしたら、一人の女子学生から呼び止められた。
「ちょっと待って、あなたたち、最近売り出し中の『フェル&ドミノ』じゃない?ほら、昔のフォークソングを歌っている。」
「はい、そうですが。」
「なに、それ?この子達って有名人なの?」
「えーっ!知らないの。今、王都でブレイクしているジャリ・ユニットよ。あ、ごめん。部長、あなた、ラジオ聞いてないの?」
「俺んち、まだラジオ買ってないんだ。フーン、この子達が?よし、分かった。君たちの入部を認めよう。入部届に必要事項を書いてくれないかな。あ、申し遅れたけど、僕は、ここギター愛好会の部長のジャンというんだ。」
フェルマー王子とドミノちゃんは、必要事項を書いた。住所欄には、屋敷の所在地のみを書いて、ゴロタ帝国グレーテル領事館屋敷とは書かなかった。また、名前も、フェルマーとドミノとだけ書いて、フルネームは書かないでいた。全部書き終えると、内容が点検され、
「うん、これでいいよ。あと、担任の先生と保護者のサインが必要なんだ。君たち、親御さんと一緒に来ているの?」
フェルマー王子達は、両親ではないが、保護者として、ミキさん親子と一緒に暮らしているし、ノエルさんとビラさんも一緒に住んでいるが、ここはやはり、シェルさんのサインが必要だろう。
担任のリンダ先生からは、すぐ貰えると思うので、入部届を貰うことにした。しばらく、先輩達の演奏を見ていたが、さすがに部長はかなりうまく弾いている。でも、3人位は初心者のようで、指の抑え方や弦の弾き方がたどたどしい。
「君たちも何か弾いてみるかい。」
部長が声をかけてくれた。ドミノちゃんは白いクラシックギターを借り、フェルマー王子は、小ぶりのフォークギターを借りた。最近、レコーディングした『スカボロ市場に行くのなら』を歌ってみた。この前のコンサートでも演奏したので、楽譜を見なくても演奏できる。
フェルマー王子は、最近はピアノの練習よりもギターの練習の方が多いので、ソロパートも弾けるし、コードだけでアドリブを入れることもできるようになってきた。
この曲の間奏部分では、1弦の高音部から6弦の低音部まで、指のスライドとピッキングで調子を出しているので、かなりうまく弾けている気がした。ドミノちゃんのサイドギターのリズムも正確だ。これからドミノちゃんのソロパートだ。フェルマー王子は、歌の邪魔にならない程度にアドリブを入れていく。合唱部分に戻ってからば、ドミノちゃんが低音部、フェルマー王子が高音部を歌う。
再度、ソロパートになったが、今度はフェルマー王子の番だ。ハスキーで高音部は透き通るようなきれいな声だ。ドミノちゃんの伴奏も途絶えて、まったくのアカペラで歌い続けている。最後のサビの部分からは一緒に歌う。
♪スカボロ市場に行ったなら
♪昔の彼女に会っていくよ
♪パセリとセージ ローズマリーにタイム
♪必ず買って帰ってね
♪パセリとセージ ローズマリーとタイム
♪スカボロ市場に売っている
物悲しいフレーズとフェルマー君のスリーフィンガーがマッチして、聞いている者は自然と涙が出てしまう。教室の外は、黒山の人だかりだった。窓の外にも、大勢の人たちが教室から流れてくるフェル&ドミノの歌声に酔いしれていた。
演奏が終わったら、ものすごい拍手だった。ジャン部長は、泣いている。きっと涙腺が緩いんだろう。フェルマー王子とドミノちゃんは、ギター愛好会の正式部員となった。
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ドンシャリ君は、面白くなかった。ドミノちゃんと一緒のクラブに入ろうと誘ったら、もう入る部は決まっていると言われて断られてしまったのだ。ドンシャリ君が誘ったのは、レコード鑑賞部だ。薄暗い部屋で、昔のオーケストラ楽団の演奏を聴くのだ。ドミノちゃんと二人っきりでレコードを聴きたいなと思っていたのに、ちょっと目を離した隙にいなくなってしまった。あ、フェルもいない。あいつ、いつもドミノちゃんの傍にいやがって。俺がドミノちゃんが好きだって知っていて邪魔をしているのかな。パシリの癖に生意気だ。今度、気合を入れてやろう。
今日は、入学してから初めての実技授業だ。得意のピアノの基礎練習だ。ドンシャリ君は、超絶技法を見せてドミノちゃんの気を引こうとしたが、授業内容がハノンの繰り返し練習だった。
まったく非超絶技法なので、ドンシャリ君、途中でやる気がなくなってしまった。フェルマー王子は、汗をかきながら一生懸命、楽譜の通りに弾こうとしている。しかし、テンポが速く、鍵盤を正確に弾くだけで精いっぱいだった。そのため、途中、何度か間違えそうになるところがあった。
この学院の入学試験では、ピアノの課題曲は、比較的簡単だったので、何とか合格できたが、実際の授業となると、テクニックも中途半端なものではなく、フェルマー王子にはついていくのがやっとという感じだった。
音楽理論は音楽の歴史などの座学については、特に問題はないが、この授業のようにピアノの基礎が終わっていることを前提とした授業には、ついていくのがやっとという感じだ。
しかし、ピアノを始めてから5か月でこのレベルまで、弾けるようになっているのだ。これからも上手くなる可能性が大いにあると思っているフェルマー王子でした。
ドミノちゃんが弾く番だ。リンダ先生が、ドミノちゃんは、ハノンを引かなくても良いと言っていた。皆は、『えー、ずるい』と言っていたが、リンダ先生は、どこ吹く風、まったく気にしていない。ドミノちゃんに耳打ちをしている。ドミノちゃん、顔が真っ赤になっているが、おもむろに、教室の後ろの楽譜棚から、リストの練習曲集を持ち出してきた。
深呼吸をしてから、ドミノちゃんのピアノ演奏が始まった。リストの超絶技巧練習曲第5番、変ロ長調『鬼火』を引き始めた。
低音部から高音部まで音が走り抜けていく。かと思えば、左手での正確かつ繊細なタッチ、もう教室にはピアノの音しか聞こえない。いや、ピアノの音ばかりではない。鍵盤をたたく時のキータッチの音がわずかに聞こえてくる。
ドンシャリ君は、口をぽかんと開けてしまい、閉じるのを忘れてしまったようだ。この曲は、音楽コンクールの高校生の部以上でなければ、弾いても弾いても決して上達しない難攻不落の超絶技巧曲だ。演奏が終わると、フェルマー王子だけが拍手をしていた。皆もハッと気が付いたのか、拍手が増えていった。
リンダ先生が、説明した。
「皆さん、今お聞きになったのは、リストの超絶技巧練習曲第5番変ロ長調『鬼火』です。聞いたことがある方はきっと何人かいるものと思いますが、まさか中学1年生の子が弾けるなんて。さすが、昨年の優勝者だけのことはありますね。」
「先生、去年の優勝者は、ここにいるドンシャリ君のはずですが。」
何人かの生徒たちからはクレームが付いた。
「ああ、君たちは知らないでしょうが、ドミノ君は、去年、中学生の部に出場し、見事優勝したのです。あの大会始まって以来の最高得点を取った女の子も、ドミノ君だったのです。」
ドミノちゃんは、顔が真っ赤になっている。ピアノの椅子から降りると、皆にペコリとお辞儀をして、席に戻った。皆は、ドミノちゃんならハノン免除でもおかしくないと思ったそうだ。
放課後、ギター愛好会での練習が終わってから、2人で屋敷に帰ろうとしたら、ドン君が校門の外で待っていた。フェルマー王子は、『嫌だな。』と思ったが、もう逃げられない。
「よお、フェル。待ってたぜ。ちょっと話があるんだ。」
ドミノちゃんは、どんな用事かすぐに分かったが、フェル君なら心配ないと思い、
「じゃあ、フェル君。私、一人で帰るね。」
と言って、サッサと帰ってしまった。ドン君、それを見てニヤリと笑った。ドミノちゃんには先に帰って貰いたかったのだ。
ドン君は、フェルマー王子を校舎の裏、人気の無いところに誘った。フェルマー王子は、何も言わずに、相手の指示に従った。
ドン君は、辺りに誰もいないことを確認してから、
「おい、フェル。お前、どう言うつもりなんだよ。」
と言った。目つきや喋り方が、まるでカーマン王国で見たチンピラのようだった。
「え、何のこと。」
「とぼけんじゃあねえ。俺が、ドミノちゃんを狙っている事は知ってんだろうが!」
フェルマー王子は、黙っていた。今、何を言っても無駄だと思ったからだ。ドン君は、フェルマー王子が黙り込んでしまったのを、恐怖のあまり喋れなくなったのだろうと勝手に思っていた。
『ちょろい奴。』
そう思ったドン君、ここは一発、『グー』で殴っておくかと思い、じっとしているフェルマー君に、渾身の右パンチをお見舞いした。
グシャ!
パンチは、見事にフェルマー王子の左頬に命中した。しかし、フェルマー王子は、ピクリとも動かない。ダメージが全く無かったのだ。反対に、ドン君が、自分の右手を押さえて蹲ってしまった。
フェルマー王子は、そのままドン君を放っておいて屋敷に帰ってしまった。
次の日、フェルマー王子は、生徒指導室に呼ばれた。ドン君と喧嘩して相手に大怪我をさせた事についての聞き取り調査だった。フェルマー王子は、昨日のことを話したが、どうも相手の母親の言うことと矛盾しているそうだ。
結局、放課後、フェルマー王子の保護者と相手方と話し合うことになった。フェルマー王子は、仕方がないので、屋敷に戻ってからタイタン離宮のシェルさんに来て貰った。
事情を聞いたシェルさんは、ドミノちゃんからも事情を聞いて、納得したようだった。学校に2人で行ってみると、相手方の母親とドン君が既に来ていた。ドン君は、右手にグルグルと包帯を巻いている。湿布薬の匂いが凄かった。
ドン君のお母さんは、金縁メガネをかけたキツそうな女性だったが、シェルを見て、口をポカンと開けてしまった。超絶美少女のエルフが来るとは思わなかったのだ。
入学式の時も、シェルが誰か皆の注目の的になっていたのだが、どうやらゴロタ皇帝陛下の奥様らしいとの噂だった。その女性が、自分の目の前に座っている。と言うことは、このフェルマーという子は、ゴロタ皇帝陛下の縁者?
母親は、脇の下にグッショリと汗をかいていた。
「この度は、うちのフェルマー王子が、お宅様の坊っちゃまに大変な目に合わせ、誠に申し訳ありません。それで、坊っちゃまのお怪我の具合は如何ですの。」
え?王子?うちの?
母親は、もう何も言えなかった。言える訳がない。相手は、世界に君臨するゴロタ帝国の皇后陛下、此方は弱小グレーテル王国の子爵風情の妻だ。直答だって許されない立場だ。
シェルは、ドン君の右手に手を伸ばした。
「失礼。」
ドン君の手を取る。ドン君、顔が真っ赤だ。シェルは、構わずドン君の右手を両手で握る。両手が白く光り始めた。シェルの『治癒』スキルだ。
指導の先生も母親も、じっと光を見つめている。5分位経っただろうか。シェルが、静かに手を離す。
「もう大丈夫なはずよ。動かしてみて。」
ドン君、恐る恐る包帯だらけの右手を動かしてみる。ドン君の右手の複雑骨折は全快していた。
その後、ドン君は学校を辞めて、実家のある子爵領の中学に通うことになった。
ドミノちゃん、もう誰からも、馬鹿にされなくなりました。




