第417話 グレーテル王立音楽学院中等部
今日は、フェルマー王子とドミノちゃんの音楽学校入学の日です。
(4月6日です。)
今日は、グレーテル王立音楽学院中等部の入学式だ。フェルマー王子とドミノちゃんは、1年生らしい真新しい制服を着て、緊張しながら学校に初登校した。今日は、シェルさんとミキさんが保護者として参列してくれている。
音楽学院中等部は、初等部からの推薦入学組が20名と受験をして入学してくる30名の50名が新入生だ。そのうち、ドミノちゃんが専攻するピアノ科は20名だった。そのうち10名は推薦組だ。
フェルマー王子が専攻する声楽科は5名で、小学校からの推薦入学はない。理由は、声変りをする可能性があるためだ。あと、バイオリン科が15名、管楽器科が10名、打楽器科が5名だ。
ほとんどが女子生徒で、男子生徒はフェルマー王子を含めても6人しかいなかった。やはり、男子はスポーツや武道を専攻する子が多いみたいだ。
フェルマー王子は、騎士学院中等部に入るだけの運動能力とスキルを持っているのだが、やはり音楽に魅力を感じていた。それに、最大の理由はドミノちゃんがいたからだ。
学校へは、いつものように手をつないで行ったが、学校が近くなってからは、手を放して並んで歩くだけにした。入学初日から変な噂を立てられても嫌だったからだ。
入学式の時、シェルさんとミキさんは、全生徒と保護者の注目の的だった。シェルさんは、もうすぐ24歳だが、超絶美少女だったし、ミキさんは、マリア・クルス以来の天才歌手としてすでに王都中で話題になっていたからだ。
新入生の中では、やはりドミノちゃんが注目の的だった。魔人の子は、この王都では非常に珍しいからだ。しかもシェルさんほどではないが、新入生の中では飛びぬけて可愛らしい。フェルマー王子さえ、新制服姿のマリアちゃんを見たときは、眩しくて正視できなかったくらいだ。
フェルマー王子の隣に座った男の子が、フェルマー王子に囁いてきた。
「おい、あの魔人の子、見たか?スゲー可愛いじゃん。あの子、専攻は何かな。ピアノだったら、俺が超絶技法を指導してやるぜ。まあ、あっちの方の超絶技法もな。」
あっちの方の超絶技法が何なのか分からないフェルマー王子だったが、この男の子、あまり好きじゃない気がした。ドミノちゃんに手を出したり、泣かせたら2キロ位蹴り飛ばしてやると思ったが、黙っていることにした。
「俺、ドンシャリて言うんだ。小学校のピアノ科じゃ1番だったんだぜ。お前は?」
「僕は、フェルマーと言います。よろしく。」
「おお、フェルマー、よろしくな。フェルマーって長ったらしいから、『フェル』で良いな。俺のことは『ドン』って呼んでくれ。」
この子は、しらっとしてすごいことを平気で言う。自分のことを『ドン』と呼べとは、ずうずうしいが、別に逆らう気もないので、フェルマー王子は、素直に返事をした。
「うん、ドン君、よろしくね。」
「ちげえよ。『ドン』って呼ぶんだよ。君つけはいらねえからよ。」
喋り方が一気にぞんざいになってきた。校内ヒエラルキーで、自分の方が上だと確信したのだろう。よくあるパターンだ。フェルマー王子は、争う気もないし、ヒエラルキーで一番下だった時の経験もあるので、黙っていることにした。
入学式の来賓には、あのマリア・クルスさんと、ピアノの第一人者の方が来た。ピアノの第一人者の方は、名前を知らないが一度タイタン劇場で公演をしていただいたことをシェルさんやミキさんは知っていた。きっとドミノちゃんの良き指導者になってくれるだろう。
入学式が終わってから、教室に入り、指定された席に座る。各課程ごとに並んで座っている。フェルマー王子の両脇は、女生徒ばかりだった。声楽科では、男子生徒は入試に不利なのだ。それは、ちょうど編成期に試験が重なってしまうからだ。女子は、その点、変声期がないだけ有利だった。
声楽科の女子は、フェルマー王子が声楽科だったことに驚くととともに、ニコニコしていた。フェルマー王子は、今回の新入生男子の中でも飛びぬけた美少年だったからだ。
フェルマー王子は、気が気ではなかった。さっきのドン君が、ドミノちゃんの隣の席なのだ。さっきから、しきりにドミノちゃんに話しかけている。きっと、ピアノを教えてやるとか、どこに住んでいるとか他愛にないことを話しかけているのだろう。
先生が入ってきた。女性の大柄な先生だった。髪は漆黒の長髪で、鼻が高くとがっている。魔法使いのお婆さんのような顔をしていた。
「静かに、私が今日から皆様の担任になるリンダと申します。担当は、ピアノですが、このクラス全員の担任になるわけですから、よろしくお願いします。私のモットーは、秩序と静寂です。皆さんは、音楽に全力を傾けてください。そのため、音楽以外では、無駄なエネルギーを使わないように。よろしいですね。それでは、皆さん、まず自己紹介をお願いします。」
先生の指示で、自己紹介が始まった。1番右前から始まって、順に後ろに交代していく。ちょっとした騒ぎになったのは、あのドン君の番だった。
「ちーす、おれ、ドン。俺のことは呼び捨てに呼んでくれ。専攻のピアノは、5歳の時からやっているんだ。去年の王国音楽コンクールの小学生の部ではぶっちぎりで優勝したんだ。まあ、みんなも知っていると思うがな。」
女子生徒が、キャーキャー騒いでいる。どうやら小学生では人気者だったらしい。あれ、あいつ、そんなに悪い奴じゃないのかな。でも、王国のコンクールというと、ドミノちゃんが優勝したって聞いているんだけど。おかしいな?
その後は、順に紹介が終わり、ドミノちゃんの番だ。
「皆様、ご機嫌よう。私はドミノと申します。王都に来たのは、これで4回目なのですが、まだ、何もわかりません。よろしくお願いします。あ、専攻はピアノです。」
うん、簡単な挨拶だ。しかし、女子生徒の反応が今いちだ。やはり、魔人の子で、しかも超美少女と言う事で、距離を置かれているのかも知れない。でも、フェルマー王子は、そのほうが良いと思った。いつも他の女生徒と一緒だと、ドミノちゃんと話す機会が少なくなるからだ。
順番がグルっと回って、フェルマー王子は最後の方だ。右から順にピアノ科、バイオリン科、打楽器科、声楽科と座っていて、フェルマー王子は、最後から2番目だった。
「初めまして、僕はフェルマーです。」
「おう、よろしくなフェル。」
ドン君のからかいの声が入る。
「えー、僕は声楽科を専攻します。声変りの最中ですが、あまり声質に変化がなかったのか、試験に受かることができました。よろしくお願いします。」
フェルマー王子の挨拶の時、女子生徒は全員が、フェルマー王子を注目していた。前の方の女子など、完全に後ろ向きになっている。うん、この雰囲気、小学校の時と同じような気がする。と言う事は、後で男子に虐められるパターンだ。
すべての自己紹介が終わると、昼食だった。昼食は、給食だったが、パンと牛乳だけで、おかずは持参するのだ。フェルマー王子とドミノちゃんは、小さなお弁当箱を用意していた。中は、卵焼きとウインナーそれにリンゴだ。ドミノちゃんは、卵焼きとウインナーは同じだが、果物はオレンジにしてもらっている。1品位変えたほうが良いだろうというメイド長のダルビさんが気を利かしてくれた。
そういえば、ダルビさんは、ドミノちゃんと同じ魔人族で、ドミノちゃんが、グレーテル屋敷に住むことになって、ものすごく喜んでいた。
午後は、校内見学だ。音楽学院は、初等部、中等部が同じ校舎で、高等部と大学部が別校舎になっている。体育館や図書館、それに講堂は共用しているそうだ。音楽室は、10室もあった。集合教育用の大きな教室が2つ、それに少人数用の教室が8室だ。それと、練習室がたくさんあって、校舎の半分以上が音楽関係の施設のようだ。ピアノと打楽器以外の楽器は、それぞれ持ち込んでいるみたいで、特にバイオリンなどは値段がいくらするのか聞くのも恐ろしいほどの名器を平気で持ち込むお貴族様の子女も多かった。
声楽科は、わずか5人であり、声楽教室に行った際に、声楽担当の男の先生が待っていて、他の生徒と別れさせられた。ここで、それぞれに自己紹介代わりに歌ってもらいたいそうだ。
え、でも入学試験の時、この先生も立ち会っていたはずなのだが。先生は、ニヤニヤしながらピアノの前に座った。
他の女の子たちは、クラッシックのオペラから選んで歌っていたが、フェルマー王子だけは、昔のフォークソングの中から、『風に吹かれて』を歌った。先生が、曲を知らなかったので、伴奏なしのアカペラで歌ったが、先生をはじめ女生徒達は驚愕の目で見ていた。というか聞いていた。声変り中のかすれた高音部と、可愛らしい低音部のハーモニー、まさに天使の歌声だった。
歌い終わると、拍手が鳴りやまなかった。担当の先生、ニコルさんと言ったが、今度、高等部との合同合唱コンサートがあるので、それにぜひ参加してくれと言われた。1年生で参加するなど、今までなかった事らしいが、もちろん断る理由もなかったので、引き受けることにした。
ドミノちゃんは、ドン君の馴れ馴れしさに辟易していた。何かというと、傍にくっついてくるし、用もないのにずっと話しかけてくるのだ。さっきからピアノを教えてやると言ってきかない。自分は、もうベートーベンは終わっているだの、今まで優勝したコンクールの話ばかりだった。
他の女子生徒がドミノちゃんを見る目が怖かった。ドン君は、最後に、自分は子爵の3男だから困ったら何でも相談してくるようにと言っていた。子爵って、よく知らないが、モンド王国では、下位貴族としての扱いだったけど、この国では違うのかしらと考えてしまった。
もう、早く学校から帰りたくてしょうがないドミノちゃんだった。
どこにでも、ずうずうしくクラスのボスになりたい子はいるようです。




