第415話 ああ、失業保険はないですか?
ゴロタ帝国は、まだ旧体制を保っています。4月1日から新体制が稼働を始める予定です。
(3月31日です。)
ゴロタ帝国のワイマー宰相は、本日で完全に職を失うことになった。他の官吏を目指したが、公務員認定試験に合格することができずに、失職が決まったのだ。
公務員認定試験も、段階があり、ワイマー宰相が受験したのは、最上級公務員試験だ。宰相をはじめ、各省庁大臣、事務次官及び地方知事、大都市市長は、この試験に受からなければ、その職務を継続できないのだ。
問題は、カノッサダレス次期宰相候補が作成した。ヘンデル帝国で、上級認証官採用試験に出題された過去問のうち、正答率の低いもの、つまり難問だけを抽出して作られたものだ。まあ、現行の上級職を失職させるための問題といったほうがいいだろう。
カノッサダレスさんの目論見とおり、全員が不合格となった。最上級が落ちたからと言って、上級になれるものでもなく、また、来年、中途採用の試験を受けてもらうことにした。成績発表は、今年の1月にしたので、それからは残務整理と引越しの準備だ。退職金は、きちんと払うので、公邸に住んでいる者たちは、退職金で、自宅を購入してもらう。公邸も。3月一杯で出てもらうことになっている。後任者が入居しなければならないからだ。
後任者は、カノッサダレスさんがヘンデル帝国から引き抜いた者と、現公務員の中で、認定試験で一定以上の点数を取ったものの中から選抜した。最上級公務員は、約50名程必要だったのだ。閣僚と事務次官で20名、地方知事に10名、有力都市の市長に15名程必要だったし、そのほかの重職もいくつかあるので、50人は最低限の人数らしい。
今まで、ワイマー宰相以下、国家公務員の重職にあったものは、最低でも年2000万ギルの年俸だった。そのほかに、退職金が5年分、恩給も最終年俸の2分の1を毎年貰える制度になっていて、退職後も生活に困ることはない。また、公務員住宅も最低でも、都心の一等地に4LDKの庭付き一戸建てを格安の家賃で住んでいた。退職後10年間は、その家賃で住み続けることができ、その後も通常家賃で終身居住権ができるらしい。そればかりではない。共済組合があって、家賃が高くなった分の差額を補填するらしい。その原資は、一般公務員の拠出金と税金からの補填によるものだった。
その共済組合だが、通常は公務員の生活利便を図る目的で、いろいろな福利厚生制度を設けているはずなのだが、驚いたことに、主な仕事は事務所にいることらしい。全国の公務員から、住宅融資や医療保険請求が来ても、処理はパートの亜人にさせていて、自分たちは、作成された書類の決裁だけらしい。しかも、一括決済なので、朝、出勤してサインをいくつかすると、もう仕事は終わってしまう。それも係長から始まって、課長補佐、課長心得、課長、部付、部長代理、部長、総括部長、副局長、局長と決済だけは人数が多い。ほとんどの公務員は、採用後5年程度で係長になり、黙っていても部長級まではなれる制度だ。ただし、国立大学を卒業している場合に限られており、高校卒業程度では、課長補佐までしかなれない。
それで、皆、国立大学を目指して猛勉強するのだが、一旦公務員になってしまえば、もう昇進試験もなく、エスカレーター式に部長までなれるのだ。部長から先に行くには、まず、国立ゴルゴンゾーラ大学の法学部を卒業していなければならない。しかも特定の教授のゼミを受講して、人脈を作らなければならないのだ。〇〇研究会とか××を囲む会とか、そんな会の使い走りをして、顔と名前を上級官僚になっている先輩に覚えてもらうのだ。あとは、人脈だけで上に上り詰めていく。当然、ワイマー宰相にも、そのような後輩たちが100人位いるのだが、カノッサダレスさんによると、そのほとんどは、今回、試験の成績が悪いために免職となってしまうようだ。
カノッサダレスさんは、退職金制度と年金制度そして住宅補助制度を大幅に見直した。ゴーダー共和国は戦争に敗けたのだ。昔だったら、国民全員が奴隷として扱われても文句は言えないはずだ。というか自分たちも、中央フェニック帝国の亜人達をそうやって奴隷にしてきたはずだ。国内には、エルフやハーフエルフも少なからず居住しているが、昔、海を渡ってエルフ狩りをしてきた名残らしい。エルフや獣人は人間扱いされないので、当然、どんなに優秀でも公務員試験を受けることはできなかった。
カノッサダレスさんの改革案は、こうだ。退職金は、退職時年収の24分の1を金属年数分乗じた額とし、3000万ギルを上限とする。ワイマー宰相も3000万ギルしか貰えない。
年金は、月に夫婦2人なら30万ギル、本人1人なら20万ギルを支給する。年金受給者が死亡した場合、配偶者がいれば、その半分を支給する。子供等、配偶者以外には相続できない。実は、これがかなり重要で、今までは、年金受給者が死亡すると、配偶者は無条件で全額の受給権が生じる。その配偶者が死ぬと、子供達が受給権を相続し、子供がいない場合に限って、受給権者の兄弟が相続できる。つまり、どうやっても2代にわたって、減額もせずに支給し続けていたのだ。
最後に公務員住宅だ。まず、都心の一等地の公務員住宅は、民間に売却する。その住宅に住み続けたければ、賃貸契約をして貰うしかない。住宅手当は、住む地域によって、月に5000ギルから20000ギルまであるが、警察官や国防軍等は非常招集に対応してもらうために、住宅家賃の8割を支給することにした。
警察官や司法職員は、一般公務員よりも2割以上高い俸給にした。今までは、一般公務員よりも安い俸給だったせいで、賄賂を要求したりする不正が後を絶たなかったらしいのだ。
あと、小学校から大学までの学校教員の制度だ。この国では、学校教員も、通常の公務員採用試験で採用するので、教育に関する基本的知識がない者も教員になれたのだ。
しかし、学校教員は、一般公務員よりも格段に忙しいので人気がなく、採用試験の成績が悪かった者ばかりが教員になってしまう。これでは、満足な教育などできる訳がない。
カノッサダレスさんは、大学以外の教員になるためには、教員免許を取得しなければならないようにした。小学校教員は、全学部、中学校教員は2科目以上の専門分野を、高校教員は、1科目の専門分野で受験するようにしたのだ。それに共通課題として、教育学概論、教育心理学、そして心理適性検査と体力検査を受検して貰う。心理適性は、激高性の攻撃タイプや問題点に対しての無関心タイプ、正義感の著しく低い者や協調性のない者を排除するためだ。体力検査は、生徒の危急の際には、自らの身体を張って生徒を守ってもらうためだ。
教員の給料は、一般公務員と同じだが、クラス担任になったり、部活動の顧問になったりすれば、当然手当てを支給するし、その他に校外活動手当てや、保護者対策費など手厚い手当制度により、平均して一般公務員の1.5倍の年収が得られるようにした。
警察官や国防軍は、危険手当を充実させた。事件で出動したり、犯人を逮捕するごとに内容によって報奨金を貰えるようにした。それに特筆すべきは、殉職や傷病で働けなくなった時に、遺族に対する手当てが、年金も含めて死亡時年収の8割を受給できるようにした。人の命が安いこの世界では、破格の扱いだった。
次に、旧国立ゴルゴンゾーラ大学、今は帝立セント・ゴロタ大学に医学部を作った。市内の大病院は、もともと国立だったが、そのうちでも最も大きい病院を付属病院としたのだ。医学部は、各州にも1つ以上設立することとした。目的は、高度な医療知識を持った医師を育成するためだ。
今までは、医師になるためには、公務員採用試験を受けて、国立病院に配置となり、見習い医師を20年以上やって,ようやく医師になれるのだ。そのため、慢性的な医師不足で、地方の町や村には無医のところが少なくない。カノッサダレスさんは、そういう僻地での医療を何とかしなければ、国民に文化的で健康な生活をしてもらうことは不可能だと考えているらしい。そのことは、ゴロタも同感だった。
このようにして、ゴロタ帝国の基盤は着々と出来上がってきたのである。
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ワイマー宰相、間もなくワイマーさんになる予定だが、自宅に帰るのが嫌だった。子供達3人は、成人して上級公務員への道を歩いていたはずだったが、この前の公務員資格認定試験で1人も合格しなかった。現職中に、無理にポストを引き上げたために、試験の難易度が極端に上がってしまったのだ。
昔の採用試験で、成績が息子達よりも悪かった奴らは、せいぜい係長ポストだったため、簡単な試験で合格したらしい。しかし、長男などは省始まって以来の若手部長に抜擢したのが災いして、認定試験には手も足も出なかったらしい。大体、2乗してマイナスになる数など、あるわけない数の計算などできる訳ないのだ。次男、3男も同様で、課長ポスト以上だったため、良い成績が取れなかったらしい。
聞くと、課長職以上で合格したのは、頭が良いのに融通の利かない変人と言われるような奴らばかり受かったらしい。
絶対にあの試験はおかしい。私の息子たちを落とすために作られたのではないかと思ってしまう。かく言う自分だって褒められたものではない。
大体、ブラックホールの存在を証明しろなんて、見たことも聞いたこともない言葉の問題ができる訳ないのだ。
上級公務員で合格したのは、大学の理学部長をしていた、あの変人だけだそうだ。あの変人は、例のシュタイン博士と双璧をなす変人で、いつも古代文字の分厚い本を読んでニタニタしていたではないか。そんな奴にブラックホールが分かるものか。
しかし、ホーキンとかなんとかいう古代の学者が証明していて、トンネルがどうとか複雑な計算式があるらしい。あいつは、時間内では証明できなかったと言っているが、途中まででも高得点をくれたらしい。
まあ、そんなことはどうでもいい。4月1日から、この宰相官邸を出ていかなければならない。長く住み続けて愛着があるが、4月から月に120万ギルなど払える訳ない。
退職金だって予想していた額の10分の1だし、年金だって、60歳になるまで貰えない。明日からどうやって暮らしたらよいのだ。女房は、実家に帰ってしまったし、誰もいない官邸に帰っても仕方がない。今日は、色町で思いっきり遊んでやる。
カノッサダレスさんは、只者ではありませんでした。それに引き換え、ワイマーさん、変なところに行かないで、明日からの住まいと仕事を早く探しなさい。




