第414話 災厄の神の目指すもの
災厄の神は、地上に顕現して、人間達に試練を与えることを目的としています。戦争、疫病、飢饉ある程度人間の数を間引かなければ、この世界が疲弊してしまいます。
(3月25日です。)
モンド王国のリトちゃんは、今度、父のモンド国王と共に、ゴロタ帝国領西タイタン州に行くことになった。正式ではない。娘のデリカ王女が、春休みを使って西タイタン州を案内してくれるのだ。
モンド国王は、世界で最も未来的なタイタン市にも興味があったし、南のリゾートホテルにも行ってみたかった。本当は、ハッシュタウンの、有名な店にも行きたかったが、女王も一緒なのでそれは諦めている。
そうそう国内も留守にできないので、1泊2日の予定だ。ゴロタが、ゲートを開けてくれるので、時間はかからない。
リトちゃんは、気が進まなかった。あの男、『全てを統べる者』に正体がバレたら、今のリトちゃんの力では、太刀打ちできない。まあ、過去にも一度も勝てたことはないのだが。
大体、おかしいのよ。災厄の神と、あの男がセットなど誰が決めたの。創造と破壊の絶対神は何を考えているの。
絶対、最初にこの世界に来たあいつのせいよ。トットと冥界に行って、『冥界の王』ですって?ふざけんじゃないわよ。戦いなさいよ。『全てを統べる者』がいないときだけ、好きなことをして。私よりズッと強いくせに。
そういえば、あいつはどこに行ったの?最近、また、いなくなって。あいつ、逃げたのね。チクショー。私にばかり、貧乏くじ引かせて。
ズッとブツブツ言いながら、婆やに手を引かれているリトちゃんだった。
モンド国王一家は、タイタン離宮本館のゲート部屋に転移した。出迎えは、シェルとシルフだった。シルフが、すぐにゲートを閉鎖する。
屋敷の1階に降りると、ゴロタ達が出迎えてくれた。と言っても、今日はタイタン劇場があるので、小学生以下とカテリーナさん親子だけだが。モンド国王は、ゴロタの幼児趣味は噂で知っていたが、本当だったのかと感心してしまった。
リトちゃんは、乳母さんの手をギュッと握って、後ろからチラチラと覗いている。
『不味い。絶対に不味い。何、あれ?魔王じゃない。魔界の王にして、魔族の棟梁。それが『全てを統べる者』なの。チートだわ。絶対にチートよ。』
リトちゃんは、恐怖で、ついお漏らしをしてしまった。もう、歓迎式典どころでは無かった。婆やと母親が、慌てて貴賓室にリトちゃんを連れて行く。
「いやはや、これは失礼をした。リトも緊張したのだろう。最近は、オムツも取れて安心したのじゃが。」
「いや、気にしないでください。小さい子にはよくあることですから。」
小さい子ばかりではない。カテリーナさんだって、たまにオネショするし、魔物に育てられたリサちゃんは、今、トイレット・トレーニングの真っ最中だ。
ゴロタは、リトちゃんから変な感じを受けていた。以前、あったような、何か懐かしい気がするのだ。しかし、会うのは赤ん坊の時以来だし、懐かしいというほど年月は経っていない。
まあ、リトちゃんが、ゴロタの知っている者と同じだったとしても、今のリトちゃんからは、全く脅威を感じないので、余り気にしないことにした。
リトちゃんは、脇の下に大汗をかいていたが、平静を装い、と言うか幼児を装い続けた。
「わんわん、わんわん。」
リトちゃんは、部屋で寝ていた子犬達、本当は狼なのだが、の方に向かって歩き始めた。リトちゃんにとって狼など「使徒』になる位しか、価値がないのだが、ここは幼児のフリをして子犬と戯れて遊ぼうと思ったのだ。
子狼達は、近づいてくる怪しい陰に怯え、歯を剥き出して近づくなと警告する。いつもなら、隷従の光を持って、『使徒』にするのだが、ゴロタが見ている前では不味い。
「わんわん、かあいい。」
あと少しで、触れるという時に、リトちゃんは急に誰かに抱き上げられた。ゴロタだった。子犬達の様子に危険を感じたゴロタは、『瞬動』でリトちゃんを抱き上げたのだ。このままだと、間違いなく噛みつかれる。子犬とは言え、ケガをしては大変だ。ゴロタのとっさの判断だった。
リトちゃんは、火の付いたように泣き始めた。びっくりしたのだ。リトちゃんは、最近、自由に泣ける技を覚えた。泣いたほうが、なにかと便利な時があるためだ。しかし、今は恐怖でひきつっている。あの男に触れられた。見られているだけなら、大丈夫でも、触れられるとばれることもある。まずい。絶対に不味い。
リトちゃんは、泣いてごまかせるかも知れないと思い、思いっきり泣いたのだった。ゴロタは、困ってしまって、リトちゃんの乳母さんの方を見た。乳母さんは、慣れた手つきで、リトちゃんを受け取り、抱っこであやしながら、
「ほらほら、リト様。泣いたらおかしいですよ。小さな子に笑われますよ。」
この場合の小さな子は、リサちゃんのことだったが、リサちゃんの年齢は正確には分からない。4歳から5歳位だろうとは思うが、人間の子よりも狼の子の方に近いので、冒険者ギルドに連れて行くわけにもいかない。そのうち、人間らしくなれば、正確に測定しようと思っている。
モンド国王一行は、午前中は、デリカさんの案内でタイタン市内の観光をし、昼食は『クレスタの想い出』で、スイーツランチにした。モンド国王は、もっと塩気の効いた物を食べたかったが、圧倒的に女性の意見で物事が決まってしまうようだった。
リトちゃんは、タイタン市内を見て呆れてしまった。
『何、この町。おかしくない。道路はどうやって舗装しているのよ。それに街灯。ランプじゃないじゃない。それに、あの路面電車、どうやって動いているの?これは、魔法なの。でも、魔法の痕跡はないし。』
リトちゃんは、タイタン市の文明開化に度肝を抜かれていた。モンド国王は、情報を入手していたので、それほどではなかったし、以前、飛行機に乗せてもらったので、それほど驚かなかったのである。リトちゃんは、そうはいかない。カルチャーショックを受けてしまった。こんな街の住人に淫靡な夢を見せるのは至難の業のように思えた。ありとあらゆるものが揃い、生活に余裕がある者は、心のバランスを崩すのが難しいのだ。リトちゃんは、心の中で深いため息をついたのだった。
午後は、『TIT劇場』で、公演を見ることになっている。劇場の前に貼られている色鮮やかなポスター、娘のデリカ王女も、おそろいの制服でニッコリ笑っている。カラー写真売り場に行ってみると、メンバー全員のカラー写真いわゆるブロマイドが売られている。後ろの壁には、プロマイドの売り上げ枚数が表示されている。売り上げのトップは、ジルちゃんだ。それにジェリーちゃん、キキちゃんデビちゃんと続いている。娘のデリカちゃんは、僅差だが最下位だった。デリカちゃんが、しきりに言い訳している。
「この国の男の子達は、女の子を見る目がないのよ。私がどんなに素敵な女の子か分かれば、絶対もっと売れるわ。」
しかし、デリカちゃんのお高く留まった態度に、気の弱い男子は、ちょっと近づけないのが真相だと言う事を知らないデリカちゃんだった。リトちゃんは、ブロマイドを買いに来た男の子たちの心をひそかに覗いてみた。
『うーん、やっぱりジェリーちゃんかな。かわいいし、明るいし。それにピアノもうまいし。あと、かわいさで言ったらデリカちゃんかな。でも、あの高ビーな態度で損しているぜ。ま、推しはジェリーちゃんで決まりだけど。』
『ああ、ジル様、なんてお美しいんだろう。あの長いまつ毛を伏し目がちにしていると、薄幸の美少女という感じなの。え、デリカちゃん?ダメダメ。あんな、いつも不満気な顔してステージに立っていたんじゃ、推しの子だって逃げ出すわよ。誰か、デリカちゃんに教えてやってよ。アイドルの心構えを。』
『うん、面白い。人間の感情は、本当に面白い。こんな他愛の無いことに、金と時間を使うなんて、本当に馬鹿だと思うけど、これも悪くない。うん、もう少し大きくなったら、妾も、劇場で歌ってみよう。』
リトちゃんは、災厄の神なのに、いつの間にかアイドルになることが目標になってしまった。とりあえず、アイドルの写真全部と、レコードプレーヤーとレコード全部を買ってもらうことにしよう。
『TIT48』のステージは、素晴らしかった。歌と踊り、それに歌の間に入れるトーク、モンド王国にはない雰囲気の歌謡ショーだ。モンド王国の歌謡ショーと言ったら、古い歌を、年配の女性が美しい声で歌うのだが、もちろん踊りなどもなく、このショーに比べたら色あせて見えてしまう。よし、文化大臣を派遣して、モンド王国にも劇場を造ろう。それでデリカをセンターに立たせよう。
デリカちゃんをタイタン学院に留学させた目的をすっかり忘れているモンド国王だった。その夜、一行は、南のニースタウンのリゾートホテルに向かう。ニースタウンまでは、タイタン空港から飛行機だ。以前、乗った『翼改』の豪華仕様機だ。シートは本革製のソファタイプだし、耳にヘッドホンをつけると音楽が聞こえてくる。さっき聞いた『TIT48』のヒットメドレーだ。モンド国王は、異世界にいるようだった。まあ、無理もない。すべての技術は、異世界のものだったからだ。
1時間ほどで、ニースタウンの上空に到着する。ニースタウンから北のフライス町までは、幅員30m、長さ3キロの直線道路になっており、両脇には、樹木も何も立っていない。いわゆる滑走路兼用道路だ。そこに着陸した。
リゾートホテルは、贅を凝らした作りになっており、一行は、ホテルのスイートルームに泊まることになった。夜のディナーは、山海の珍味で、北の海から採れる蟹や魚、この当たりで飼育している黒毛牛の最高級部位のステーキそれに、モンド王国ではあまりなじみのない果物などだ。
モンド国王は、出されたワイン特に赤ワインが物凄く気になった。こんな旨いワインが有るなんて、信じられない。芳醇な香り、フルーティな味わい、まったく渋みが感じられないが、しっかりとブドウの存在を主張している。モンド国王が、ソムリエにこのワインの値段を確認したところ、『私の給料の3か月分です。』と言われた。ウーム、モンド王国では、金貨2枚分に相当するワイン、絶対にモンド王国ではありえない美酒だった。
夜は、ふかふかのベッドで眠ることになったが、ベッドのマットはスプリングが入っていて、固くもなく柔らかくもなく、適度な硬さだった。このようなマットも王国にはない。どうやって作るのか、知りたいものだ。というか、このマットを王国で売ったらものすごく高く売れるだろう。
モンド国王は、いろいろと思案しながら、深い眠りに入ってしまった。
リトちゃんは、完全に目的を間違えています。もう、世界を恐怖に陥れることなどまったく考えていません。それなら天上界に帰ればいいものを、宿主が死なない限り、帰れないそうです。幽体離脱みたいな事ができるはずですが、物語が終わってしまうので、もう少し、この世界にいてもらいます。




