第412話 聖ゼロス教会大司教国は、平和な国の筈です。
フランちゃんと、故郷に里帰りです。勿論N大司教国です。
(3月5日です。)
今日は、フランと聖ゼロス教会大司教国へ誕生日旅行に行く。朝、フェニック州連合の東端と国境を接している村、ビイド村に行く。この村には、以前、1度来たことがあった。
この村から国境までは馬車で2日なのだが、そこまでは村や町はない。大司教国は、領土も狭いが、人口も少ないので、あまり市町村がない。というか、行政区という概念がなく、すべて教会の直轄領だ。この村は、獣人が多く、宿泊場所も旅館程度しかない。
ゴロタ達は、この村から、少し歩いた場所で、『ファルコン・ゼロ型』を出現させた。南半球の季節は夏の終わりで、朝夕はしのぎやすいが、日中はものすごく暑い。ゴロタ達は、最初から、麻を織り込んだ飛行服姿だ。最近、またシルフが改良して、二人は前後に座るようになっている。その方が、空気抵抗が少ないそうだ。
当然、ゴロタが前の操縦席だ。後部座席にも操縦桿があるが、あくまでも予備だ。南は、旧ゴーダー共和国と中央フェニック帝国が国境を接しているが、深い森に阻まれて、往来はなかったのだ。現在は、森を切り開いて交易路を造成中だ。また、その交易路中央付近から、大司教国までの北進する交易路も造成中だった。ゴロタ達は、大司教国の最南端の町、サウスミカエル町に向かう。
大司教国の首都は、セント・ゼロス大聖堂が中心となっているが、特に行政区として機能しているわけではない。首都の守りを担う聖騎士隊は、大聖堂を中心として活動しているが、南北には特に影響力があるわけではなく、それぞれの町や村で自主警備している。司法機能も、検察庁や労役場はあるが、最終的には異端審問で処刑が決せられる。
ゴロタも、一度、異端審問にかけられそうになったことがある。この国は、国というよりも、宗教的な寺社領であり、東西の大国が、特に侵略しなかったのも、侵略しても特にメリットがないからだった。特に、南部地方は、農業生産力も低く、鉱物資源や特産品もないことから、魅力ゼロの地域として東西両国からも見捨てられている。そのため、国境の町や村から馬車で1週間か10日位行かなければ、集落がない状況だった。
サウスミカエルは、それでも人口15000人程の町で、南部地方で算出される羊毛とジャガイモ、トウモロコシが主な算出品であった。住民は、すべてゼロス教徒で、教会から法名を貰っている者が殆どだった。つまり、ゼロス教会の構成員というわけだ。そのため、夏でも、皆、長い法衣を着ている。
そういえば、フランも、大司教をやめるまで、法衣を着ていたのを思い出した。あの時は、世間知らずの高ビーな女の子で、エーデルとよく似た性格をしていた。ゴロタの周りには、似たような女性ばかりが集まってくるのはなぜなのか、不思議でしょうがなかった。
サウスミカエルに到着した。わずか40分ほどの飛行だ。距離にして、1000キロ程度か。サウスミカエルは、東西は、山に囲まれ、北に田園地帯が伸びている。南側は、すぐに深い森となっていて、今までは、誰も入ることを許されない森だった。今は、東西100キロに及ぶ森も、ゴロタと東西の軍隊で、森にすむ魔物がほぼ駆逐され、安全な森へと変貌している。
しかし、町は物々しい雰囲気に包まれていた。昨年から、聖騎士団が常駐しているそうだ。理由は、東西が統一され、ゴロタ帝国となったことから、いつ、侵略してくるかわからない。地政学的に、南の街道から、北進してくるルートが想定され、このサウスミカエルが前線の町になると予想されているためだった。
そんな中、ゴロタとフランが町に到着したのだ。町は、周囲を城壁で囲まれており、東西南北に1つずつ城門が設けられている。現在は、北の城門しか開けられておらず、サウスミカエルより南に住んでいる僅かな住民は、南の城門からグルっと半周して町に入ることになるのだ。
ゴロタ達は、偽の冒険者証を提示して、無事に城門を通過できたが、警備の聖騎士達は、完全装備で汗だくになりながら、城門の出入りチェックを行っていた。見ているだけで、こちらも汗が出てしまう。市街地は、それなりの賑わいだが、通りを歩く人々の3分の1は聖騎士か、その関係者のようで、普通の町とは随分印象が違う。
ゴロタ達は、町の中心部にあるホテルに泊まることにした。町の中心は、ゼロス教会の聖堂でかなり大きな建物だ。この町も、いわゆる行政庁というものが存在せず、中央から派遣されている司教様が行政権限を一手に握っている。司法権限は、聖騎士隊が担っているが、先ほどの様子では、皆、かなり疲れてしまって、治安維持まで手が回らないようだった。
東西の国から、この町に来るには、南の森を経由して迂回するように来るか、東西の険しい山道を通ってこなければならない。
そのため、外国人がこの町に来るのは極めて珍しく、ましてや若い男女二人が馬車も使わずに町を訪れるなど、今までなかった事なので、城門の警備の兵士から司教にはすぐに通報が行ったらしい。
ゴロタ達が、ホテルの部屋で寛いでいると、フロントから、お客様がお見えだと案内があった。1階のロビーに降りてみると、20名程の聖騎士隊が並ぶ中、真っ白な法衣を着ている中年の男性が待っていた。
その男性は、どうやらこの町の司教らしく、名前をザビエールさんというらしい。ザビエールさんは、フランを見て、目を大きく見張っている。ハッと気が付いたように、その場で膝をつき、
「お久しぶりです。フランシスカ元大司教様。私、フランシス・ザビエールを覚えておりますでしょうか?」
と聞いてきた。フランは、じっとザビエールさんを見ていて、気が付いたように
「じい?じいなの?」
と問いかけた。思い出したようだ。このザビエール司教、大聖堂で勤務していた時は、フランの法務担当教育係として、フミさんと二人で指導に当たっていたらしい。まだ、若かったフミさんが『婆や』と呼ばれていたのだ。ザビエールさんが『じい』と呼ばれていてもおかしくなかった。
そこで、ザビエールさんは、ゴロタの存在に気が付いた。
「もしかしますと、あなた様は、フランシスカ様の夫、ゴロタ様ですか?」
「はい、その通りです。今回は、お忍びの単なる旅行なので、畏まることはありません。」
ザビエールさんは、後ろに控えている者たちに大声で命令した。
「ええい、皆の者、頭が高い。ここにおわせられるは、ゴロタ帝国の皇帝陛下ゴロタ様じゃ。平伏せよ。」
皆、一斉に平伏した。ゴロタは、すぐに、ザビエールさんの手を取って立たせ、今回の訪問は、あくまでもプライベートであり、また、皆さんは、自分の臣下でもないので、平伏などしないでくれとお願いした。
とりあえず、ロビーの中の喫茶室で話をすることにし、聖騎士隊の皆様には、戻ってもらうことにした。
ザビエールさんから、いろいろと話を聞いてみると。驚きの事実が判明した。旧中央フェニック帝国の貴族が南から攻めてきているとのことだった。
え?貴族?そんな筈はない。現在、フェニック州連合の中で、貴族として権力を持っている者は一人もいないはずだ。おかしい。
そう言えば、フェニック帝国を併合したときに、南部の貴族たちが反乱を起こしたことがあった。その時は、すぐに平定したが、東西の貴族については、特に問題にしなかった。
貴族の領地は、すべて没収し、爵位に応じた年金を支払っているのだが、その事に不満を抱いている者もまだいるようだ。そのような不満貴族が、新領地を求めて、この大司教国を狙っているのかもしれない。
以前なら、魔物と野獣の巣窟だった森も、ゴロタの掃討作戦で通行できるようになったので、獣道に近い街道を北上してきているらしい。彼らの本拠地は、森の中の一角に作った砦だと言うことだ。敵の総数は400名位で、狼人や虎人、熊人などの戦闘種族が中心らしい。対するこちら側は、僅か100名の聖騎士、とても撃退はできないのが現状なのだ。
このまま放置すれば、大司教国南部は、彼らの物となってしまうのも時間の問題だ。今までに、町の南にある集落が襲われ、食料が略奪されたうえ、何人かの女性が攫われていったらしい。男どもが、追跡していったが、無事に帰って来たものは居なかった。敵は、定期的に集落を襲ってくる。きっと、食料が枯渇すると襲うのだろう。それではまるで、野盗と同じだ。ただ、組織的に行動しているので、野盗より始末が悪い。
ゴロタは、フランを街に残して、一人で様子を見に行くことにした。街の外に出ると、『飛翔』で、上空100mまで上昇し、南を目指す。10キロほど進むと森が見えてきた。森というよりもジャングルだ。地上の様子は全く分からない。ただ、かなり南に行くと、下で大勢の気配が感じられる。おそらく侵攻軍の拠点だろう。
ゴロタは、気配を消して、ゆっくりと下降を始める。樹上15m位のところで、枝の陰に隠れて、下の様子をうかがう。数百名単位の兵士があわただしく動いている。見てみると、兵士のほとんどは、狼人と犬人だ。士官は熊人と虎人だ。中央の幕舎の中の様子は、分からないが、護衛の兵士が立っているところを見ると、あそこが指揮所なのだろう。ゴロタは、ゆっくりと地上に降りていく。
周囲の兵士は、誰もゴロタに気づかない。気配を消すと同時に、『変身』スキルで、一般兵士と同じように見えるようにしている。本当なら、飛行服のゴロタだが、周りの人間からは、簡易な鎧セットを付けている1兵士にしか見えないのだ。
指揮所の前に来た。見張りの兵士が、初めてゴロタに気が付いたみたいで、ギョッとしている。しかし見た目が兵士と同じなので、ぞんざいな口調で注意してくる。
「お前は、何の用だ。ここは指揮官閣下や上級将校しか入れないところだ。用があるなら取り次ぐから、用件を言え。」
用件は、ただ一つ、指揮官に会いたいのだが、単に会いたいと言っても無駄だろうから、身分を明かすことにした。『変身』スキルを解除し、いつもの身長195センチ位のイケメン青年になってから、用件を言う。
「私は、ゴロタ皇帝だ。ここの指揮官に会いたい。」
見張りの兵士は、ギョッとした様子だ。目の前で、急に変身したのだから当たり前だ。本当は変身を解いただけなのだが。
兵士が指揮所の中に入っていくと、すぐに将校たちが剣を抜刀して出てきた。およそ15人ほどだろうか。最後に、帯刀しているだけの指揮官らしい老人が出てきた。この男が、指揮官で間違いないだろう。
「これは、これはゴロタ皇帝陛下。我が国を簒奪した上に、今度は、この大司教国も狙っておいでですかな。」
ゴロタに対する敬意もへったくれもない。当然、跪いての臣下の礼などとる訳も無かった。口調は、丁寧なのだが、眼は笑っていない。どうやら、ゴロタの他には誰もいないという報告を受けてから出てきたのだろう。
「我々は、誇りある獣人族だ。人間の指揮下に入るなど、絶対にあってはならないのじゃ。狼族の一兵卒にしても、人間の2~3人分の働きをする。脆弱な人間風情と争いになって、わしらが負けるわけないじゃろう。」
まさしく、その通りだ。獣人部隊は、屈強で名高い。虎人に至っては、人間10人掛りでかかっても勝てないだろう。身体能力に限って言えばだが。周りを50人以上の獣人で囲まれているゴロタは、まさに風前の灯に見えたことだろう。ゴロタが、人間としては強かったとしても。しかし、ゴロタは、そんなことは意に介しないように平然と質問をした。
「あなた達が、拐って行った女達はどうした?」
殲滅開始まで、後わずかです。




