第405話 マングローブにも悲しい子がいました
マングローブ帝国の大商人達を迎えにいきます。
(1月30日です。)
今日は、シェルとフェルマー王子を連れて、マングローブ帝国帝都のセント・グローブ市に来ている。約束の視察団を招待するのだ。
ベゼさんに迎えに来た事を伝えた。明日、帝都の北の門に集まって貰うようにお願いした。それと、皇帝の許可状は準備できているか聞いたところ、すべての権限をベゼさんに委任しているとの朱印状を見せてくれた。これで、ベゼさん一行は正式な外交使節団という訳だ。その日、ベゼさんは明日出発する皆の壮行会をやるので、ゴロタにもぜひ出席してくれと言われたが、今日は、この帝都でのんびりしたいので、丁重にお断りした。
ベゼさんは、馬車は何台用意すればよいかと聞いてきたので、馬車はいらないが。もし何なら、北の城門まで行く馬車位は準備してもよいかもしれないといった。ベゼさんは、きっとマングローブ帝国のどこかの港まで行くのだろうと思っているらしい。まあ、明日になれば全てがわかる話だ。
今日は、このままセント・グローブ市の冒険者ギルドに行ってみるつもりだ。国の状況を知るには、冒険者ギルドに行ってみるのが手っ取り早いのだ。
冒険者ギルドは、すぐに分かった。『ベゼ・タウン・ショップ』の1軒置いた隣だった。大きな看板に『マングローブ帝国認定第一冒険者ギルド総本部』と書かれていた。『第一』と言う事は、いくつかの冒険者ギルド組合があって、このギルドは一番最初にできたのだろう。とりあえず、中に入ってみる。
ギルドの中は、どこも一緒だった。入口付近には若い男女のポーターが屯していて、お客を探している。グレーテル王国は、12歳以下のポーターは認めず、厳しい年齢調査があるが、この国は、そこまで厳しくなく、あくまで本人の申告による。また、能力認定ができる古の魔道具は、ほんのわずかしか無いみたいで、ここ総本部にも1台しかないようだ。
ゴロタ達は、別に冒険に行く気はないが、どんな依頼があるのか興味があった。依頼ボードを見ると、さすがに難しい語句はわからないが、簡単な文章なら、シルフの作った例の首輪が約に立って大体は理解できた。依頼のほとんどは、警護で、中には舞踏会の周辺での警護を依頼している貴族もいた。報酬は良いが、警護の従事人数が多くなってしまうと足が出てしまうだろう。
ベゼさんの晩餐会周辺の警護依頼も張り出されていた。今日一晩だけの警護で、大銀貨2枚は、要求されている警護人数からは、あまり効率は良くないが、帝都の真ん中での警護だ。まあ、危険性がない分、妥当なのかも知れない。
目を引く依頼があった。薬草の『蛍の光』採集だ。1輪で金貨5枚だ。当然、枯れてしまっても同じだった。
イフクロークの中には、100個以上収納しているが、秘薬『エリクサー』を作るために、少しずつ採取したものだ。売る気はなかった。
この国と交易が出来ても、あの谷川は立入禁止にしておかなければならない。と言うか、この国にもどこかにある筈だ。ただ、自生場所が分からないか、採集できない場所にあるのだろう。
ゴロタ達がギルドを出ようとしたら、ちいさな女の子が近づいてきて、『お兄ちゃん、荷物を持たせて頂戴。』と言ってきた。どう見てもリサちゃん位だ。
こんな小さな子にポーターをさせるなんて、何を考えているんだろうかと思って、ギルドの職員の方を見たが、『我、関せず』と言った感じだった。
少し、むかっ腹が立ったが、この子には罪がない。何も預けるものがなかったので、ポケットの中を探るフリをして、サラマンダーの魔石を持たせた。魔力を流さない限り、安全な魔石だ。一見すると、巨大なルビーのようだ。
「お嬢ちゃん、この石を交換所で買い上げて貰ってくれないかな。お礼はちゃんとするよ。」
女の子は、目を大きくして魔石に見入っている。フェルマー王子についていかせる。イフちゃんに監視を頼んだ。どうも質の悪いパーティーがいるようだ。
交換所では、大騒ぎになっていた。このような大きな魔石など、10年に1度、出るかどうかだ。しかも、いつもギルドの前で泣いている、あの泣き虫娘が持って来るなんて。
隣の身なりの良い少年だって、それほど高価そうな鎧はしていないし、ショートソードも黒っぽくて安そうだし。
魔石を鑑定したら、サラマンダーの特殊個体だ。時価大金貨1枚はする。どうやって入手したんだろうか。係の者は、盗難手配書を調べたが、手配はないようだ。
「坊や、この魔石、どうしたんだい?」
「坊やじゃ、ありません。僕はフェルマー。この魔石はこの子に預けているんです。」
「預けた!?この貴重な魔石をかい?アワワ!」
買い手が貴重と言ったらいけない。そんな事は商売の常識だが、既に遅い。
「じゃあ、大銀貨3枚で引き取るが、どうするかい?」
話にならない。フェルマー王子は、魔石を持って帰ろうとした。交渉などする気がなかった。慌てた職員が、魔石を抑えて、
「いや、単位を間違えた。金貨3枚でどうかな。」
「おじさん、この魔石、なんの魔石か知っている?」
生意気そうな口の利き方だった。
「なんのって、サラマンダーの火魔石だろう。それなら金貨3枚が妥当なところだよ。」
「ただのサラマンダーじゃあないよ。体長20mもある特殊個体だよ。普通魔石の3倍以上は価値があるよ。」
皆が、注目している。体長20m以上のサラマンダーなんてドラゴン並みだ。今まで、誰も見たことがなかった。
「うーん、分かった。大金貨1枚だ。これ以上は出せない。」
「それでいいです。売ります。ただし、金貨10枚で下さい。」
他の冒険者たちもホッとしている。この少年、肝が座っている。金貨10枚を受け取って、財布にしまい、ギルドを出ようとした。
その時、出口付近にいた冒険者のうちの1人が、フェルマー王子の方に近づいてきて、ワザとぶつかろうとした。フェルマー王子は、難なく右に躱したが、一緒の小さな女の子はそうは行かない。2m位跳ね飛ばされてしまった。
「いてててて!どこ見てるんだ。ちゃんと前を見て歩きやがれ!」
フェルマー王子は、無視をして女の子の方に駆け寄る。大丈夫、怪我は無さそうだ。男が後ろで騒いでいる。
「ふざけんじゃねえ。シカトかよ。骨が折れたかも知れねえぞ。どうしてくれる。」
え、こんな小さな子にぶつかって怪我?飛んで行ったのは、この女の子の方なんですけど。
「おいおい、どうしたんだい?」
お定まりの兄貴分の登場だ。もう面倒だ。フェルマー王子は、兄貴分と他のメンバー4人を睨み付けるが、迫力がない。『威嚇』スキルをつかうが、未だ力不足だった。
フェルマー王子は、無視をして立ち去ろうとするが、兄貴分の男が、フェルマー王子の肩を掴んだ。フェルマー王子は、グレーテル市での事件が脳裏を横切った。
瞬間、気を込めた手刀で男の手を払ってしまった。『あ、いけない!』と思った時には、もう遅かった。男の手首の骨が、折れる音が聞こえた。
男は、右の手首を押さえながら、
「このガキ、何しやがる。おめえら、構わねえ。やっちまえ。」
フェルマー王子は、ギルド内で争いは厳禁と言う事を知っているので、ギルドの外に出て行く。出口付近のポーター達が、我先に逃げていった。
通りでは、ゴロタ達が待っていたが、フェルマー王子達を見ても動こうとしない。完全にフェルマー王子に任せっ放しだ。
表に出ると、仲間の奴等が剣を抜いてきた。こんな小さな少年に剣を抜くなんて、大人気ない。フェルマー王子の後ろの女の子は、怯え切っている。
手首の骨を折られた男が、右手を押さえながら、
「痛っ!こ、この野郎、た、ただじゃすまねえぞ。有り金残らず置いていけ。」
ついに本音が出た。フェルマー王子は、女の子に、ゴロタの方へ逃げるように指示すると、ショートソードをスラリと抜いた。
この前、出来上がってきたばかりの剣だ。ヒヒイロカネの刀身で、オリハルコンの刃をくるんでいる。研ぎがいらない剣だ。
「腕と足、どちらにしますか?返事がなければ両方です。」
この子は、何を言っているんだろうか?最初は理解できなかったようだが、ハッと気が付いた。その時、手首を骨折している兄貴分の、手首と脛が切り離された。後は、目で追いかけられない。素晴らしい速度で相手の前に移動して2閃、片手、片足が切り離される。血が吹き出る前に、次の目標に移動する。
あっという間に、勝負は終わった。フェルマー王子は、剣を納めてから、ゴロタ達のところへ行く。さっきの女の子は、ゴロタに抱き抱えられていた。
「さあ、この子の家に行ってみようか。」
ゴロタ達は、女の子の案内で、彼女の家を目指した。女の子の名前は、『テルー』と言った。未だ、5歳だそうだ。家は、ギルドからいっぱい歩くそうだ。5歳の女の子の足では、距離は分からない。
ゴロタは、テルーちゃんを抱っこして歩いた。その方が早い。シェルが、ジッとゴロタを見ていたが無視した。一体、幾つまで抱っこを要求する気だ。
テルーの家は、裏路地を抜けた所にあったが、家と言うより小屋だ。それも人間用ではない家畜用の小屋だ。
家の扉のあるべき所には、板が立て掛けられている。中からは酷い匂いがする。
「ここが私の家だよ。ママと一緒なの。ママ、ママ。お客さんだよ。」
中から人の気配がない。おかしい。中に入ってみる。中には、ベッドとは言えない仕切りがあり、中にはワラクズとボロ切れで、マットのようにしている物があった。その上で、テルーの母親らしき人が死んでいた。
今は、夏なので蝿が凄い。遺体の痛み具合から、3日は経っているだろう。テルーちゃんは、母親の変わり果てた姿を見て、足がすくんでいる。
聞くとテルーちゃんは、5日ほど帰っていなかったそうだ。お金を稼ぐまでは、帰っても食べるものがないので、ギルドで、冒険者達から食事を恵んで貰っていたそうだ。
テルーちゃんは、母親が死ぬだろう事は予想していたのか、ジッと泣くのを我慢していた。
シェルが、優しく『泣いていいのよ。』と言うと、火の付いたように泣き始めた。
また、幼児が増えてしまうのでしょうか?




