第403話 魔物使いは、未だ子供です。
今日は、依頼を受けて野盗退治です。
(1月14日です。)
今日は、昨日、依頼された商人キネさんと共に、街道を下っていく。旅行用というより荷馬車に近い馬車だ。一応乗客も乗れるが、後ろ半分は、カーゴになっていて、貨客車と言う種別らしい。8頭立てで満載の荷物も引けるようにしている。
王都を出て2時間、辺りは鬱蒼とした森になってくる。この先、大勢の人間が潜んでいる気配がする。おそらく野盗どもだろう。単なる野盗だけだったら、全く脅威はないのだが、魔物が1頭、木立に隠れている。
ゴロタは、馬車を止めさせた。シズが、『ヨイチの弓』を構えている。鏃はミスリル銀だ。赤く光っている。
シズが、矢を放った。物凄い勢いで敵に向かって、木立を縫って行く。赤い光陰が後を引く。
キャイーーーーン!!
獣の鳴き声がした。そいつが姿を現した。大きい。肩の高さが2m以上ある狼だ。いや、魔物のジャイアントウルフだ。左目に、シズの矢が刺さっている。
シズは、『ヨイチの矢』をしまうと『竜のアギト』を抜いた。ジャイアントウルフが、シズに飛びかかって来る。
ズバーン!
ジャイアントウルフの左肩から前足が切り落とされた。ジャイアントウルフは、大きな音を立てて倒れた。
「キャーッ!」
女の子の声がした。声のした方を見ると、真っ黒な服を着た子供が、ジャイアントウルフの方に駆け寄ってくる。
「リム、リム!」
泣きながら、血塗れの狼に抱きついていた。シズは、女の子と狼を飛越し、木の影に隠れていた男供を切り倒して行く。野盗どもは、20名位いたろうか。その殆どを、せん滅してから戻ってきた。ゴロタが息も絶え絶えの狼の傍によると、その女の子は、歯をむき出し、ゴロタに飛びかかろうとした。後ろからシズに抱き留められていたが、年齢は6~7歳位だろうか。全体的に非常に汚かったし、臭かった。
ゴロタは、念動で狼の切り落とした前足を肩口に当て、右手を合わせ目に当てた。スキル『復元』を流し込んで、前足をくっつける。続いて、左目の矢を抜いて、そこにも『復元』をかけてやった。しかし、流血もひどいので、かなり弱っている。
女の子は、狼の前足が治ったのを見て、少し安心したのか、暴れなくなった。シズが放してやると、すぐに狼の方に走り寄っていく。キネさんがゴロタに声をかけてくる。
「この狼の化け物が、隊商を襲っていた魔物なんでしょうか?」
「多分、そうだと思う。」
「あのう、なぜ回復させたんですか?」
「この狼からは、攻撃しようとする意思が感じられない。それに、この小さな女の子を泣かすのは可哀そうだと思って。」
「はあ、そんなもんですか。」
キネさんは、これ以上何も言えなかった。野盗のほとんどはせん滅してくれたし、『可哀そう』と言われれば、まあ、そんなもんかなと思うのだった。その時、狼から思念が送られてきた。
『人間、私を殺すのか?』
驚いたことに、人間の言葉だ。通常、魔物や獣の思念は、恐怖や歓喜、或いは警戒や攻撃と行動パターンに直結しており、このようにキチンと話すのは、リッチやバンパイヤ、セイレーンなど人間に近い魔物だけだ。この狼は、きっと長い年月生き続けることによって、人間の言葉を理解できるようになったのだろう。しかし、発生器官や口腔の仕組みが違うので、人間のように喋ることはできないのだ。
『いいや。お前は、殺さない。お前は、この女の子の何だ。』
『私は、この子の母であり、群れのリーダーだ。仲間は、この子の他にも20頭ほどいる。』
ゴロタは、探査してみると、3キロ位離れたところに、狼の群れがあった。皆、普通の獣だった。既にリーダーが敗北したことを知っているようで、悲しそうな遠吠えが聞こえている。
『お前は、この子をどうしたのだ。この子の親はどうした。』
『この子は、昔、崖から落ちた馬車の中にいた。馬車の中で生きていたのは、この子だけだった。』
『この子を助け上げ、群れのメスから乳をもらって育てた。人間の言葉は、私が念話を使って教えた。』
『なぜ野盗の仲間になっている。』
『この子を、人間の社会に戻すために、引き受け手を探していたが、あの男どもしかいなかったのだ。』
ゴロタは、この子を保護することにしたいと言ったら、この子が自分と離れるのをいやがるそうだ。では、この狼いやリムごと保護することにした。
リムは、今まで、人間を襲って殺したことはないそうだ。野盗達と一緒にいるだけで、旅人達は、恐ろしがって、金銭を出してしまうのだ。この子の名前は、リムが『リサ』と付けたそうだ。
リサちゃんは、仕切りにリムの口の周りを舐めている。狼の習性だ。黒い布を頭から被っているが、凄く臭い。何とかしたいが、キネさんがいるので、今は何も出来ない。イフクロークの存在は知られたくない。
「キネさん。もう、野盗はいなくなりました。僕は、この子ともう少し話をしたいので、先に戻ってください。」
2人を、こんな深い森に残して行って良いのだろうかと心配そうだったが、ゴロタ達は構わず、リムとリサちゃんを連れて森の中に入って行った。
キネさんが立ち去ったことを確認してから、森の中の開けたところで露天風呂を作った。シズに、リサちゃんを洗って貰う。
リサちゃんは6歳位だろうか?ボサボサの長い緑色の髪に青い目、肌は白いので、南部の出身だろう。身長は100センチ位か?身体はずいぶん痩せている。
言葉は、殆ど喋れず、名前と簡単な単語だけのようだ。お風呂に入れると、
「リサ、嫌。怖い。キュイーン。」
と、人間の言葉と狼語が混じっている。やはり、耳から言葉が入らないのが致命的だったようだ。
盗賊供とは、ここ3カ月ばかりの付き合いで、リムはあいつらにはリサを任せられないと思っていたそうだ。
シズがリサちゃんを洗っている間に、昼食の準備をする。リムには、鹿肉半頭分の塊をあげ、人間用には、串焼きにしようとバーベキューコンロを出して火を起こした。
リムが、遠吠えをした。森の奥から、応えるような遠吠えが聞こえてきた。暫くすると、狼の群れが現れた。最初、ゴロタとシズに警戒していたが、目の前の鹿肉に警戒心はすぐに消えてしまったようだ。
最初に鹿肉に齧り付いたのは、お腹の大きな牝狼だった。次に小さい子狼連れの母親狼だった。次は、体毛が白くなり掛けの老狼達だった。もう鹿肉は少なくなり掛けていたので、ゴロタは追加の鹿肉を出してあげた。
リムは、最後まで鹿肉に食いつかなかった。自分はいつでも狩りが出来るし、1週間位食べなくても平気だそうだ。
お風呂から上がったリサちゃんは、裸のまま、コンロのそばに来た。ゴロタが、下着と靴とワンピースを出してやった。
リサちゃんは、ゴロタが焼いている鹿肉に興味深々だった。脂身が焼ける香ばしい匂いがするし、一緒に焼いているソーセージから、今まで嗅いだことのない良い匂いがする。
リサちゃんの目が輝いている。ゴロタは、テーブルセットを出して、お皿とコップを出す。ミルクとパンとオレンジも出しておいた。
焼き上がった鹿肉にソースをかけ、ソーセージと一緒に盛り付ける。コップに、ミルクをたっぷり入れ、焼き立てパンにはバターとジャムを挟んだ。
リサちゃんは、我慢できなかったように、皿に口を付けて食べ始めた。犬食いだ。口の周りがソースだらけだ。ミルクのコップに舌を入れて舐めようとしたが届かない。シズが、コップを持って飲ませてやる。一口飲んだリサちゃんは、目の色が変わった。両手で持って飲み始める。口から溢れているが、全く気にしていない。
ほとんど食べ終わったら、リムの方に行く。リムが、優しく口や顔を舐めて綺麗にしてやっている。
眠くなったのか、リムのお腹に頭を預けて眠り始めた。手でリムのオッパイを弄っている。リムが、話しかけてきた。
『今のうちに、リムを連れて行ってくれないか。起きて私がいなければ、諦めるだろう。』
ゴロタは、タイタン市に行こうと誘った。森もそばにあるし、食べ物も豊富だ。街道に近づかなければ、人間に見つかることもない。
しかし、仲間を置いて行くわけにもいかないと躊躇している。勿論仲間も一緒だ。とりあえず皆で行く事にした。狼達は、全部で23頭いた。子狼が4頭だ。
ゴロタは、タイタン離宮の別邸の前にゲートを繋げた。リサちゃんを抱き上げ、シズに渡す。受け取ったシズは、ゲートの向こうに行ってしまった。次にリムを行かせた。暫くして、リムが帰ってきた。安全を確認したらしい。
子狼達は興味津々だったが、母親達に加えられて動きが取れなかった。全ての狼がゲートの向こう側に行くのに、1時間位かかってしまった。最後に、ゴロタとリムが『転移』をしてから、ゲートを解除した。
向こう側では、リサちゃんが起きて泣いていた。泣き方は人間の泣き方だった。シズが幾らあやしてもダメだった。リムが、姿を現すと、猛ダッシュでリムに飛び付き口の周りを舐め始めた。
他の狼達は、群れで固まっている。寒いのだ。常夏の国から、赤道からかなり離れた北の大陸に急に来たのだ。寒いはずだ。うーん、困った。冬毛が生えていない狼達にとって、雪に埋もれた森で暮らすのは無理かもしれない。
ゴロタは、ユニコーンのユニちゃんを呼んだ。小型に変身する方法を聞きたかったのだ。ユニちゃんは、その長い角で、狼達を触って回った。どうやら変身のスキルを流し込んでいるらしい。
全ての変身が終わった。これで子犬が23匹と成犬が2匹になった。リムの他に、おなかが多きい母親狼は、そのままのサイズだった。子狼を生むまでは仕方がない。その狼と子犬達は、厩舎に連れて行った。32頭を飼える厩舎の中は、馬が8頭いるだけで、ガラんとしていた。馬は、狼に対して、警戒はしたが、子犬達に警戒しなかったので大丈夫だろう。何もしない母親狼に安心したみたいだ。
厩舎の床の土を盛り上げて穴ぐらを作ってあげた。狼は、土に穴を掘って巣にする習性があるが、庭の至る所に穴を掘られては堪らない。
ユニちゃんによれば、もうスキルそのものは個々のものになっているので、自由に大きくなったり小さくなったり出来るが、それでは都合が悪いので、ゴロタが変身を許さない限り、子犬のままだと言う。
リムだけは、別館の2階でリサちゃんと一緒に暮らせる事にした。後、リム専用の出入り口を作る必要がある。
コマちゃんが、リムや他の狼達の気配を感じて近寄ってきた。リムが警戒音を出した。他の狼は、巣の中に逃げ込む。母親犬は、リムの陰に隠れた。コマちゃんは、子犬のままだが威圧感が半端ないのだろう。リムが尻尾を脚の間に巻いて頭を垂れた。
コマちゃんは、口をリムの前に出した。リムは、一生懸命口の周りを舐めている。これで、タイタン離宮内のヒエラルキーが完成した。
離宮のメイドさん達は大変だ。カテリーナさん、シンシアちゃん、キティちゃん、それにリサちゃんだ。かなり厄介な居住者ばかりだ。ごめんなさい。
シェルが様子を見に来た。途中、厩舎に寄ったらしく1匹の子狼を抱いている。この狼は、本当の子狼だった。見た目だけでは分からない。全体の雰囲気と目付きが違うのだ。
シェルは、事情が分からないまま、可愛いので抱いているのだろう。リサちゃんは、怯えてリムの後ろに隠れている。ゴロタが事情を話した。シェルが、リサちゃんに年齢を聞いている。
リサちゃんは、
「リサ、リサ。リム。子。クイーン。」
会話が成立していない。
また幼児1人を保護しました。今回は、狼のおまけ付きです。