第396話 グレーテル王国大音楽堂コンサート
今日は、いよいよコンサート本番です。
(12月20日です。)
今日は、合唱団が、グレーテル王国の王都で初コンサートだ。昔だったら、王都に行くのに1か月も掛かったが、今はゴロタのゲートがあるので、隣の建物に行くような感じで移動できる。ゲート利用料は、子供でも20000ギルだが、今日はプロダクション持ちだった。
初めての王都は、タイタン市と違って、歴史と伝統のある街並み、創業してから何百年も経っている老舗、どこもかしこも美しい。団員達は大喜びだ。
しかし、今日は王都見物には行けない。午前中は、ホールで練習、午後は公演だ。
王立大音楽堂は、300年の歴史を誇る施設だ。観客は3000人収容できる。タイタン市音楽堂の、倍の大きさだ。
皆は、ホールの大きさにビックリしている。ステージに上がってみると、観客席の多さがよく分かった。皆は団服を新調している。デザインは変わらないが、素材がシルクになっている。当然、シェルが準備してくれた。
ドミノちゃんが、ピアノの前に座る。立派なコンサート用のグランドピアノだ。指揮者は団長だ。今日は、黒の燕尾服だ。中央に立つとドミノちゃんが、音合わせのための鍵盤を弾く。
団長がタクトを構える。ドミノちゃんの前奏だ。最初は、アップテンポの曲だ。皆、まだ声が出ていない。リズムもバラバラだ。途中で、団長がタクトを下ろす。
やり直しだ。ドミノちゃんの前奏が、また始まった。こうして本番練習は、お昼過ぎまで続いた。それから昼食だ。楽屋にお弁当が届けられている。野菜たっぷりのローストビーフサンドだ。飲み物は、暖かくて甘いミルクかホットレモネードだ。
あまり食べすぎないようにと、注意されていた。緊張で戻してしまうからだ。もう、開場は始まっている。今日の入場料は、A席8000ギル、D席3000ギルだ。貴賓席には国王陛下が座るらしい。1階は全てA席だが、貴族や大商人が殺到して、プレミアが付いているらしい。
午後2時、開演だ。皆が、階段状の整列台に整列した。緞帳が上がる。拍手が鳴り響く。
3階席までびっしりだ。団員は、皆、緊張している。観客席は薄暗くされているが、それでも一人一人の顔がよく見えた。
ドミノちゃんが入ってくる。青色のシルクのロングドレスだ。フェルマー王子は、綺麗だなと見つめてしまった。ドミノちゃんは、ピアノの前で、前を向き綺麗なカーテシを決めてから、ピアノの前に座る。
音合わせが終わると、指揮者の団長が入ってくる。いよいよ開始だ。指揮者のタクトが上がると、皆に緊張が走る。前奏が始まった。最初の演目は、賛美歌158番『ジョイフル・ジョイフル』だ。最初は全員で合唱だ。歌詞は、皆が知っている一般的なものだ。
♪晴たる青空 ただよう雲よ
♪小鳥は歌えり 林に森に
♪心はほがらか 喜び満ちて
♪見かわす 我らの明るき笑顔
これは、オーケストラコンサートで、年末によく演奏される、ベートーベンの交響曲第9番『合唱』でお馴染みの歌なので、観客も直ぐにリズムを取ったりしている。
次に、ドミノちゃんの間奏が入る。アレンジが入って、かなり超絶だ。観客は、前回のコンクールで天才少女と噂されてる女の子の生演奏に感嘆している。間奏が終わるといよいよ、フェルマー王子のソロパートだ。テンポがゆっくりとなる。
♪ジョイフル ジョイフル あなたの前で
♪輝くあなたは 愛の恵みよ
♪あなたが微笑み 花さえ開く
♪恵みの太陽 今昇りゆく
♪罪と悲しみ み雲を散らし
♪疑いの闇は 今払われる
♪滅びぬ喜び 与える神よ
♪我らは光で 満ち溢れてる
観客達は、信じられないものを聞いた。天使の声だ。神の福音だ。ソロパートが終わると、またドミノちゃんの間奏だ。テンポが早くなる。
♪花さく丘べに いこえる友よ
♪吹く風さわやか みなぎるひざし
♪こころは楽しく しあわせあふれ
♪ひびくは われらのよろこびの歌
うまくいった。皆の息もぴったりだった。最後は、会場の皆も声を合わせて歌っていた。次の演目は、
『讃美歌第98番 あめには栄え』
だ。この曲も、讃美歌のスタンダードだが、伴奏がアレンジされて超絶だった。
♪ああヘラルドの 天使が歌い
♪王たるみどりご 栄えあれと
♪平ける御世に溢れる 慈しみ
♪今全ての罪人は 許される
♪歌え讃えよ 歓喜の歌で
♪あまねく勝利は 我らのものよ
♪天の使いが 今教えたもう
♪救いの神は 我らの前に出たもう
天使の声が、響き渡る。荘厳にして華美なる歌声だ。
次は、皆が知っている曲、
『賛美歌第109番 きよしこのよる』
だ。1番を歌ってから、会場内の観客も、もう一度歌うように指揮者が促した。皆、立ち上がって歌い始める。
♪きよしこのよる
♪星はひかり
♪すくいのみ子は
♪みははの胸に
♪眠りたもう
♪ゆめやすく
美しい歌声に、皆、うっとりする。
しかし、本番はこれからだった。団員の皆と、団長が下がる。舞台に残っているのは、フェルマー王子とドミノちゃんだけだった。フェルマー王子の独唱が始まる。ドミノちゃんの前奏に続き、歌い始める。
♪Oh happy day
♪Oh happy day
♪主が私の心を清めた
♪私を清めた
♪この幸せな日に感謝を
♪主は教えたもうた
♪心の清め方を
♪清い心の大切さを
♪邪との戦い方と祈り方を
♪主は教えたもうた
フェルマー王子の歌声は、皆に青空と満開の花畑を連想させた。
次は、伴奏なしだ。シーンと静まり返った会場に、フェルマー王子の歌声だけが響き渡る。
♪まだあげ初めし 前髪の
♪林檎のもとに 見えしとき
♪前にさしたる 花櫛の
♪花ある君と 思ひけり
♪やさしく白き 手をのべて
♪林檎をわれにあたへしは
♪薄くれなひの 秋の実に
♪人こひそめし 始めなり
カーマン王国ではよく歌われていた歌だったが、もの悲しい曲調と、切ない歌詞が、今のフェルマー王子にぴったりだった。
中休憩後は、合掌が2曲だ。
『賛美歌第112番 もろびとこぞりて』
『賛美歌第167番 アメイジング・グレイス』
合唱は終わった。最後に、ドミノちゃんのピアノソロだ。曲目は、ショパンの練習曲ハ短調作品10ー12『革命のエチュード』だ。勇壮にして繊細。超絶技巧が随所に光る。とても小学6年生の演奏ではない。
コンサートは無事に終わった。会場の外では、合唱団のレコードとフェルマー王子、ドミノちゃんの写真が売られている。圧倒的にドミノちゃんの方が売れている。もう『押し』ができたのか、写真を10枚以上買う男の子が多い。
フェルマー王子には、若い女の子から中年まで幅広い女性がファンのようだった。大人の女性は、恥じらいが無いのか、フェルマー王子に握手を求めてくるし、抱きつく女性までいる。売り場を仕切っていたシェルさんが、必死に引き剥がしていた。
夜は、一流ホテルの2階と3階を貸し切っている。ただし、スイートルームはゴロタとシェルの部屋だった。
夕食は、焼肉屋だ。肉を取りに行く店でなく、ちゃんとテーブルまで運んでくれるチェーン店だ。店の名前は『宝々苑グレーテル本店』だ。タイタン市とハッシュ町それにニースタウンにも支店がある。少し高級店なので、平素はなかなか行けないようだ。
どんどん注文している。女の子は、焼きもせずに、ドンドン食べている。焼くのは男の子の役目だ。フェルマー王子も、ドミノちゃんの注文で焼いている。
美味しいが、肉ばかりなので、そんなに食べられない。野菜盛り合わせや、お肉に巻く野菜も注文して一緒に食べると、また食べられるようになる。
最後は、お店から今日準備した肉がなくなったと言われ、閉会になった。支払いは、シェルだった。20万ギル近い支払いだったが、今日の公演の報酬ととレコード、写真の売り上げでお釣りが来ている。
次の日、午前中は都内観光だ。大聖堂や美術館、王城内庭園を見て回った。午後は、自由時間だ。夕方4時にゴロタ帝国外交館前に集合になっているので、3時間以上余裕がある。
フェルマー王子とドミノちゃんは、2人で王立音楽学院を見学に行く。歩いて1時間くらいの場所だった。
地図を見ながら歩いていく。ドミノちゃんが、フェルマー王子と手を繋いできた。フェルマー王子は、ドキッとしたが、はぐれてはいけないので、そのまま手を繋いで歩いていく。
30分位歩いた時、若い男達に声を掛けられた。着ている服装から地元の高校生らしい。彼らからみると、お揃いのセーラー服なので、修学旅行か何かの小学生に見えているのだろう。
「おい、お前ら、餓鬼のくせに、見せつけてくれるじゃあねえか。」
フェルマー君は、手を離そうとしたが、ドミノちゃんがギュッと握ってきた。手が、少し震えている。フェルマー君、落ち着いた態度で、
「何か、用ですか?」
「何か、用ですか。用があるから、呼んだんだ。見逃してやるから、金を貸してくれよ。」
小学生から、金をたかるなどクズ以下だ。相手は、5人。一番後ろの、ニヤニヤ笑っているデカいのが、リーダーらしい。
「僕達、お金なんか持っていませんよ。」
「そうかい、そんなら、そこで跳ねてみな。」
フェルマー王子は、キョトンとした。跳ねてどうするのだろう。ふと、気がついた。跳ねると、小銭のチャリンチャリンという音がするからだろう。
しかし、全く言う事を聞く気のないフェルマー王子は、
「いやです。」
冷たく言い放った。
「てめえ、舐めてんのか。」
男の子右パンチが、飛んできた。フェルマー王子は、ドミノちゃんと共に、『瞬動』で5m程下がった。ドミノちゃんの手を離し、体勢を崩している相手のところに、また『瞬動』で戻った。体勢が崩れたままの相手に、軽く足払いをかけると、1回転して、背中から地面に叩きつけられた。
次は、手刀を構えた。気を込める。右手刀が赤く光っている。リーダーの周りの男達の首筋に当てていく。全員が、気を失って倒れてしまう。最後に残ったリーダーは、さっきから詠唱をはじめている。
どうやら『火魔法』らしい。詠唱内容から、かなり低レベルだ。フェルマー王子は、一旦、手刀を解除する。
「ファイアボール」
相手が打って来た火球を手の平で受け止めて、跳ね返した。相手は、自分の魔法を浴びてしまった。元々そんなに強くないので、軽い火傷だけだったが、完全に戦意喪失したようだ。
これ以上、戦っても何にもならないので、フェルマー王子は、ドミノちゃんの手を引っ張って、その場を逃げ出した。
王都の焼き肉店の支店は、タイタン市の一等地にもあります。セント・ゴロタ市にも誘致しております。