第395話 フェルマー君とドミノちゃん
人間世界と魔人世界では、風習が大きく変わる。しかし、お互いを好きになると言う気持ちは変わらないようです。
(12月10日です。)
あれから2人は口を聞いてない。学校への登下校も別々だ。フェルマー王子は、どうしたら良いか分からない。あの日の夜、シェルさんに相談したら、ニコニコ笑っているばかりで、全く相談に乗ってくれなかった。
デミアさんも、困った顔をするだけだった。男性と交際した経験が皆無のデミアさんに、解決方法が分かる訳なかった。
いつもドミノちゃんが先に行く。と言うか、フェルマー王子が早朝稽古を終わって、別館に戻って来た時には、もう学校に行ってしまっている。学校の音楽室で、授業が始まるまで、ピアノの練習をしているのだ。
授業が始まっても、ドミノちゃんはフェルマー王子を全く見ようとしない。この雰囲気は、クラス全員が気が付いている。誰も、2人に声をかけようとしなかった。
授業中も、ドミノちゃんはフェルマー王子の方を見ようともしなかった。フェルマー王子は、授業を受けても、ちっとも身に入らない。簡単な計算問題を間違えてしまう。
もうダメだ。そう思っている時、クラスメイトの女子が、心配してフェルマー王子に声をかけて来た。
「フェルマー君、ドミノちゃんと喧嘩したの?」
クラス委員をしている子だった。1人が声をかけて来たら、次々と他の女子がフェルマー王子を取り囲んできた。
喧嘩の原因や、仲直りの仕方、挙句はプレゼントを一緒に買いに行こうと言うことになった。え、それは未だ。そう思ったが、みんなワイワイ喋り続けている。
ガタン!
ドミノちゃんが、椅子を倒して、立ち上がり、フェルマー王子を睨みつけた。目には、涙が溜まっていた。ドミノちゃんは、そのまま教室を出て行ってしまった。その日、ドミノちゃんは教室に戻って来なかった。
フェルマー王子は、ドミノちゃんの鞄を持って、屋敷に帰った。屋敷からピアノの音が聞こえる。ベートーベンの『悲愴』だ。
美しく、物憂い主題が静かに奏で始められる。何回も何回も主題が繰り返される。フェルマー王子は、胸が締め付けられた。涙が出てきて、止まらない。今、あの子はどんな気持ちでピアノを弾いているのだろうか。
僕がいけないんだ。責任は取らなければいけない。そうだ。カーマン州連合に帰る時、ドミノちゃんも連れて帰ろう。でも、ドミノちゃん、『うん』って言ってくれるかな?
たった1人の人間を幸福にできなくて、国民を幸せなんかできる訳ない。ドミノちゃんの輝くような笑顔が見たい。フェルマー王子は、胸が締め付けられるような思いだった。
屋敷のドアを乱暴に開ける。ピアノの演奏が、止まった。ドミノちゃんが、こちらを見ている。大きなアーモンドのような形の目、長い睫毛が吃驚したような眼を取り囲んでいる。
「ドミノちゃん、僕、僕は、ドミノちゃんと結婚するよ!」
一瞬、流れる静寂。メイドさん達が固まっている。
ドミノちゃんは、大声で笑い始めた。ずっと笑っていた。笑い終わってから一言。涙ぐみながら、
「馬鹿ね。フェルマー君の馬鹿!」
顔は怒ってなかった。でも、何故、泣いているのかわからないフェルマー王子だった。
結局、2人はシェルの前で座らせられていた。15歳になるまで、お互いの気持ちが変わらなければ、その時、改めて結婚の約束をすれば良い。
ドミノちゃんは誰と結婚しても自由だし、ゴロタ君と結婚しないからと言って追い出したり、待遇が変わったりはしないから安心する事。
フェルマー君は、好きでもないのに、結婚するなんて言ってはダメ。きちんと考えて判断すること。とにかく、未だ小学生なんだから、今は、何も決めないで、やりたいことを見つけること。
その日の夕食は、いつものように、フェルマー王子とドミノちゃんが仲良く並んで座っていた。
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ドミノちゃんは、自分でも何故あんなに怒っていたのか分からなかった。フェルマー君に『角』を撫でられた時、とっても恥ずかしかったの。フェルマー君は、何であんな事をしたんだろう。『もしかしたら、私の事を。』って考えたら、頭の中が真っ白になったの。
でも、フェルマー君、謝るばかりなの。え、誤解してたの?私ったら。そう、思ったら恥ずかしくなって、思いっきり、『馬鹿』って言ってしまったの。
そうよね。フェルマー君、魔人の風習なんか知っている訳ないもんね。でも、つい眠ってしまって、ふと気が付いたら、フェルマー君、私の『角』を撫でているんだもん。
え、これって?愛の告白と誤解したって無理ないわよ。そりゃあ、私はゴロタさんの妻になる女よ。いつになるか分からないけど。いつかしら。あれ、ゴロタさんと結婚の約束ってしたかしら。
まあ、いいわ。私は、いつだって恋する乙女よ。フェルマー君だって、女の子に人気があるみたいだし。今日だって、学校で、女の子に囲まれていたじゃない。
なに、あの態度。私が怒っているのに、よく他の女の子と口を利けるわね。そう思ったら、なんだかとても悲しくなってきて。
フェルマー君、私のことなんか何とも思っていないんだって。もうダメ、我慢できないわ。だから、つい言ってしまったの。『馬鹿。』って。もう学校になんかいられないわ。なんか、胸がモヤモヤ、イライラしてしまって。だから、そのままお屋敷に帰ったのよ。
でも、なんか自分がみじめに感じて。私だけが空回りしてるのかなって。
そう思ったら、あの曲が弾きたくなったの。『悲愴』って曲。今の自分の気持ちにピッタリよ。
弾いていたら、フェルマー君の笑った顔や、困った顔が浮かんできたの。今頃、フェルマー君、何してるのかな。もうそろそろ帰ってくる時間なんだけど、もう、許してあげようかなって。
そうしたら、急にドアが開いたじゃない。フェルマー君が立っていた。手には、フェルマー君のカバンと私のカバン二つを持って、まるでカバンのお化けね。でも、
『ドミノちゃん、僕、ドミノちゃんと結婚するよ。』
って、何、あれ。愛の告白?笑っちゃうわ。本当に笑っちゃった。でも、笑っている最中に、何故か涙が流れてきたの。
ほんと、フェルマー君って、馬鹿なんだから。あれ、さっきから、フェルマー君のことばかりね。ゴロタ様のこと、忘れていたわ。
そういえば、学校でプレゼントを買う約束していたわね。何にしようかな。やっぱ、ダイヤの指輪かな?それともスイーツかしら。
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フェルマー王子は、なんとなくホッとした。ドミノちゃんに嫌わていないことが、分かったからだ。シェル様に、結婚を考えるのは、まだ早いと言われたが、ドミノちゃんの国では、12歳でお嫁さんに行くらしい。
それに、これは元カーマン国王つまり自分の父の犯したことだが、カテリーナさんは、11歳で、シンシアちゃんを身ごもったらしい。とにかく女の子は大人になるのが早いらしいのだ。
ドミノちゃんも、本当は、ゴロタ殿と結婚する予定だというが、未だ婚約もしていないらしい。というか、もともとは本館のブリさん、本名はブリッジブックさんのメイドとしてタイタン市に来たらしい。
それが、どうしてゴロタ殿の婚約者なのか分からないが、とにかく、今は、特定の男性はいない状況なのは確かだ。学校の男の子たちは、ドミノちゃんのことを憧れの目で見ているが、すべての能力が超越しているせいで近づけないでいるらしい。
すべての能力って、凄いな。自分と比べればどうだろう。学力は、なんとなく自分の方が少し上の気がする。ドミノちゃんも凄いが、いつもオール満点なのは僕の方だ。
魔法力では、まったく敵わない。ドミノちゃんの魔法力は王立魔導士協会のトップクラスと比べても同等以上らしい。もともと、ブリさんの魔法メイドとして来ていたらしいから、凄いのは当然だろうと思う。
でも、そんな魔法メイドの職にある人が、何故、お母さんと一緒に住んでいるんだろう。ドミノちゃんのお母さんは、今、孤児院で働いている。とても忙しいらしく、夜遅くなったり、土日も出勤になったりしている。身体が小さいのによく頑張っていると思うんだ。
あの時、つい『結婚しよう。』と、言ってしまったが、本当にそれでもいいと思ったんだ。ブリちゃんは、可愛いし、能力も凄いし、頭もいいし。
僕なんか、きっとダメダメ王子で、ゴロタ殿やシェル様がいないと、きっと、カーマン州連合なんか統治できないと思うんだ。
ドミノちゃんと結婚して、世界中を回ったら楽しいだろうな。冒険の旅だ。魔物を一杯倒して、世界を救うんだ。僕が剣担当で、ドミノちゃんが魔法担当。僕は、『勇者』と呼ばれて『魔王』を倒すんだ。
でも、きっと一度死にかけるんだけど、ドミノちゃんが泣きながらキスをしてくれるんだ。それで、僕は、元気になって、最後は『魔王』を倒すんだ。一杯財宝を貰って、どこかの小さな島で幸せに暮らしていくんだ。ドミノちゃんと一緒に。
あれ、シルフさんがいない。そういえば、この前から、シルフさんがいなかった。どこへ行ってるんだろう。まあ、シルフさんは、とても忙しいみたいだし。しょうがないか。
あ、もうすぐ、合唱団の最終練習が始まる。ドミノちゃんのピアノ伴奏で歌うと、なんか物凄く上手くなった気がするんだ。早く、土曜日、来ないかな。
そう言えば、クラスの女の子が、仲直りにはプレゼントが良いって言っていたっけ。何にしようかな。そうだ。今度の日曜日に、あの谷川でまた綺麗な石を拾ってきてあげよう。
小学6年生、いつの時代も子供と大人の中間です。