第392話 フェルマー王子の帰還
フェルマー王子は、シルフが好きなようですが、絶対に叶うことのない恋だと思います。
(11月26日です。)
北の森は、10キロほどの深さだ。森を抜けると開けた場所に出て、その先は灌木が密集している谷川の頂上になっている。その先は急峻な崖になっていて、谷を越えると、遠くの大雪山脈に続いている。
灌木のまばらなところを探して、谷川の崖の上に立つ。下を見ると50mくらいの崖になっていて、通常では降りることさえままならない。
崖の途中に、リングが突き刺さっていた。あれは、ロープをかけるリングだろうか。
そう思ったフェルマー王子は、降りられそうな場所を探した。右手10m位の崖の上に、同じようなリングがあるのを見つけた。
フェノール王子は、持ってきたロープの端を腰に巻き、もう一方をリングにかけた。リングを通した端を垂らして、ロープの途中をしっかりと持った。
ゆっくり崖を降りてゆく。ロープを持つ手に、自分の体重がずっしりとかかるが、ロープを離さなければ落ちることはない。右手下に見える、リングに向かう。そのリングの下に、足がかかりそうな出っ張りがあり、そこまで降りて、体を保定する。上のリングからロープを外し、目の前のリングにロープを掛ける。
同じようにして下を目指す。次のリングは庇になっている岩が邪魔をして見えないが、取り敢えず降りてみる。あった。次のリングだ。足場を確保して、ロープを掛け替える。
地上まで10m位の所まで降りたが、もうリングは無かった。しょうがない。ゆっくり足場を探しながら降りていく。だが、足場になりそうな出っ張りが全くなくなった。
フェルマー王子は、下の地面をチラッと見た。大きな石がゴロゴロしていたが、一箇所だけ、細かな砂利が広がっている場所がある。あそこなら大丈夫そうだ。
フェルマー王子は、そこを目掛けて、思いっきり飛び跳ねた。周りの風景が止まった。気がつくと、普通に砂利の上に立っていた。
フェルマー王子は、適当な石を探した。ふと見ると綺麗な石があった。キラキラ、ガラスのような輝きがある。水晶にしては、ずいぶん綺麗だなと思い、その石にした。
石を背中のザックにしまってから、どうしようかと思った。上のリングは地上から20mくらいの高さにあり、途中、引っ掛かりがない。ほぼ垂直だ。
左右を見ると、適当な足場になりそうな所が幾つかあった。『あそこまで行けたら、次は、あそこか。』
フェルマー王子は、頭の中でコースをイメージした。よじ登るコースではない。ジャンプしていくコースだ。
最初の足場の下に行く。あの足場まで、ジャンプするイメージを持って、思いっきりジャンプした。
気がついたら、最初の足場に、思った通りにへばりついていた。次は、あそこか。フェルマー王子は、斜め上にジャンプした。
結局、9回のジャンプで崖を登り切った。崖の上では、シルフさんが『MP5』の点検中であった。銃身に炸薬のカスがついているので、落としているそうだ。
シルフさんに、拾ってきた石を見せた。じっとみていたシルフさんは、ニコッと笑って『お疲れさまでした。』と言ってくれた。シルフさんの笑顔を見たら、疲れなど吹っ飛んでしまった。
ここで、一旦お昼にする。防水シーツを広げ、サンドイッチとポット、それにカップ2つを出した。カップ2つにポットからミルクを注ぐ。まだ、少し暖かい。このポットもシルフさんが考案したものだ。樹脂製の断熱材でガラス瓶を包み、金属製の筒に入れている。2時間位なら元の暖かさを維持できるようになっている。
フェルマー王子は、お腹がペコペコだったので、ガツガツ食べたが、シルフさんはおしとやかに少しだけしか食べない。いつも、不思議に思うのだが、本当に食が細いのだ。まだ、育ち盛りのはずなのに、あんなに少しで足りるのだろうか?
あっという間に、自分の分を食べてしまったフェルマー王子は、シルフさんの残している分を見ている。シルフさんがニコニコして、フェルマー王子に差し出した。
「いいの?」
「どうぞ。」
フェルマー王子は、シルフさんの分まで、あっという間だった。お腹がいっぱいになったフェルマー王子は、眠くなりシーツの上で横になってしまった。シルフさんが、羽毛のシュラフを出してくれたので、その中に潜り込む。すぐに暖かくなって眠くなってしまった。
ハッと目覚めたら、もうお昼もだいぶ過ぎていた。慌てて起き出して、出発の準備をする。シルフさんは、今度は『P320』の手入れをしていた。こんな小さな玩具みたいな武器、役に立つのかなと思ったが、知らないことに口を出すと、シルフさんの説明が止まらなくなるので、黙っていることにした。
帰りは、大した獣は出なかった。レッサーウルフの群れは、シルフさんの『MP5』の10連射ですべて逃げてしまった。はぐれ熊が出てきたが、『威嚇』して、追い払ってやった。早く冬眠すれば良いのに。
夕方、森から出てタイタン離宮に戻った。TIT劇場も終わって、皆、帰っていた。女性陣が全員帰っていると、ドキドキしてしまう。
ゴロタさんに、言われた『石』を差し出した。ゴロタさんは、じっと見てから、『一緒に来てくれ。』と言う。どこに行くのかと思ったら、ゲートを開いて、向こう側に行ってしまった。フェルマー王子も慌てて後に続いた。
そこは、何かの店の裏手だった。裏口のドアをノックして、開けてもらう。何度も使っているみたいだった。中に入ると、口が開いたままになってしまった。非常に高級そうな雰囲気、高価そうな服を着た女性が、ガラスケースの向こう側に立っていて、ゴロタ達を見ると、深く礼をしてくれた。
ゴロタさんは、一番偉そうな人と話していて、そのうち、2階の特別な部屋に案内された。そこは、応接室だろうが、とても高級そうな本革張りのソファと分厚い絨毯が、特別な部屋ということを主張していた。そこで、ゴロタさんは、さっきの石を出してきた。なんの変哲もない黒い石だ。ところどころにガラスか水晶が見えている。
その男の人は、拡大鏡を通して、石をいろいろ見て、それから重さを正確に計っていた。ものすごく小さなハンマーで石を叩いてみたりもしていた。
「久しぶりに、これほどの原石を見ました。これなら、大金貨280枚で引き取れますが、どういたしますか?」
「うん、それで頼みます。」
え?大金貨?それも280枚も?
フェルマー王子は、まだ12歳だが、お金の価値というものは知っている。大金貨280枚が、どれだけすごい価値なのか十分すぎるほど知っていた。金貨4枚で、家族4人が1年間生活していける。大金貨は、1枚で金貨10枚分だ。ということは、700家族が1年間、生活していける金額だ。
フェルマーが拾ってきた石は、ダイヤの原石だった。外側の岩石を丁寧にはがすと、およそ800カラット、160グラムほどはあるだろう。実際にはがしてみなければ分からないが、割れ等がなければ、その倍の値段を出しても良いそうだ。ただ、そのためには、2か月以上待って貰うことになるそうだ。
ゴロタさんが、あの石のあった場所は、絶対に人に言ってはいけないと言っていた。もちろん、誰にも話す気はなかった。シェルさんもダメだろうか。聞いたら、ゴロタさんの家族は、皆知っていることだから構わないが、他人に教えると、あの谷川を目指して何人も落ちて死んでしまうので、言わないようにと言われた。
離宮に戻ると、もう食事の準備ができていた。すぐにお風呂に入るように言われたので、本館裏の露店風呂に入った。シンシアちゃんがカテリーナさんと一緒に入ってきた。フェルマー王子は、カテリーナさんを見ることができずに、シンシアちゃんだけを見ていた。
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次の日、ドミノちゃんと一緒に学校に行った。この前の男の子たちは、フェルマー王子を見ると、逃げ出してしまう。フェルマー王子は、何もしていないのに、何で逃げるんだろうと思った。
授業は楽しかった。特に算数と理科は面白いと思う。変な形の面積を出すのに、何本か線をひくと簡単にわかるなんてパズルみたいだ。
今日は、音楽の授業がある。合唱だ。伴奏は、ドミノちゃんだ。ずっとドミノちゃんが伴奏をしているそうだ。ピアノは、先生よりもうまいからだ。今日の合唱の曲は、『冬景色』という曲だ。
♪さ霧消ゆる湊江の
♪舟に白し 朝の霜
♪ただ水鳥の声はして
♪いまだ覚めず 岸の家
♪烏啼きて木に高く
♪人は畑に麦を踏む
♪げに小春日ののどけしや
♪かえり咲の花も見ゆ
意味は、良く分からなかった。秋の終わり、ちょうど今頃だろうか?港へ停泊している小さな船に霜が降りて、真っ白になっていて、カモメか何かが泣いているんだけど、人家からは起きだしている気配がまだないという意味だそうだ。
先生が、そう説明していた。でも、どうして普通の言葉で歌わないのだろうか。ドミノちゃんの伴奏が始まった。最後の方のメロディーをアレンジして前奏にしているが、ずっと前奏をしてもらい程上手だった。皆、歌い始めが遅れるほどだった。
フェルマー王子は、小さい時に聞いたことがある曲なので、すぐに歌うことができた。低音部が厳しいが、伸びのある声で歌っていたら、周りの子たちが黙ってしまっていた。フェルマー王子は、気付かずに歌っていたのだが、先生に止められた。
「フェルマー君、君、この歌を誰に習ったの?」
あれ、怒られるのかな?何か、違う歌い方をしてしまったのだろうか。そう思って、顔が真っ赤になっていたら、先生に前に出るように言われた。そこで、一人で歌うように言われたのだ。
え、一人?少し恥ずかしいが、歌を歌うのは好きだったので、ドミノちゃんの伴奏が始まるのを待った。自分の声が、音楽室に響いて、すごくうまくなった気がする。2番の終わりまで歌ったら、皆が拍手をしてくれた。え、拍手?
フェルマー王子は、タイタン市少年合唱団のメンバー、しかもソロパート担当になってしまった。でも、土日は、ダンジョンとか森に行かなければいけないので、断ろうと思ったが、シェルさんから、絶対に入るように言われてしまった。
結局、土曜日の午後、ドミノちゃんと二人で、最近出来たタイタン市音楽堂で、合唱の練習をすることになった。聞けば、聖夜の日に、コンサートがあるらしい。讃美歌を練習しなければいけなくなってしまった。
フェルマー王子は、カーマン州連合の大公になる前に、何になってしまうのか、本当に帰還できるのか不安になってしまった。
やや、物語が変ね方向に向かっているような気がします。ゴロタの世界統一はまだまだ先のようです。