第383話 カーマン王国の滅亡
カーマン王国には、以前から人身売買など風紀の乱れが見られます。
(10月25日です。)
朝食後、シェルと色々話し合った。カーマン王国をこのままにはしておけない。ゴロタは、女性や子供が犠牲になる事が一番嫌いなのだ。
ガーリック侯爵には申し訳ないが、カーマン国王には罪を償って貰う。まず、国王の悪行の証跡を掴む必要がある。これには、忍びのジローさん達を使うことにする。
次に、国内の実情を知る必要がある。悪行を補う程の善政を布いていたら、当然に減刑だ。国ごと腐っていたら。面倒だが、ゴーダー共和国と同じ運命だ。
シェルと、午前中いっぱい打ち合わせをしていた。カーマン国王家を取り潰すのか、皇太子を次代国王として即位させるのか?国のありようも含めて、最善手を取るつもりだ。兎に角カテリーナさんをゴロタに預けたのが、カーマン国王の間違いの始まりだ。
次に、シンシアちゃん達の扱いだ。シンシアちゃんの本当の年齢を知る必要がある。また、グレーテル王国のギルド総本部に行かなければならない。まあ、それはそのうちでいいだろう。
問題は、どの部屋を使うかだ。カテリーナさんは、発育の遅い小学生低学年くらいだ。昨日のオネショは、寝る前に行かなかったからだ。部屋のトイレなのに、夜は怖いらしい。何か、あったのかも知れない。
暫く、ゴロタの部屋で寝ることにした。シルフが一緒なので、寝ずの番が出来る。
結局、今日の午後は、街に買い物に行くことにした。シェルも一緒だ。カテリーナさんは、お金を使った事が無いらしい。え、行政庁で働いていたのでは?と思ったが、食事を与えられただけで、朝4時から働かされていたらしい。しかも朝食と夕食抜きで。
しかし、文句も言えずに働くしか無かったようだ。自分の身に何が起き、それをどうするという教育を受けていなければ、犬や猫と同じレベルの思考しか無いだろう。
シルフが、カテリーナさんの翻訳首輪を外して、言葉を教えている。こめかみに手を当てて、話しかけている。
「『私』、自分のことは『私』、さあ、言ってみて。」
「あああ!あああ!」
うん、言葉にはなっていないが意味はわかったみたいだ。後、音が聞こえないのは、先天的に聴覚器官の欠損があるようだ。それに言語野の損傷。
ゴロタも見た目は『錬成』で作れるが、体の内部は『錬成』では作れない。知識の無いものは作れないのだ。
シルフが、こめかみに手を当てているのは、こめかみに音声の振動を与えているのだ。『骨伝導』で、わずかに残っている聴覚器官を振動させている。ゴロタには分からなかったが、効果があるなら、なんでもやって貰おう。
街に出て買い物をしていたら、カテリーナさん、通学帰りの子供達をじっと見ている。シェルが、その視線に気が付いた。
「学校、行きたいの?」
黙って頷いた。名前もなければ、読み書きも出来ない。学校になんて行ったこともないだろう。きっと、今まで、学校に行く子達を羨望の眼差しで見続けていたのだろう。
「学校に行こうね。」
シェルが言うと、力無く首を横に振った。彼女は、自分が他人より劣っていること、他人とは同じではないことを十分に理解していた。生きることだけが、彼女の望みであり、それ以上を望んではいけないことを知っていたのだ。
これは、だいぶ後になって分かったことだが、彼女は壮絶な人生を送ってきたのだった。
彼女は、臭いのしない綺麗な身体と服、暖かい食べ物、それだけで十分に幸せだった。小さいころ、孤児院の外を見ると、自分と同い年位の子たちが学校に行く姿をよく見かけた。どこに行くのか分からなかったが、どこか特別のところに行くみたいだった。自分もいってみたかったが、孤児院の外に出るとシスターに鞭で叩かれるので、絶対に出なかった。
ほかの子は、自由に外に出ていたが、自分だけは出てはいけないようだった。朝早くから、水汲みと掃除それに洗濯だけをしていた。
食事は作らせて貰えなかった。いい匂いがする食事の時は、自分の食事がない時があったが、それでも次の時には、何か食べることができたので、我慢できた。
彼女は、他の子どもたちが怖かった。孤児院ではいじめられ続けた。大きくなってから、火事の後、大きな男の人に連れられて、大きな建物に住むことになった。ずっと掃除をしていた。食事は、朝、10時に食堂に行くと、小さなパンがさらに乗せられ床に置かれていた。手づかみで食べた。お昼は、午後2時頃に行くと、やはりお皿が置かれていた。
夜は、食堂が締まっているので、何も食べられなかった。真っ暗な中で、屋根裏部屋に行くのは怖かったが、それでも誰も殴る人がいないことは安心だった。トイレは、丸い入れ物にした。藁くずで拭いて、朝、1階のトイレに捨てた。身体から匂いがしていると、裏の井戸で水を掛けられた。冬は、辛かったが、それでも我慢さえすれば、食べ物がもらえたので、逃げ出すことはしなかった。
お客様がいるとき、立って掃除をしてはいけないようだった。ずっと四つん這いになって床を拭いていた。早朝と、夕方5時過ぎには立ち上って掃除することが許された。
彼女は、掃除をすることが食事にありつける唯一の方法だと思っていた。あの日までは。あの日のことは、よく覚えていない。誰かに連れていかれた。初めてお風呂に入った。知らない男の人のベッドで、オシッコをするところに大きなものを突っ込まれた。とても痛かったことを覚えている。あとはよく覚えていない。でも、掃除をしなくても食べ物をくれるようになったので満足だった。
今でも、床に落ちたものを大切に食べている。食べないと鞭で叩かれた。オネショをしても鞭で叩かれたが、黙っていると2倍も叩かれるので、必ず、女の人に教えた。最初はきれいな服を着せられたが、そのうち、古い服になった。最近は、1年中同じ服を着ていた。
シンシアという赤ん坊を産んだけど、傍に近づけなかった。育てるのは、部屋の女の人達みたいだ。ずっとシンシアを見ていた。じっと見ているとホッとする。でも、それ以上何もできなかった。
シンシアは、部屋の女の人と仲が良かった。鞭で叩かれることもない。それだけで、満足だった。
彼女は、何も考えなかった。考えることができなかったのだ。鞭で叩かれないように大人しく座っているか、立っているだけだった。部屋から出ているのを見つかると、髪の毛を掴まれて引きずられながら部屋に戻された。あまりの痛さに涙が出たが、鞭の傷のように後まで痛さが続くことはなかった。
ここに来て、初めて話すことができた。いや、話してはいないが、自分の思いを言葉にすることができたし、相手の話していることを理解することができた。
シェルさんというとてもきれいな女の子は少し怖かった。いや、とても怖かった。耳も長いし、自分のすべてを見られている気がした。
背の高い男の人は、とても綺麗な人だった。こんな綺麗な男の人は初めて見た。昨日、一緒に寝たのに、何もしてこなかった。シンシアを産む前に、自分を痛くした男の人は一晩中、股間を触り続けていた。気持ち良かったが、眠りたかったことだけは覚えている。
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翌日、ゴロタはクレスタを連れてガーリック侯爵領チェダー市に行った。勿論、マリアも一緒だ。市内の侯爵邸に行くと、門番の人が、目を丸くしていた。死んだはずのクレスタが、マリアちゃんを抱いて歩いて来たからだ。
すぐにクレスタの母親のクリスティーナさんが出てきた。クレスタを見るなり、抱き着いてきた。クレスタは、マリアを抱いているので、クリスティーナさんの背中に手を回すことができなかった。しばらくそうしているうちに、家の中の者がすべて出てきた。もう、大変な騒ぎだった。
ゴロタは、ここにいるクレスタは、前のクレスタではないと説明した。アンドロイドであることは特に説明しなかった。説明が難しいからだ。ここからは、クレスタが説明する。
「私は、生まれ変わった時に記憶が混乱しているので、皆さんとお会いして、記憶を整理する必要があります。お手伝い願いますか?」
クリスティーナさんをはじめ、皆、頷いている。最初は、クリスティーナさんだ。クレスタの右手の掌がクリスティーナさんのおでこに当てられた。クレスタが目をつぶる。手の先がボーッと光っている。記憶探査及びコピーが終わった。所要30秒位だ。クレスタを知っているメイドや執事さん達も同じようにした。
その日の夜、クレスタの3人の兄と4人の姉も来ていた。皆の記憶をコピーし終えた。
屋敷内の新しい別邸には、長男夫婦と子供たちが住むことになっている。特に問題はない。どっちみち侯爵に上げるつもりの屋敷だったし。これで、すべてのデータがそろったのだろう。クレスタは、クリスティーナさんに
「ママ、元気だった。」
全くのクレスタだ。クリスティーナさんは、泣き崩れてしまった。あとは宴会だった。いつものように飲めや歌えの大騒ぎだ。クレスタの同級生も大勢来ていた。会話の前に、おでこへ手を当てて30秒じっとしている。何かのおまじないのようなので、皆、嬉しそうにしていた。
次の日、ゴロタは1人でカーマン王国の王都にいた。街中を普通に歩いている。誰もゴロタに注意を払わない。気配を消しているのだ。街の中には物乞いや娼婦が溢れていた。裏路地からは、変な匂いがしてくる。この匂いは「阿片」だ。匂いのする方に歩いて行くと、軒先に素っ裸の兎人の女が鎖で縛られて、転がされている。看板に『1回大銅貨1枚』と書かれている。股間は白いノリがベッタリと張り付いていた。
その先には、老婆が、座っている。脇に女性の絵が書かれている看板があり、口のところに丸い穴が空いている。老婆は、歯が1本も生えてない口を開けてニタニタ笑っていた。
まさに退廃の街だった。女性のあらゆる穴を商売道具にしている。いや、男性もいた。スカートの中には、切り取った醜い傷跡が見えた。
中年の太った女性が、近づいてきて、やにわにズボンの上からゴロタの一物を掴んだ。
「本番、銀貨1枚だよ。あんた、色男だから大銅貨5枚でいいいよ。」
ゴロタは『威嚇』を使って追い払った。ああ、この国は既に滅亡していた。
このままでは、カーマン王国を維持できません。