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第382話 シンシアちゃんは可愛いです。

シンシアちゃんと母親がタイタン離宮で暮らします。

(10月24日の夕方です。)

  タイタン離宮に皆が帰ってきた。皆、シンシア親子を興味深げに見ていたが、シェルが応対しているので、近づいてこない。基本的に対外的な対応はシェルがする事になっている。


  シンシアの母親は落ち着いたのか、漸く顔を上げた。長い睫毛が濡れている。身長はシェルと同じ位なので、160センチはないだろう。シェルよりも年上という事は無いだろうが、幾つくらいだろうか。


  それよりもきているドレスが異常だった。もう10月の下旬だと言うのに、明らかに夏用の薄手の生地のドレスなのだ。それも、かなり着古した感があった。


  「貴女、今、お幾つ?」


  シェルさん、かなり言葉にトゲがあります。シンシアの母親は、耳と口に手を当てて、人差し指でバツを作った。


  「貴女、口が聞けないの?」


  ダメ、そんな口の聞き方したら。母親は、両手の親指と人差指の指先をトントンと2回合わせて頷いた。


  「母ちゃまは、お耳が悪いの。お口だって悪いの。イジエないで。」


  シルフが、例の首輪を持って来た。シンシアの母親の首に巻いた。これで思ったことが言葉になる。聞いた事は、頭の中に言葉のイメージとして聞こえるはずだ。言語能力さえあれば、使えるはずだ。


  シンシアの母親は、手話混じりで、話始めた。イントネーションがおかしく、本当に片言の喋り方だが、なんとか言葉になっている。いや、かなりゆっくりで辿々しい。言葉を探しながら喋っている。


  「私、シンシア母親。名前ない。」


  自分で、話していることに吃驚している。


  「ちょっと待って。名前が無いってどう言うこと。」


  「孤児院、名前なかった。名前、聞こえない。」


  耳が聞こえなければ、きっとそうだろう。


  「孤児院、掃除。雑巾。床。毎日。」


  手話混じりだが、孤児院では、毎日、掃除をしていたのだろう。


  「手話、お城、教えてくれた。」


  「10歳、孤児院、火事。行き先ない。お腹空いた。」


  「市、建物、屋根裏、寝た。毎日、掃除。床、雑巾。」


  火事で焼け出された孤児院の子達は、どこかに引き取られるが、耳が聞こえない子は、里子にも行けず、市で掃除婦として雇ったのだろう。よくある話だ。


  「孤児院、ご飯、朝と夜。屋根裏、昼だけ、残っている。食べる。ひもじい。」


  可哀想で、聞いていられない。赤ん坊の時に、孤児院の前に捨てられたのだろう。耳が聞こえない障害のある子にはよくある話だ。


  それから、ゆっくり『念話で質問し、片言で答えて貰った結果、おおよそのことが分かった。


  孤児院でも、ロクな育てられ方はしなかったようだ。扱いは犬猫並だ。食事は、朝と夜だけ。大きくなってからは、それさえも抜かれることがあったそうだ。勿論、掃除をしても何も貰えない。


  市役所か行政庁で働いている時も、朝から晩まで掃除をし続けたそうだ。食事は、食堂のお昼の残り物だ。夜は、職員が帰るので何も食べさせて貰えなかったらしい。


  14の時、宰相の目に止まって、国王陛下の一晩の慰みものになるため、城に連れて行かれた。しかし、障碍者の愛妾は珍しかったのか、2か月ほどお城に居たそうだ。用済みになって、行政庁に帰されそうになった時に妊娠していることが分かったのだ。


  出産してからは、生きているだけの存在だったが、きれいな身なりで、3度の食事ができるので満足だった。手話は、若いメイドに教えて貰ったそうだ。


  今日、ここに来たのが何故か分からなかったが、何となく、シンシアと一緒に売られたのだろうと思っていた。


  自分よりも若い子に怒られているようだったので、下を向いていたら、涙が溢れて来てしまった。シンシアが、何処に売られてしまうのだろうか?それが心配だった。


  皆が、そばで聞いていた。泣いている者が殆どだ。ゴロタは、聞いていて怒りが湧いて来た。カーマン国王や宰相に制裁を加えたい。しかし、ガーリック公爵がいる。


 「あなた、怒っちゃ駄目!」


  シェルが嗜める。ここにいても、カーマン王国の王都に特大の火球を落とすくらい訳もない。シェルの言葉で、怒りが消えた。シェルの説教の方が怖いのだ。


  「掃除、必ずする。シンシア、売らない。」


  どうやら、奴隷か何かとして、この国に売り飛ばされたと思っているようだ。あの国では、非合法の奴隷制度があるのだろう。


  結局、マリアちゃんのお友達ということで、ここで暮らす事になった。シンシアの母親では、呼びにくいので『カテリーナ』と言う名前を付けた。本来ならカテリーナちゃんだろうが、母親なのでカテリーナさんだ。


  年齢は、分からない。文字や数字が読めないので、自分の生まれ年も知らないし、教えてくれる人も居なかった。


  行政庁で働く時、自分で14としたが、余り多いとまずい気がしたのだそうだ。14と言う数は、指で示すのに簡単だった。


  シンシアの誕生日も知らない。産まれて、冬が3回来たような記憶があるがハッキリしない。あの国の冬は、この国の夏だ。それだけでは3歳以上としか分からない。


  シルフが、念話でゴロタとシェルに話しかけて来た。


  カテリーナは、耳と口に障碍があるが、脳の言語野と記憶領域にも少し損傷があるようだ。


  本来、小さい時からリハビリを受ければ健常人レベルにはなる筈だったが、大切な時期に劣悪な環境で育ったので、もう完全回復は難しいかも知れない。


  取り敢えず、彼女たちの着るものだ。豪華な貴族服を着ているが、明らかに夏物で、かなり痛んでいる。これでは、この国では寒いだろう。シェルとキティちゃんの服を出してあげた。と言うか、まず風呂だ。香水の匂いで誤魔化しているが、少し匂う。王宮では、お風呂は滅多に入れさせて貰えなかったようだ。


  メイド長のイブさんに、お風呂に案内させた。お風呂の使い方も教えてあげるように指示した。お風呂から上がった頃、イブさんが青い顔をして走り込んできた。シンシアの背中を見てくれと言う。


  シェルとフランが確認した。鞭で叩かれた後が痛々しい。聞くと、王宮で粗相をしたらメイドに鞭で叩かれるらしい。しかし、誰にも訴えられないので、泣いて許してもらうしか無いのだ。


  フランちゃんとシェルが、『治癒』と『神の御業』で、傷を治していく。しかし、綺麗に治らない。古い傷がケロイドになって固着しているので、もう治らないそうだ。酷いことをする。誰にも訴えることが、できないことを良いことに、やり放題だ。


  ゴロタは、シェルを介して『復元』スキルを使う。直接、肌に触れてはいけない気がしたからだ。背中の傷は綺麗に治した。


  しかし、脳の損傷は、復元では治らなかった。『錬成』も、脳のようなナイーブな機関はうまくできない。治すのは、気長なリハビリしかない。これが外傷によるものなら治せるのだが。


  しかし、こんな仕打ちは絶対に許せない。イフちゃんにカーマン王国の王城に飛んで貰う。後宮の中まで入って行く。メイド3人が大きな声で話し合っていた。


  「ああ、セイセイした。あの『オ●女』漸くいなくなったわ。これで手間が掛からないわ。」


  「ふん、あいつったら『ツン●』のくせに、ちょっと綺麗だからって、良い思いをして。ふざけないでよ。」



  「そうよ。それに、あのオネショ女、寝てから廊下のランプ全部消したら漏らしてやんの。本当、馬鹿なんだから。」


  「あたしなんか、あの『ツン●』の食事の皿、わざと落としたのよ。そしたらジッと床に落ちた皿見てんの。結局、手で拾って食べてやんの。まるで犬よ。アハハハ。」


  視覚と聴覚を共有していたゴロタは、イフちゃんにある事をお願いした。次の日、この3人は、立ったまま炭になっているのを見つけられるだろう。


  夕食の時間だ。今日は、オードブルから始まってのフルコースにした。シンシアちゃんとカテリーナさんの歓迎会だ。シンシアちゃんは、ナイフとフォークをうまく使えず、ついには手掴みで食べ始めた。



  ゴロタは、知らないうちに涙が出て来てしまった。キティちゃんが、シンシアちゃんに注意しようとしたがシェルに止められた。


  それを見ていたカテリーナさんも、お肉を手掴みで食べ始めた。皆、黙って食べていたが、シェルが執事に目配せした。


  執事長のセビリアさんは、カテリーナさんのお肉を食べやすいように小分けに切り、スプーンとフォークを渡した。カテリーナさんは、フォークをお肉に刺し、スプーンでソースを啜って、喜んで食べ続けた。


  最後のデザートは、アップルパイだ。カテリーナさんは、片手でオレンジジュースを持ちながら、片手でパイを持って食べ続けている。食べ終わってから、メイドが、カテリーナさんとシンシアちゃんの手と口を綺麗に拭いている。


  部屋は、別館にしようかと思ったが、今日は本館の2階の1室にした。バストイレ付きの部屋だ。シェルが、トイレの使い方を教えてあげた。シンシアちゃんは、分かったようだが、カテリーナさんはうつろな目だ。もう、眠たいらしい。トイレのライトはつけっぱなしにしておく。


  2人でキングサイズのベッドに一緒に寝て貰った。カテリーナさんが、着替えずにそのまま寝ようとしたので、寝巻きを出してあげて、着替えさせた。


  ゴロタとシェルの部屋を教えてあげ、何かあったらドアをノックするように言った。2人は抱き合って眠ったが、親子というよりも幼い兄弟という感じだった。


  その日の深夜、シェルの部屋のドアがノックされた。ドアを開けるとカテリーナさんが立っていた。


  「シンシア、オネショ。」


  シンシアちゃんがオネショをしたと言うのだ。だが、シンシアだけでは無かった。カテリーナさんも、寝巻きのズボンがグッショリだった。


  シェルは、洗濯石と魔火石ですぐに乾燥させてあげたところ、カテリーナさんは吃驚していた。


  いつもは、鞭で打たれるだけで、乾かしてなど貰えない。鞭で打たれることもないと知り、泣き出してしまった。結局、その日はシェルも一緒のベッドで寝ることになった。


  翌朝、カテリーナさんは陽の昇る前に起き出し、廊下と階段を掃除しようとして、皆の部屋のドアを開けて、掃除道具を探し続けたのも、オネショした後の罰で掃除させられていたかららしい。


  シェルが起き出して来て、掃除をやめさせた。カテリーナさんは、『ごめんなさい。』、『ごめんなさい。』と泣きながら謝っている。


  仕方がないので、ゴロタの部屋に連れ戻し、3人で眠ることにした。カテリーナさんが真ん中だ。シンシアちゃんはジェーンが面倒を見ている。


  未だ4時半だ。それから朝までぐっすり寝た3人だった。

カテリーナさんは、自分の今の境遇を理解できませんでした。

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