第377話 獣人の国って難しい
異種族が混在すると、どうしても差別が生ずるようです。
(9月3日です。)
今日は、ゴロタの24歳の誕生日だ。この日は、『皇帝誕生日』として、国民の祝日だ。飲食店や物品販売店それに公共交通機関や衛士隊以外は休業だ。
この日、タイタン市内の路面電車が開業する。市内どこでも100ギルで行ける。開通式は、グレーテル国王陛下も来賓として臨席していた。また、ジェンキン宰相に無い物ねだりをしているようだ。
当然、国王陛下達は一番電車だ。2番電車から営業運転となり、営業運転一番乗りを狙って、3日前から行列が出来ていた。
電車は、時速60キロで走行するので、市内は、僅か15分で走り抜ける。料金は、前の扉から乗車する際に、運転席の横の料金箱に入れる。降車は後ろからだ。
乗車口のすぐ脇に車掌が乗っているが、慣れない乗客に乗車方法の案内や、両替を行なっている。未だ新通貨は流通を始めていないので、皆、銅貨10枚で乗車している。
電車は、ほぼ5分間隔で運行している。市中心の噴水前大広場で、線路は4方向に分かれている。南端からだと、北端までの直線路線と、西端、大広場、北端、大広場、それから東端と廻る外回りと、その逆の西回りがある。
一旦乗車すると、1日乗車し続けてもOKだ。但し、乗り換えは、その度に100ギルだ。初日から大盛況で、料金箱が直ぐに一杯になってしまった。
この路面電車は、次はセント・ゴロタ市に作るつもりだ。現在、メディレン湾に面した北の沿岸に大規模火力発電所を建造中だ。近くには油田があるので、燃料を運ぶ手間が掛からない。
この国の鉄道は、最初から電化するそうだ。シルフが、何を考えているのか分からないが、便利になるのなら、反対する理由は無い。大規模製鉄所は、南の鉱山地帯そばに建造中だ。
当面は、資材搬送のための簡易鉄道を敷設する予定だ。電力は、溶鉱炉の排熱を利用するらしいが、理解できないので無視した。
皇帝誕生日記念式典は、離宮での国民参賀が3回と、晩餐会だ。晩餐会の上席には、グレーテル国王陛下夫妻と妻達が座る。各閣僚や来賓は、隣のテーブルだ。
余興は、ミキさんの歌唱だ。ピアノ伴奏はジェリーちゃんだ。それが終わるとTIT48のステージだ。キティちゃんも混じっているが、小さくて可愛らしい。
ゴロタ帝国が、平和で豊かな国になるだろうことは誰も疑わなかった。たった一人を除いては。
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宴終了後、中央フェニック帝国のガダリロ宰相がゴロタ皇帝陛下に拝謁を申し出てきた。特に謁見の間などないから、2階の事務室に案内した。
話を聞くと、今、国内は分裂の危機にあるそうだ。帝国内には、領主をしている貴族が13人、領地を持たない貴族が24人いる。
獣人至上主義で南部ゴロタ帝国領を返還してもらおうとする守旧派と、帝国を民主国家にして新しい体制を敷こうとする改革派に分かれているそうだ。新皇帝陛下は未だ幼く、ゴロタ皇帝陛下も後見人ではあるが、直接施政権を持っていないので、国が纏まらないらしい。
ゴロタとしては、特に意見は無かった。政治に関しては、これがベストと言うものなどなく、どのような体制になろうと国民が幸福になるのならば、文句はないのだ。
シルフが、幾つか質問してきた。
「守旧派は、獣人至上主義と主張しているようですが、人間族や他の亜人の扱いはどうなるのですか?
「基本的には、現行通りですが、公職からは追放されます。後、所有権に制限があり、土地の所有は認められません。」
うん、これは以前のヘンゼル帝国やゴーダー共和国の逆番だ。それだけではない。獣人の中にもヒエラルキーが存在し、ライオン種を頂点として、ネズミ種、モグラ種が最低だそうだ。種によって、学業や就職できる職種が限定されると言っている。
逆に、改革派は、以前のゴーダー共和国のように絶対権力を認めず、現在の帝政を暴力革命で打倒しようとしている。新皇帝のセディナリック・レオ・パレス・ド・リオン5世は、まだ7歳だ。皇帝の座を追われたら、どう生きていくのだ。
そればかりではない。革命新政府に統治能力がない場合、困窮するのは間違いなく、罪もない国民達だ。
ガダリロ宰相は、どうしたいのだろうか。シルフが、ガダリロ宰相に提案をした。
「立憲民主主義国になっては如何ですか?セディナ皇帝が、王権は、神から与えられたのではなく、万民の総意の元、その地位を保持できていることを宣言するのです。いわゆる人間、この場合は『獣人宣言』ですね。」
「そして、詔勅の中で、万民は平等であり、国民の正当な選挙で選ばれた選民が国政を遂行する。その政権ができるまでは、今の国家体制を維持することとするのです。」
「それでは、貴族たちの立場はどうなるのでしょうか。」
「貴族も当然、その権力を失いますが、地位は現行のままです。貴族を叙爵できるのも皇帝陛下の専権とするのですが、特別の権力は与えられないとするのです。」
「しかし、それで皆が納得できるのでしょうか。」
「納得できるのかではなく、納得させるのです。」
「新体制の期日は、来年1月1日としましょう。この『宣言』に不満があるものは、皇帝陛下に叛意ありと認め、10月1日以降、皇帝軍と戦闘状態に入ることを宣言してください。勿論、皇帝軍には、後見人であるゴロタ帝国の総力が応援することも忘れないでください。」
「なんなら、10月1日前に、反対勢力の中心部に核融合反応誘導ミサイルの2~3発撃ちこみますか?放射能除去については、ゴロタ様には実績があるので心配しなくても結構です。」
ここで、シルフの言う『核融合反応誘導ミサイル』とは、起爆剤に核分裂爆弾を使わず、ゴロタの熱エネルギーを応用して核融合反応を起こそうとするもので、基本的に放射能は発生しない。しかし、地上部に何があるかわからず、期せずして核分裂反応が起きてしまうと、どうしても放射能が残ってしまうらしい。まあ、ゴロタにとっては、どうでもいいことなのだが、きっと、中央フェニック帝国の一部が湾か湖になってしまうだろうことは想像できる。
ガダリロ宰相が、顔を真っ青にしている。シルフも人が悪い。いや人ではないので、何というのだろう。
「ひとつ提案があるのですが。」
「何ですか?」
「セディナ様をゴロタ皇帝陛下の養子にしてくれませんか?それで、ゴロタ皇帝陛下が、中央フェニック帝国の上皇になっていただくのです。当然、皇帝陛下の権限のすべての代行権も持っていただく。」
それも、すごい提案だ。国の実権を、ゴロタに掌握させようと言うのだ。しかし、ガダリロ宰相は、途中から物凄いことを言い始めた。
「いや、そうではなく、中央フェニック帝国そのものをゴロタ帝国に併合していただくのです。それで、現皇帝陛下は、大公として、フェニック領を統治する。これではだめでしょうか?」
「何故、そうしたいのですか?理由をお聞かせください。」
「はい、守旧派、改革派ともにセディナ皇帝陛下を亡き者にしようと企んでいるのです。守旧派は、自分達が国主になることを望んでおり、改革派は、現皇帝陛下を人民裁判にかけて処刑して人身御供とすることにより、自分たちが正当政府であることを宣言したいのです。これは、内偵の結果、明らかなのです。」
シルフは、ゴロタ帝国フェニック領セバス州のイチローさんと衛星通話をしている。イチローさんも、中央フェニック帝国の国情を内偵しているのだ。
イチローさんの掌握している情報機関は、延べ2000名を擁している。勿論、獣人ばかりではなく人間族やエルフ族、魔人族も構成員の中にいる。本拠地等は、謎に包まれているが、かなりの機密費がイチローさんに渡されているそうだ。
イチローさんの報告によれば、ほぼガダリロ宰相の言うとおりだそうだ。中央フェニック帝国の国情は、かなり疲弊し、腐敗している。そんなに権力を掌握してどうしようというのだろうか。
人間なんて、起きていたら1m四方の場所さえあればなんとかなるし、寝てもベッド一つ置ければよい。一生の間に食べれる穀物や肉の量などたかが知れている。そんなに領土が欲しかったら、ゴロタの領土をくれてやってもいい。しかし、そのために不幸な人たちが生まれるのは絶対に許されない。
中央フェニック帝国は、借金を大量に抱え、国民も決して豊かではない。学校や病院も圧倒的に少なく、一部の貴族のみが贅沢な暮らしをしているらしい。
早晩、この国は倒れてしまうだろう。ゴロタだって、自分の国でもないのに、ゴロタ帝国の国民が汗水流した国税を投入するわけにはいかない。
シルフが、ガダリロ宰相に申し伝えた。
「わかりました。中央フェニック帝国の併合に関して、ガダリロ宰相自ら、賛同する貴族、閣僚の念書を徴してください。それから、ゴロタ帝国以外の各国の信任を得てください。」
「特に、グレーテル王国、ヘンデル帝国それにカーマン王国のどれか1国でも反対されたら、この話はなかったことにします。期限は、10月1日、『獣人宣言』の前日までとします。」
「セディナ皇帝陛下の詔勅が発せられ、来年1月1日に両国は併合となります。皇帝陛下は勿論、各閣僚、貴族の身分、権限は当分保持されます。ただし、セディナ皇帝陛下は、ゴロタ帝国大公爵となり、現フェニック帝国領の総統治権を有します。」
それから、シルフとガダリロ宰相、コリンダーツ行政長官らと細かな調整に入った。あとは、任せておこう。
これで、南大陸は、カーマン王国、モンド王国、それに聖ゼロス教大司教国以外は、すべてゴロタ帝国領になってしまう。
あれあれ、あっというまに中央フェニック帝国がゴロタ帝国へ併合されるみたいです。これは、決してゴロタが望んでいる事ではありません。