第362話 キト伯爵の悩み
キト州は、東の大陸の一番西にあります。
(6月19日です。)
今日の夕食会に備えて、子供服専門店に行った。一番上等の服を出して貰ったら、さっき、ベリルちゃんが来ていたドレスの色違いだった。他に探してもらって、青いワンピースドレスにした。白のストッキングに赤いパンプス。腰には黄色の幅広のリボンを巻いて、後ろで蝶々にして貰う。
頭が、銀色のロングヘアなので、何か寂しい。宝飾店に行って、アメジストの髪飾りを付けて貰った。どこから見てもお貴族様だ。
ゴロタ達は、夏用の貴族服だ。シェルは、ダイヤの髪飾りに、真珠のネックレス、ダイヤのイヤリングにダイアのブローチそれにダイヤの指輪だ。かなり眩しい。
ゴロタは、皇帝の紋章刺繍入りの両脇が紅色で、真ん中に青い色が入っているサッシュを、左肩から右腰にかけて付け、皇帝徽章をぶら下げている。左腰にはベルの剣を帯剣する。
4頭立ての馬車をチャーターし、キト伯爵邸に向かう。大きな門から、馬車ごと屋敷の中に入っていく。玄関前には、執事とメイドが並んでいた。
馬車を降りると、執事の案内で客間に案内された。客間には先客がいた。エビル市長のバユタン氏とその奥様だ。お互いに自己紹介をする。ゴロタ達は、勿論略称で紹介した。
ゴロタ達とキティちゃんの関係について聞かれたので、『血は繋がっていないが兄妹のようなものです。』と答えておいた。あまり詳しく話すと、変に誤解されかねない。
次に、シェルとシルフを見比べて、こんなにそっくりな姉妹も珍しいと言って来た。これについても、深く説明しなかった。
時間が来たようだ。食堂に案内される。食堂の扉の前で、キト伯爵夫妻とベリルちゃんが出迎えてくれた。ベリルちゃん、キティちゃんの格好を見て驚いていた。昼間の冒険者もどき服とは各段に違っていたからだ。
ベリルちゃんとキティちゃんは、隣り合って座った。キティちゃんには、テーブルはちょっと高いため、ナイフとフォークが上手く使えない。
ベリルちゃんが、キティちゃん用のクッションを持ってくるようにメイドにお願いしてくれた。とても優しい良い子だった。
キティちゃんは、シェルに、フォークとナイフは外から使う。スープは、スプーンで飲む。手が汚れても、服で拭かない。この事を守るようにと教わった。
でも、緊張してしまって、完全に忘れてしまっていた。それでも、最初はベリルちゃんの真似をしていたが、パンとミルクが出て来た時、全てを忘れてしまった。
パンを千切って、ミルクの入っているカップに付けてしまったのだ。ポタポタと、ミルクが垂れるのも構わずに食べ続ける。
突然、べリルちゃんがキティと同じようにして食べ始めた。
「美味しいね、キティちゃん。」
「うん。」
ディナーは、無事終わった。サロンでお茶を飲みながら、交易のことに付いて話し合った。現在、交易船を新造中なので、港を指定してくれれば、帝国の方は問題がない旨を伝えた。
キト伯爵は、先ほどの会話から、ゴロタがただの旅行者ではないことに気付いていた。しかし、西の大陸の情報が、全く入らないこの国では、ゴロタ帝国が成立したことなど、未だ誰も知らなかった。
交易の条件について、シルフが説明した。
・両国で安全保障の条約を結ぶこと。
・関税について、それぞれ課税権を有すること
・交易船の船員は、上陸許可を得ないで上陸できること
・生き物の交易は原則禁止、食料品は、検疫を受けること
・人間、亜人に関わらず奴隷の交易は禁止
後は、相互の担当者で協議して決める事になった。
バユタン市長から、相談があった。現在、西の山中に大規模な盗賊集団が住み着いていて、旅人のみならず、周辺の小さな集落まで襲われているらしいのだ。市の警察隊では、圧倒的に勢力差が大きく、敗退した。
州警察と州防護軍に応援を貰ったこともあるが、山岳のゲリラ戦になってしまい、結局、殲滅できずに現在に至っているそうだ。
首魁とみられる男は、国軍の大佐だったダヤムと言う男だ。女で失敗して、軍を辞めたらしい。魔道士部隊の最高責任者で、本人も常人離れした魔力を持っているらしい。
現在、市では毎年、大金貨10枚を納めているが、今年の秋には100枚に値上げをして来たのだ。
それを聞いていたキト伯爵が、
「バユタン市長、旅行中のゴロタ殿に、そのような相談をされても、どうしようも無いじゃないか。」
「いえ、西にあるフロッグタウンのダンジョンを、たった1日で攻略したり、野盗を撃退したりと、我が国の上級冒険者以上の実力かと。」
「しかし、たった1人で何ができる。相手は、1000人以上じゃぞ。」
シルフが、余計な事を言い始めた。
「ご心配には及びません。ゴロタ君は、西の大陸で、20万人の軍隊をたったお1人で追い返されました。」
あちゃー、面倒な事を。結局、明日、市の警察隊長と打ち合わせをする事になった。しかし、明日は冒険者登録の認定試験日だ。そう話したら、実技試験を見学に来る事になってしまった。
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翌日、午前9時に冒険者組合に行ったら、キト伯爵にバユタン市長それに市警察隊と州防衛軍の幹部の方が大勢見えていた。
ベルリちゃんまで来ている。学校は、どうしたの?キティちゃんは、しょうがないので連れて来たが、2人で仲良く遊んでいた。
最初は、武器を使っての実技だ。剣や槍の場合は、木刀やタンポ槍で相互に試合をする。勝ち抜き戦だ。弓やボウガンの場合は、30m先の的に向かって、5射して、総合得点で判定だ。
まず、弓の試技からだ。受験者は、6名だった。3人ずつ、一人ずつ試射する。最初の男は、30m先の的まで届かなかった。最後の1本は、ようやく届いたが、的に刺さらずに当たっただけだった。力がなさすぎだ。次の男は、届くには届いたが、的に当たったのは3本だけ、それも黒的には1本も当たらなかった、最後は、シェルの番だった。今回は、弓に弦を張った通常の矢を使う。1度に5本の矢をつがえた。引き絞る。美しい姿勢だ。弓矢が青く光る。『遠距離射撃』と『誘導射撃』のスキルを発動させている。狡い。全矢が一度に放たれた。
矢が、青白い光跡を引きながら、的の中心に突き刺さる。すべてが命中だ。的の中心に、5本の矢が貫通している。これで実技の第一段階は合格だろう。
結局、この日、弓矢部門で合格者は、シェルともう一人の女性だけだった。男性陣、だらしなさすぎる。
次に剣技に移る。受験者は、13名だ。ゴロタは、4番目だった。組合で準備した木刀やタンポ槍を使わなければならない。ゴロタは、イフクロークにしまっておいた柳の細枝の棒を使っても良いかと聞いた。審査官が調べたが特に、仕掛けもないようだったので、『OK』を貰えた。持ち手部分を含んでも90cm位だ。極端に短いし細い。木刀と勝負するのは無謀と思われたようだ。持ち手部分にだけ、滑らないように鮫皮がまかれていた。
ゴロタまでは、勝ったり、負けたりで2人勝ち抜いた男が、ゴロタの相手だった。長剣の木刀を構えている。ゴロタは左手に柳枝を下げ、ゆったりと立っている。男が、上段から打ちかかってきた。勢いを付けている。今までの相手は、この勢いで剣を弾き飛ばされて負けていたのだ。
ゴロタは、半歩だけ、右に避けて相手の木刀の左しのぎに柳枝を合わせ、そのまま摺り上げて相手の右手親指の付け根を軽く打ち付けた。
審査員と観客には、ゴロタの体が瞬間移動したように見えた。同時に、相手の木刀が落ちたのだ。ゴロタは、柳枝を相手の右親指の根本に当てたままにしていた。そうしないと、ゴロタが小手を打ったのが分からないからだ。
次々と相手を変えていくが、結果は同じだった。相手が打ち込むまでは、何もしない。そして小手打ち。
これ以上やると、ゴロタ以外に合格者がいなくなるので、ゴロタ抜きで、第4試合から再開した。控え席に戻ったら、シェルに『相変わらずチートね!』とからかわれた。
次は、魔法能力テストだ。自分の最も得意な魔法を使って15m先の人形に攻撃する。うん、どうしようかな。受験者全員が順番に試技を放つ。
殆どがファイアボールらしきものだ。人形まで届かずに消えてしまうもの。全くの方向違いのもの。これでは、後ろから撃たれたら危なくてしょうがない。
シェルの番だ。当然、『ウインドカッター』なのだが、一度に10本の風のリングが人形に向かっていく。あ、可哀想。人形は上下11個に切断されてしまった。芯にミリリルの鉄棒が入っていたが、スッパリと切れている。
次の受験者も、風使いだったが、そよ風が人形に吹いただけだった。最後は、ゴロタの番だった。人形は、もったいないので、何も置かなくて良いと言った。
土魔法で、地中の岩石を浮かび上がらせる。風魔法で、地上300mまで持ち上げる。火魔法で、大爆発させる。溶けた岩石が地上に落ちる前に土魔法で固める。真っ赤なマグマの塊が地上に落ちてきた。ここで水魔法を使って、冷やすが水蒸気爆発を起こしてしまう。それをシールドで包み込んで被害が出ないようにした。うん、こんなもんだろう。組合の建物もちゃんと残ってるし。
皆、何が起きたか理解できないでいた。見たこともない魔法。全くの無詠唱で、しかも連続で。もう、彼らの知識を遥かに超越している。
能力認定試験は終わった。ゴロタ達は、当然に合格だった。午後、市警察隊本部に行く。出動は、明後日朝5時だそうだ。集合場所は、街の西外れだ。部隊は、防衛軍500人、警察隊200人だ。最初に、先行50名が前夜から張り込む。スパイがアジトに通報するのを防ぐためだ。本体と合流後、出発だ。移動には、馬車を使う。ゴロタ達も同乗するようにと言われたが、自分たちでなんとかすると言って断った。『ゼロ』で、先制攻撃をするつもりだ。
ところで、キト伯爵が会議に参加しているのは分かるんですが、何故、ベルリちゃんが一緒にいるんですか?
キト伯爵が、言い訳をしていた。『どうしても討伐に付いて行く。』と言って聞かないそうだ。『危ないからダメだ。』と言うと、『お爺さまは危なくても良いのですか?』と言うそうだ。
困った孫だ。キト伯爵、悩みが尽きませんね。
やはり盗賊はどこでも悩みの種です。