第358話 シタさんは、可哀想な女性です。
海に面している国は、必ず漂流者がいるようです。
(6月7日です。)
シタさんは、今から10年ほど前、ゴーダー共和国へ行こうとして嵐に会い、遭難したそうだ。小さな救命ボートに乗ったが、西風に吹かれてドンドン東へ流され、後は潮流に乗って、この国に漂着したそうだ。漂着した時は、ボートの中はシタさん一人だけだったそうだ。
幸い、この国の教会のマザーに助けられ、それ以来、シスターとして働いている。最初は、言葉が分からず苦労したが、今では現地の人と同等に話せるそうだ。
郷には、母が1人残っているが、まだまだ元気な筈だ。しかし、ここからは手紙も出せない。何とか無事な事を知らせたいと思っているそうだ。
今日は、もう遅いが、明日、もう一度来るので、詳しい話は、その時にしようという事になった。ホテルに戻って、今日の夕食を取る。エビとカニの焼いたのは出さないようにお願いした。
ホテルのディナーは、ヒラメのムニエルと牛ステーキだった。それでも、シェルはあまり食欲がないようだ。トロピカルジュースばかり飲んでいる。
その日の夜、サキュバスの件で、正座説教2時間が待っていた。
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翌日、シタさんに逢いに教会に行く。この教会は、聖十字架教会と言い、太古の昔、人類のために身を捧げ、十字架にかけられて処刑された預言者を教祖としているらしい。
神は、唯一神で創造の神だ。この世界を作った神だ。4聖教なら創造と破壊の神センティア様になるのだろうか?しかし、その神の教えではなく、神から信託を受けた預言者を敬う宗教らしい。
随分、まどろっこしいが、そういうものらしい。シタさんは、この国に来て3年目に洗礼を受け信徒になった。人生の全てを預言者の教えに捧げるらしい。
しかし、現実は厳しい。最近は、神の預言を信じない者が多く、教会の運営も大変らしいのだ。
この孤児院も借金まみれで、その中でもある人物からの借金が問題らしい。その人物は、町でも評判が良くなく、彼からの借金はしないように注意していたのだが、年末にどうしてもお金が必要になり、もうどこからも借りる事が出来なかったので、仕方なく、金貨1枚だけを借りたらしい。
しかし、10日に1割の利息が付き、あっという間に大金貨2枚以上の借金にふくらんでしまった。最近は、借金の返済が出来なければ、身体で稼げとか、子供を売り飛ばせとか言ってきているそうだ。
この孤児院には、キティちゃんも含めて38人の孤児がいる。それを、3人のシスターで面倒を見ているのだ。
掃除や炊事をしてくれる人も、去年やめて貰ったので、今はシスター達がしている。小さな子もいるので、人手が足りない。シスター達は、1日3時間程度しか寝ていないそうだ。
そういう話を聞いているうちに、借金取りが来た。人相が良くない小柄な男と、頭の悪そうな大男だ。小柄な男の方が兄貴分らしい。
「シタさん、今日は利息位は返して貰えるんだろうね。10日で利息は、金貨2枚だぜ。」
「そんな、絶対に無理です。10日で金貨2枚なんて。」
「じゃあ、身体で払ってもらおうか。3人のシスターで、1日銀貨3枚は稼げるだろうよ。」
シタさんの後ろに、若いシスターが2人、震えている。子供達は一塊りになってその後ろだ。一番大きな男の子が、健気に前に立っている。
シェルが、前に出た。
「あなた、シタさんが借りたお金は金貨1枚だけらしいじゃない。それが何で大金貨2枚になるのよ。」
「はあ、何だ。てめえは?」
男は、シェルが背負っている弓とゴロタが背負っている刀に警戒を示した。シルフの『MP5』には、全く警戒していないようだった。
「私はシェル。シタさんの国の者よ。大体、どうやったら大金貨2枚になるのよ。計算書を見せなさいよ。」
そんな物は無いらしく、男は顔を真っ赤にして怒り始めた。
「うるせえ。兎に角借金が返せなかったら、身体を売って貰う。それが嫌だったら、ガキを1人寄越せ。大金貨1枚で売ってやるぜ。」
男達の目的が分かった。子供を売り飛ばしたいんだ。この国では、人身売買は合法なのだろう。しかし、西の大陸では子供1人大金貨3枚以上が相場だった。それを大金貨1枚とは。
「計算書もないような借金なんて、払う訳ないでしょ。トットと帰りなさい。」
シェルの高飛車な態度にタジタジの男達は、1枚の書類を出してきた。
「この書類を見ろ。ちゃんと『10日に1割の利息を払う。』って書いてるじゃあねえか!」
「どの書類よ。」
シェルが聞くのも無理はない。男が持っていた書類は、白い灰になって宙を漂っていた。
「てめえ、何をした。構わねえ、やっつけろ。」
男が命令したが、大男の方は動かない。動けないのだ。ゴロタが、弱い『威嚇』を掛けていたのだ。
「どうした?ウド。俺の言うことが聞こえないのか。」
「社長に確認したいことがあるので、案内してくれますか?」
シルフが、男に聞いている。男は、事務所に行きさえすれば、何とかなると思ったのか、案内してくれる事になった。
事務所は、街の中心街から少し外れたところにあっと。3階建ての建物の3階で、入り口ドアには蛇の紋章が書かれていた。
事務所の中に入ると、柄の悪そうな男が5人程おり、いやらしい目つきで、シェルとシルフを見ている。奥のデスクに恰幅の良い男が座っており、ゴロタ達を連れてきた男をギロリと睨みつけていた。
「てめえ、こいつらは何だ?」
「ボス、こいつらは、あの孤児院に居たんですが、変な術で借用書を燃やしやがったんです。」
「それで?てめえは黙って見ていたのか。」
男は、震え上がった。大男は、ボーッと立っているだけだ。
「お姉さんがた、それでここには何の用だ?」
「念書を書いて貰いたいの。借用書が無いのだから、借金はないと言う念書よ。」
「ふざけんじゃあねえ。それに借用書は1枚だけじゃあねえ。もう1枚あるんだよ。」
「嘘、見せて見なさいよ。」
「ボス!・・・」
男が何か言い掛けたが、黙らせておいた。ボスは、デスクの後ろの金庫のドアを開けた。1枚の書類を取り出した。そこにもシタさんのサインがあった。しかも、金額欄が空欄だった。
「良く見てみろ!」
ボスが、借用書を持ってシェルの方に突き出してきた。!
突き出していたのは、ボスの手だけだった。借用書だった物は、真っ白な灰になって散り散りになってしまっている。
「てめえ、魔法だな。こんなことして、ただで済むと思っているのか?てめえら、やっちまえ。」
もう遠慮しない。シェルが、次々と男どもを手玉に取っていく。男達は、シェルに触れることが出来ない。躱したシェルが、彼らの目や喉を掌底で突いていく。蹴りは、パンツが見えるからしないようだ。
突然、銃声が響いた。小さいシルフならと思って、かかって行った馬鹿がいたのだ。シルフの『MP5』が火を吹いた。男は、脳漿を撒き散らして、頭半分が無かった。容赦ない。
男達は、初めて自分達が相手をしているのが尋常な者達ではない事に気が付いた。慌てて、シェル達から離れて行った。懐からナイフを取り出したり、壁に掛けてある剣を持つ者がいる。
シェルが、前に出て掌を上にする。
クイッ、クイッ
いつもの、おねだりの動作だ。ボスがポカンとしている。シェルは、動作をしながら一言、
「慰謝料。」
「へ?」
「慰謝料!怖い思いをさせたんだもの。慰謝料くらい当然でしょう!」
漸く気がついたボスが、ポケットから大銀貨1枚を差し出した。
「何、これ?馬鹿にしているの?0が2個足りないわよ。」
渋々、金庫を開けたボスは、目が点になった。金庫からもうもうと煙が上がり、すべての書類が、真っ白な灰になっていたのだ。灰の中に、大金貨や金貨が山積みになっていた。
結局、すべてシェルが巻き上げて行った。最後に、ゴロタが全員に『威嚇』を掛け、しばらく動けなくしておいた。男達は、恐怖のあまり全員が失禁をしてしまっていた。
外に出て、聖十字教会に行く。広い講堂の奥には、十字架に貼り付けになった男の像が祀られている。神父さんが、像に向かって跪き、お祈りの最中だった。信者は誰も居ない。ゴロタは、大金貨2枚を残して、さっき巻き上げた金を全て寄付した。大金貨12枚分あった。
教会も大分古く、補修が必要なようだった。ゴロタは、建物に『復元』を掛けた。1時間ほど掛かったが、ほぼ新築の状態に戻った。
神父さんは、「奇跡だ。聖蹟だ。神は見捨てていなかった。」と、涙を流していたが、特に訂正はしなかった。
孤児院まで行くと、シタさんが子供達に勉強を教えている。学齢前の子達は、もう一人のシスターが面倒を見ている。
キティちゃんも勉強している。あれ、12歳なら、もう勉強しなくても良いのでは?
実はキティちゃんは、未だ9歳らしい。ギルドには、年齢を誤魔化して登録したそうだ。ポーターは、能力測定が無いので、セーフだったそうだ。最初に登録した時は、2年前だったが、お兄ちゃんの手伝い程度だったので、日当も半額だったそうだ。馬車について行くことができずに、いつも怒られていたそうだ。
お兄ちゃんが死んでから、自分一人では、中々役に立たないので、契約してくれる冒険者は初心者だけだったそうだ。
まあ、これからは、そんなに苦労する事もないだろう。
シタさんに、大金貨2枚を渡し、もう借金取りは来ない筈と言ったら、泣き出してしまった。随分と可哀想な生涯を送ってきたのだろう。
シェルまで、もらい泣きをしていた。
相変わらず容赦のないシェルでした。