第349話 新憲法って難しい。
いよいよ、憲法草案が出来ました。例え、シルフが殆ど書いたとしても、公布してしまえば、正式の憲法です。
(5月1日です。)
今日は、ゴロタ帝国内旧ゴーダー共和国領内は『労働者の日』で、休日だ。労働者というのが、働く人と言うのなら、ゴロタも労働者だと思うのだが、どうも違うらしい。
今日は、各州の知事をタイタン市の離宮別館に集めて、憲法の勉強会だ。ワイマー宰相や現閣僚も集まっているようだが、余り熱意が感じられない。
一生懸命、憲法を遵守しても何もならないと思っているようだ。ただ、デリウス大佐とエデル少佐は、真剣に聞いていた。
講師の先生は、当然シルフだった。シルフが分厚い本を配っていた。表題は、
『サルでも分かる憲法講義』
だった。この表題は、獣人の猿人達に悪いだろうと思ったが、シルフは全く気にしない。デリカシーとは無縁なアンドロイドだ。
最初のページには、大きく3本の柱が書かれている。柱には、
『立憲君主制度の護持』
『基本的人権の尊重』
『国、国土、国民の絶対的防護』
以上が、新憲法の三原則だそうだ。よく分からない。もしかすると、ゴロタの頭は『サル』以下なのかも知れない。
最初の『立憲君主』とはなんだろう。君主って、国王や皇帝のことなのは分かる。立憲が分からない。シルフの説明では、君主が君主であるためには、その根拠が憲法になければならない。君主は、絶対の権力を有するのではなく、憲法によって制限され、憲法に従う義務は、君主をはじめ全ての国民が負うものとされる。
ゴロタは、帰りたくなったが、自分の家なので帰るわけにはいかない。
シルフが、コリンダーツさんに質問していた。
「もし、皇帝陛下が国民を殺したらどうしますか?」
コリンダーツさんが、暫く考えて、
「特に何もないと思いますが。」
「新憲法には、このように規定されています。」
『第27条 何者も皇帝を訴追する事はできない。しかし、政府に正当なる損害の補償を求めることができる。』
「今までは、きっと『泣き寝入り』だったと思います。ただし、これからは、損害の補償を求めることが出来るのです。124ページを開いてください。」
皆、一生懸命ページをめくる。
「ここには、こう書いてあります。」
『第35条 皇帝は、裁判にかけずに国民を処罰をすることが出来る。ただし、罪の証明がない場合及び通常の科刑よりも明らかに重い刑と認められるときは、第27条の例により相当の補償をしなければならない。』
もうパンクしそうだ。結局、これからのゴロタの行動規範は何も変わらないらしい。
貴族の優越権は、ただ一つだけらしい。犯罪を犯しても、裁判により訴追される事はない。
処罰権は、皇帝陛下のみが有している。ただし、司法長官は、証拠に基づき皇帝に刑の言い渡しを上奏することが出来る。
貴族といえども、安泰ではない。後、貴族は私兵を持つことが出来るが、あくまでも防衛のためであり、人数も法令により細かく規定される事になっている。
『基本的人権』と言うのも新しい概念だ。漠然とは理解できても、今一つ理解できない。『自由』、『平等』は分かるが、『生存権』が分からない。
生きていく権利って何だ。人や動物は、皆、生きていくのに必死だ。そんなものに、何の権利があるのだろうか?
シルフが、例えて教えてくれた。例えば、村に魔物が出現して、村人達を食い殺している。施政者は、これを放置してはならないし、村人は当然の権利として魔物の討伐を施政者に求めることが出来る。
全ての要求に応える事はできなくても、国民が生きていくための最大の努力をするのが、施政者の義務となるのだ。
ゴロタは、ネチス党が支配する共和国で見た獣人の収容所を思い出した。種族の浄化を目的としていた。浄化なんかじゃない。殲滅だ。
彼らは、生きる権利があった。生きる事に、何の理由も必要ないはずだ。しかし『獣人』だと言うことだけで、生きていくことを否定される。そんな事は、絶対に許されない。
「陛下、陛下。屋敷を燃やす気ですか?」
カノッサダレスさんの声で、我に返った。無意識の内に、心の中で力が燃え盛っていたようだ。慌てて、力を元に戻した。
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ゴロタは、飽きたのでドミノちゃんのピアノの練習を見に行く事にした。今日は、この別館の防音室で練習している。
部屋に入ると、先生が、厳しい目つきで見ていた。最近、ピアノをもう1台買い足した。最初のピアノは、ミキさんが使っていた白いピアノだが、先生用に黒いハヤマ製のピアノを追加したのだ。
でも、今は先生はピアノを使わずに、ドミノちゃんの後ろに立っていた。
ゴロタの知らない曲だったが、素晴らしく指使いの早い曲だ。右手は、黒い鍵盤だけを弾いているようだ。白い鍵盤が勿体無い気がする。
先生は、ゴロタの入ってきた事に気付いて、目で礼をしてくれたが、ドミノちゃんは全く気付かない。いつも同じところで間違うようだ。間違えると、最初から弾き直しだそうだ。
ドミノちゃん、頑張れ!
本館の方に行ってみた。ジェリーちゃんが、一人でピアノの練習をしている。本館には、防音室がないので、最初から大広間に置いているジェリーちゃんが持ち込んだピアノだ。
綺麗な曲を弾いている。モーツァルトのノクターンだそうだ。とても綺麗な曲だ。
黙って聞いていたら、次はテンポの速い曲だ。あ、この曲はTIT48で歌っていた曲だ。うん、ピアノの練習と言うより、舞台の練習だ。
シェルとジェーンがソファに座っている。今日は、行政機関が休みなので、2人も休みだ。シェルが、お茶を入れてくれる。ゆったりとした時間が過ぎていく。
シェルに、『皇帝になりたくない。』と言ったら、なんと言うだろうか。シェルと旅に出た時が懐かしい。毎日がドキドキしていた。
シェルは、あの時と全然変わらない。シェルが、初めてベルの小屋に泊まった時の事は、今でもハッキリ覚えている。女の子と口を聞いたこともなかった。
あの頃は、毎日がドキドキだった。シェルとの関係もそうだったが、冒険もワクワクの連続だった。
実は、ゴロタには一つの考えがあった。シルフが、タイタン帝国の東、3000キロ彼方の海の向こうに、大きな大陸があるそうだ。そこには、幾つかの都市があるらしい。
別に、目的がある訳では無い。初めての場所、初めての人々、たっぷりと冒険の旅を楽しみたい。
シェルも了解して貰っている。出発は、6月にしようかと考えている。もう一度、原点に帰るつもりだ。
別館に戻ってみると、激論が交わされていた。シルフは、ニコニコ笑っている。
何でも、地方自治の所で、ワイマー宰相達が納得がいかないようだ。市区町村長は、20歳以上の住民の投票で決めるのが気に食わないらしい。
公務員採用試験のうち上級職員1類を合格した優秀な人材は、金と女で失敗しない限り、40代で村長、50代前半で町長になる。そして退職前の最終役職が、市長であり、その中から互選で県知事になり、その県知事の互選で宰相や司法長官が決まる。
それが、今までの地方自治のあり方だったのに、選挙で選んだら、学校も出ていないような者も市町村長になれる。それでは政治が出来るわけがないと言うのだ。
コリンダーツさんが、反論する。公務員採用試験は、あくまでも優秀な公務員を採用して、国政や地方行政に力を振るってもらうためにある。決して自治体の長を採用している訳ではない。自分たちの住む市町村の将来は自分たちで決める。それが地方自治の本旨だと言っていた。
住民が、自分達の首長を選ぶのだ。その責任も住民が取らなければいけない。ネチス党のような存在が台頭したことも、政治に無関心な国民が多いことが原因であり、その責任は選んだ自分達が取るべきだ。
代表を選ぶと言う事は、その代表が進んで行こうとする道を選択する事だ。投票をする者は、そこを理解すべきだ。
ゴロタは、メイド長に言って、夕食の準備をするようにお願いした。メニューはカツサンドだ。分厚くジューシーな豚肉を低温でフライにする。揚げたてのカツにソースをかけ、食パンにレタスと一緒に挟んで、カットする。揚げたてのカツとふんわりパンのコラボ、絶対に上手い。
出来上がったカツサンドを出した所、激論がピタッと止んでしまった。ワイマー宰相は、初めて食べたらしく、少し涙ぐんでいる。
ゴロタは、皆に言った。
「僕は、難しい事は分からないんですが、今、皆さんが食べているサンドイッチ、これを何時でも誰でもが食べることが出来る国、そう言う国を作りたいです。」
皆の議論は、終わってしまった。
この憲法は、改正手続きがありません。皇帝の権能に、憲法の改廃が規定されているだけです。国民の信任は不要です。