第347話 ある衛士隊員の想い2
今回も、ストーリーが進みません。でも、前回の続編ですので、我慢して下さい。
(4月25日です。)
シェルの誕生日は、一昨日だったが、誕生パーティをタイタン離宮でしただけで、誕生旅行は、後日実施することにした。新憲法の制定と戴冠式の準備をするのに忙しいので、シェルの了解を貰っていた。ゴロタには、ある考えがあったが、未だ内緒にしている。
今日は、カーマン王国のガーリック辺境伯邸にいるクレスタに会いに行く。父親は、王都で外務大臣の仕事があるので、留守が多い。今日も留守だった。
敷地内に建てているクレスタ用の別邸は、殆ど出来ていた。後は、少し手直しと内装の仕上げ、カーテンや家具を入れるだけになっている。手直しは、ゴロタが実施する。
屋根にシルフが作ったパネルを敷き詰めて行く。南側に面した屋根だけに設置するのだ。
相互に電線で結んでいく。別邸は、南側が正面になっているので、片側と言ってもかなり広い。シルフが、予め屋根のサイズを測っていたので、ビッシリ敷き詰めた。最後は、ゴロタが浮きながら設置しなければならなかった。最後の1枚から、電線が垂れ下がっている。
それを壁に取り付けた機械に結ぶ。これは、シルフがやってくれた。屋内にも電線を引き回している。
ゴロタは、北側の地面に、直径30センチ位の穴を掘った。深さ100m以上もある。その穴の周りは、崩れないように固めておいた。
穴から、地下水の溢れてくる音がする。その穴にポンプというものをパイプに繋げて沈める。パイプの先は、シルフの作った大きな機械に繋げる。機械から出ているパイプは、また穴に向けて伸ばして行く。
後は、電源を入れて、銀色のダクトを屋敷のダクトに繋いだ。このダクトは、常に20〜25度の空気を送り込むのだ。今は、冬なので20度だ。夜は、蓄電池と簡易発電機で稼働するようになっている。発電機は、雷魔石で発電しているので、定期的に魔力注入が必要だ。
このセットを作るのに大金貨1枚を使ったらしいが、生まれてくる赤ん坊のためには安いものだ。今までの空調は、火魔法や氷魔法を使っているが、かなり魔力の消耗が激しい。この空調なら、基本、手間いらずだ。たまに発電機に魔力を注入するだけだ。
バンブー・セントラル建設の社員の人が、このシステムを売ってくれないかと言ってきたが、シルフは他に開発するものが多いので、丁寧にお断りした。
クレスタのお腹は、かなり大きくなってきた。もう動き回ってしょうがないらしい。クレスタは、そう言いながら目が優しく笑っていた。予定日は7月初めだ。母子共に健康だとの助産婦さんの見立てだった。
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ゴロタ帝国領ハルバラ州の州都の騎士団では、今日も武術の稽古が続いていた。剣術は、全員の必須だった。剣術の後は、槍、弓それにクロスボウ、投石機の訓練と担当ごとに訓練が続く。
今年の4月に衛士補から衛士に昇任したばかりのジュラは、もう一人前の衛士だった。ジルコニア衛士長は、指導班長ではなくなったが分隊長として、勤務は一緒だった。
最近は、駅馬車の警護任務にも付くようになった。ハルバラ州内は平穏だが、南のヘンデル帝国帝都までの警護は気を使う。野盗もいるが、大型の魔物も出るのだ。
この前は、ツイン・タイガーが出た。頭が2つある虎だ。すばしっこくて力が強い。槍部隊がいなかったら全滅していたかも知れない。その時は、2名の隊員が犠牲になったが、明日は自分かも知れないのだ。
ジュラは、ロングソードを使っている。隊から支給されている物で、刃体の長さが80センチの鋼鉄製だ。刃の部分だけにミスリル銀が挟まれている。
低レベルの魔物は切ったことがあるが、『C』ランク以上の魔物と『人』は切ったことがない。自分一人では、ゴブリンやオーク1体がやっとだろうと思っている。
衛士学校の時の剣術教官だったシズ少尉が言っていた。
『もしかしたら勝てるかもしれない、と思った時が死ぬときよ。』
うん、死ぬのが怖くないと言ったら嘘になる。しかし、もう何人の仲間が死んでいったろう。自分は、ジルコニア衛士長殿と一緒だったから生き延びてきたが、先のことは分からない。でも、シズ少尉に告白するまでは、絶対に死ぬもんかと思っている。
帝国領を出て暫くいった時の事だった。前方で、大きな声がした。集合だ。ジュラは、最後尾を追従していた馬車から飛び降り、前方まで走って行く。途中、剣を抜いておく。
前方では、例のツイン・タイガーが槍部隊と対峙している。顔にまだ新しい槍傷が付いていたので、この前の奴に間違いない。槍装備は4人だけだ。後、遠距離は弓が2人だ。
弓が射たれる。首の根本の急所を狙ったが、肩に当たってしまった。硬い骨に邪魔されて、跳ね返されてしまった。
我々、剣士部隊は、左右に分かれて横に回り込む。ジュラは、右翼だ。突然、右の方の頭が、ジュラの方を向く。真っ赤な目が不気味だった。大きな口を開けて、ジュラ達を威嚇する。鋭い牙が4本、あの牙に噛まれたら、人間の首など一瞬で千切れてしまうだろう。
その隙に、左方に回り込んだ部隊が襲い掛かった。しかし、左側の頭が剣士達を向いたと同時に、左方の剣士達に突進した。早い。
かわす暇もなく、何人かが跳ね飛ばされる。一人は、首がなかった。ツイン・タイガーの左側の口に噛みちぎった頭が加えられていた。
ジルコニア班長が大声で、ツイン・タイガーの気を引こうとする。弓が射たれる。腹に2本命中するが、致命傷にはならない。
ツイン・タイガーは、反転して、ジュラの方に向かってきた。部隊の先頭には班長が立っていた。かわそうとしたが、右前足で腹を裂かれた。吹っ飛んだ班長はうつ伏せになって、動かない。夥しい血が流れてきた。
ジュラは、目の前が真っ白になった。班長が死ぬ。班長が死ぬ。今年、ハルバラ市内に家を買って、奥さんと子供を呼ぶんだって言っていた班長。新米の自分を、ちゃんとした衛士になるように育ててくれた班長。その班長が死ぬ。
ジュラは、怒りが込み上げてきた。絶対に許せない。こんな魔物如きに班長が殺されるなんて、絶対に許せない。
ジュラは、ロングソードを青眼に構えた。シズ教官の言葉が聞こえた。
『剣を構えたら、他のことを考えたらダメ。剣と自分、存在しているのはそれだけ。後は、剣が教えてくれるわ。』
明鏡止水流の極意だった。ジュラは、静かに呼吸している。剣先だけが見える。不思議と怒りは感じない。剣先が青白く光り、剣全体に広がっていったが、ジュラは気が付かない。
何かが近づいてきた。禍々しい気だ。剣を下段から上に切り上げた。何かの叫び声が聞こえた。
ハッと気が付いた。ツイン・タイガーの右前足と右の頭が目の前に転がっていた。本体は、逃げようとして、後ろの方で、トドメを刺されていた。
直ぐに班長の所へ走っていった。良かった。まだ生きている。お腹の傷口を抑え、部隊に支給されているエリクサーを飲ませる。普通に飼えば、金貨1枚以上らしいが、この時のために支給されているのだ。
むせながら全部を飲み干した班長の傷は、出血が止まっていた。というか傷が塞がっている。みるみる傷口が消えていった。
しかし、顔色は青いままだ。流れ出た血は再生できないと聞いていた。他の息のある隊員達にもエリクサーやポーションを飲ませる。首のない遺体は、諦めるしかなかった。
班長が、息も絶え絶えに聞いてきた。
「お前、魔剣使いだったのか?」
何も答えられないジュラだった。ジュラのロングソードは、ミスリル部分を残して砕けてしまっていた。ああ、『損傷報告』を書かなければいけないと思うジュラだった。
後日、皇帝陛下から勲章が貰えることになった。タイタン市の離宮で授与される。
怪我をした班長達は、衛士隊本部長のダーツ大佐から授与されるのだが、ジュラだけが皇帝陛下から授与される。
ジュラは、極度に緊張していた。初めてのお屋敷。立派すぎて笑ってしまうくらいだ。今まで、何回も見かけたことはあるが、面と向かってお会いするのは初めての皇帝陛下。
衛士隊の正装で大広間で待っている。直立不動だ。脇には、行政長官、司法長官、騎士団長それにダーツ本部長が立っている。
時間だ。ゾロゾロと女性陣が入ってきた。皇帝陛下の奥様達らしい。最後に入ってきた女性を見て目が点になった。シズ少尉だ。見慣れた制服ではなく、女性用の貴族服を着ている。ここにいるってことは。
シズは、ジュラを見て、ニコッと笑った。全てを悟ったジュラは、それからのことを何も覚えていなかった。
我に帰ってみると、衛士隊本部だった。ダーツ大佐がニヤニヤ笑っている。聞くと、倒れこそしなかったが、目はうつろ、顔面蒼白、立っているのがやっとの状態だったらしい。
皆は、緊張しすぎだろうと言って、式典もそこそこに隊本部へ戻してくれたらしい。
手元には、紫色の大きな宝石が嵌った勲章と褒賞金として金貨2枚、それに名工ガチンコ師匠が作刀した、ミスリル製のロングソード1振りが置いてあった。買えば大金貨1枚以上はするだろうと言う逸品だ。
ジュラは、今までの人生において、得ることなどできないと思われていた名誉を手にするとともに、大きな目標を失ってしまったのである。
ジュラ君、がんばれ。きっと君にふさわしい彼女が現れるぞ。