第345話 若きドミノちゃんの苦悩
ドミノちゃんは、まだ小学生です。おしゃまな小学生ですが、まだまだ甘えん坊さんです。
(4月7日です。)
ドミノちゃんの母親、デミアさんは、生まれて初めて人間の国へ来た。14歳でドミノちゃんを産んでから、11年が経つ。デミアさんは、今25歳だ。魔人族小人種でも小さいと言われる位の、身長は120センチしかない。巨人種の父親との間に生まれたドミノちゃんの方がはるかに大きい。
デミアさんは、この街が気に入っていた。まず、ゴロタ様の屋敷に住んでいると言うだけで、街の人達は、特別の扱いをしてくれる。魔人族だからとか小人種だからとか言って差別されることは一切なかった。それに、屋敷の執事さんやメイドさん達が、デミアさんのことを『大奥様』と呼んでくれる。これは、ドミノがゴロタ様の婚約者候補だという事から、そう呼ばれるらしい。まだ、25歳なのに大奥様と呼ばれるのは、なんか恥ずかしい。
あ、そういえば25歳という事は、シェルさん達には内緒にしていた方が良いとドミノに言われた。なんか、歳がばれると面倒臭いそうだ。
モンド王国では、肩身の狭い思いをしていた。『下女上がり』とか、『下女風情』と周りから馬鹿にされていたのだ。現国王陛下の一番下の弟君が、デミアさんを手籠めにしたのは1度きりだった。弟君の部屋を掃除していたら、急に襲われたのだ。デミアさんは、抵抗したが、小人種と巨人種、敵う訳が無かった。
デミアさんは、本当は王宮の下女などするはずなかったのだ。小学校を出てから、王都の食料品店で働く予定だった。それが、卒業間近に、その店が倒産してしまい、仕方なく職をさがしていたら、ちょうど王城で下女を募集しているとの事だった。
仕事は、部屋の掃除とトイレの洗浄だ。魔力が必要なので、小人種に限るとの募集だった。それで、本当は王城で勤務するのは怖くて嫌だったが、仕方なく応募したのだ。
あの日、王子に襲われてから、侍女長に相談に行ったら、『忘れなさい。』と言われて、銀貨2枚を貰った。下着を買うお金だと言われた。この王城では、普通の事かと思い、我慢していたが、月のものが無く、妊娠している事が分かった。
その日から、下女ではなく、王室ゆかりの女、姫君の母親という立場になった。しかし、その立場も暫定的だった。王族は、巨人種でなければならなかったのだ。小人種の中でも特性が色濃く出ているデミアの子が、巨人種になる可能性は極めて低かった。良くて中人種、最悪、小人種になるであろうとことは、過去の例からある程度は分かっていた。
娘のドミノが15歳になるまでに、巨人種の兆し、つまり身長が170センチ以上にならなければ、娘と一緒に王籍を剥奪され、王城を追放される。
今まで、下女としてしか働いたことの無いデミアだ。他に食べていく術を知らなかった。実家は、小作農家で、兄弟姉妹が多く、帰る訳にも行かない。
将来の事を考えると、憂鬱になってしまうのだったが、娘が、北の大陸の偉い人のお嫁さん候補になったと聞いた。え、娘は、まだ9歳だった筈と思ったが、何の間違いか、今、部屋を貰って、お嫁さん修行をしているそうだ。この前、正月休みで帰って来た時にも、そんな事を言っていた。
それどころか、もうこんなお城に住まなくても良いから、一緒に住もうと言ってくれた。デミアさんは、娘の言葉が信じられなかった。このお城を出てしまったら、絶対に生活に困ると思っていたからだ。
3月のある日、ドミノの御主人様の奥様がお見えになられた。名前を『シェル様』という、とてもきれいな女性だった。驚いたことに、もう少し小さい妹さんと二人で来られていたが、似ているなんてもんじゃない。そのまま小さくしたようだった。
そのシェル様が、『もう、此処にいる必要はないので、私たちの屋敷に来てください。住む部屋もあるし、国王陛下には話は通していますから。』と仰るのだ。ドミノも、一緒に来てというし、思い切って来てみたのが、先月の28日だった。
来てみて驚いた。部屋を準備しているというが、屋敷を準備してくれた。大きなお屋敷にドミノと二人きりだ。家事一切は、メイドさん達がやってくれる。それに、毎月、金貨1枚、モンド王国では金貨2枚相当だが、生活支度金としていただけるそうだ。聞くと、ドミノにも同額が支給されるそうだが、シェル様が貯金をしているそうだ。
毎日、何もすることが無いのもつらいので、同じく、ゴロタ公爵の奥様である、フミ様が院長をしている孤児院で働くことにした。私が出来るのは、掃除、洗濯、炊事それに子供の世話位だし、フミ様の言われたことをしていれば、1日なんてあっという間に過ぎてしまう。
でも、フミさんって、どことなくエキゾチックで綺麗な方。背は小さいけれど小人種って程ではないの。年を聞いたら31歳って、絶対に見えない。とてもお若くて、気品があって。ドミノも、ああいう女性になって貰いたいわ。
昨日から、ドミノの学校が始まったの。今、小学6年生、聞くと、このまま中学、高校、大学まで進められるそう。モンドでは、大学なんか、お貴族様か大商人の御子息でなければ、絶対に行けなかった。女性は、良くても高校か専門学校止まり。と言うか、女性が進学できる大学は無かったような気がする。
ドミノは、気にしていないけど、私は頭の角が気になる。ドミノの角と違って、私の角はかなり大きめなの。だから、外に出るときは、スカーフを頭に巻くようにしている。
フミ様が、此処では誰も気にしないわと言ってくれたが、この街に魔人族は、私を入れても4人しかいない。獣人やエルフは多いけど、魔人族って、人間族の世界では、きっと異端と思われているわ。
ドミノも、学校で虐められていなければいいけれど。
-----/----------/----------/-----
ドミノちゃんは、とても嬉しかった。ブリちゃんの専属メイドとして、この街に来たのが、今から3年前の2025年7月の事だった。まだ8歳ちょっとだった。来たばかりの時は、寂しくて、夜、寝てから涙が出て止まらなかった時もあった。でも、ブリちゃんと一緒の部屋だったから、寂しくなかったのかも知れない。でも、ママに会いたくなったし、ママが今頃、王室の中で虐められていないか心配になって眠れない時もあった。
来たばかりの時は、15歳で通していたけど、直ぐにばれてしまって、それから小学校に通うことになった。小学3年生に転入だ。今年、6年生だけど、学校の成績は、クラスで2番だ。それよりも音楽が優秀だと言われている。ママと相談だけど、音楽学院の中等部に進学するように学校の先生に言われている。今、TIT48で、歌と踊りを練習しているが、歌声は一番綺麗だと言われている。でも、一番子供だから、ソロは歌わせてくれない。
ピアノは、モンド王国のお城の中にいたときは、3歳のころから練習していた。タイタン市に来てからは、練習していなかったが、最近、また練習を始めている。ミキ様が使うために買われた白いピアノ。金貨6枚もしたの。『ソナチネ』は、もう終わっている。『ソナタ』か、ショパン練習曲に入るレベルらしいわ。ミキさんが、音楽の先生からピアノを習っているときに、私も練習曲を教えて貰った。先生が弾いてくれた曲を、その通りに弾くのは難しかったが、やりがいがあった。ミキさんが、王都の音楽学校に行った後も、ピアノを教えに来てくれるそうだ。
本当は、音楽課のある中学校に行きたいが、ママと一緒に王都で暮らすのは、ママが可哀そうだった。折角、タイタン市に慣れて来たのに、また王都で苦労しなければならない。ドミノちゃんは、王都の中学校に行くのをあきらめていた。ピアノだけだったら、ここでも練習できる。幸いな事に、中人種のサイズまで成長しそうだったので、指の長さも人並みになりそうだ。というか、人間族の子供よりも指が少し長い。こんなところに、巨人種だった父親の血が発揮されているのだろうか。
今日、ピアノの先生、タイタン学院高等部の音楽の先生がシェルさんを訪ねて来た。どうやら、私の話らしい。ママは、孤児院に行っているので、私とシェルさんで先生の話を聞くことにしたの。
先生が、シェルさんに説明していた。私に、王都の音楽学院中等部へ進学するように勧めている。ピアノでも声楽でもどちらでも良いらしい。先生は、何人かのお弟子さんに教えているらしいが、私のピアノが一番上手らしいとのことだった。
シェルさんが、王都では、魔人の子は虐められるかもしれないので、此処で勉強できないかと言ってくれた。私もそう思う。ママのことだって心配だ。ママは、身長が120センチ位しかない。小学校3年生位の身長だ。王都で、大人として暮らしていくのは難しいような気がする。
先生が、此処では音楽課程が無いので、専門に勉強することはできないと言った。シェルさんが、じゃあ音楽学校を作ればいいんですねと言ってくれた。音楽学校って、そんなに簡単にできるのだろうか。先生が吃驚していた。
音楽学校を作ると言っても、音楽の先生を集めなければならない。ピアノを始め、楽器だってとても高価だ。それに音楽ホールも作らなければならない。莫大な費用が掛かるそうだ。
シェルさんが、まず、タイタン学院の中等部と高等部に音楽課を作るそうだ。専攻は、ピアノ科とバイオリン科、それに声楽科だ。音楽ホールは、将来的に作るって言っていたわ。
それに、これからゴロタ帝国のセント・ゴロタ市に小中高大の一貫校を作るらしいの。タイタン学院みたいな学校ね。
その学校にも音楽課を作る計画だと言っていた。来年、どちらの中学に行くか分からないが、音楽課さえあれば、王都に行かなくても済むみたい。うん、これからもピアノをうんと練習しよう。あ、TIT48の唄と踊りも練習しなくちゃ。
ミキさんとドミノちゃん、二人がデュエットでデビューする日は、そんなに遠くないようです。
ドミノちゃんは、巨人種の父親の血も引いているので、手が比較的大きい方だそうです。ショパンのエチュード、難しいです。小学生で弾けるのは、かなり練習が必要です。