第32話 魔法セミナー入学
ゴロタは、魔法を学び始めます。膨大な魔力を持っているのですから、魔法を覚えないともったいないですよね。
(2021年1月1日です。)
新年は、王宮への年賀挨拶で始まった。多くの王公貴族が、列を作っている。僕達は、別に他の用事も無いのでエーデル姫の部屋でゆっくり待つことにした。
夕方まで待っていると、年賀の挨拶は良いから、宮中晩餐会に参加するようにと伝えられた。しかし、その前に国王事務室に全員で来て貰いたいとの事だった。事務室は、それほど大きくはないが、窓際に置いてある国王陛下の執務机の前には、長テーブルが置かれ、20脚の椅子がセットされていた。国王陛下や弟君のフレデリック殿下、それに各大臣が並ぶ中、反対側にゴロタ達4人が座る。
「今日、ここでお聞きしたいことは、そこに座っているイフ殿のことだ。」
国王陛下が直接、訪ねてきた。
「調べさせてもらったが、イフ殿の入国記録は発見できなかった。また、イフ殿が現れたのは、あのダンジョン攻略以降との事。そもそも、あのダンジョン最下層では、何があったのか。岩が溶け、煙に覆われるなど、尋常ではない。」
駄目です。全部、ばれてます。諦めたシェルさんが、全てを話します。
「ええ、イフちゃんは人間ではありません。あの炎の精霊『イフリート』様です。」
皆がどよめいた。
「やはり、あの大魔法使いにして至高の創造者、ゼビアース様以外に召喚できなかったイフリート様を。儂は、あの剣が見つかったときから、この日が来るとは思っていたが、まさかこんなに早くとは。」
このおじさん、また泣き始めたよ!それから、皆の質問が始まったが、イフちゃんは、つまらなさそうに受け答えをしていた。しかし、ジェンキン宰相からの質問に、初めて真剣な眼差しを向けた。
「来るべき大災厄をご存じか?」
暫く、静寂の時間が流れた。
「知っている。だが、知らん。そち達が、その事を知るべき時には、必ず知る事が出来るであろう。」
「知るべき時とは、何時でござるか?」
「明日かも知れず、今世紀では無いかも知れず。」
続いて、変な声音で、詠唱を始めた。
♪伝説の剣と盾が顕れし時、かの者は我の前に立ちぬ。
♪我は、その約束されし者との約定により、顕現せる者なり。
皆が、僕を見ている。見ないで下さい。僕は、単なる森の採集人です。間もなく、アッシュ村に帰りますから。婚約を解消して。黙って、床を見続けるゴロタだった。
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(1月7日です。)
シェルさんの『郷』に行くのは、厳しい冬が終わってからにした。それまで、特にやることもないので、僕は魔法を習ってみることにした。
正式に、魔法を習うなら、グレーテル王立魔法学院に入校した方が、しっかり学べるのだが、僕にはハードルが高過ぎた。
魔法学院は、初等部、中等部、高等部、大学部とあり、才能の有りそうな子が、6歳から入学する。上級学部へ進学するのは、厳しい試練があり、高等部に進学できるのは、わずか50名足らずだ。
学費と寮費は無料だが、魔法習得後の職業は厳格に定められている。第1に、王立魔導師協会に所属して王国のために働く。まあ、公務員だ。後、治癒師や土木師、魔道具製作所に就職することも許可されている。一般民間企業への就職は、公益性の高い企業のみ許可されている。当然に、冒険者も含まれているが、高等学部まで進んだ者で、冒険者になった者は、殆どいないそうだ。
僕は、市中の私設魔法学校に通うことにした。選定条件は、たった一つ。学生が少ないこと。そしてシェルさんが選んだのは、王城北町東2丁目にある
『サルでも分かる魔法セミナー』
という学校? だった。シェルさんが、入学手続きを全て終え、今日が、初日である。最初、一人で行けと、恐ろしいことを言われ、激しく首を横に降って抗議したところ、初日だけ、一緒に付いて来てくれた。学校は、その辺の魔道具売場のような店構えの店の2階で、裏庭に魔道具のお試しと、魔法の修練場を兼ねたものが併設されていた。
校長先生兼教師兼事務員の人が店番をしていた。灰色のフード付きマントを深くかぶり、顔が全く見えない。校長先生の名前は、ノエル・マーリングと言うらしい。身長は、ゴロタより少し小さいので140センチ位か。ゴロタ達が、挨拶をすると、シェルさんが一緒に居るのは、如何にも邪魔だと言わんばかりに、
「ここからは、学生のみに伝授することがあるので、保護者の方はお帰り下され。」
えーっ、シェルさん、帰っちゃうの。涙目になったゴロタに、
「頑張ってね!」
と、明るい励ましの言葉と共に、僕にキスをしたシェルさん。このキスは、今日の1回にカウントされるんですか。
シェルさんは、帰っていってしまった。
「ウオッホン。それでは、ゴロタよ。我がセミナーで、魔法の深淵を学ぶ前に準備する物がある。」
と言って、店内を案内してくれた。
まず、魔法に絶対に必要なワンド。ユニコーンの鬣のようなものと世界樹の枝のようなものを組合せ、持ち手にはグリフォンのようなものの皮を巻いて固めた物を使用している最高品質のもの。今なら、入校記念特典で銀貨1枚。
魔法使い必須のマジック・マントのような物。入校時、1着のみ銀貨1枚。
これさえあれば、魔法も使い放題かも知れない。とんがり具合が絶妙のマジック・ハットと呼んでいる帽子。大銅貨7枚。
魔法の詠唱に必須。ハーブの香りも素敵なマウスウオッシュ。大銅貨2枚
強力な魔術が、使用可能になると言われているかも知れないマジックリング。3個セット価格で銀貨1枚。
言われるがままに、買い続けるゴロタ。さらに校長先生が、巻物 (スクロール)を売ろうとしたが、何故か涙ぐんでいる僕を見て、
「ま、まあ、スクロールは次で良いじゃろ。」
と、お店の品物の販売は終わった。校長は、臨時休業の札を出してから、2階に上がって、授業が始まった。
まず、魔力の測定だ。怪しい機械を出して、手のひらを翳した。しかし、エラー表示で測定できなかった。
次に、魔法適性の測定だった。しかし、それもエラー表示だった。
最後に、使える魔法について聞かれたが、首を横に振るだけだった。
困ってしまったような校長先生は、魔法の基本である魔力操作について教えてくれた。体内の力を感じて、その力を手の先に集めるのだという。これなら、すぐ出来る。僕は、すぐに、気を指先に集めた。指先が、白く輝き始める。
「違う、それは魔力ではない。気力じゃ。魔力は、体内の血の流れのように、自然と流れているものじゃ。では、このワンドに、血の流れが行き渡るようにしてみるのじゃ」
僕は、何時も体の中にあり、温かく存在し続ける『気の力』以外の、何かを感じようとした。身体の中を流れ続ける何か。心臓の鼓動と共に、強く弱く流れ続けるもの。確かに、感じた。
僕は、その力の流れの先をワンドまで伸ばしてみた。ワンドが赤く光り始める。心臓の拍動と共にドンドン流し込んでいく。
ドクン、ドクン、ドクン
ワンドが、凄まじい光を帯び始めた。その時、
バシュン
ワンドの先が、粉々に砕けた。
「へ?」
校長先生が、呆気に取られた様子で、根元だけになったワンドを見つめた。ハッと気が付き、
「あーっ、これは不良品じゃったのか」
そう言って、慌てた様子で、下に降りていった。新入生に、不良品を売らないで下さい。一人で、教室に残った僕は、今の感覚を思い出していた。気力とは違う力。身体の奥底で燃え続ける何か温かい力とは違う。
僕は、ベルの剣を抜いた。赤鋼色の刃体を見つめた。真っ直ぐ、前方に差し出す。
体内の『気』の流れを感じる。その流れとは別に、不思議な力の流れが別にある。その流れを、刃先に流してみる。力を込めるのではなく、流し込む感覚だ。
ベルの剣が、赤く光り始める。ドンドン、ドンドン流し込んでいく。剣は、益々赤く光っていく。赤く。赤く。赤く。光りは、大きく。大きく。その内、剣の光が深紅になった。ゴロタは、流し込んでいる力が、更に大きくなったことを感じた。
その時、教室に校長先生が入ってきた。
「ヒッ!」
入ってくるなり、悲鳴を上げた。ゴロタは、慌てて、力を身体の中に逆流させて消した。剣を納めて、校長先生の方を見た。
「今のは、何なの? ハッ、何じゃ?」
ちょっと、今、一瞬、喋り方がおかしかったんですけど。
「しかも、その剣。あの伝説の!」
僕は、黙って、校長先生を見つめた。じっと、見つめた。じっと見つめられて、校長先生は、言葉を失った。
「ああ、今日はこれ位にしよう。」
帰りに沢山の本を買わされた。これからの学習に必要だそうだ。
・サルでも分かる初級魔法
・魔法学、その理論と実践
・魔法史概論
・図解・世界の魔法
・チート魔法戦士の冒険
・一から始める召喚魔法
・魔法呪文解析と構造体の活用
・ファイアそれは魔法の始まりだった
・10分で分かる。魔法大全Q&A
全部で、銀貨7枚だった。でも、必要なのは、最初の一冊だけのような気がする。
「あ、『サルでもシリーズ』以外は、家で勉強するのじゃ。」
やっぱり、そうだった。
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ノエル・マーリングは、ゴロタが帰った後、マントを脱ぎ捨て、ニターと嫌な笑いをした。この国には珍しい黒い真っ直ぐな髪に黒い瞳。明らかに、東方にあると言う国の民族らしい。彼女は、さっきの事を思い出していた。
今日、久しぶりにセミナー受講生が来たわ。15歳の男の子だという事だけど、どう見ても、10歳位の女の子よね。まあ、いいわ。保護者の女の人(スッゴ、綺麗、女性の敵ね)には、先に帰って貰ったわ。何かと邪魔なのよね。
とりあえず、魔法使い必携アイテムを一通り売りつけてやったの。この子、なんでも買ってくれて、アホなのかしら。最後に、絶対にいらなさそうなスクロールを売りつけようとしたんだけど、涙目になっていたので、可愛そうになって売るのをやめてあげたわ。私って天使ね。
でも、この子、何なのよ。魔力や魔法適性測定装置が全部エラーなんて、こんなこと初めて。まあ、この測定器なんて、ギルドに置いてあるやつに比べたら、玩具みたいなもんだし。
今日は、魔法の基礎中の基礎を教えてあげたわ。
普通は、これだけで10日以上かかるはずなのに、直ぐにできてしまうなんて、これで初心者なのかしら。これじゃ、私の教えることなんかすぐ終わってしまうじゃない。来月分の月謝、まだ貰ってないのよね。
あと、あの「紅い力」は何? うちの教室、壊れてしまうじゃない。とんでもないガキね。あの剣だって、10歳の子が持つようなものじゃないわ。ほんと、バカにしてるわ。よし、この子には、教則本のほかに売れ残っている本を売りつけてあげるわ。いえ、ちゃんと勉強すれば役に立つんだから。私は読んでないけど。
やはり、この先生も残念な子でした。
何か、とっても残念な魔法セミナーです。このノエルさん、今後、色々とかかわってきますが、ヒロインになれるのでしょうか?