第331話 大戦前夜
世界大戦は、複数国同士が戦うことと言う定義だと、今回の戦いは大戦になるかどうか分かりません。
(12月15日です。)
中央フェニック帝国ガタリロ宰相から、相談があるという事で、帝城の宰相執務室に行く事にした。いつもは、皇帝の後見人として10日おきに打ち合わせをしているのだが、火急の用とかで、セバス男爵を通じて連絡があった。
執務室は、警戒が厳重で、ガタリロ宰相自らが部屋から出て来て、中に招き入れてくれた。
用件は、帝国の東側、南大陸最東端のゴーダー共和国の事だそうだ。最近、ゴーダー共和国から特使が来て、今後、共和国の国主は45の県知事の中から選出される総代表ではなく、総統と呼ばれる者が統治をすることにしたそうだ。
2年ほど前から、共和国の首都ゴルゴンゾーラ市で台頭してきた『ネオ血の盟約推進党』、略して『ネチス』という政党が設立された。党首は、『ムソリラー』という人間族の男で、真っ黒な髪の毛に大きな黒目が特徴の小男らしい。しかし、弁舌は立つようで彼の演説を聞いていると、全てが真実の様に聞こえるらしいのだ。
彼の政治理念を要約すると、
・人間は、神に似せて作られているので、亜人よりも上位種となる資格を持っている。
・貧富の差は、あってはならない。労働の対価は皆等しいのに、現実には貧富の差があるのは、裕福な者が搾取しているからだ。
・政治の不正があるのに、今の知事たちはこれを正そうとしない。それは、彼らが甘い汁を吸っているからだ。
・共和国が貧しいのは、隣国や北の大陸の諸国が、共和国から富を搾取しているからだ。
・この世界を作られたのは、唯一の神、全能の神ゼビロス様だけであり、四大精霊を信奉している教会はエセ教会だ。南大陸唯一の宗教ゼロス教は異端だ。
いろいろな事を言っているが、要は、エルフ族、獣人族それに魔人族は、人間に従属しなければいけないし、四大精教特にゼロス教については、異端扱いをすべきだと言っているようだ。これは、中央フェニック帝国としては、放置できない。また、共和国と帝国の間に挟まれている聖ゼロス教会大司教国だって、共和国に攻め込まれる可能性がある。
ガタリロ宰相は、頭を悩ませていた。いま、他国と戦争をするだけの余裕は帝国にはない。しかし、放置をしていると、今、ゴロタが統治をしている、南部タイタン領の住民が奴隷として拉致される可能性がある。また、大司教国が占領されると、次は帝国が丸裸状態になってしまう。と言って、何ができるかと言うと、静観することしかできないのが実態だ。
ゴロタは、ゴルゴンゾーラ市に密偵を送ることにした。イチローさん達忍び一族は獣人なので使えない。ここは人間族に限定して密偵を選抜しなければならない。直ぐにタイタン市衛士隊の中から選抜して送り込むことにした。ダーツ大佐が、自分も行くと言ってきかないので、行かせることにした。
次に、中央フェニック帝国国境周辺の防備状況を確認したところ、ほぼゼロの状況であった。東は、聖ゼロス大司教国だったので、防備の必要が無かったのだ。南部は、国境を接していたが、深い森があったので、まさか侵攻してくることは無いだろうと考えていたみたいだ。
ゴロタは、シルフに頼んで、衛星写真の解析をお願いした。その結果、現在、共和国の首都周辺に大規模な軍隊が集結中との事だった。
その数、およそ20万人。驚いたことに戦車のような鋼鉄製の箱が何百とあるそうだ。馬は、あまりおらず、人力又は風魔法で走行させるようだ。
これまでの国家同士の戦争は、殆どが肉弾戦で、弓と剣の勝負だ。魔法は、補助的立場だ。最初に遠距離魔法と弓の攻防があり、その後、剣士達が戦う。市民、農民上がりの兵士は、長い槍を持って剣士を離れた所から突き刺す。
だから、なるべく先に陣地を作り、自分達の安全を確保しながら、弓や魔法の攻撃をして、相手が弱ったら、剣士が馬に乗って攻め込むのが今までの戦法だった。
しかし、鋼鉄の精錬技術が発達すると、鉄の箱などが作れるようになり、これを押して進ませれば、どんどん相手側の陣地に攻め込むことができる。
あとは、剣士の数勝負となってしまう。しかも20万人とは、共和国の国力の大きさを感じてしまう。
とにかく、まだ侵攻は始まっていない。とりあえず、共和国の在外公館に滞在している大使を招聘して事実関係を確認する必要がある。使者を走らせたが、既に大使はいずれかに立ち去ってしまっていた。大使館の警護部隊長から、1通の手紙が届けられた。内容は、国交の断絶と、領地の割譲要求だ。
フェニック帝国の帝都リオン市から東に100キロの地点を国境と定め、そこから東側は全てゴーダー共和国の領土と認める事を条件に、攻撃を中止するそうだ。これは、おかしい。まだ、共和国軍はゴルゴンゾーラ市周辺に集結中なのだ。フェニック帝国まで攻め入るためには、聖ゼロス教会大司教国を通過しなければならないのに、既に通過したような書き方だ。
ゴロタは、直ぐに聖ゼロス教大司教国の大聖堂に転移した。今、大司教様は、獣人のジェリーだ。直ぐに謁見を申し込んだところ、大広間に通された。大広間には、銀色の鎧に身を包んだ聖騎士達が数百人規模で整列していた。これから出陣をするのだろうか。
ジェリーは、大司教聖席に座っていた。ゴロタを見て、涙を流している。そばでトムが肩を撫でていた。トムも、立派なミスリルの鎧を纏い、筆頭聖騎士のようだ。
すでに、共和国からは宣戦布告の通告がなされ、明後日の正午までに、大聖堂と大司教を引き渡さなければ、攻め入るとの事だった。これもおかしい。共和国の首都から、大司教国の大聖堂までは、どんなに急いでも1週間はかかりそうだ。
シルフが、念話で伝えて来た。
『敵は、ジェット噴射装置を開発済みよ。というか、タイタニック2世の技術を盗まれているわ。その装置で、高速移動エンジンと水噴射ロケット砲を装備している。』
あ、いけない。魔力さえあれば、あの装置は模倣できるし、ロケット砲も簡単に作られてしまう。しかし、設計図はどうしたのだろう。
『おそらく、シーサイド町の造船技師から流出したと思うわ。』
うーん、困った。高速移動手段を手に入れた相手に対し、こちらの守備は、聖騎士が多くても1000名。いや、その前に、遠距離からロケット砲を撃ち込まれたら、30分もしない内に全面降伏となる可能性もある。やられる前にやるか。しかし、相手は軍隊と言っても、もとは市民、農民の寄せ集めが殆ど。殲滅するのも気が引ける。
『衛星写真から解析した結果、敵のロケット砲は、長さ4m、太さ60センチ、有効射程距離は60キロと想定されるわ。』
駄目だ、60キロ以内まで接近されたら、防護手段がない。と言って、大聖堂から60キロ以上の地点に有効な土塁を作っている暇はない。
ダーツ大佐からの報告を待っている余裕はなさそうだ。ゴロタは、自分で直接、ゴルゴンゾーラ市に行く事にした。ジェリーが、せめて昼食位は一緒に食べてからにしてと言ってきた。
あれから、もう5年以上たっている。ジェリーは綺麗な犬人族の女性になっていた。あ、目が妖しい。この目付きには覚えがある。物凄く面倒くさくなる目だ。ゴロタは、黙って、ゴルゴンゾーラ市に転移した。
ゴルゴンゾーラ市は異様な雰囲気だった。ゴロタは、『変身』スキルを使って、他人からは風采の上がらない中背の男に見えるようにした。服装もそれなりの服装だ。
街には、至る所にポスターが張られ、大きな看板にスローガンが書き込まれていた。
看板には、
『ネチスに栄光あれ、ブラボー、ムソリラー総統』
ポスターには、
『今こそ、栄光に向けて進軍せよ。敵は、怠惰な腰抜けだ。』
ゴロタは、このような情景は初めて見るので、一つ一つ丁寧に読んで歩いていた。ある商店に貼られているポスターを呼んでいると、後ろから声を掛けられた。
「おい、お前、そこで何をしている。」
振り返ると、真っ黒な軍服を着ている男4人がいた。一番偉そうな男、襟に金色のバッジを付けていたが、その男に対して、
「このポスターを読んでいたんですが。」
「うん?お前、この国の者ではないな。身分証明書を見せろ。」
ゴロタは、偽造した冒険者証を見せた。最近は、氏名からランクまで、完全偽造冒険者証を作っている。
『ゴータ、22歳、冒険者ランク『C』、ヘンデル帝国出身』
冒険者証に不審点は無いはずだ。読み取り機械に掛けたその男は、冒険者証を返して寄越した。
「今日は、どこに泊まるのかな?」
「まだ、決まっていません。」
「そうか、この先に、外国人専用のホテルがある。そこに泊まるように。後で、確認に行く。」
ゴロタは、男達と別れた。街の中は、先ほどのような黒色軍服を着た者と、カーキ色の一般的な軍服を着た者とに分かれていた。様子を見ていると、黒色軍服の方が偉そうだ。すれ違いざまに、カーキ色の方が
「ブラボー・ムソリラー」
と、右手を真っすぐ斜め前に上げて、挨拶をしている。これに応えて、黒服の方は、軽く右手を上げるだけだ。
市内の中心街に行く。人だかりがしていた。何かと思ったら、雑貨屋か何かの店だろうか。皆、好き勝手に入って、商品を持ち出している。
「どうしたんですか?」
「ああ、ここは犬ころ野郎の店だったんだけど。さっき、秘密警察に捕まったんだ。営業の許可がなかったらしい。」
聞けば、獣人が営業をするには、自由市民証と特別営業許可証が必要になったらしいが、どちらも高額の手数料を取られるので、なかなか取れないそうだ。
そう言えば、市内には、閉鎖された店や、壊されて放置されている店が多いのが異様な感じだった。
第二次世界対戦の、あの国をイメージしましたが、どうもずれていってしまいました。