第310話 中央フェニック帝国の災難
ゴロタは、やる時はやる男の子です。
(6月8日です。)
シルフの情報によれば、熱帯性低気圧の予測進路は、これからゴロタ達が行こうとしているカーマン王国とモンド王国を直撃するらしい。いくらゴロタでも、自然災害にはかなわない。ガーリック伯爵領やモンド王国のデビタリア辺境伯領が心配だが、低気圧が通り過ぎてから様子を見に行けば良いだろう。
今日は、中央フェニック帝国の帝都リオン市に立ち寄ることにする。この街には、何回か来ているので、転移が可能だ。『ゼロ』を街の郊外に着陸させ、イフクロークに収納してから、市内に転移した。特別に入国許可を貰っていないので、城門を通過するのが難しいと考えたのだ。
この街は、獣人達の街だ。通常の哺乳類系獣人以外にも爬虫類、鳥類それに魚類の亜人達がいる。一番多いのが犬人族だ。次に猫人族、その次が、猿人族だ。兎人族はまあまあいるが、鳥人族はかなり少なく、魚人族は、海辺とか川岸にしか住まないので、帝都では見たことが無い。人魚やサハギンは、魚人族かと思ったら、それは魔物に属するらしい。人魚が魔物とは変だが、歌を唄って船を引きずり込むなど、妖しい魔力を持っているので、魔物の仲間らしい。
なるほど、その辺が獣人と魔物の違いなのかと思った。オークやオーガなどは獣人ではないらしい。
豚人族は、キチンと町で暮らしているし、禍々しい魔力など持っていない。いわば、猿と人間の差みたいなものらしいのだ。
ジルちゃんは、見る物、聞く物、全てが珍しいらしく辺りをキョロキョロしていた。ああ、そんなにキョロキョロしていたら、他人とぶつかるよと思う間もなくぶつかってしまった。
相手は、猿人族、しかもゴリラ種の猿人族だ。ジルちゃんを見ると、いやらしい目つきで嘗め回すように見つめ、腕を抑えて、大げさに『痛い、痛い。』と騒ぎ始めた。
「すみません、大丈夫ですか?」
ジルちゃんが、心配そうに謝りながら、声を掛けると、
「すみませんで済めば、衛士はいらないんだよ。腕が折れたかも知れねえ。どうしてくれるんだよ。」
「あの、どうしたら良いのでしょうか?」
ジルちゃんは、貧しいがお嬢様育ちだ。素直に相手の言う事を聞いている。ゴロタは、暫く様子を見る事にした。その男は、近くの仲間に声を掛けて、ジルちゃんを取り囲んでしまった。しかし、ジルちゃんは全く怯える様子が無い。怯える必要がないのだ。ゴロタがそばにいるし、いざとなればファイアボールの2~3発もぶちかませば、彼らを殲滅できる自信があるからだ。
ゴリラ男は、仲間が来たので気が大きくなったのか、ジルちゃんの右腕を掴んで、どこかに連れて行こうとした。ジルちゃんは、吃驚して、
「どこへ連れて行くのですか?」
「うるせえ、俺たちの事務所に行くに決まってるだろう。そこで、ゆっくり詫びを入れて貰おう。」
「あの、困ります。腕を離してください。」
「黙って、付いて来い。こっちだ。」
「話してくれなければ、怒りますよ。」
「怒ったらどうだと言うのだ。ええ、てめえみてえな尼っこに何ができるって言うんだ。」
ジルちゃんは、ゴリラ男の頭の毛にファイアを燃え上がらせた。あっという間に、頭から背中まで、火が燃え広がった。ゴリラの毛は、脂ぎっているので、良く燃えるのだ。
ゴリラ男はジルちゃんの手を離して、自分の体の火を手ではたいて消している。仲間も、背中の方の火をはたいている。
「あちちちちちちち、てめえ、何しやがんだ。」
「火を付けたのです、」
「そうじゃねえ、あちち。てめえ、こんなことしてタダで済むと思うな。」
「あの、銀貨1枚位なら払えますが。」
様子を見ていた、街の人達が大笑いしている。ジルちゃんの受け答えがピントを外れているのがおかしいのだ。ジルちゃんは、一生懸命、お詫びをしようとしている。
衛士隊が4名程やって来た。これで終わりだろうと思っていたら、とんでもない事になって行った。衛士隊の上官らしい虎人が、ジルちゃんに尋問を始めたのだ。
「おい、お前、これは何の騒ぎだ。この男の人に火を付けたのはお前か?」
「はい、この人が、私を無理やりどこかに連れて行こうとしたので、逃れるために仕方なく。」
「おい、この女の言うことは本当か?」
「旦那、よしてくださいよ。あっしがそんな事する訳ないじゃありませんか。この女が、ぶつかってきて、謝りもしないで、急にあっしに火を付けんですよ。おい、みんな。そうだよな。」
今まで、様子を見ていた街の人達は、そそくさと立ち去って行った。残ったのは、このゴリラ男の仲間とゴロタだけだった。
ゴロタが、黙って立っていると、その衛士の方が、ゴロタに声を掛けて来た。
「おい、そこの男、旅行者らしいが、この女の連れか?」
ゴロタは、黙って頷いた。
「旅行証明書か入国許可証を見せて見ろ。」
ゴロタは、冒険者証を差し出した。あの、偽造した冒険者ランク『A』のものだ。衛士隊は、ゴロタの冒険者ランクを見て、少し驚いていたが、これではだめだ。旅行に必要な国内の行政機関が発行した旅行者証か外国領事館が発行した入国許可証を出せと言ってきた。
当然、持っていないので、素直に持っていないと言ったら、衛士隊本部まで連行されることになった。ジルちゃんも一緒かと思ったら、ジルちゃんは、ゴリラ男たちに任せたままだ。なんかおかしい。まあ、ジルちゃん、あんな猿どもにいいようにやられるはずがないが、なんせ、17歳の世間知らずだ。大丈夫かな。ゴロタは、イフちゃんに、ジルちゃんを見張ってくれるようにお願いした。これで、ジルちゃんは安心だ。
衛士隊本部に連行されたゴロタは、身体送検をされて、持ち物を全て没収された。持ち物と言っても、鉄貨と銅貨、それに大銅貨が少し入っている小銭入れと、手拭き用のハンカチだけだったが。衛士達は、少し残念そうな顔をして、そのままゴロタを留置場に入れてしまった。
留置場の中には、猫族の老人が1人と若そうな人間族の男が1人、先客で入っていた。人間族は、若そうと言っても、ゴロタよりも年上みたいで、髭がボウボウの所を見ると、随分長い事入っているみたいだ。
人間族の男が、小さな声で、
「地獄の1丁目にようこそ。お兄ちゃんは、何をしたんだい?」
と、聞いてきた。ゴロタは、入国許可証を持たずに入国してきた密入国の罪らしいと言ったら、『それは大罪だ。罰金が高いぞ。』と言っていた。
え、罰金?罰金を取られるのか。まあ、しょうがないが、今回の入国は、低気圧を避けるための緊急避難的なものだ。それでも罰金を取るのは、どうも納得が行かないと思うが、とりあえず黙っていることにした。
人間族の男は、この街の出身で、万引きで捕まったらしい。これで、3回目なので、刑務所に行くのは決定らしいが、もう3か月もここに入れられている。どうやら、母親から保釈金を巻き上げたいみたいだと言っていた。
猫族の老人は、泥棒目的で他人の家に忍び込んだところを捕まってしまったらしい。猫族は、忍びのスキルがあるので、頭領の犯罪組織に入ると言えば、直ぐ釈放してくれるのだが、あの組織は嫌いなので、拒否したらずっとここに入れられているらしい。猫族は、髭が人間族みたいに伸びないので、どれくらい入っているのかゴロタには分からなかった。
まあ、暫く様子を見る事にした。ゴロタは、自分のベッドに腰かけて、目を閉じた。瞼の裏に、イフちゃんの見ている景色が映し出されてきた。
ジルちゃんは、ゴリラ男の後ろをついて歩いている。裏路地の汚い街並みの中に入って行く。明らかにその方面の商売をしている女性が多い街だ。その奥にゴリラ男の事務所があった。
ゴリラ男は、ジルちゃんを先にして事務所の中に入って行く。他の男たちは、事務所の外で待機しているようだ。チンピラでは、事務所の中に入れないのかも知れない。
ジルちゃんは、事務所の中のソファに座らせられた。ゴリラ男が、その隣に座った。
虎男と狐男がジルちゃんの正面に座る。ゴリラ男が口を開いた。
「おい、娘、おいらの治療費と慰謝料で、金貨1枚を払って貰おうか。」
「今、そんな大金、持っていないのですが。」
ジルちゃん、払う気満々のようだ。
「じゃあ、いつ払えるんだよ。」
「国に帰って、貯金を下ろして、またここまで来るので、大分先になるんですが。」
「ふざけんじゃねえ、そんなに待てるかよ。誰か、他に払える奴はいないのか?」
「一緒にいたゴロタさんなら、払えると思うのですが、衛士の方に連れて行かれたので、今、連絡が取れないのですが。」
「ええい、面倒くせえ。払えなかったら、身体で払って貰おうじゃねえか。」
ゴリラ男が、ジルちゃんの肩を抱こうとした。その瞬間、男の手が燃え上がった。簡単な火ではない。『錬獄の業火』だ。イフちゃんが実体化する。と言っても、10歳の女の子が現れただけだが。
「お主ら、このまま何もしなければ、命の保障はしてやるぞ。しかし、ちょっとでも手を出して見ろ。この男の様になってしまうぞ。」
とても10歳の女の子の言葉ではない。しかし、ゴリラ男の両腕は、肩まで無くなっている。嘘ではないようだ。虎男が立ち上がった。ショートソードを抜いている。
「てめえ、何をした。ガキの癖に。おい、てめえら、出て来い。」
「事務所の他の部屋にいた者達や、事務所の外で待機していた男どもがなだれ込んできた。イフちゃんは、虎男の方を睨んで、赤い炎を目から吹き出させた。虎男は、火だるまになって、一瞬で燃え尽きた。
しょうがない、ジルちゃんもサンシャイン・ボンブを3発、一度に爆発させた。自分達は、聖なるシールドで護られている。事務所は、大きな轟音とともに消し飛んでしまった。生き残ったゴロツキどもに対し、イフちゃんが火柱でとどめを刺している。ジルちゃんは、イフちゃんの案内で衛士隊本部へ向かった。
ゴロタは、ジルちゃんに全て任せる事にした。イフちゃんにも、もう手を出さないようにお願いした。
雉も泣かずば撃たれまい。ゴロタに手を出そうとした彼らがいけないのです。