第294話 衛士隊養成学校の卒業式です。
騎士隊養成学校は、ポリスアカデミーの事です。今日は、新卒者の卒業日です。
(3月30日です。)
今日は、昨年10月に採用した衛士隊員が、衛士隊養成学校を卒業する日だ。これで衛士隊員は900人以上になるのだが、全く足りない。帝国内にも200人規模の学校を作る計画もあるが、指導員が不足している。
兎に角、今日、卒業する新人達は其々の赴任先で先輩隊員に付いて3か月間、見習い勤務だ。まだまだ一人前ではない。300人のうち、女性隊員は80人だ。ゴロタが、領主として壇上に上がると、会場から黄色い声が上がる。
祝辞は簡単だ。死なないで貰いたいと言う一点だけだった。人間相手なら、訓練の成果で、早々死ぬことはない。しかし、魔物が相手では、自分よりも格上の魔物と遭遇することは、即『死』を意味する。そのような状況にあっても、自分の持てる知識・能力を駆使して生き延びることが大切だ。しかし、間違えてはいけない。市民を守るためには、一命を睹しても守るべき命があるのだ。犠牲を強いることが有るかも知れない。しかし、甘んじて、その命令に従って貰いたい。市民の信頼を失うよりは、誇りある死を選んで貰いたい。ゴロタが若い隊員に望むことは、この一点のみだった。
ここまで話して、ゴロタは涙が溢れてきた。今まで、何人の衛士さん達の死を見てきただろう。瞬間で、何十人と言う衛士が死んでしまうのだ。常に危険と隣り合わせ、それがこの世界の衛士の立ち位置だ。
衛士隊の待遇は破格だ。採用したばかりの新隊員でも、年間に金貨4枚以上を貰える。指揮官クラスでは、年間に大金貨1枚以上だ。これだけの給料を貰える仕事は少ない。騎士は、その半分程度だ。その代わり、衣食住が別に支給される。戦争になれば、戦闘手当てが別に支払われるし、護衛任務につけば、その報酬は自分達のものだ。
今日、卒業する衛士隊の内、200名はヘンデル帝国のタイタン領、ハルバラ市の衛士隊本部に配属となる。明日、ゴロタが、タイタン市とハルバラ市の間に臨時のゲートを開くことにしている。ハルバラ市の衛士隊本部長は、ブキャナン中佐という人だ。今まで、帝都で大隊長をしていたが、ヘンデル皇帝に頼み込んで、本部長として迎え入れた人だ。規律と秩序を重視するが、決して冷血ではなく、隊員の命を大事にしてくれる人だ。グレーテル王国からの先遣隊200名も掌握している。
本当は、今日卒業する新人衛士隊員全員を派遣する予定だったが、タイタン市や東部方面の治安維持も大切なので、100名は、こちら側で配置となる。
北東郡は、徐々に平穏を取り戻しているが、北西郡は、全くの手つかずだ。身体がいくらあっても足りやしない。しかし、これから春を迎え、農繁期を迎える。この時こそ、治安維持は最優先課題だ。大雪山脈のトンネル工事は、帝国内タイタン領を完全掌握してからの作業にせざるを得ない。それまで、ザイランド女王陛下の頼みは、保留にしておかざるを得ない。
ゴロタは、毎日、カトラス市を拠点にして北東郡の街や村を視察して回っている。最近、町や村のゴロツキがいなくなったらしい。どうやら帝都の方へ逃げて行ったらしいのだ。ゴロタの容赦ない処刑が功を奏しているみたいだ。
北部辺境郡では、雪解けを待っている。早く種付けをしなければ、収穫が少なくなってしまう。ゴロタは、カトラス市から、最北のノースシーエンド村まで、ミニ太陽を8時間かけて移動させている。1週間もしたら、雪は跡形もなく溶けてしまうだろう。
最近は、北東郡では、魔物も見なくなった。あれだけ、殲滅して歩いたのだ。中級魔物以上は、あらかたいなくなっている。しかも、北のハンナ村のダンジョンが完全に管理されているのだ。もう、魔物に苦しむことは無い筈だ。
明日から、4月だ。北西郡を平定していこう。
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(4月1日です。)
北西郡は、割譲された3郡の中では、1番平穏とされている。郡長官も生存して、ちゃんと機能しているし、衛士隊も治安維持活動をきちんと実施しているそうだ。この北西郡には、グレーテル王国への防備として帝国騎士団500名が駐屯していたのだが、ゴロタの直轄領になった事から、南方の帝国領内に下がってしまったそうだ。
郡都のサロマ市にタイタニック号で行ってみる。シェルとノエル、それにビラが一緒だった。サロマ市は、人口4万人と郡都としては、まあまあだが、市内に入って、街を歩いている市民が少ないのに気がついた。その割に、衛士がやけに多い。
郡庁は、市内に入って、大通りの向こう側にあった。他の建物とは明らかに違う。他の建物は、煉瓦作りや木造が殆どだが、郡庁は白い石作りだった。
郡庁の中は、他の行政庁と同じで、職員はカウンターの中で事務を取っている。許可申請や届出の行列が出来ているのも同じだ。ただ、違うのは、警戒の衛士が大勢いて、カウンターの中にまで入って警戒していることだ。
受付の女性に、郡長官への面会を申し込む。どの様な用件か聞かれたので、新領主であることを告げた。受付の女性は、目を大きく見開き、何か叫びそうだったが、慌てて口を押さえ、直ぐに郡長官室の方へ走っていった。暫くすると、痩せた小柄な男性がゴロタの前に現れた。小さな声で、
「ゴロタ公爵閣下様ですね。ここでは、お話できませんので、前のホテルにお泊まり下さい。夜、お尋ね申し上げます。」
と、呟くと、いかにも通りがかりの様に、トイレの方に向かって歩いていった。ゴロタは、郡長官の手が震えているのを見て、何も言わずに郡庁を出る事にした。
郡長官に言われたホテルは直ぐに分かった。本当に、目の前だ。『サロマ・インペリアル・ホテル』と言う名前のホテルだった。ホテル内はそれなりに客がいたが、どうもあまり品が良くない。明らかに商売女の様な女性を連れて歩いている男もいた。
スイートルームは、二つとも塞がっていた。仕方がないので、ダブルとツインの2部屋をとった。ゴロタ達は、市内を見て回る事にした。
サロマ市内の商店はそれなりに品物が揃っていたが、客があまりいない様だ。宝飾店に入ってみたが、店員は、ゴロタ達を見ても『いらっしゃいませ。』の声もかけない。売る気がまるでないみたいだ。
店を出て、暫く歩くと、後ろから声をかけられた。
「すみませんが、少しよろしいですか?」
振り向くと、衛士4人が立っていた。穏やかな口調だが、目が笑っていない。真ん中の上官らしい衛士が、ゴロタに質問してきた。
「あなた達は、この街の人間ではない様ですが、どちらから参りましたか?」
ゴロタは、この衛士達が郡庁を出てから、ずっと尾行してきている事に気がついていたが、勿論、顔にも出さない。いかにも旅行者を装おう。
「僕たちは、グレーテル王国の者です。この街には、観光に来ました。」
「身分証明書をお持ちですか?。」
ゴロタは、グレーテル王国発行の身分証明書を見せた。最近は、冒険者証を見せない様にしている。『SSS』ランクというだけで、正体がバレてしまうからだ。身分証明書には、『ゴロタ』という名前と年齢、出身地くらいの情報しかない。
衛士達は、身分証明書の記載内容を鑑定魔道具に掛けて確認している。確認が取れたのか、身分証明書を返してくれながら、
「今日は、どちらにお泊まりですか?」
と、聞いてきた。知っていることを再度聞いてくるのは、決して気を許していない証拠だ。ゴロタは、正直に宿泊先を教えた。
これで職務質問は終わりだ。衛士達は、反対方向へ立ち去ったが、新たな追跡者4名が物陰から見ている。
ゴロタ達は、スイーツを食べたり、女性服を見たりして時間を潰していた。午後5時を過ぎ、周囲が薄暗くなってきた。
ゴロタ達は、色街に差しかかってきた。色街と言っても、表通りだ。それほど刺激的な女性はいないだろうと思っていたが、直ぐに誤りだと気付いた。
店頭の格子窓の中には、ほぼ裸同然の女性達が座っていた。局部をかろうじて隠すだけの女性達だ。殆どがウサギ人だ。あと、エルフが数人と魔人も2人程いた。
人間族は、数えるほどしかいなかった。皆、ニコニコ作り笑いをしているが、目には諦めの表情が浮かんでいる。
皆、首にリングを嵌めている。あれは、奴隷拘束の呪具だ。帝国では、とっくに廃止になったはずなのに、この地では、まだ奴隷がいる様だった。ゴロタ達は、一本裏通りに入っていく。もう、そこは最低限の暮らしも出来ないほどの貧民窟だった。道路には、吐瀉物や気持ちの悪いものが散乱しており、小さな子供達がボロを纏って手を差し出してくる。太ったおばさんが、スカートをめくってどす黒い物をゴロタに見せながら、誘ってきている。
後ろから尾行してきた衛士が、追いついてきた。あれ、4人だった筈が、2人しかいない。残りの2人は、前に回っている様だ。挟み撃ちにする気だろう。
「おい、そこのお前。」
先ほどの職務質問と違って、言葉遣いが荒っぽい。ゴロタは立ち止まったが、振り返らない。衛士は、剣を抜きながら、言葉を続ける。
「お前、若い女を連れてこんな所へくるとは、人身売買が目的だな。許可証を見せろ。」
ゴロタは、ゆっくり振り返る。丸腰だ。
「許可証って、何の許可証ですか?」
「決まっているだろう。奴隷取引許可証だ。」
「奴隷制度は、禁止になったのではないですか?」
衛士は、ニヤリと醜く笑っている。既に、残りの2人は、道路の向こう側に立っている。逃げられないようだ。
「やはり無許可か。無許可の場合は、商品没収だ。女ども、こっちへ来い。」
シェル達を、商品呼ばわりした。シェルのこめかみがピクピクしている。ゴロタは、静かに口を開いた。
「彼女達は、奴隷ではありません。調べて貰えば分かります。」
「ふん、闇奴隷商は皆そう言うのさ。当然、調べさせてもらう。女ども、こっちに来い。」
「何処へ連れて行くんですか?ここで調べて貰えませんか?」
「こんな所で調べられる訳ないだろ。お前は、黙ってろ。」
やにわにゴロタを殴りつけようとした。当然、ゴロタに当たるわけが無い。タタラを踏んだ衛士の男は、顔を真っ赤にして、怒鳴り始めた。
「反抗するのか。それなら、こっちにも考えがある。後悔するんだな。」
彼は、スラリと剣を抜いてしまった。誰に対して剣を抜いたのかも、知らないままに。
この世界の衛士隊は、武器は剣だけです。移動手段も馬だけです。なので、膨大な人員が必要となります。応援要請などできないので、常に複数でパトロールです。