第27話 婚約が復活しました
この世界では、本人の意思を無視して婚約が決まってしまう残念な世界のようです。
それにしてもゴロタ君、女の子の事だけは、ちゃんと言おうよ。
(11月4日です。)
その場に、ヒンヤリした空気が充満していた。これだけの人がいて、誰も気が付かないなんて。反省と後悔。いい言葉です。僕は、昨日からずっと思い続けていたんだけど、伝えることが出来なかった。表現力不足と、もし、そう言ったら、次の場面が目に見えているからだ。
「ゴロタ君は、どっちを選ぶの?」
その選択を僕に求めるのは無理です。ジェーンさんが、聞いてきた。
「ゴロタ殿は、どちらを選ばれますか?」
僕は、シェルさんを見た。次に、エーデル姫を見た。最後にジェーンさんを見て、首を左右に振った。そして俯いて、床をじっと見続けた。流れ続ける静寂。シェルさんは知っている。この静寂が、永遠に続くことを。泣き続けるエーデル姫を、じっと見ていたシェルさんが、驚きの提案をした。
「エーデル姫の婚約式は、予定通り挙式してください。私も、郷に帰ったら正式に婚約しますから。婚約式という風習は、郷にはありませんが、王国では、婚約に必要な決め事でしょうから。」
エーデル姫が、驚きの顔をした。それから、それまでベソベソしていたのに、一瞬で笑顔になり、シェルさんに抱きついて
「ありがとう、ありがとう。」
と言って、また、泣き始めた。忙しい。
アルベルト国王陛下は、ホッとした。獅子王と戦争など真っ平だ。その昔、隣国であるヘンデル帝国が、グリーン・フォレスト連合公国に侵略戦争を仕掛けたとき、12万の帝国軍が3万のエルフ軍に蹂躙・迎撃されたことは有名な叙事詩となって詠われている。その時の大公に対して、『獅子王』という名が、与えられたらしい。今から200年位前の話だ。そんな獅子王と戦争など、考えたくもない。
しかし、エーデルのことが不憫だった。娘の気持ちは本物だ。今まで、自分勝手で、他人のことなど気にしたこともないのに、ゴロタという少年を連れてきた時から、変に少女らしくなって。ジェーンに聞いたところによると、非常にエッチなネグリジェも購入させたそうだ。
ゴロタという少年、あの少年が、あそこまでとは思わなかった。スターバ団長に聞いたら、魔法ではない不思議な技を使って、400匹以上の魔物を一瞬で殲滅したそうだ。本気になったら、わが国など3日も持たずに消滅させられてしまうかも知れない。そうならないための保険としても、娘と結婚させることは意義のあることだった。しかし、『獅子王』との戦争を天秤にかけると、エーデル姫には可哀そうだが、婚約を撤回せざるを得ないだろうと考えていたのだ。しかし、これで万事解決だ。シェル殿とエーデル、どちらが第1夫人になるのかなど関係ない。ゴロタという少年が、我が国の力になってくれ、そして、あの『獅子王』と姻戚関係を結ぶことが出来れば、我が国の安寧は保証されたようなものじゃ。良かった。良かった。
それから、皆で仲良く昼食会になった。ジビエとかいう料理で、なんて事はないバーベキューだ。お肉は、全て柔らかくて、美味しかった。うん、今度旅に出るときは、金串と、香辛料を混ぜた塩は、必ず持って行こう。
婚約式の打ち合わせでエーデル姫は、お城に残ることになった。
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(11月12日です。)
あれから1週間経った。エーデル姫は、相変わらず、僕達と一緒だ。あの、ネグリジェも同じく。毎日、色が変わっているようで、ジェーンさん、替えを持って来るのやめてくれませんか!
シェルさんは、武器を、ボウガンから弓に変えた。白い金属製で、女性用の小型のものだ。弓の方が連射がし易いそうだ。それから、毎日、弓の練習をしていた。
今日は、昼過ぎから、何となくギルドに立ち寄った。ギルドの2階では、依頼したい人達が依頼カウンターに並んでいた。簡単な依頼は、直ぐその場で、難しい依頼は、別室で受け付けているみたいだ。
僕達3人が、並んでいる人達を見ていると、その列の周りで、目に涙を浮かべながら、並んでいる冒険者達に、一生懸命に何かを頼んでいる7.8歳位の女の子を見つけた。
シェルさんが、その女の子に声を掛けた。
「お嬢ちゃん、何で泣いているの?」
その子は、着ている服から城内の子では無いような雰囲気だった。話を聞いてみると、
・7つ年上のお兄ちゃんが、急に居なくなったこと。
・お兄ちゃんは、先月から冒険者になって、森で採集の仕事をしていること。
・ここに来たら、お兄ちゃんを探してくれると思ったら、依頼料が必要だと言われた。
ということで、凡その事情は分かった。ゴロタとシェルは顔を見合わせ、頷いた。シェルさんが、受付カウンターに行った。『A』ランク冒険者は、カウンターに並ぶ必要がない。常に最優先である。シェルさんは、ゴロタのパーティーメンバーなので同等の待遇であった。受付の人に事情を話し、個別依頼ということで、受ける事になった。ギルドに払う手数料はシェルさんが払った。
「さあ、行こうか。」
女の子の名前は、キキ。王都の南の森の近くに兄と住んでいるとのことだった。王都を出るのに、1時間以上掛かった。キキちゃんを、オンブしていたこともあったが、シェルさんやエーデル姫の歩く速度に合わせたからだ。
王都を出てからは、30分位で、キキちゃんの家に着いた。キキちゃんを家に置いて、3人で森の入口に向かう。僕は、キキちゃんのお兄ちゃんの匂いを追う。キキちゃんの家から、ずっと続いている匂いだ。森の中に入っても、匂いが切れることがなかった。段々と匂いが強くなる。同時に、多くの魔物の匂いもした。
居た。少し開けた場所に、大きな楠木が有り、樹のかなり上にキキちゃんのお兄ちゃんがいた。下では、オークが、棍棒で木を叩いているが、あの程度の衝撃では、殆ど木は揺れていないので、落ちる心配はない。オークは、七匹だった。こちらの匂いに気が付いたのか、何匹かがこちらに振り向いた。
「任せて。」
シェルさんの身体が、赤く光り始めた。よく見なければ気がつかない程度だ。シェルさんが、矢を3本いっぺんに束ねて、弓に掛け、ギューんと引いた。狙いながら、ブツブツ呟いている。
その瞬間、
ドシュッ
3本の矢が3匹のオークの胸に向かった。鏃が白く光っていて、命中する瞬間、風切音がした。
矢は、オークの胸を深々と射抜き、3匹は一瞬で絶命した。気が付くと、もう次の矢を引いていた。
最後に1匹だけ残っており、そのオークは、両目と心臓を射抜かれた。
シェルさんは、オークから矢を抜いて回収し、心臓付近から魔石を取り出した。シェルさんは、自分の固有スキル【能力強化】を使っていた。
黄色く光ったのは、『持久力強化』、赤く光ったのは『身体強化』、青く光るのは『俊敏強化』なのだそうだ。あと、矢の先、『鏃』には風魔法を込めていた。
キキちゃんのお兄ちゃんを下ろすために、僕は、ジャンプして、一番低い梢にぶら下がり、そこから梢を伝って15m位の高さまで登った。ベルのザックからロープを出して、お兄ちゃんの腰に巻いて、ゆっくりと降ろした。最後に、ロープをザックにしまってから、ピョンピョンと梢を伝って降りた。本当は一気に降りても良かったのだが、お兄ちゃんが見ているので、普通に降りる事にしたのだ。
お兄ちゃんは、シェルさんの顔を見て、真っ赤になって礼を言っていた。うん、15歳の少年の素直さが溢れていて、微笑ましいと思った僕だった。
帰りは、お兄ちゃんがキキちゃんを背負ったので、シェルさんやエーデル姫がオンブしたがって、足が痛いとか、疲れたとか言っていたが無視した。
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(11月15日です。)
スタンピードから、2週間経った。
僕達にギルドから呼び出しがあった。
行ってみると、この前、スタンピードが発生したダンジョンを攻略するため、特別討伐隊を編成するので、僕達にも参加して貰いたい、とのことであった。
出発は明日、日の出の時間に、北第1門前に集合、『C』ランク以上限定、報酬は一人大銀貨2枚。成果品は、随行するポーターが回収し、公平に分配する事になっている。エーデル姫は『D』ランクに上がっていたが、レベル不足だ。しかし、僕のパーティに加わっているので参加する事が出来た。
僕達は、ダンジョンの入口まで移動した。そこは、小さな祠だった。他の祠と大きく違うのは、禍々しい気が溢れて来ていることだった。冒険者達は、全部で12組であった。僕達は、一番後ろから冒険者たちについていく事にした。実力はともかく、僕が戦闘では、大人の冒険者たちの立場が無い身体。しかし、3層までに2組が消えた。4層で1組が回収された。僕は、『ここの魔物ってそんなに強いのか。』と思ってしまった。
いよいよ、強い敵が出る5層である。
ここからは僕達が先頭を歩く。最初、オークの群れが出てきた。豚鼻が醜い大型のサルのようだ 何匹かのオークどもが僕達の方へ向かって来たが、弓を構えているシェルさんを見て、一瞬動作が止まった。その瞬間、
「ファイアボール」
ズバン!!!
エーデル姫の魔法が放たれる。先頭のオークの髪の毛と、眉毛を燃やし尽くした。しかし、ダメージは無い。続いて、シェルさんの矢が風魔法を帯びてオークの心臓を射抜く。しかも、一度に5本だ。それが、5体のオークの胸を射抜いた。
それにしても、エーデルさん、そのズルっこいレベル上げ、誰に習ったんですか。他の冒険者が、残ったオークに襲い懸かる。まあ、残り1匹なんですけど。
全てを殲滅すると、一人のポーターが、魔物の遺骸に飛び掛かり、次々と、胸に刺さっている矢を抜いてくれた。そのポーターは、見覚えがあった。キキのお兄ちゃんだ。名前は、ココだった。しかし、この前とは随分雰囲気が違う。黒いコートを着ていて、左目に黒い眼帯を付けている。右手には、袖の上から、白い包帯を巻いていた。右腰には、銅の剣を下げ、その剣の鞘には、何やら分からない模様が下手くそに彫られていた。
矢をシェルさんに返してくれた時に、
「闇に消えし、そなたの矢を返そう」
と、訳の分からない言葉を言ったので、僕達は思わず吹き出してしまった。こりゃ、「厨二病」真っ最中だ。キキちゃんが可哀そう。
可愛そうなキキちゃんでした。しばらく、お兄ちゃんの厨二病は続きます。




