第278話 きっと帰ってきます。
北東郡もようやく落ち着いてきました。
(2月23日です。)
カトラス市に戻って見ると、行政庁の近くの教会には長蛇の列が出来ていた。今日は、久し振りにミサがあるそうだ。今までは、教会の前でゴロツキがたむろしていて、裕福そうな参列者に金をたかったり、バッグを強奪したりのやりたい放題だったのだ。それで、昨年の秋からミサは中止になっていたそうだ。
教会は、光と闇の神センティア様を守護神とするセンティア教だった。その宗派の教義は、この世は常に2対の事象で出来ている。光と闇、陽と陰、男と女、お互いに存在することが、この世界の摂理だ。
ゴロタも教会の中に入ってみた。理由は無かった。何とはなしに、説教を聞いてみようかなと思ったのだ。教会の中は、ほぼ満員だった。ゴロタは、左はしの後ろの方に座った。
神父さんは初老の男性だった。皆、立ち上がって迎えていた。神父さんが演壇の上に立って、静かに両手を上げた。
「皆さん、神の祝福は皆さんにあります。始まりの神センティア様とともにある限り、皆さんの魂は不滅です。」
まあ、こんなものだろう。神に救いを求めるから、今日ここに来ているのだろうから。しかし、次の言葉は、不明だった。
「初め、世界は『無』でした。何もないのです。光も闇も有りませんでした。時間もありません。あるのは混沌とした『無』です。」
「神は最初、光を作られました。光だけです。光は、ただ存在しただけです。神は、世界の光を集められました。光は、力を持って存在するものになりました。存在を否定するものにもなったそうです。二つは、お互いに消し合いました。しかし、わずかに存在が許されたものがありました。私たちの起源、物質になったのです。」
「神は、時の番人を作られました。作られた瞬間、世界は収縮を始め、そして大いなる力を示されました。」
聞いている内に、ゴロタは眠くなってしまった。意識がボーッとして来たのだ。神父の話は、聞いたことがあった。それが、いつ、どこで聞いたかは分からないが、確かに聞いたことが有った。
ゴロタは、意識を失った。混沌の闇の中に落ちていった。
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変わった世界だった。太陽が一つしか無い。大きな銀色の建物が数え切れないくらい林立している。あれは、ミスリルだろうか?道には、見たこともない馬なし馬車が走っている。
ここは、どこだ?辺りをキョロキョロしていたら、誰かに呼ばれた。振り返ると、そこにはシェルがいた。いや、シェルではない。耳は長くないし、髪の毛も黒い。この子は、一体誰だ。
「五郎太君、聞いてるの?」
え、何を?相変わらず、高ビーなシェルだった。ゴロタは、どう答えていいか分からないので、黙っていた。
「また、そうやって黙り込む。それじゃあ、五郎太君が何を言いたいのか分からないでしょ。誰も分からないでしょ。」
改めて、シェルを見ると、全体的な雰囲気が若返っていると言うか、幼くなっている。
「だから、高校進学どこにするか決めたの?」
「うん。」
黙っていると、また怒られそうだったので、返事だけはしておく。何を言ってるのか、意味不明だが。『高校』って何?自分は、これから高校へ行くの?
ゴロタの腕には、何か分からないリングが付いていた。頭には、何かバンドのような物を被っている。左目の前に透明な板が突き出ていた。物凄く邪魔だ。
「じゃあ、今日は私の家で勉強ね。」
彼女は、腕輪に何かを命じていた。目の前にゲートが開いた。左の透明板に文字が現れた。
『明日香戸詩絵留の自宅へのゲート』
初めて見る文字だったが、不思議なことに読めた。この娘は『詩絵留』、シエルという名前らしい。自分は、なんという名前だろう。そう思った瞬間、画面が変わった。
『マイ情報
氏名:八郎潟五郎太
生年月日:西暦4041年9月03日生(15歳)
職業:中学3年生
父:不明
母:不明
情報は、これで終わりだった。両親が不明って?西暦って?今は何日なんだろう。
『今日は西暦4056年9月23日、木曜日です。』
「何やっているのよ。早く行くわよ。」
詩絵留さんは、ゲートに飛び込んだ。ゴロタも慌てて飛び込んでしまった。
そこは、詩絵留さんのリビングだった。無機質なテーブルに椅子、キッチンが併設されているが、銀色と白を基調にしたもので、料理をしている気配はない。
キッチンに光が浮かんだ。魔物かと思ったが、その光は、女性の形になっていた。
『あら、いらっしゃい。五郎太君。今日は、お勉強?』
シェルの母親によく似た女性だった。やはり人間の形態だ。髪が紫色に光っている。
「ママ、お腹すいた。何か無い?」
『あらあら、お行儀の悪い子。紅茶とパンケーキよ。」
どうも声は他の所から出ているようだが、如何にもこのママなる光から出ているみたいだ。
テーブルの上に、紅茶とパンケーキが出てきた。この辺は、一緒なので安心した。ただ、出現方法が、突然なのだ。空間から出て来るのではなく、現れたのだ。
ゴロタは、詩絵留さんの前に座って、パンケーキを食べる。美味しい。
突然、左の透明板が文字を表示した。
『パンケーキ:質量85グラム、カロリー674カロリー、後854カロリー摂取可能。』
「食べる時位、スカウター切ったら。邪魔くさいでしょ。」
ゴロタは、スカウターというものに、表示しないように念じた。表示が消えた。
食べ終わってから、勉強のため、詩絵留さんの部屋に行く。スカウターを外し、ヘッドセットを頭に被る。後は、ベッドに横たわるだけだ。
詩絵留さんが、ゴロタの横に横たわって来る。いつもは慣れているはずなのに、何故かドキドキする。
ヘッドセットは、何も反応しない。
「ねえ、今日は何もしないの?」
ああ、この世界のシェルも同じだった。
勉強は、すぐに終わった。深層能力開発端末で強制的に書き込むので、時間は掛からない。ゴロタには、何が変わったかわからなかった。
詩絵留さんと別れて、自宅に帰ろうとしたが、自宅がどこか分からない。まさかタイタン市があるわけ無いのだが、当てずっぽうに歩いても帰れるわけがない。しょうがない。『自宅』と念ずる。
『自宅、それは施設36587のことですか?よろしければ転送ゲートをセットします。』
ゲートが開いた。ゲートを潜ると、調度品のない真白な部屋だった。ゴロタが、部屋に入ると、ここでも光が浮かんだ。しかし、人間の形にはならない。
『オカエリナサイ モウスグ ユウハンデス』
この声は、何度か聞いたことがある。蒼き盾を実装したときや生理食塩水を作った時だ。彼女の?名前は知らない。
『ジョセイノDNAヲケンシュツ シャワーヲセットシマスカ?』
あ、バレた。シャワーは遠慮していろいろ聞いてみる。まずは、彼女の名前だ。
『ナマエハ アリマセン。IDは、289076543876です。ゴロウタ サン ガ シルフ ト ヨンデイマス。』
「ここは何処なの。」
『ソノシツモンニハ カイトウガオオク センタクデキマセン。』
全て聞いた結果、ある程度の事が分かった。この世界は、銀河系太陽系第3惑星で地球というらしい。
この国は、日本と呼ばれる、世界で残っている7つの国の内の一つらしい。それで、ここは神奈川県の小田原市。本当は、東京という所が1番大きな都市だったらしいが、何故か、あと3500年は住めないらしい。
この住居は、国の特別プロジェクト用実験施設らしい。実験?なんの実験なのだろう?
聞いても『アクセスケンゲン』とか『キミツレベル』がどうしたとかいって教えてくれなかった。
この世界には、イフちゃんがいるのだろうか。読んでみたら、声だけ聞こえた。
『お主の念話は通じるが、その世界へワープするには、エネルギー不足じゃ。ベルの剣もないしのう。』
ゴロタは、慌ててイフクロークに手を突っ込んだが、何もない虚無の空間だった。
ゴロタは、試しに魔法を使ってみた。部屋に影響が出ないようなものだ。
「ライティング」
小さな灯りが灯った。同時にけたたましい警告音が発せられた。
『アラート、アラート。魔力を感知。警戒レベル5。警戒レベル5。400m以内の住民避難。繰り返す。400m以内の住民避難。』
何の騒ぎなのだろう。簡単な魔法を使っただけなのに。一体、この世界はどうなっているのだろうか。
暫くすると、武装したゴーレムが入ってきた。手に、見たこともない武器を持っている。背中に背負ったバッグみたいな物と繋がっている。
『魔力誘引者発見。防御センターへ強制移動。』
問答無用で、長い棒みたいな武器をゴロタに向けて来る。ちょっとイラッと来たゴロタは、自分に向けられた武器の先っちょを溶かしてやる。今度は、至る所から警報音が鳴った。
『エマージェンシーアラート、エマージェンシーアラート。核融合エネルギーを感知。警戒レベル100。警戒レベル100。半径100キロ以上の避難。避難。』
ええ、何?どうしたの?ゴロタは、何もしないことにした。
あれ、異世界転生ものになってきました。転生先は、未来の日本らしいです。




