第276話 北東郡もタイタン領です。
北東郡が平和で豊かになるまでにはもう少し、時間がかかりそうです。
(2月21日です。)
ハンナ・ダンジョンの地下第3階層のボスを倒したので、少し戻って、第3階層の探索をすることにした。
ゴロタは、すでに当てを付けていたのだが、真ん中辺の廃墟の瓦礫の下に『宝箱』があるみたいだった。瓦礫は、石柱や石壁の崩れたものだったので、普通なら掘り起こせないが、ゴロタにとっては、全く問題が無かった。
重力魔法で、石柱などを排除し、土魔法で穴を掘って行く。直ぐに宝箱が掘り出された。中にはミスリル・ハンマー3本と金貨2枚が入っていた。普通なら、大金持ちコースだ。
ミスリル・ハンマーは武器としてよりも、素材としての価値が高く、この重さのミスリルなら金貨3枚は下らないはずだ。もう何個回収したか覚えてないほどだ。
時間も午後になってしまったので、ダンジョンを出ることにした。3人でダンジョンの外に転移し、屋台でお弁当を3個買う。1個で大銅貨1枚半だ。結構、エグイ値段だ。まあ、昔ならいざ知らず、今のゴロタには、まったく影響はない。
大銅貨5枚を、売り子の女の子の手の中にそっと置き、手を握って、『おつりはいらないよ。』と優しく言ってあげた。このようなやり取りも、あの『聖夜の行事』で覚えたのだ。女の子は、顔を真っ赤にして、気を失いそうだった。
ゴロタ達は、ダンジョンのそばに野営セットを出して、お弁当を食べ始めた。お弁当は、大きなソーセージ2本とチーズとパン、それに野菜サラダだった。パンは、今朝、焼いたものらしく、柔らかく香ばしかった。デザートにはバナナが付いていた。
温かいミルクをカップに入れて、蜂蜜をたっぷり入れたものをミライさん達に出してあげた。ルーベンスさんは、この屋台も自分の所で出させてくれないかと言ってきたので、販売する商品により決めたいと言っておいた。
独占になってしまうと、商品の質を落とすのは普通にあることなので、良心的な商売をお願いしたいのだ。将来的には、ここにギルド出張所を作り、またホテルも作って、ダンジョンの街にするつもりだ。
食事を終えてから、ミライさんが、またダンジョンに潜りたいと言ってきた。さっきは、ゴロタの後を付いて歩くだけで、まったく活躍していなかったからだ。しかし、ゴロタは午後、行政庁長官と打ち合わせがあるので、またの機会にと、絶対にできない約束をして、とりあえずミライさんを送るため、帝立冒険者ギルド総本部に帰ることにした。
ギルドで、全てのドロップ品を売却し、売却代金は、ルーベンスさんとミライさんで山分けするようにと伝えた。ゴロタには、まったくいらなかったのだ。
ルーベンスさんとカトラス市冒険者ギルドで別れてから、真向いの行政庁に向かった。行政庁と言っても、今までは北東郡の郡庁だったところだ。市役所の方が大きいが、それは行政事務の量が違うのだから仕方がない。
カノッサダレス行政庁長官は、執務室で、事務官から報告を受けている最中だった。ゴロタは、これから北東郡全域の平定に向かうつもりだが、最初にどこに行けば良いのかを聞きたかったのだ。
長官は、エルフ公国と国境を接している、東のカープ村とカイゼー村に行くべきだと言ってきた。エルフ公国との境は深い森に阻まれて、交易こそ無いが、なんとか交易の手段を構築したいと考えていたのだ。
今までは、亜人に対する差別がひどくて、向こう側からこちらに来るエルフなどいなかったが、これからの帝国は自由で平等な国になって行かなければならない。そのためにも、是非、交易ルートを開発したいとの事だった。
現状は、東の国境の森から魔物が湧いてきて、村の安全を脅かしているので、まず、それらの危険を排除しなければいけないそうだ。カトラス市から最も遠い村は、北東のカープ村だ。ゴロタは、明日、カノッサダレス長官と一緒にカーブ村に行く事にし、今日は、タイタン市に帰ることにした。
カノッサダレス長官も、タイタン市に同行したいと言ってきた。タイタン領の行政責任者であるコリン・ダーツ長官と今後の領内運営について意見交換したいそうだ。まあ、職員の待遇や標準課税基準など情報共有しなければならないことが山積していることは、ゴロタでも分かった。
庁内の職員に、長官は今日はタイタン市に出張するので、留守になることを伝えてから、二人でタイタン市行政庁前に転移した。カノッサダレス長官は、タイタン市の清潔できちんと区画整理された街並みを見て驚いていた。
また、冬だと言うのにキチンと除雪されており、雪の下の道路が煉瓦で舗装されている事にも吃驚していた。今日は、カノッサダレスさんは市内の高級ホテルに1泊だ。当然、宿泊費はゴロタが前払いする。正当な出張旅費にあたるので遠慮することはない。
次の日、カノッサダレスさんと二人で、カトラス市に転移し、それからはカープ村までは飛行で行く事にした。いかに防寒装備を完璧にしたとしても、冬の空を飛行するなど、自殺行為だ。しかし、ゴロタにとっては何も問題ない。シールドを前方に張ってしまえば、全く風が当たらなくなってしまうからだ。
しかし、カノッサダレス長官は震えていた。寒いからではなく、怖いからだ。それは、ゴロタの右手を握りしめている、彼の左手の震えからも伝わってきた。
別に、手を繋がなくても、念動で浮かせられるのだが、『飛翔』スキルの効力を伝えるために手を握っているのだ。ゴロタだって、いい歳のおじさんと手など繋ぎたくない。早く、飛行船を完成させようと思うゴロタだった。
カープ村まで、約3時間の飛行だった。上空から見ると、東の森まで1キロ程しかなかった。北と西には、広大な平野が広がっている。きっと何かの畑なのだろう。
地平線が見えると言う事は、かなり広いのだろう。あんなに広くて、耕作できるのだろうかと心配になる。
畑の収穫量は、広さもさることながら、耕作人口つまり農民の人数で決まってくる。人間1人の耕作面積は、馬や牛を使っても10ヘクタールが限界だ。端から耕し始めて、全てを耕すのに1ヶ月は掛かる。耕し終わる頃には、最初の場所は雑草だらけになってしまう。普通に休日を取ったら、その半分と考えるべきだ。
耕すだけならいいが、雑草取りや収穫は、人力だ。しかも時間との勝負だ。そう考えると、かなり厳しい作業となるだろう。
カープ村の人口は、1800人だそうだ。労働人口から考えても、あの雪の下の大地が全て農地と考えるのは無理がありそうだ。
村の側に着地して、村までゆっくり歩いて行く。村は、ひっそりとしていた。通りを歩いている者はいない。除雪はされていたが、道には、うっすらと雪が降り積もっていた。
カノッサダレスさんは、村の真ん中にある、少し立派な家まで真っ直ぐ向かって行った。戸口で、声をかける。
「ソロさん、ソロ村長、私だ。カノッサダレスだ。」
入り口のドアが、内側に開かれた。中から出て来たのは、カノッサダレスさんより少し年輩の男性だった。この男性が、村長のソロさんなのだろう。
家の中も寒かった。暖炉には、申し訳程度に火が焚かれているだけで、家全体を温めるには、火力が足りなかった。
ゴロタは、ほんの少し、体内の熱を取り出し、家の中を温めてあげた。村長は、吃驚したが、見る見る頬に紅が刺して来た。奥から、奥さんと娘さんと小さな男の子2人が出てきた。きっと、孫だろう。
「ソロさん、どうしたのじゃ。外には、誰もいない様だが。」
「村の若い男衆は、殆ど、森に出かけている。薪や食料を探しにじゃ。」
「じゃが、森には、オソロシイ魔物が出るようになってな。随分、死んでしまったのじゃ。このままでは、村は飢死か凍死じゃ。怖いが、仕方なく森に出かけとるんじゃ。」
村に残っているのは、年寄りと女子供だけで、家の中でジッとしていて、燃料と食料を節約しているそうだ。まだ餓死者は出ていないが、4月まで食料はギリギリで、燃料は殆ど無いそうだ。
ゴロタは、ソロ村長の家を出て、空を見上げた。分厚い雪雲が空を覆っている。
ゴロタは、上空3000mに、ミニ太陽を出現させた。雲は、氷粒を維持していることが出来ずに、雨となって村に降るか、蒸発するしか無かった。雲の切れ目から、ミニ太陽が覗く。村全体が温かくなり、道の上の雪も溶け出した。
ゴロタは、村の真ん中で、大きなコンロを作り、大量のバーベキューを作り始めた。村中に良い匂いが立ち込める。村の人達が集まり始めた。700人位だろうか。
BBQでは、間に合わないので、大鍋で肉野菜汁を作る。奥さん達も自分の家から、一番大きな鍋を持ってきて手伝ってくれる。食材なら十分にある。味噌仕立てで、中に茹でた極太パスタを入れる。野菜として入れたカボチャが溶けて、トロミが出てきた。
もう、村はお祭り状態だ。そのうち、遠くからでもミニ太陽が見えたのだろう。村の男達が帰ってきた。僅かな薪を背中に背負っている。獣は、誰も狩れなかった様だ。
ゴロタは大きな鹿2頭を出して捌き始めた。今、買ったばかりの様に新鮮だ。皮は、そばの奥さんにあげたら、非常に喜ばれた。
喜んだのはいいが、抱きついて感謝のキスをしようとして、他の奥さんに止められていた。後は、ソロさんとカノッサダレスさんに任せて、ゴロタは森へ魔物狩りに行った。
森は、シーンとしていた。冬でも、鹿や猪、ウサギなどが居る筈だが、気配がない。微かな血と腐肉の混じった様な臭いがする。魔物だ。
ゴロタは、イフちゃんを飛ばす。大きなヒグマの魔物、ベリアドベアがいた。大きい。体長4m位ありそうだ。きっと、この森のボスなのだろう。肉は、熟成させて食べると美味いらしいが、ゴロタは食べない。
この魔物は、目が額にもあり、爪の長さが50センチ位有るのが特徴だ。ゴロタは、普通に近づいて行く。ベリアドベアが、立ち上がる。前脚を大きく広げて威嚇するが、ゴロタには効かない。ゴロタは、『オロチの刀』を青眼に構えた。刀を前に突き出すとともに、少しだけ気を込めた。
刀は、ベリアドベアの心臓を刺し貫いた。青い閃光が、背中から向こう側に走って行った。
森の恵みは豊かでも、魔物がいたのでは、入ることが出来ません。
 




