第273話 ヘンデル帝国北東郡カトラス市
北部辺境郡は、もう大丈夫なようです。次は、北東郡に行くようです。
(2月16日です。)
シスターは、昨日から一睡もしていない。辛そうだった。看護は、こちらでやるからと言って、強制的にタイタン市の領主館に送り込んでしまった。ここに居ると、死ぬまで看護をやりそうだったからだ。シェルが、ジト目で僕を見ていた。シスターは、名前をロザリーといい、成人したばかりの年齢みたいで15~16歳位だろう。緑色の目をした小柄な美少女だった。髪は、頭巾、ウィンプルというそうだが、それを被っているので、何色かは分からなかった。シェルが疑うのも無理ないが、シスターとなんかある訳が無い。絶対に、何もありませんから。
教会の中は、シェル達に任せて、村の中を歩いてみる。殆ど死の町だった。去年の暮れ、大不作のため、僅かな作物しか収穫出来なかったそうだ。そのため大人達は、帝都に出稼ぎに行った。村に残ったのは、教会のシスターと老人と未成年の子供達だけだった。シスターは、涙を流して面倒を見てくれるように頼んでくる母親達の依頼を断れなかったと言っていた。このまま、大人達が残っても、親子共倒れだ。大人の食糧消費量は、子供の数倍だ。それで、大人達だけが村を出ることになったのだ。残った子供達は教会に集めて、1日に僅かな食事で厳しい冬を越そうとしていたのだ。
春になれば、きっと大人たちが帰って来る。それまでの辛抱だと言い聞かせていた。僕が、探索中、家々の中には、痩せさらばえた老人の死体がベッドに横たわっていた。台所の中には、食料は何も無かった。きっと、僅かな食料をシスターに託して死んでいったのだろう。シスターは、雪解けまでの間、子供達を守るために毎日、必死に食料を集めて回ったそうだ。泣く泣く、お年寄りから食料を譲って貰った。その食料が、その家の最後の食料と知っていても。雪が降り始めてからは、森に入って食べられる草なども無くなり、また、木の実も取れるところのものは全て取りつくしてしまったので、何も得るものが無くなっていた。結局、この村にはシスターと幼い子供達32人だけが生き残っていた。2月になってから、昨日の死んだ子達を入れると、11人の子供が死んでいた。もう少し、到着が遅れたら、この子達の命も尽きていただろう。
その日の夕方、子供達全員をタイタン市の医務院と孤児院に送り届けた。医務院に入院した子供は6人だった。全員が元気になるかは分からないが、ここにいるよりも絶対に生き残るチャンスが高いだろうと思う。孤児院に行った子供は、元気を取り戻していた。大きな子は12歳だそうだ。13歳から上の子達は、歳を誤魔化して街に働きに行ったそうだ。僕は、直ぐに村に戻り、村内の老人の遺体を全て集め、村外の共同墓地に埋葬してあげた。夜は、氷点下になるこの季節、傷むことなく、そのままの姿で死んでいた。遺体は、24体あった。この村が復興するためには、十分な食料が必要だ。それは何とかなるが、労働力がないことには、復興は難しい。タイタン領内も、十分な労働力がある訳ではない。これは、農耕作業の効率化を図らなければならない。まだ、構想はないが、そのうち良い考えが浮かぶだろう。それまでは、限られた食料で皆を食べさせていかなければならない。
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(2月20日です。)
旧北方辺境郡は、ハルバラ市の他に2町7村があったが、ノースシーエンド村が消滅したので、2町6村だ。北西の海に面したところにハイポート村。西は、ハレート町とハシバ村それにハラス村だ。南はハカミ村があるだけだ。東は、ハトバラ町にダンジョンしか残っていないハンナ村それに無人となったハートブレーク村だ。すべての村からゴロツキどもを排除した。夏だったら、野盗となってしまうかも知れないが、この季節、村から逃げ出すわけにも行かず、抵抗する者もいたが、全て僕に粛清されてしまった。
ハラス村の東は、深い森になっており、魔物が跋扈しているそうだ。村民全員を一旦、ハルバラ市に避難させることにした。全員と言っても、400人程しかいない。ハラス村は、林業の村だったので、木を切ったり運んだりすることはお手の物の村民が多い。ハルバラ市では、建設ラッシュとなる筈なので、仕事に不自由することはない。住居は、空き家を接収して市営住宅とし、廉価で貸すことにした。当面の措置として、1か月分の食糧を無料で支給した。元村長を、ハラス村復興組合の組合長にして、村民のケアに当たらせた。当然、市庁舎に執務室を与えた。
市長は、ゴロツキどもに殺されたらしく、次長が市行政全般を担っていた。出身は、ハルバラ市で階級は、3等認証官だ。僕は、次長を暫定市長に任命し、まず市役所職員の補充をお願いした。給料は、タイタン市と同額とすると言ったら、タイタン市職員の給料を知らないので、不安そうだった。暫定市長及び管理職の皆さんには、1度タイタン市に行ってもらうことにした。暫定市長に、他の町や村の責任者に今年の年貢及び税金は無しにすると伝えると、目が点になっていた。このような貧しい領内から年貢や税金など取れる訳がない。
それと、市役所の隣に、総督府庁舎を建築することにした。総督は、やはり白薔薇軍団の中から選任するつもりだ。春になったら、着任させるつもりだ。あと、街道を整備する。宿場町が圧倒的に足りない。南の郡境からハルバラ市まで馬車で4泊5日の行程なのに、村が1つしかない。あと2つは宿場町を作るつもりだ。しかし、その前に、元ヘンデル帝国北東郡と北西郡の2郡を平定しなければならない。
情報では、雪もそれほど多く無く、住民は少なくなったが、食糧危機は無いようだ。ただ、魔物とゴロツキが多いため、領民の安全が確保されているとはいいがたいようだ。致命的なのは、衛士隊及び騎士団がほぼ壊滅状態となり、それぞれの郡長官も、市内を守るのに必死で、郡内全域の治安維持には程遠いらしい。
まず、北東郡郡都であるカトラス市に行ってみる。このような場合は、必ずシェルが同行することになっている。今回は、シズちゃんも同行している。人種差別が撤廃されたとはいえ、まだ市民や高級官僚の中には、亜人に対して差別意識を持っている者がいるかも知れない。その実態も調査する必要があるからだ。北東郡は、カトラス市を中心に、東のエルフ公国の国境まで、に、カンタン村、カイゼー村と二つの村があるだけで、エルフ公国との交易は無いそうだ。
国境の北側には、カーブ村があり、この村がカトラス市から最も遠い村となっている。
北方辺境郡との境、カトラス市の真北にはカベロ村があり、その間にはカラスバ町がある。
南側の郡境には、カラット町、その西側にはカチンコ村があるが、カトラス市との間には町村は無い。北西郡との郡境の街道沿いには、南からカイン市とカミュ村があり、その東側、カトラス市に接してカゼル町があるu、カゼル町に行くまでには3泊の野営をしなければならないので、隣町という状況ではなかった。
北の大地は、冬が早く、春が遅いため、穀物の生産が少なく、また荒れ地も多いため、どうしても人口の増加が望めない。広大な北東郡ではあるが、現状では、これが精いっぱいなのだろう。
僕達3人は飛行服を着用して、カトラス市まで飛行で行った。カトラス市は、人口38000人の市だったそうだが、現在は2万人にまで減少してしまったそうだ。市内は、かろうじて治安が保たれているが、夜間の市民の外出は控えるようにしているそうだ。
治安問題は、後で解決することにして、まず郡長官に会うことにした。郡庁の入り口で、警戒の衛士に新領主の僕が郡長官に会いに来たと伝えてくれと言ったら、慌てて郡庁の中に入って行った。しばらくして、事務官が出て来て、郡庁内に案内してくれた。
郡庁内に入って驚いた。大勢の職員が、左右に整列して頭を垂れており、その一番奥に長身で、高級官僚とは思えない端正な顔立ちの男が立っていた。僕が近づくと、左膝を床について臣下の礼をした。郡長官2等上級認証官のカノッサダレスさんという人だった。
僕は、立つように合図して、カノッサダレスさんとともに、2階の長官室に入って行った。長官室は、かなり広く、品の良い調度品が置かれていた。
カノッサダレスさんは、自己紹介をしたが、今日からは、僕の支配下に入るつもりだと言った。帝都に帰っても、上級認証官ならいくらでもポストがあると思うのだが、カノッサダレスさんは、このカトラス市の出身で、この街と領内の惨状を何とかしなければならないので、是非僕の下で働きたいとの事だった。
僕は、最初に財政状況を確認したが、現在、帝都から大金貨400枚の負債を抱えているそうだ。それと、職員や衛士の給与も7割にして貰っているとの事だった。そういえば、カノッサダレスさんも、皆が着ている職員用の事務服を着ている。上級認証官は、貴族服を着ているのが普通なのに、どうしてか聞くと、自分の給料は、皆と同じ水準まで下げているので、貴族服を着る余裕などないそうだ。僕は、大金貨600枚を出し、借金の返済と職員への特別ボーナスそれと、今後の行政費用として使うように指示した。
カノッサダレスさんは、目に涙を浮かべ、これで職員の苦労に報いることができると喜んでいた。これから、是非、職員全員に訓示を頂きたいと言うので、仕方がなく、長官室を出て、1階事務室まで降りて行った。
事務室の奥には、演台が用意されており、職員が全員立っていた。僕は、何を言っていいか分からなかったが、とりあえず自己紹介をする。
「えー、僕は今度新しくこの郡の領主となった僕です。えー、今日から、皆さんは、僕と一緒に働きます。なります。うんーと、給料は、タイタン市の職員と同じに合わせます。普通に働いて貰うと、年間で金貨6枚以上を支給します。えー、あと、皆さんが市民のためにしてあげたい事は、どんどんしてください。お金の心配はいりません。お願いします。」
皆は、緊張していたようだ。『殲滅の死神』の二つ名を持つ僕が新領主だ。自分達がどうなるのか不安を持つのは当たり前だ。
しかし、実際に会ってみると、身長こそ高いが、顔は15歳位の少年顔だし、乱暴で偉そうな雰囲気は全くない。その辺の男の子という雰囲気だ。
次に、シェルが壇上で、皆に大きな声で当面の政策を発表した。
いつ、準備したのだろうと思うくらい、緻密な政策を淀みなく発表していた。
カトラス市、やはり困った市かも知れません。




