第268話 帝国からの依頼
帝国では、本当に困っているようです。
(2月4日です。)
今日、タイタン公爵館に帝国から使者が来た。帝国騎士団のゲール総督だ。今は、ゲール少将になっている。この前の赤ずきん団騒動以来、久しぶりの対面だった。度重なる帝国の危機の時の活躍が認められ、最年少で少将になったそうだ。僕は、使者の方に『イレーヌさんは、お元気ですか?』と聞いたら、今、娘が二人いて、その世話で大変だそうだ。もう、騎士団はやめているとの事だった。
帝国の帝都から、グレーテル王国の王都まで、約1か月かかったので、使者さんは、今年の初めには帝都を出発したことになる。冬の旅行は、通常、控えるのだが、余程の用事だったのだろう。第3代皇帝スープラカエザー・ザウツブルコ・ヘンデル18世陛下の親書を携えて来ていた。
謹んでお受けし、ゲール将軍の目の前で中身を読んだ。使者の面前で読むのが外交儀礼上必要な事だそうだ。後で、読んでいないとか言われないためにも、使者の目前でよみ、読んだ証の証書を渡すのだ。
親書の中身は、驚きだった。帝国の北側を譲渡するので、帝国侯爵として統治してくれないかという事だった。確か、前回、帝国北部では『赤ずきん団』の反乱が起きたが、もう平定しているはずだ。何が問題なのだろう。とりあえず、直ぐに行ってみることにした。シェルとエーデル、ノエルそれにクレスタも同行することにした。ゲートを開き、ヘンデル帝国帝都グレート・セントラル市の帝城内にある謁見の間に転移した。勿論、ゲール将軍も一緒だ。謁見の間には誰もいなかったが、謁見の間の責任者に皇帝陛下に取り次いで貰うよう依頼して、その場で待つことにした。直ぐに、案内が来て、皇帝陛下の執務室に来ていただきたいとの事であった。
執務室に行くと、皇帝陛下の他にプーチキン宰相と、マーキン帝国魔導師長そしてパトロン帝国軍統合幕僚長が会議テーブルに座っていた。僕達は、挨拶もそこそこに皇帝陛下の反対側に並んで座った。
詳しい用件を聞くと、宰相が説明してくれた。
現在、帝国北部は無政府状態だそうだ。昨年も、反乱と暴動のせいで穀物収入がはかばかしくなく、また帝国も直ちに救援物資を送るほどの余裕がないそうだ。2025年5月のサキュバス騒動で7万人が死んだ痛手を回復できないのだ。7万人の生産人口が消失したら、当然に余剰人口を支えることが出来なくなる。従って、現在の労働力では、豊作で、やっと生き延びられるレベルで、昨年のように反乱で田畑をあらされたら、もう人口を維持することなどできない。小さな暴動は、日常茶飯事で、帝国にはそれを鎮圧するだけの財力と兵力がないのが現実であった。
提案は、驚くべきものであった。以前の北方辺境郡及びその南に位置する北東郡と北西郡を割譲する。そのために僕の身分は、外国人としては初めての帝国侯爵として叙するので、皇帝陛下にグレーテル国王の意図に反しない限り、一定の忠誠を誓って貰いたい。帝国は、一切支援できないが、何とか北方の民の安寧を確保して貰いたいとのことだった。
僕は、黙っていたが、シェルが口を開いた。
「皇帝陛下のお申し出は分かりました。今すぐ、お答えできませんが、今、ゴロタ君はグレーテル王国の公爵です。また、将来は、エルフ大公国の大公にもなる身分です。それでも帝国の侯爵として領地を統治して貰いたいという事ですか?」
この質問は、難しい問題を含んでいた。今、言った国々は、北方大陸を3分割して統治している。その3国すべてで重職を担うということは、この北方大陸で絶大な権力を持つという事になってしまう。それでも良いのかということだ。
「うむ、その点については、ゴロタ殿の人柄から勘案しても問題ない者と思われる。」
「それでは、本件について、グレーテル国王陛下に対する親書をお願いします。それにより、国王陛下が了解・承認してくれれば、直ぐにも統治部隊を投入いたします。」
シェルは、統治部隊と言ったが、自分も含めて女性陣だけで十分と考えていた。僕がいなくても、女性陣の総力を投入すれば、帝国程度の軍事力は殲滅できる自信はあった。ただ、女の子らしくないので、絶対にしないが。親書をしたためるまでの間、プーチン宰相から、北方の情勢についてレクチャーを受けた。
帝国の北方は、北方辺境郡が北極海に面してあり、その南東側に北東郡、南西に北西郡となっている。北西郡は、西方辺境郡と接しているが、グレーテル王国とも一部国境を接している。ただ、交易路がないのと深い森に阻まれて正式な国交ルートは無い。北東郡は、中央東部郡と接している。
2025年以前は、北方辺境郡が人口8万人、北東郡が人口12万人、北西郡が人口7万人だった。タイタン領に比較して、人口密度が低いのは、寒冷地のための耕作方法が未熟で、収穫量が少ないためだ。また、北西郡は、山間地帯が多く、樹海も広がっているので、西方へ向かう交易路が作れない状態だそうだ。
いま、早急に平定しなければならないのは、北方辺境郡で郡都のハルバラ市は、ゴロツキどもや魑魅魍魎が跋扈しており、無政府状態だそうだ。周辺の市町村も酷い飢餓状態が続いているそうだ。あと、この領地を統治していた上級認証官達は、サキュバス以来の動乱で。皆、一族ごと死ぬか処刑されてしまっていて、今でも城門に吊るされている者もいるとの事だった。という事は、僕が統治しても誰も異論を唱える者はいないという事になる。その点は、安心だった。
僕の叙爵は、グレーテル国王陛下の勅許を得てからという事にして、とりあえず王国へ帰ることにした。皇帝陛下の親書は、物凄く分厚いものだった。これは、大分前から準備していたことが分かると言うものだ。それほどに、困ってしまっているのだろう。
僕達は、すぐに王都に転移した。国王陛下に謁見を申し入れたところ、ズーッと列を作って待っていた他の貴族たちを押し退けて、最優先で謁見できた。まあ、僕の貴族の位階から行っても、当然であったが。
国王陛下に親書を渡して内容を確認して貰ったところ、暫く待つように言われた。重鎮たちと相談しているようだ。しばらくしてから、ジェンキン宰相が親書を持って謁見の間に現れた。国王陛下が、冠を被り、マントを羽織って、王杓を持って現れた。玉座の前に立ったので、僕は国王陛下の御前に臣下の礼で膝間付いた。
「我が臣、ゴーレシア・ロード・オブ・タイタン。そなたを我がグレーテル王国の全権大使とし、ヘンデル帝国皇帝陛下よりの叙爵及び領地割譲を受けることを許す。」
国王陛下が、王杓を僕の右肩にあてて、向上を述べた。これで僕の帝国北方辺境侯就任が確定した。しかし、これから領地平定までの道のりは遠い。漸くタイタン領が軌道に乗ってきて、これから発展の道を歩み始めたところなのに、また、ゼロからの、いやマイナスからの出発かとおもうとぞっとするが、きっと皆で強力すれば大丈夫だろうと思うのだった。
一旦、タイタン市に戻り、部隊を編成する。部隊と言っても、僕と一緒に行く女性をどうするかだ。
まずシェルは当然だ。参謀長及び交渉係だ。エーデルとクレスタは火力担当だ。ノエルとビラは魔法及びヒーラーだ。シズちゃんとジェーンは打撃系攻撃力の要だ。以上で編成を組もうとしたら、フランちゃんとフミさんが文句を言ってきた。自分達も編成に入れてくれと言うのだ。しかし、フランちゃんは治癒院、フミさんは孤児院の運営がある。ここは、我慢して貰う。ジルちゃん以下は、勉強をしっかりやって貰うことで納得して貰った。
全員で、旅装を整え、まず王都に戻ることにした。王都の馬車職人の所に行って、タイタニック号を受領するのだ。まだ、完成していないが、ほぼ出来上がっている。内装の一部が、下地のままで革を張っていないことと、翼が未完成なのだ。翼内のリブを正確に組み立てなければならないので手間がかかるらしい。胴体のロング化と車輪の格納システムは既に終わっていた。
とりあえず、浮遊と推進システムも後回しにした、全員で乗り込み、出発する。全員、飛行服を着用する。勿論、機内で着替えるのだが、皆さん、どうして下着も脱ごうとするのですか?それって、わざと脱ごうとしているでしょう。全員の準備完了を確認してから、徐々に浮上する。上昇途中、車輪を格納するが、うまく作動している。高度200mまで上昇してから、水平飛行に移る。念動力で、どんどん加速する。前から空気を取り込む細い管に取り付けた圧力計が速度を示している。現在、時速900キロだ。まず、帝都を目指すことにする。3時間後、帝都上空に到着した。騎馬や馬車なら無理して飛ばしても1か月の道程だ。駅馬車なら3か月はかかる距離だ。帝都の市民たちは大騒ぎだった。銀龍が襲ってきたかと逃げ惑う者もいれば、神に祈る者もいる。帝国騎士団が完全武装で弓を構えている。音もなく、帝城の中庭に着陸した。車輪もうまく出てくれた。降車用の階段を降ろし、僕が先頭で降りて行く。勿論、飛行眼鏡は外して、僕だという事が分かるようにしている。
騎士団の中から、ゲール将軍が出て来た。もう吃驚するやらあきれるやら、なんでもありの僕だという事を再認識してしまっている。騎士団は、武器を納め、整列して僕達を歓迎してくれた。そのまま、帝城内に入り、貴賓室に案内された。皇帝陛下からの叙爵は明日で、今日は、ゆっくり休んで貰いたいとの事であった。タイタニック号は、そのまま駐機している。見られても、飛行の謎など何もない。単なる馬車に過ぎないからだ。飛行のギミックを装備したら、そうはいかないだろうが、まあ、絶対に真似はできないと思っている。
女性陣は、今日の晩餐会のための服を色々出して試着しているが、僕はそのまま、単身、窓から外に飛び出した。飛翔しながら進路を北にとる。とりあえず、北のハルバラ市の偵察をしておくつもりだ。僕は、かなり急いだ。途中で、衝撃波が出るほどの速度での飛行だった。1時間後、ハルバラ市の上空に到着した。市内のあちらこちらから黒煙が上がっている。中央広場では、大きなかがり火が焚かれ、一見ごろつき風の男達が女を手籠めにしている。また、至る所に死体が散乱していた。中には、腐敗して膨れ上がっている死体もある。一般市民は、痩せこけ力なく歩いていた。郊外には、元は畑だったのだろうが、荒れ地が拡がり、ところどころで低級魔物が人間の部分を咥えている。空には、ワイバーンが舞い、僕を狙って近づいて来るが、僕がチラっと睨むと、慌てて飛び去って行った。もうあのワイバーンは、ここには来ないだろう。
僕は、ゴロツキどもに、『威嚇』を思いっきり送ってから、帝都に帰って行った。ゴロツキどもがどうなったかは知らない。
領地を割譲するのは、戦争に負けた時位だそうだ。それなのに、ヘンデル皇帝は無条件で、領地を譲ります。よほど困っているようです。




