第266話 ミナミさんの故郷は、困っています。
フミさんとの新婚旅行は、両親と一緒です。ゴロタは、特に異論はありません。
(1月20日です。)
今日は、和の国、ニッポニア帝国の東の海に面しているナゴヤマ市に行く事にしている。『転移』を使うので、あっという間だが、通常なら、ツーガ市からナゴヤマ市まで、駅馬車でも7日位かかってしまうところだ。ナゴヤマ市では、ミナミさんが通学していた中学校に行ってみた。ミナミさんは、郷里から1人でナゴヤマ市に出てきて中学に通ったようだ。寄宿舎はなかったが、周辺の村々から出てくる子も多いので、学校の回りには下宿できる施設が多かったそうだ。
ミナミさんが通っていた学校は、既に無かった。そこは、中高一貫の学院になっていた。大学の付属で、大学は、別に建てられているそうだ。ミナミさんは、少し寂しそうな顔をしていた。市内観光のついでに、ヒゼン武器店に行ってみる。ヒゼンさんは元気そうだった。店内には、これと言った武器はなかったが、店が広くなっている。かなり儲かっているのだろう。
昼食は、豚肉のフライをご飯の上にキャベツと一緒に乗せ、味噌仕立てのソースを掛けたものを食べた。この街の名物らしい。
午後は、街の真ん中にある古いお城を見物した。真っ白な塗り壁と黒い屋根瓦のコントラストが美しい。大陸では、石造りのお城が多いのだが、この和の国では、ナゴヤマ城のような様式のお城ばかりだそうだ。屋根の上に大きな魚が飾られている。ピカピカの黄金色だ。純金だったら、物凄い価値だろう。今日は、港の見えるホテルの最上階を取った。スイートルームを2室だ。
翌日、ナゴヤマ市から、ミナミさんの生まれ故郷の南オーチ村に行く駅馬車に乗る。6人乗りの馬車だったが、僕達以外に乗客はいなかった。2泊3日の旅となる。簡単なのは、僕が飛行で先に行って、後からゲートで呼べば良いのだが、それでは折角の旅行が味気ない。昔、ミナミさんが通った道を通ることにしたのだ。
街道の左側は海、右側が山と言うところが多く、切り立った崖の上の細い道を通る場合もあった。結構、危ないところもあり、決して平穏な旅ではなかった。
最初の宿泊地は、ヨーカ市で、鉄の精製が主な産業の街だった。全体的に活気のない街だった。聞けば、子供達に喘息の持病持ちが多く、なかなか治らないらしい。街の南側にある精錬工場から黒い煙がモクモク出ていた。フミさんは、市内の病院を訪ねた。病院の中は、子供達で一杯だった。フミさんは、院長先生に会って、自分達がグレーテル王国の治癒院の医師であることを告げ、子供達を診せてほしいといった。本当は医師ではないが、嘘も方便だ。
僕は、院長と一緒に入院している子供達一人一人の胸に手を当て、晴れ上がっている気管支と肺を治癒して行く。変性している細胞を『復元』で、元のきれいな細胞に戻していたのだ。全ての入院患者を治癒したら、そのまま外来診察室に連れていかれた。
今日だけで200人近い子供達を治療してあげた。僕は、砂漠地帯に群生している麻黄という薬草と南天の実を混ぜた喘息の薬を大量に作ってあげた。飲みやすいように、ハチミツ水に混ぜ、ハッカで香りを付けてある。院長先生や他の治癒師さん、薬師さん達が一生懸命、薬のレシピと作り方をメモしていた。
それから、病院の外に出ると、飛行で工場外に行き、工場の煙突を高さ100m以上になるまで伸ばし、煙が風で拡散しやすいようにした。タイタン領内にも鉄やミスリルの精練工場がある。戻ったら、周辺住民の健康調査だ。
この日の夜、ホテルはスイートルームが無かったので、ダブルが1つとツイン1つを取ろうとしたら、ブルマンさんが、自分達もダブルで良いと言ってきた。ミナミさんの顔が赤くなっている。僕は、気づかないフリをしてダブルを2つ取った。
夜、昼間の病院の院長から夕食に招待された。僕とフミさんの2人で行ったが、上席に座らされ、市長や保険局の局長なども来ていた。後、大勢の女性看護師さん達だ。何か、看護師さん達の目が怪しい。あの、聖夜の日の女性達の目だ。
僕が警戒しながら食事をしていると、1人の若い女性看護師さんが、お酒を注ぎに来た。僕が、お酒が飲めないと言うと、『では感謝の気持ちです。』と言って、唇にキスをしてきた。それからは、長い行列だった。フミさんは、完全に諦め、隣の婦長さんと楽しくお話をしている。婦長さんは、トーバ市の出身だそうだ。郷土料理の話や、最近のファッションについて話が盛り上がっているようだ。ホテルに戻ったら、10回位、歯を磨かせられた。
次の日は、朝早く出発だった。クマダ市まで一気に南下する。途中、大きな神社があったが、スルーした。後で、ゆっくり来るつもりだった。
朝食は、ホテルが準備してくれたお握りを車内で食べた。お昼は、トーバ市のレストランで伊勢海老料理を食べた。かなり食べなれたつもりだったが、やはり本場物は違う。
この街は真珠が特産品らしく、僕はお土産品で、真珠のネックレスを買うことにする。真珠は、直径が8ミリ位のものが21個繋がれているものを選んだ。綺麗な球形だ。真珠は、大きさの他に球形が真円に近いか、色にムラがないかなどで価値が決まるそうだ。僕の買ったネックレスは、1個で金貨2枚だった。全部で15個買ったので、大金貨3枚だった。当然、1個はフミさんのものだ。
午後は、山越えだ。そんなに高くないが、馬にとってはきつい。進みが極端に遅くなる。僕は、そっと重力魔法を掛けて、馬車を軽くした。一気に速度が上がってきた。夕方、海沿いのクマダ市に到着した。クマダ市は、海産物が美味しいとの事だったが、冬の海は荒れて漁に行けない事が多く、干物中心の食事だった。僕は、好き嫌いなく、全て美味しく食べつことができた。
次の日、いよいよ目的地の南オーチ村に向かう。海沿いの街道を右に左にと入り江に沿って進んでいく。午後3時頃、小さな入り江に面した本当に小さな漁村に到着した。村に近づいていた段階で、ミナミさんは、目に涙を浮かべ始めた。村に駅馬車が入ると、ミナミさんは脱兎のごとく、実家の方に走って行った。
ミナミさんは、15の春に、魔法科のある中学に入るためにナゴヤマ市で一人で暮らし始め、卒業後、一度だけ郷里に帰って、その後大陸に渡ってからは一度も帰ってきていなかった。
ミナミさんが駆け込んだ家は、村の外れの小さな家だった。僕達が後から家の中に入ると、ミナミさんは年老いた母親と抱き合って泣いていた。父親の姿は見当たらなかった。父親は、漁師だったが、5年前に亡くなっていたそうだ。母親は、クジラの加工工場で手間賃仕事をして糊口をしのいでいるとのことだった。冬の北風が丘の方から吹いてきているので、潮の香りはそんなにしないが、魚を処理して干物に加工するときの匂いが村に染みついていた。それに、大きな鯨の骨が、浜に放置されており、風通しの良いところにクジラの肉が干されていた。
この村は、クジラ漁が盛んな村で有名だった。小さな手漕ぎの船で沖に出て、銛で鯨を仕留めるのだ。何本も何本も銛を撃ち込み、鯨が弱ったところで、とどめを討つのだが、鯨の反撃を受けたら、小さな船などひとたまりもない。常に、命がけの仕事だった。ミナミさんの父親もクジラ漁の最中に、銛に付けているロープに脚を取られ、クジラとともに深海まで潜って命を落としたらしい。何はともあれ、ミナミさんは、母親との再会を喜んでいた。ブルマンさんは、初めてあうミナミさんの母親に挨拶をしていた。フミさんと僕も、同様に挨拶をした。
それから、フミさんは、お茶を入れていたが、お茶は、緑茶だった。僕は、食事の準備をしようと思ったが、食材はほとんど置いていなかった。僕は、イフクロークから、そっと最上級松坂肉をだして、スライスをしておいた。今夜は牛鍋にしよう。それから、フミさんと一緒に村の便利屋に食材とお酒を買いに行く。
白菜は、たくさんあったが、ネギは足りなかった。シイタケと豆腐の焼いたもの、それにこんにゃくを糸状にしたものを買った。醤油と砂糖も買い足しておいた。あと、お酒はナダという所で作られる上等なものを2本買っておいた。
お店の人は、見たことの無い僕に興味を示したが、フミさんが35年前に村を出て行ったミナミさんの娘だとわかると、驚いていた。店の女性店主はミナミさんの幼馴染だった。後で、挨拶に来るそうだ。ミナミさんのお母さんは、今68歳だそうだ。これからの一人暮らしは何かと心配だ。ブルマンさんとミナミさんは、お母さんをプードル村に連れて帰るつもりだそうだ。
翌朝、ミナミさん達は、村長の所に挨拶に行った。お母さんが村から出て行く挨拶だ。僕とフミさんは、村長宅の外で待っていたが、その間、次から次へと村人達が村長の家の前に集まって来た。何事かと思って見ていると、皆、悲痛な顔つきだ。
ミナミさん達が、村長宅から出てくると、直ぐに村長が出て来た。集まってきている村人達が村長に対して報告を始めた。
「今日もダメだった。また、船が2艘沈められた。もう、これ以上は無理だ。春が来て潮目が変わるまで漁は諦めよう。」
「しかし、それでは儂らは飢え死にじゃ。今、干しているクジラを売りつくしたら、もう何も売るものが無いだろ。」
「しかし、村長。そうは言っても、あいつは、銛が刺さらない程、皮が硬いし、それに物凄く早いので手漕ぎの船では追いつかない。魔導士様を頼むのにも金は無いし。」
良くは分からないが、村は何か困っているらしい。力になれることなのか分からないが、どうしようかと思っていると、フミさんが、口を開いた。
「皆さま、何かお困りのようですが、こちらにいるゴロタさんは、世界でも有数の冒険者です。皆さまのお力になりたいとおっしゃっております。」
あの、フミさん、僕、そんな事一言も言っていないのですが。フミさんも、シェルと同じDNAを持っているようだ。DNAって、何か知らないが。
ゴロタは、どこに行っても事件に巻き込まれるそうです。まあ、そうでなければ冒険小説になりません。




