第262話 もう女の子はいりません。
最近のパターンは、ゴロタのお迎えを待っていることが多いようです。
(12月25日です。)
デビちゃんは、ジェリーちゃんを見ると、『フン!』と、勝ち誇ったような顔をして、僕の隣に座った。僕と二人きりで、向かい合わせに座っていたジェリーちゃんは、顔が真っ青になっていた。
仕方がないので、二人をそれぞれ紹介した。
「こちらは、僕の婚約予定者のジェリーちゃん、この娘は、この国に来たときに世話になった伯爵の娘さんのデビちゃんです。」
これ以上の紹介など出来なかった僕だった。デビちゃんが、先に口を開いた。
「婚約予定者と言うことは、まだ婚約もしていないのね。私のほうが、可愛いし、ナイスバディだし。それに、あの日の一晩の思い出は、決して忘れられないわ。」
あの、デビちゃん、あの日っていつですか?記憶にないのですが。物凄く誤解される言い方はやめて下さい。その時、ドアが開いて、婆やのデジャブさんが飛び込んできた。
「お嬢様、何をなさっているのですか?デスラ様が、お待ちですよ。早く戻りませんと、私がお父様に叱られます。」
何か、事情があるみたいだ。デビちゃんは、僕の腕をギュッと握りしめてきた。手が震えている。僕は、デジャブさんを、ジェリーちゃんの隣に座らせ、水を一杯飲ませて落ちつかせた。話を聞くと、事情はこうだった。
今日は、モンド王国の侯爵家の長男と婚約式の日だそうだ。12歳になったら婚約、14歳で結婚というのがこの国では一般的らしい。しかも意に沿わない結婚でも親が決めると逆らえないのは何処でも一緒らしい。
デビちゃんは、ブリちゃんと同い年で、今15歳位だから、魔人族にしては遅い婚約の方だ。デビちゃんは、僕が、王都に来ていることは、メイドから聞いていた。婚約式の着付けの最中に、メイド達の噂話を聞いたのだ。今回の結婚は、親のたっての希望だったし、相手の侯爵家のご子息デスラ様もまあまあのイケメンだったから、結婚しても良いかなと思っていた。僕との、あの一夜も、若い時の懐かしい思い出として、大切にしまっておこうと思っていたそうだ。もちろん、何もなかったので、単なる空想だが。
しかし、僕が、この王都にいると聞いたら、もう我慢出来なかった。今日、会えなかったら、きっと一生会えなくなる。そう思うと、いても立ってもいられなくなったようだ。
デビちゃん、メイドとデジャブさんの目を盗んで、屋敷を抜け出してきたのだ。僕達が何処にいるかは分からない。でも、もうすぐお昼。絶対、王都でも1番のレストランにいるに違いないと思い、ここに来たそうだ。制止する店員を振り切って、以前来たことのある貴賓室のドアを開けたのである。
僕は、困ってしまった。あの日の夜って、クレスタと新婚旅行に来たときに、ホテルに押しかけてきて、一緒に眠ったことしか思い当たらない。
あれは、それだけのことで、将来の約束でも何でもない。ブリちゃんの時もそうだったが、女の子の憧れが、夢物語になっている。
この場は、帰って貰おうと思ったら、ジェリーちゃんがシクシク泣き出した。デビちゃんが可愛そう。好きな人がいるのに、親の決めた政略結婚で、好きでも何でも無い人と結婚させられるなんて。いや、それ、絶対に違うから。なんでそうなるの。デビちゃんは、侯爵様の跡継ぎと結婚して何不自由ない暮らしをして行くのです。
デジャブさんが困ってしまって、取り敢えず、婚約式会場である教会まで、僕様も一緒に来て貰いたいとお願いされた。まだ、食事が終わってなかったが、仕方がない。銀貨2枚を置いて店を出た。教会は、歩いて10分位の所だった。この国独自の宗教である『至高の神教』の教会だった。至高の神が誰かは知らないが、太古のオリンポスの神だったら、絶対に違うと言える僕だった。式場には、父親のデザイア伯爵を始め、デビちゃんの親兄弟と相手方一族が集まっていた。デザイア伯が、少し怒った顔をしてデビちゃんを睨んでいたが、僕の陰に隠れているデビちゃんをどうすることも出来なかった。
相手方の中から、真白なスーツを着た長身の若い男が出てきた。きっと婚約相手なのだろう。身長は2m以上ある巨人族で、イケメンだが、痩せすぎだ。物干し竿が歩いているみたいだ。銀縁眼鏡の奥の青い目が綺麗だが、少し意地悪な感じがした。
「デビ嬢、こちらの御仁はどなたですか?」
デビちゃんは、黙っていた。婚約者でも、恋人でも無い。知り合い以上の関係では無いからだ。突然、ジェリーちゃんが口を開いた。
「ここにいるのは、グレーテル王国のゴーレシア・ロード・オブ・タイタン公爵閣下です。デビちゃんの婚約者です。」
え?婚約者?違います。婚約者ではありません。絶対、違います。デザイア伯爵が、デビちゃんに詰め寄った。
「デビ、それは、まことか?儂は何も聞いとらんぞ。」
そうです。僕も初めて聞きました。
「はい、あの日の夜、二人が結ばれた時、約束をしたのです。」
デザイア伯は、顔を真っ赤にして怒っていたが、僕の実力を知っているだけに、何も出来なかった。
「デザイア伯、これはどう言うことかな。貴殿のお嬢さんは、もう傷物ということですか?そんな娘を良くも儂の後継ぎの嫁になど。この話は無かった事にしますぞ。当然、鉱山経営の融資もなしですな。」
相手方は、ゾロゾロと帰っていった。怒りに手が震えているデザイア伯が、僕を見て、
「良くも娘を傷物にしたな。もう、貴殿の顔など見たくも無い。娘を連れて、何処でも好きなところに行ってくれ。」
デザイア家の人々も帰ってしまった。教会に残ったのは、僕達3人だけだった。
「取り敢えず、食事だ。」
僕達は、先程の店に行って、ランチを追加注文した。食事中、デビちゃんが隣に座って、イチャイチャして来るので、頭に来たジェリーちゃんが、デビちゃんの席を無理矢理自分の隣にした。食事は、普通に美味しかった。食後、デビちゃんの今後について考えたが、上手い解決方法がなかった。デビちゃんは、着の身着のままだったが、僕達と一緒に付いて行くと言ったので、取り敢えず旅行用の鞄と、下着や着替えを買った。ジェリーちゃんもついでにいろいろ買っていたが、2人は直ぐに仲良くなってしまった。まあ、同い年だし。
夕方、デビちゃんは、今日泊まるホテルがどこか聞いたが、今日は南の谷に泊まると言うと吃驚していた。南の深い森は魔物の巣窟で、その奥の谷には火の吹く鳥がいるので、誰も近付かないらしい。まあ、その鳥は、スーちゃんですけど。それに、どんなに急いでも、南の森までは馬車で10日以上は掛かる。今日、泊まるなんて絶対に無理だと言ってきた。 僕は、デビちゃんの荷物をイフクロークにしまうと、ゲートを開けた。ゲートの向こう側は、南の谷の河原だった。デビちゃんは、恐る恐るゲートをくぐった。夏とは言え、極海に近いので、かなり寒かったが、流石に雪は積もっていなかった。あたりをキョロキョロみていたデビちゃんだったが、直ぐに状況を理解したようで、ジェリーちゃんと二人で、河原の石を川に投げ込んで遊び始めた。でも、直ぐに飽きてしまったようなので、釣竿を2本出してやった。擬似餌付きだから女の子でも楽しめる。
僕は、キャンプ設営だ。まず露天風呂を作った。かなり大きめだ。ジェリーちゃん達と入っても身体が触れないようにだ。
次に、6人用のキャンプセットを出す。キャンプテーブルも6人用だが、椅子は3脚だけしかし出さなかった。それを1列に並べた。次に、コンロを作り、肉と野菜を串に刺したものを焼き始めた。鍋には、トウモロコシ粉を濾したスープを作る。薄く切ったパンを卵の黄身に付けてバターで両面をサッと焼いたものにメープルシロップをタップリ掛けた。ジュースは、お好みの果物だ。ジェリーちゃんはリンゴ、デビちゃんはオレンジだ。飲み切れないほどの絞りたてジュースを作っておく。
その間、魚がかかったようなので、針から外してあげた。ヤマメだ。早速、内臓を取って串焼きにする。食事の準備ができたので、冷めないように、一旦、イフクロークにしまい、皆でお風呂に入った。ジェリーちゃん達には、大きなタオルで前を隠すように言ったが、全く隠す気は無いようだった。
お風呂から上がって、寝巻きに着替えてから食事にした。僕は、真ん中、ジェリーちゃん達が両脇に座って、楽しい食事タイムだ。大自然の中、満天の星空の下で食べるバーベキューは最高だった。
食後、またお風呂に入った。のんびり足を伸ばしていると、とても気持ちが良い。満天の星空が素晴らしかった。北の大陸では見たことも無いような星々だった。テントの中でも、二人が両脇だ。ジェリーちゃんの期待しているようなことはない。二人は、僕の胸の上で、お互いの手を握りながら眠った。朝早く、僕は剣の型の稽古と飛翔訓練をした。完全飛行スタイルになり、1万メートル位まで急上昇する。南の山々は、ずっと続いている。海は、見えない。僕は、シールドを前方に円錐形に張り、水平飛行に移る。ドンドン加速する。
ある速度になった時、「ドーン!」と言う衝撃音が聞こえた。それ以降は、無音の世界だ。風切音も聞こえなくなった。10分ほど飛んだが、山が途切れることはなかった。
僕は、野営地に戻った。野営地では、2人が、一生懸命お湯を沸かそうとしていた。しかし、魔火石もないのでファイアで温めようとしていた。うん、コツがあるのだが、そんなことは知らない二人は、詠唱を唱え、炎が生じ、直ぐ消えるので、また詠唱を唱えと、その繰り返しだ。
僕は、体内の熱源からほんの少しの熱を取り出した。お湯は直ぐ沸いた。
デビちゃんは、最初から怪しかったのですが、やはり成人すると婚約者となってしまうのでしょうか?




