第260話 飛行船タイタニック号
魔法の世界では、物理法則は絶対ではありません。ニュートンの万有引力もアインシュタインの相対性理論も無視されます。
王城内は、大騒ぎだった。王都の上空を見たこともない銀色の物体が飛んでいたかと思うと、そのまま王城の中庭に降りて来たからだ。
その物体の中から、僕が降りてきて、またまたビックリだ。天使か悪魔の使いかと思ったら、僕侯爵閣下の乗り物だったのだ。すぐに、使いが王宮内に走り込んでいった。
すぐにグレーテル国王陛下が出てきた。僕は、臣下の礼をする。国王陛下は、挨拶もそこそこにジェンキン宰相に尋ねていた。
「これか、最近王都を騒がしている謎の馬車とは?」
「御意。」
「馬車といっても馬がいないではないか。ゴロタ公、この乗り物は何というのだ。」
なるほど、馬がいないのに『馬車』はおかしいか。それなら船にしよう。名前は、タイタンにちなんで、
「陛下、これは飛行船という乗り物です。名前は『タイタニック号』といいます。」
「なんと飛行船とは、不思議な乗り物だ。して、これはなぜ浮かぶのだ?」
「はい、私の『重力魔法』と『飛翔能力』で飛行することができます。」
あえて、『念動力』のことは内緒にしていた。僕の『念動力』の力は、戦争レベルの威力があるからだ。
「余も乗って良いか」
「どうぞ、皇后陛下、ジェンキン宰相もどうぞ。」
ぞろぞろと乗り込んできた。あれ、フレデリック殿下、いつからいたのですか?このような時は、必ずいる殿下だった。当然、スターバ近衛師団長とマリンピア魔導士長も同乗してきた。
僕は、操縦席に座り、『重力魔法』で浮かび上がった。ほとんど魔力を消費しない。一旦重力ゼロにしたら、後は『念動』だ。
高度300mまで上昇してから水平飛行に移る。僅かな念動力でドンドン加速していく。
しかし一定の速度になると急にブレーキがかかって加速しなくなってしまう。どうやら、底に付けた車輪が抵抗になっているようだ。機体の底から振動が伝わってくる。
まあ、それでも時速400キロ近くは出ているのだが、僕は車輪を収納して、蓋をすることを考えている。ギミックは、頭の中で浮かび上がっていた。
国王陛下一行は、窓の外に見える眼下の風景に驚嘆していた。10分位飛行してから、王城の真上で急上昇した。ドンドン角度が急になり、大きな円を描いて宙返りをしてから、速度を落とし、ゆっくりと飛び立った場所に着陸した。
うむ、機体の真ん中に大きな安定板を付けた方が良さそうだ。僕は、上面がなだらかな水滴状の円形で下面が平らな断面の安定板をイメージしていた。何故、その形が良いか分からないが、それだと『重力魔法』無しでも浮かべるような気がしたのだ。地上に降りてから、マリンピア魔道士長が、部下の中から『重力魔法』使いを選抜して操縦させてみたが、1センチも浮かび上がらなかった。重さを軽くするまでは出来ても、浮かび上がるまでには、重量をマイナスまで持って行かなくては浮かび上がらない。
次に、『飛翔魔法』を使える者とセットで浮かび上がらせようとしたが、自分だけが操縦席から浮かび上がり、機体は全く浮かばなかった。そのうち魔力切れを起こしてしまい、気絶してしまう始末だった。
『念動』スキルを使える者が見つからない限り、この飛行船を飛ばせられるのは、僕以外にいないだろう。
国王陛下が、この飛行船を自由に飛ばすことができたなら、大金貨500枚を払っても良いと言って来た。僕は、誰でも飛ばせられる方法の当ては有るのだが、そうなると戦争の方法が変わる可能性がある。暫くは、自分の趣味にしておこうと思った。
僕は、ノエルとビラを魔法学院まで迎えに行くことにした。学院の中庭に音も無く着陸すると、学生達や教授達に囲まれてしまった。初めて見る銀色の飛行船、興奮しない訳がない。ノエルとビラが走り寄って来た。ドアを開けてやると、二人とも物凄く得意げな顔をして乗り込んできた。明日から、生徒さん達の質問攻めに合うこと間違いなしだろう。後で、聞いたら飛行船もそうだが、今、女子の間で人気ナンバー1アイドルの僕が迎えに来たことが自慢だったそうだ。女の子の気持ちは本当に謎です。
タイタン市の上空まで、約1時間だった。途中、ズルをして空中にゲートを開けて時間短縮をした。やはり今の倍の速度、時速800キロは欲しい。車輪をしまう構造と、安定させるヒレ、いや翼を早急に作るとともに、後ろの翼をもっと薄くしなければならない。それに、窓や扉の段差も無くしたい。来年の3月までには何とかなるだろう。
タイタン市の公爵館に着陸したら、皆が前庭に出ていた。シェル、エーデル、クレスタ、ジェーン、フミさん、シズちゃん、ジルちゃん、ブリちゃん、ジェリーちゃん、ドミノちゃんの10人が乗り込んできた。1名定員オーバーだが、ジェリーちゃんとドミノちゃんが仲良く一つのソファに座ったので、全員が乗ることができた。
だが、来年の旅行計画は練り直しだ。定員を14名にしなければ全員乗り切れない。今日は、遊覧飛行だ。助手席は、当然のようにシェルだった。シェルは、真っ赤な飛行服と飛行帽それに飛行メガネをしている。この方が気分が盛り上がるそうだ。うん、やはり少し変わっている。
かなりの重量だったが重力ゼロよりも少し重い方が安定性が良いので、これくらいがちょうど良い。ゆっくりと浮かび上がると、黄色い歓声が沸き起こった。急角度で上昇する。後ろでキャーキャー煩い。機体を右に傾けて高速旋回をした。身体にGが掛かっている。旋回速度を速くしたら、後ろの女性陣が静かになってしまった。
「ちょっと、速すぎよ。皆、気持ち悪くなったじゃないの。」
シェルが、僕の頭を引っ叩いた。僕は、速度を落として北に巡航した。北の大雪山脈の真上まで来た。雪で白銀の世界だ。樹氷が眼下に広がっている。幻想の世界のようだ。ここいらへんでUターンして、タイタン市に戻った。約1時間の遊覧飛行だった。飛行船から降りたら、また明日も飛んで見たいと言って来たが、今日、直ぐに職人さんに入庫すると言ったら、ガッカリしていた。シェルも、一緒に馬車職人の所に行きたいと言って来たので、一緒に行くことにした。飛行船は、イフクロークに収納し、ゲートで王都に転移した。
僕は馬車職人の頭領に、車輪を収納して蓋をする方法や、後部荷物席を座席にして14人乗りにして貰うことにした。あと、真ん中下部に大きな翼をつけることと、後方の翼はもっと薄くして貰うように注文した。木製では、強度が足りないというので、骨組みも総ミスリル製にした。メインの大型の翼は、魚の形のような骨組みを作り、それにミスリル銀の皮膜を貼ることにした。釘は、飛び出ないように埋め込んでくれるように頼んだ。
シェルは、操縦席から後ろまで赤いラインを引いてもらうことと、垂直の尾翼にタイタン家の紋章を描き、機首にタイタニック号と書いてくれるように頼んでいた。それから、操縦席と客席には、固定用のベルトを付けてくれるようにも依頼していた。シェルが最後にトイレも作るようにと付け加えていた。棟梁は、もう少し機体を伸ばすとともに、要望に応えてトイレを新設する事にした。
メインの翼は、難しい。小さな添え木を削って魚のような形にする。全体的に後ろに引っ張られるような形だが、重心を機体の重心と重ねて付けなければならない。車輪を引っ込める装置は、僕が継手と歯車を使って上手く格納できるような図面を書いていた。
問題は、窓だ。機体が緩やかに湾曲しているので、平面のガラスでは、必ず段差が生じてしまう。機体のカーブに合わせた木型を作り、それに熱い板ガラスを押し込んで、曲面のある板ガラスが出来上がる。それをはめ込んで、鉛の窓枠を薄く伸ばして貼り付ける予定だ。今までの馬車作りとは、まったく違う。しかし、出来上がった機体は、職人魂をそそるほど美しい。
ミスリルの加工は難しいが、根気よく叩き続けると、自分の思った形に変化し始める。それで、特殊な釘で頭が出ないように打ち付ける。それで、滑らかな曲面ができるはずだ。
よく分からなかったが、物凄い速度でも、空気が滑らかに流れていく事が大切らしい。今度は、後部は円錐形に尖らせる予定だ。
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もうすぐ聖夜が来る。僕は、また握手会をしなければならない。去年の聖夜で、今年の握手会の予約を取ってしまったからだ。それよりも、今年は、タイタン市の飾り付けをするつもりだ。ガラスを錬成して細い管を作り、それを組み合わせて、木々に絡ませる。魔光石で光らせるつもりだ。中央広場の真ん中には、大きな木の幹と枝を作り上げた。これにも同じように飾り付けた。市民達は、何をしているか興味深げに見ていたが、夜、照明が入ると驚嘆の声を上げた。僕は、魔光石に色カバーをつけていたので、赤、青、緑と幻想的な彩りだった。
近隣の町や村でばかりでは無く、ニュータイタン市やそのエリアの村々まで皆、見に来ていた。市内のホテルばかりで無く、ハッシュ町やアント町のホテルまで満員になってしまった。この噂は、王都まで広がり、タイタン市のホテルは、予約で一杯になってしまった。
12月23日、聖夜の前日には国王、皇后両陛下のほか王都の主だった貴族様達がやって来た。国王陛下達は、ニースタウンの御用邸に泊まるから良いが、貴族様達はそうは行かない。ニースタウンに別荘を持っていれば良いのだが、そうでない貴族様達は、ホテルが満室のため帰っていただく事にした。今日と明日は、王都とのゲートは、午前0時までの営業となった。『クレスタの想い出』の売り上げは、開店以来の最高額を記録したそうだ。
飛行機も船も、現代科学では不可能な仕組みになってしまいました。




