第242話 帝国は反乱で困ってます。
帝国では、反乱が起って困っています。
(8月10日です。)
今日、グレーテル国王陛下に呼ばれた。国王陛下が、僕に用事がある場合には、王都の公爵邸に使いが来ることになっている。それを受けて公爵邸の執事長セビリアが、タイタン市の領主舘に連絡に来るようになっている。王都とタイタン市は、ゲートに繋がっているが、タイタン市のゲートから領主舘まで5キロ以上あるので、緊急の時は、このようにしている。領主舘には、シェルしかいなかった。しかし、心配はいらない。シェルが、僕に話しかけるように念ずると、僕が帰ってくるのだ。念話と言うのではない。祈りに似ている。僕も、感じるだけだ。シェルが呼んでいるのじゃないかなと。この前から、このやり方が普通にできるようになってきた。2時間後、僕はシェルと共に王宮の国王陛下事務室にいた。ジェンキン宰相、スターバ騎士団長それにマリンピア魔導士長も一緒だった。
内容は、帝国で反乱が起きているとの事だった。帝国では、まだ収穫時期ではない。しかし、もう食糧の在庫が無くなったらしい。飢えた国民が、食料倉庫や食料問屋を襲って略奪しているらしいのだ。その混乱に乗じて、野盗の輩が打倒皇帝を旗印に北のニノ村辺りで決起したらしい。麦問屋や穀物店を遅いながら南下し、今では王都から北は、全て乗っ取られているらしい。奴等は、頭に赤い頭巾を被っているので、赤ずきん団と呼ばれている。頭目は、『チャン』と言う男らしい。皆からは、『赤ずきんチャン』と呼ばれている。ふざけた名前だ。
ヘンデル皇帝陛下は、北の城門を死守しているが、もう1両日ももたないだろうと言うのが、昨日の情勢だ。帝都に潜伏させている忍びが放った伝書鳩が知らせてくれたらしい。野盗の戦闘能力は知らないが、このままでは帝国は滅びてしまう。過去には、亜人の奴隷を牛馬の如く使役して経済を維持していたが、僕が奴隷を解放してからは、奴隷の労働力は無くなってしまった。その分、生産力が落ちているのだ。大規模耕作を諦めた大地主も多いらしい。元奴隷達だって、個々で零細な耕作をしたのでは、生産力もたかが知れている。結果、農作物の収穫も減少しているらしいのだ。これは、労働の対価が正当に評価されるようになり、それに応じた価格が設定されるまでの過渡期的状況だろうが、時間がかかるのはしょうがないだろう。それに加えて、昨年のサキュバスらによる北の異変だ。7万人も死んだら、労働力が枯渇するのは目に言えていた。僕や王国の支援も焼け石に水だったのだろう。
ましてや、衛士隊の給料も遅配している国家財政だ。蜂起した野盗どもを蹴散らす国力は、今の帝国にはない。僕は、国王陛下に『帝国に行って、反乱を収めて来て良いか。』と聞いた。すぐにでも行きたいのだが、一応、僕は国王陛下の臣下だ。陛下の許可なく他国で武力を行使して良いかを聞いたのだ。
国王陛下が、ジェンキン宰相に目配せをした。頷いたジェンキン宰相は、2通の手紙を僕に渡してくれた。1通は、僕の遠征に関する勅許状、もう1通はヘンデル皇帝への親書だった。もう、僕が行くことは決定事項だったようだ。僕は、直ぐに帝国へ転移した。勿論、シェルも一緒だ。こういうとき、いつもシェルと一緒だ。確かにラブラブだが、それだけではない。こういうときって、シェルと運命共同体のように思うのだ。
転移先は、帝都の北門上空だ。城門内には騎士団500人、衛士隊800人が待機中だ。騎士団が少ないが、北の戦線で消耗したのだろう。ヘンデル皇帝陛下もいる。皇帝の存在を示す旗頭が何本も立っている。城門の外には、『赤ずきん団』が迫っていたが、先頭の1万人位は、農民達だ。鋤や鍬を武器にして、筵を旗がわりにしている。『赤ずきん団』は、1キロ位離れた一番後方に屯している。その数、1万5千と言うところだろうか。僕は、『赤ずきん団』のやり方に腹が立った。騎士団も衛士隊も帝国臣民に刃を向けることは躊躇してしまう。蜂起したとはいえ、無知な農民達だ。単に『麦よこせ』位の気持ちだろう。そんな農民を先頭にして盾代わりに使うなんて卑怯過ぎる。
後方の『赤ずきん団』のみを殲滅したいが、僕の火力では、それは難しい。広域の攻撃は、相手に対して大規模すぎるのだ。最低でも半径100mの火球が生じてしまう。斬撃は、手前の農民が邪魔だ。しょうがない。僕は、眼下の集団の先頭から1000人くらいに『スリープ』をかけた。一瞬で、戦闘集団のうち戦闘の農民たちは爆睡状態だ。僕は遠慮なく、眠っている農民達をイフクロークに投げ込んでいく。同じような措置を繰り返して2時間後、あらかたの農民を排除したとき、北の城門が開いた。帝国軍の進攻だ。しかし帝国軍1300対赤ずきん団15000だ。10倍以上の戦力差だ。勝負にならない。僕は、騎士団の皆を止めた。皇帝陛下が前に出てきた。農民を攻撃しないで済んだのだ。今までも、散々この手でやられてきたのだ。ここで戦わずに、死んでいった臣下達の恨みを誰が晴らすのだと訴えてきた。プーチキン宰相以下、皆、泣いている。余程、悔しいのだろう。死は怖くない。武人としての誇りを喪うのが怖いのだと言っている。
僕は、先頭にゲール大佐を見つけた。今は、准将らしい。ゲール准将に、取り敢えず、部隊を城門の内側に下げて貰うようお願いした。帝国軍に被害が及ばないようにしたい。ゲール准将は、直ぐに意図を理解した。退却のラッパが鳴らされた。皇帝陛下は、馬上で僕に一礼して、退却していった。それから10分後、騎士団が皆、城内に入り城門が閉められた。僕は、最後通告をしようと思い、首魁の『赤ずきんチャン』に会いに行く。シェルと二人、ゆっくり歩いていく。途中、『赤ずきん団』に囲まれるが、彼らには手出しが出来ない。槍を突き出しても、蒼い盾に弾き返される。返されるどころか、見えない槍に攻撃されて絶命してしまうのだ。剣で切りかかっても、自分が切りつけられてしまう。僕は意識していないが、物理攻撃は、同じ攻撃を返すようだ。誰も手出しをしなくなった。
『赤ずきんチャン』は、小太りの目の細い男だった。髪の毛が変だった。頭頂部だけ丸く伸ばし、三つ編みにしている。僕は、降伏を勧告した。今なら、首謀者以外の命は助けてやると。『赤ずきんチャン』は、僕の事を知らないようだ。鼻で笑って僕の後方に目を向けて合図する。僕達に向かって矢が放たれた。僕は、シェルと共に舜動で横に避ける。行き場の失った矢は、『赤ずきんチャン』の左肩に突き刺さった。上空に浮かび上がった僕は、チラッと『赤ずきんチャン』を見てから上空へ転移した。
そのまま飛行を続け、北の城門に戻った僕は、皇帝陛下を始め、皆に絶対に北を見てはいけないと言った。網膜が焼けてしまうからだ。シェルを城門の内側に降ろした。シェルは、皇帝陛下の幕舎の中でお茶を飲んでいる。『思いっきりやっつけて。』と言ってくれた。。
僕は再び、城門の上空、500m位の所に浮かび上がる。胸の下、鳩尾辺りにある熱源を取り出す。直径50m位のミニ太陽を作り出す。それを、赤ずきんチャン部隊の上空100m位の所に、浮かばせた。ほんの少しだけ、ミニ太陽を圧縮する。輝きが増した。一気に押し潰す。ミニ太陽は、内部で別の物に変わろうとした。急激に物質が融合した。その際、かなりの質量が失われ、エネルギーの放出と言う犠牲を余儀なくされる。半径800mの半火球が生まれた。周囲に衝撃波と熱波を放射した。
ズズズズズ、ドドーーーーン!
大爆発の後、大きなキノコ雲が上空5000mまで上がっていった。帝都城壁の上の物見台が、帝国軍兵士と共に燃え上がった。あ、いけない。避難させるのを忘れていた。衝撃波と熱波が収まると、中心に向かって、風が起きた。急激な上昇気流により、周辺の空気が吸い寄せられているのだ。僕は、深さ30mの大穴の底で、グツグツ煮えたぎっているマグマの向こう側5キロ位先に、農民達を解放していった。まだスリープが効いているようだ。農民達を地面に横たえる。結構時間がかかってしまった。
後は、皇帝陛下に任せる。城門内に戻ると、シェルが呆れていた。『力』の無駄遣いだと言うのだ。しかし、たまに使わないと、いざと言う時使えなくなる気がする。それに『思いっきりやれ』と言ったのはシェルだったような気がする。反乱は、これで終わったのだろうか。帝国の食糧事情が良くならない限り、このような武装蜂起がまた起きる可能性がある。皇帝陛下は、今はただ、収穫の時期が来るのをじっと待つくらいしかできないようだ。来月になれば収穫が始まる。あと、1か月分の食糧があればなんとかなるようだ。
それでも本当に食料の在庫がひっ迫しているのは北の村々らしい。僕は、プーチキン宰相に、食糧支援の提案をした。今、僕の倉庫には、まだ昨年収穫した麦の在庫が大量にあった。今年の収穫が始まると、昨年産の麦の値段は暴落してしまう。だから、収穫が早い南の農民達は8月になると、麦や米、トウモロコシなどを大量に処分したがる。輸送手段さえあれば、廉価な南の農作物を北に売りにいって大儲けできるのだが、現状では輸送費が高くついてしまって現実的ではないようだ。
僕は、プーチキン宰相に、帝国の穀物倉庫はどこにあるのか聞くと、東西南北それぞれにかなりの数の倉庫を保有しているようだ。僕は、とりあえず、宰相とともに北の倉庫に行き、殆ど空だった倉庫を穀物で一杯にしてあげた。僕のイフクロークが、ほぼ空になったが、来月から収穫時期が始まる。南部の穀倉地帯は、今年も豊作だと聞いている。もう、手持ち在庫は要らなくなるだろうと予想された。
宰相は、とても喜んだが、支払いが心配のようだった。僕は、ある時払いの催促なし、当然、金利もなしと伝えた。シェルを通じて。もう、先頭はないだろう。僕達は、グレーテル王国へ帰ることにした。皇帝陛下が、『是非、宮城に寄ってくれ。』と言ってきた。王女のジョセフィーネさんは、結婚して、宮城内には居ないらしい。それならと安心して、寄ることにした。皇帝陛下は、タイタン領について興味があるらしく、特に南のニース・タウンに行きたいらしい。帝国の南部は、港湾都市と鉱山都市ばかりで、自然が少ないらしく、森と川に面した風光明媚なニース・タウンには非常に興味があるとの事だった。秋の収穫が終わり、国内情勢が落ち着いたころに迎えに来ますと、リップサービスに近い口約束をして、タイタン領に帰ることにした。
黄巾の乱をイメージしたのですが。名前が『赤頭巾チャン』なんて、すみません。




