第231話 ブリンク市まで進軍します
いよいよ戦争の始まりです。しかし、騎士団500人では戦力不足です。
(4月20日です。)
部隊が向かった最初の村は、タイタン領と接している、ブリンク領ウェストエンド村だった。ここには騎士団はいない。衛士隊20名だけだ。突然現れた大部隊に、衛士達は戦わずに投降した。武器を押収し、衛士隊の駐屯所に行く。留置場には女性3人が拘束されていた。今度、領主が巡回に来た時に渡す予定の女性だったそうだ。直ぐに開放させた。女性達は、衛士達に唾を吐きかけて出ていった。きっと、ひどい事をしていたのだろう。この村の村長が出て来た。村長はやせ細っていたが、餓死寸前と言うわけではなかった。現在の村民は、700名位だそうだ。この1年で300人位減ったようだ。ブリンク伯爵に連れて行かれたり、借金で奴隷に売ったりしたのだ。今年の収穫まで、食糧が持つかどうかを確認したところ、ギリギリだそうだ。輜重5台分、1トンの食糧を渡した。衛士隊の食糧庫にも1トン位の食糧が保管されていた。1キロの食糧で、5人の1食分だ。700人となると、1食で140キロ必要となる。2トンの食糧など、10日も持たないが、無いよりはましだ。これは、かなりきついかも知れない。定期的な巡回が必要になるだろう。武器を取り上げられた衛士達が、村民に殴られていたが、それは無視した。一人の女性が、衛士の中に殺したいものがいるが、殺していいか聞いてきた。どうやら、その男に強姦されたらしい。村長の判断に任せたが、殺された衛士は、高く吊るされていた。残った衛士達は、留置場に拘束されていた。彼らの末路を心配する気は、さらさら無かった、
この日、部隊はこの村に泊まった。食料は全て、僕が提供した。村人の分も含めて、大量の料理が作られた。僕は、七面鳥やイノシシなど備蓄品をドンドン出していった。しかし、飲酒は禁止していた。ここは敵地だ。いつ敵が攻めて来るか分からないからだ。実際の所は、イフちゃんを哨戒に就かせていたので、心配はいらなかったのだが、軍紀が乱れるのを心配したのだ。
翌日、朝食をゆっくり食べてから、部隊は出発した。出発と言っても、僕が設置したゲートに入るだけだったが、今度は40分位で、移動を完了した。次の村はノースウエストセンタ村だ。ブリンク領の北西の村だ。ブリンク領に急ぐなら真っすぐ東に向かえばよいのだが、村の実情が心配だ。村の手前、500m位のところに移動した。この村は、イチローさん達の調べでは村民が1500人、衛士隊が30人だった。この衛士隊には、緊急連絡が来ていたのか、村の外で待ち構えていたが、500人の騎士団を見て、直ぐに投降した。武器を取り上げ、村内の衛士隊駐屯所の留置場に拘束した。この留置場には、女性は留置されていなかった。
衛士隊駐屯所で、作戦を練っていると、村長が尋ねて来た。丸々と太った男だった。イチローさんの話では、衛士隊にゴマをすって、村民から嫌われている男らしい。この男も留置場に拘束し、まともな代表者を探したところ、教会の神父が僕達に村の実情を説明してくれた。この村も、かなりの者が連れ去られたり、売られたりしたらしい。この冬までの食糧は確保できているが、それも村の娘たちが身を売ってくれたおかげだそうだ。
神父としては、賛成しないが、村の娘たちが衛士達に復讐したいといっているので、目を瞑ってくれないかと言ってきた。この村でもそうなのかと思ったが、僕は何も言わずに留置場のカギを、神父に渡して、僕達は村の外で野営の準備をした。まだ、昼前だったが、次の街へ進行するのは、明日にしようと思う。僕としては、ブリンク伯爵に十分な準備をして貰いたかった。できれば攻城戦ではなく野戦がしたいのだ。そうすれば、市民を無駄に死なせないで済むからだ。そのため、ゆっくり進軍しているのだ。
村内からは、衛士達の悲鳴が聞こえていたが、無視して昼食の準備をしていた。しばらくして、村の娘さん達から差し入れが来た。トウモロコシのお菓子だった。甘くて香ばしくて美味しかった。食料が足りないのに無理していることがありありと分かった。神父さんに野営地まで来て貰って、輜重10台分を差し上げた。食料事情は良さそうだったが、将来の施政のための布石だ。神父さんは、涙を流して喜んでくれた。村の娘さんが、感謝のキスをしたいと言ってきたが、シェルが断固拒否していた。
夜、大きな窯を作り、小麦粉を薄く焼いて、色々な具を挟んで食べる料理を作った。作り方を見ていた村の娘さん達も一緒に作り始めたので、村人と騎士及び輜重隊の皆が食べることが出来た。当然、食材は僕が提供したものだった。
翌日、お昼過ぎに、次の町に向かった。遠征して初めての町だ。ウエストセンタ町という中規模の街だ。この町は、領都と接している町だ。人口は1万2千人、農業と陶磁器などの焼き物の街だ。ここには代官がいて、騎士団も50名、衛士隊も50名いる。騎士団と衛士隊の防衛隊は町の入り口に陣地を張っていた。その陣地の手前300mのところに、クレスタが土魔法で土塁を構築した。次に、水魔法で、敵陣地に雨を降らせた。突然の雨に、驚いた敵兵に向かって、ノエルが広域雷撃で攻撃をした。一瞬で、敵の戦力は消滅した。兵士達は、指揮官を含めて気絶しているのだ。ダンヒルさんの部隊が敵の装備を奪い取っている。その時、町の方から歓声が聞こえて来た。町の中に入ると、代官が捕まっている。わずかな衛士隊も群衆になす術もなく逃げ回っていた。
町の代表者、いわゆる町長が僕のところへやって来た。かなり痩せている。この度の遠征に、お礼が言いたいそうだ。町長と言っても、町民の代表者的立場で、実権は全くないらしい。逆に、代官からの無理難題を、なんとか防ぐのが町長の役割らしい。イチローさんが、こっそり僕に教えてくれたが、代官の怒りを収めるために、娘を差し出したが、その娘さんには恋人がいて、二人で心中したそうだ。代官に対しては、普通以上の恨みがあるだろうに、そんなそぶりを見せずに落ち着いた様子で、僕達に感謝を申し述べている。
街の住民は、現在、7000人程度だそうだ。食糧庫には、まだ半分位残っているので、このままでも冬までは持ちそうだということだ。この町は未だ良いのだが、北の方では餓死者が出ているそうだ。ぜひ、助けてくださいと頼まれてしまった。北の村に行くのは、領都のブリンク市を制圧してからになるが、なるべく早く向かうと約束した。町の中心街に行ってみると、代官が、首に縄を回されて吊るされていた。当然の報いだろう。次に騎士団長と衛士隊長が吊るされることになっているみたいだ。騎士団と衛士隊は、泣きながら許しを乞うているが、きっと無駄だろう。この街には輜重20台を渡して、部隊は、町の外で野営することになった。町民が、代る代るお礼に来た。
お礼の品は何もないので、是非娘をと言う親もいたが、娘さんを見ると、やる気満々だった。当然、シェルがテントの外に押し出した。あれは、絶対親の考えではなく、娘さんの考えに違い無かった。今日は、大きな窯で米を炊き、炊き立てのご飯に、鶏肉とごぼうと人参、それにキノコを一緒に炊き合わせたものを混ぜて夕食にした。町民全員分は無理だが、町長以下、町の主だった人達も呼んで一緒に食べた。昼間来た娘さんが、また来ていた。聞くと、村の長老の孫らしい。どうも男癖が良く無くて、いい男となると見境も無く誘うらしい。シェルとクレスタの二人がかりで阻止していた。
次の日、早朝に領都とは逆方向である南西のサウス・ウェスト・サイド町に侵攻した。エクレア領南部と接している町だ。早朝にした理由は、あの娘さんが部隊の周りをウロウロしていて、とても疲れてしまい、早く逃げようと言うことになったからだ。イフちゃんが、町の手前、2キロのところに、敵の部隊が待ち構えていると言う。イフちゃんと意識を共有したら、そこは、両脇が小高い丘になっていて、その上に騎士隊が100名程隠れていた。あの丘の上から、弓や投げ槍で攻撃してくるつもりなのだろう。僕は、部隊を町のすぐ手前に転移させ、待ち伏せ部隊はコマちゃんとトラちゃんに任せた。背後から音も無く忍び寄る神獣、彼らに抗う術は無い。遠く悲鳴が聞こえていたが、直ぐに静かになった。
町の中は、衛士もいない平和な街になった。町長も、町民の信頼が厚いようだった。しかし、圧倒的に食料が足りなかった。この街は、鍛治の町だが、農機具や武器を買ってくれるお客が激減し、売上がいつもの半分位しか無い。だが、税金は、平年の売り上げを元に課税されるので、殆ど手許に現金が残らなかったらしい。それで、食料を仕入れることができなくなってしまったのだ。今ある食料は、年4割の小売りでブリンクから借りているお借り麦だ。僕は、輜重20台を与えたが、戦争が終わったら、経済を抜本的に変えなければ、早晩、この街は消滅してしまうだろう。
騎士達は、武器屋を見て回った。良質な武器が、破格の安値で売られているのだ。騎士達が、自分用の武器を買い終わった後、残った武器全てを僕が買い取った。勿論、売値の8掛けだ。それでも、店主や親方達は泣いて喜んでいたが、当然の商売なので、泣かないでもらいたい。後で聞いたら、シェルは、タイタン市や王都で、買値の倍で売ろうと思っているようだ。
このようにして、計2町4村を平定して、領都のブリンク市手前に来たのは、部隊が出発してから7日目だった。それまでの間、戦いらしい戦いは、殆ど無かった。というか、相手が弱すぎたのだ。侵攻速度は、一か所1日の計算だ。既に輜重は150台ほど消費している。ほとんどが緊急援助物資に使用した。
この速度なら、ブリンク伯爵も、十分に準備できているだろう。宣戦布告から2週間、イチローさんの情報によると、敵部隊は約4000名、そのうち3000名がブリンク市手前1キロの所に野営陣地を張っているそうだ。ブリンク伯爵と、麾下のボラギノ子爵の連合軍だそうだ。僕は、イフちゃんを偵察に飛ばした。いた。ブリンク伯爵とボラギノ子爵、それに騎士団長と魔導士長もいる。行政長官も一緒に居るようだ。少し離れて衛士隊長も、衛士隊300名を連れて待機していた。ここに、主だった者たちが集まっているようだ。
スターバ団長は、こんな戦争など見たことが無かったと言っていた。いや戦争ではない。慰問団だと言うのだ。ゴロタ軍の将兵は、一度も剣を抜いていないのだから。それで、ブリンク領の西半分を平定してしまったのだ。しかし、これからは、そうはいかないだろう。これから会敵する相手は、今までの守備隊にもならない騎士たちとは違う、れっきとした部隊だ。しかもゴロタ軍の8倍の勢力だ。娘は、戦闘に参加しないとはいえ、心配気な顔のスターバ団長だった。
どこに行っても戦闘になりません。




