第229話 マルタン男爵家の再興
爵位は男性にしか叙爵されません。レミイさん、誰かと結婚しなければ。
(3月2日の午後です。)
メイジ家の屋敷に入っていった。村長が、最初に入って説明したらしく、慌てた様子で、当主のメイジさんが奥の部屋から出て来た。40過ぎの背の高い人だった。名前をテラミス・メイジと言うらしい。
テラミスさんは、レミイを見て、驚いた様子で、
「姉さん、姉さんなのか。戻って来てくれたのだね。いま、母さんを呼ぶから。」
全く、人の話を聞く様子もなく奥に走って行った。
「母さん、母さん、姉さんが、ミランダ姉さんが帰って来たよ。」
普通に考えれば、30年前に居なくなった者が、当時のまま帰ってくるわけないが、ここは魔法の世界だ。何でもありの世界だった。奥から、70過ぎのお婆さんが杖を突きながら出て来た。レミイさんの面影がある。そのおばあさんは、レミイさんを見ると、涙を流しながら、駆け寄って抱きしめて来た。
「おお、ミランダ、やっと帰って来たのだね。本当にミランダなんだね。」
テラミスさんは、ようやく僕達の事に気が付いたみたいだ。レミイさんをジッと見る。自分の勘違いに気が付いたみたいだ。
「もしかして、あなた様は。」
「こちらの方が、今度の新領主、タイタン公爵閣下です。」
ケント市長代行が紹介してくれた。テラミスさんは、床に膝ま付いて挨拶しようとしたので、それを静止した。皆で、応接間に行った。お茶を飲みながら、事情を説明する。その間、母親はずっとレミイさんの手を握っている。レミイさんも母親、自分にとっては祖母の手をさすっていた。
「そうですか。この娘は、ミランダ姉さんの娘さんでしたか。あまりにも似ていたので、姉さんが帰って来たとばかり思ってしまって。姉さんは、19年前に死んでしまったのですね。南の大陸に行って、苦労したのでしょうね。」
テラミスさんは、涙が流れて来るのを拭いもせずにじっと考えていた。
「この娘は、僕の姪という事になる訳ですか。うちは男の子ばかりで、娘が欲しいと思っていたのですが、是非、今日はこの家に泊まって行ってください。何もありませんが、新領主様も歓迎したいし。ケント君も良いだろ。」
テラミスさんとケント市長代行は顔見知りらしい。息子さん達は、それぞれ結婚して、長男夫婦は、同居しているが、次男夫婦は別居して一緒に酪農をやっているらしい。工場の規模も大きいが、今までは税金が高くて儲けはあまりなかったらしい。今年は、税金がゼロだと聞いて、工場建設の借金もようやく返せると喜んでいたらしい。
お言葉に甘えて、今日は、ここに泊まることにした。ケント市長代行も泊まりたいと言ってきたので、テラミスさんは大歓迎だと言っていたが、また、シェルの目が光ったことを僕は気が付かなかった。
テラミスさんの案内で、母親が使っていた部屋を見せて貰った。当時のまま残っているそうだ。22歳で結婚して、直ぐにいなくなってしまった。母親としては、部屋を片付ける気がしなかったのだろう。レミイさんは、部屋に入ってジッと窓の外を見ていた。母親が育った部屋、いつも見ていた窓の外の風景。全てがレミイさんにとっては母親の想い出になるのだろう。
夜、レミイさんの歓迎パーティだった。テラミスさんの息子たち、レミイさんにとっては従弟達だったが、彼らも揃ってのパーティだ。チーズは抜群にうまかった。シェルが、このチーズをタイタン市に出荷して貰いたいとお願いしていた。ワインも美味しかったが、僕は1杯だけ飲み干した。突然、ケント市長代行が僕に頭を下げて来た。
「タイタン公爵閣下、お願いがあるのですが、レミイさんを僕にください。」
え、この人、何を言っているの?僕にくださいって、それ、結婚するってことですか?
僕は、顔が真っ赤になって下を向いてしまった。それよりも、レミイさんだ。本当に、茹であがったばかりのタコみたいに顔を真っ赤にしている。何か言うかと思ったが、じっとしている。シェルが、ニヤニヤ笑いながら、レミイさんの顔を覗き込む。レミイさん、恥ずかしがって横を向いてしまった。
「レミイさん、どうなの。このケントさんと結婚しても良いの?」
フルフル震えながら、頷くレミイさんだった。あ、これでマルタン男爵家が再興できる。うん、早速、国王陛下に報告しなくちゃ。領地だって、少し移譲しなくては、とてもじゃないが、今の旧タイタン領と旧エクレア領それに皆には内緒だがブリンク領まで入れると、全部は面倒見切れない。きっと、マルタン男爵家は、タイタン公爵家の従属貴族となるだろう。タイタン公爵家がいわゆる主筋になるのだ。問題は、ケント市長代行が全くの平民出身だという事だ。一応、両親にも会っておこうと思う僕であった。この日から、レミイさんはメイジ家で暮らすことになった。勿論、領主館と王都の公爵屋敷に置いてあるレミイさんの荷物は、次の日、ケント市長代行が大汗を描きながら一人で運んでいた。僕は、ゲートを繋げてあげるだけで手伝わなかった。シェルに絶対に手伝っては駄目と言われたからだ。理由は、分からなかったが、レミイさんがケント市長代行の汗を一生懸命吹いている姿を見て、何となく理由が分かった気がした。
次の日は、フランちゃんの18歳の誕生日だ。毎日、治癒院で忙しい思いをしているので、今日は、夕方から、空中散歩に連れて行ってあげた。フランちゃんと一緒に飛ぶのは初めてだ。フランちゃんは、スカイブルーの飛行服を着ている。フランちゃん、ニコニコ笑っていた。ドンドン高度を上げて行く。空気が薄くなってきた。シールドを張って、その中にエアを吹き込む。シールドの中の気圧が高くなって、呼吸が楽になる。
グングン上昇していく。雲がはるか下に見える。この星の丸いのが良く分かる。もう、シールドの外には空気は無いだろう。上を見ると、真っ暗な宇宙の中に太陽がギラギラと光っている。空気が無いので、青空がない。
そこから、急降下を始める。シールドの周りの空気が熱を帯びて光り始める。あ、フランちゃん、気を失っている。降下速度を緩めてあげた。地上に降りる頃には、意識を取り戻していたが、ベソをかいていた。しきりに謝ったが、許してくれなかった。
今日の誕生日プレゼントは、モンド王国の美味しいチーズケーキだと言ったら、ピタッと泣き止んだ。うん、とても制御しやすい。フランちゃんは、宝石には興味はないらしい。婚約指輪に髪飾り、ブレスレットなんでも持っているが、殆ど付けたことがないのだ。治癒の能力は、チーム一いや、王国一の実力なのだが、他の能力、特に一般常識と生活能力が皆無のフランちゃんだ。この子とは、夫婦にならないような気がする。フランちゃんにその気が無いようなのだ。知り合ってから、一緒に旅に出たのも、今まで、僕のような男の子を見たことがなく、また、シェル達を見てうらやましいと思ったらしいのだ。
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次の日の朝、フランちゃんは、ちゃんとパジャマを着ていた。珍しく先に起きて、ソファに座っていた。僕が、部屋のキッチンに行ってお茶を入れてあげた。フランちゃんは、基本的に家の事を全くしない。
フランちゃんが、自分の事を『フラン』と呼べと言う。
「フラン。」
「なあに、あなた。」
「フラン。」
「なあに、あなた。」
完全に誤解している。昨日、一緒に寝ただけなのに、夫婦になった気になっている。だれか、フランちゃんに本当の事を教えてあげてください。
この日、僕は、レミイさんと王都に行った。ジェンキン宰相とマルタン男爵家再興についての打ち合わせだ。まず、僕いやタイタン公爵からのマルタン男爵家再興の奏上書が必要だとのことだった。それに添付する書面として、レミイさんがマルタン男爵家の末裔だと言う証拠の品、この場合、ペンダントと両親の肖像画だ。それに、レミイさんの配偶者が男爵としてふさわしいだけの能力を有しているか。その男が平民の場合には、いままで王国に尽力してきた実績が必要だ。あと、3人以上の貴族の奏上書への添え書きが必要だ。これについては、エクレア伯、スターバ男爵それにフレデリック殿下で十分であろう。これに男爵家なので、大金貨5枚の手数料が必要だそうだ。
今月末28日に、年に一度の叙爵会議があり、この会議に間に合わなければ、来年になってしまうが、全て揃えられるか聞かれた。今直ぐにでも揃えられるが、奏上書だけは書けないので、代筆をお願いした。ジェンキン宰相は、王宮内の書記局に頼んであげるので、証拠の品を持って来てくれと言ってくれた。レミイさんが、自分の胸からペンダントを出して差し出した。ジッと見ていた宰相が、これだけで十分だと言ってくれた。宰相は、このペンダントに見覚えがあったらしい。聞くと、レミイさんの父親エドモントとは大学時代の同級生だったらしい。結婚式にも行ったが、花嫁の顔は忘れてしまっていた。でも、そういわれると、レミイさんのような女性だった気がする。このペンダントは、彼がいつも首にさげていたもので、ジェンキン宰相にも見覚えのある物だった。
叙爵会議の結果は、直ぐに知らせるので、4月1日に、叙爵対象者は、王宮に来るようにとの事だった。これで、ケント市長代行の叙爵の件は終わった。
次に、ブリンク伯爵の件だが、どうも良い噂が入ってこない。このままでは、僕が騎士団を進軍させることになるが、構わないかと言うと、全く構わない。それならなるべく早くしてくれと言われた。貴族の争いで、国王に裁定を求める訴訟事案なら証拠が必要だが、軍を進めての争いは、領主同士の争いで、喧嘩両成敗が定法である。しかし、過去の例から言うと勝った方が分捕り放題というのが現実で、負けた方は、間違いなく爵位剥奪になっているそうだ。この辺は、力こそすべての貴族が支配する封権制度らしい考え方だ。
正義が勝つのではなく、勝った方が正義なのだ。
ゴロタは振られました。でも、失恋ではありません。恋していませんから。
 




