第225話 旧エクレア領内は、貧しいのです。
いよいよ新領地の統治が始まりです。
(1月6日です。)
今日、1日遅れのシズちゃんの誕生パーティをした。ダッシュさんは、来なかった。3日前まで、一緒にいたのだから、仕事を休んでまで来ないそうだ。昨日の逮捕劇で、僕が夜遅くまで働いていたので、1日遅らせたのだ。シズちゃんへの誕生日プレゼントは、去年、聖夜のプレゼントを買う時に一緒に買っておいた大きなルビーの指輪だ。周りを小さなダイヤが囲んでいる。緑色の髪の色とコントラストがあってよく似あっている。選んだのはシェルだったが、それは内緒にしておこう。ダッシュさんとの約束なので、その夜、シズちゃんとは軽いキスだけで、直ぐに眠ってしまった。
次の日、新しい行政長官、コリン・ダーツ長官から、旧エクレア領内の市町村長を集めるように示達が出た。しかし、エクレア領は広大だ。最も北の村へ往復するのは、馬車で10日以上かかってしまう。南の村はもう少しかかるかも知れない。領内は、エクレア市以外に1市、2町、9村がある。タイタン市からは、アント村の東隣にビートル村がある。その次がエクレア市だ。北は、大雪山脈麓のノース・タイタン川までの間に、ビランサ村、ソースタ町と続き、ソースタ町から分岐してノ・エンド村とベンデナイ村がある。ベンデナイ村は、昔ブロン村と言ったが、ベンデナイの出身の村で、ベンデナイが長官になって暫くでベンデナイ村と改称したらしい。当然、今後、昔の名前に戻す予定だ。
南は、エクレア市からは、サンテン村、シオノギ町、ボラード市と続き、ボラード市の東にタイム村、南には辺境のクレープ村となっている。
エクレア市から東に行くと、ビギン村、バーン村と続き、その先は、ブリンク伯爵領だ。
コリン・ダーツ長官が、職員たちの中から使者を選び、それでは1月20日に第1回会合を開くので、それまでに皆を集めるようにと指示し、僕名義の親書が使者に渡された。タイタン領と違って、エクレア領は治安も悪く、また魔物も跋扈しているので、誰も使者になりたくなかったが、2名1組で命令されてしまった。特に、以前の徴税官は優先的に指定されたようだ。
僕は、わざとゲートを使わずに各市町村の長を招集するつもりだ。苦労して新領主に会いに来る。どんな奴が新領主だという気持ちの者もいるだろう。苦労して、エクレア市に来たら、やっと新領主に会えた。それだけで畏怖の念が湧くものだと、コリン・ダーツ長官が言ったのでそうしたのだ。そんなものかも知れない。
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(1月20日です。)
今日、旧エクレア領内の市町村長が一堂に会する日だった。全員集まるかと思ったら、南のボラード市の市長が来ていない。代理の若い職員が恐縮していた。どうも、新領主が勝手に自分達を集めるのが気に食わないらしい。コリン・ダーツ長官から、その事を聞いた僕は、イチローさんに、ボラード市の市長の風評及び不正の有無を調べるようにお願いした。
その他の町村長は、行政庁3階の会議室に集まっていた。古い会議室で、長い間使われていなかったらしい。椅子がギシギシときしんでいる。僕が会議室に入って行った。皆、起立している。コリン・ダーツ長官の号令で、一斉に僕に礼をした。僕が上席に座ってから、皆、自分の椅子に座った。まず、自己紹介だ。僕は一言だけだった。
「僕がゴロタです。よろしくお願いします。」
これだけだった。後は、コリン・ダーツ長官が全て代読してくれた。次に、各町村長が自己紹介していく。皆、50~60歳位の方達だった。早速、皆に書面が配られた。そこには、当面の市政及び徴税方針が掛かれていた。
1、今年の年貢及び税金は免除する。
2、衛士は全てタイタン領主直轄とし、4月に赴任する司法長官指揮下になる予定だ。村独自で雇う衛士は認めない。衛士の年収は、衛士隊給与規則による。
3、市長、町長。村長、及び各行政機関の役人(以下、公人という。)には、タイタン領公人給与規定により、役職にふさわしい報酬を支払う。公人の自家消費用農業以外の副職は認めない。職務専念義務を果たして貰う。
5、各村に小学校を建設する。町には中学校を、市には高校を設置する。
6、各市町村とエクレア市の間にはゲートを設ける。
7、以後、領地はタイタン公爵領と呼称する。領都は、タイタン市とする。
8、ベンデナイ村は、以後、ブロン村と呼称する。
9、土地の私有は認めない。全ての土地は、タイタン公爵の公爵地とし、正当な対価を持って使用権を取得することができる。現在、所有している土地は、無償で公爵に返納するが、法に従い、使用権を認める。
皆、吃驚した。まず、年貢と税金が無いというのに信じられないらしい。シオノギ町の町長が質問した。
「今年の年貢及び税金を免除するということですが、来年からはどうなるのでしょうか。」
コリン・ダーツ長官が説明した。年貢は、平年並なら実収穫量の2割、豊作なら2割5分にし、市長や村長の給与及び王国への上納金は僕が支払うので、これ以上の支払いは一切ない。税金は、収入に応じて5%、10%、15%の3種類だけで、必要経費を除いた利益に税金を掛ける。雇い人等の給与は、一定の控除をした額に課税することになっている。大事なのは、市長、村長はもちろん、徴税官も含めて、それ以外の者の課税は一切認めないということだ。また、徴税官は、毎年変わるし、タイタン領内全体で交代する予定だ。これには、皆が目を瞠った。年貢は、公定2割と謝礼1割、それに徴税手当として1割の計4割だ。しかも、常に豊作を基準に収量を計算されるので、実質の年貢は5割を超えるときがある。また、税金も、必要経費が認められないばかりか、一律税率25%で、そのほかに徴税官への上納が5%だ。それに比べたら、半額以下かも知れない。
「あの、ゲートって何ですか?」
誰かが聞いた。後で、行政庁の隣に作ったゲートを見せてやることにした。
「今、村で雇っている衛士は、どうなるんですか?」
衛士は、雇用年齢制限があるので、その基準内なら公爵直轄衛士隊に配属となる。高齢等であれば、衛士以外の公務に就かせることも可能である。ただし、60歳以上の再雇用は認めない。
「小学校は、いつ出来るのですか。今、教会のシスターが教えてくれているのですが、シスターへの謝礼が無くなると、シスターが困ってしまいます。」
その点については、シスターが希望すれば、小学校の教師に採用することが出来る。能力に応じて、中学、高校の教師になることも可能である。シスター本来の仕事と兼ねてやる場合には、授業1時間当たりの手当てを支払うことしている。また、教会へは、その活動に応じて、教会本部からの運営費以外に助成金が公爵から支給される。
「土地の所有を認めないって、私は、高い金を払って今の畑を買ったのですが。」
土地売買契約書があれば、その土地からすでに得た収入等を勘案して、公爵が買い戻すこともある。ただし、自宅敷地等の場合は、一旦、所有権を失ったのち、使用権を取得させて、年間で、借地料を支払ってもらう。正当に取得した土地の場合は、取得価格に応じて、借地料を充当年数分免除する。
延々と質疑が続いたが、僕は飽きてしまったので、領主館に帰ることにした。その前に、行政庁の隣の空き地に、12個の石門を作った。門の上には、行くべき市町村名を掘って置く。これで、ゲート設置の条件はそろった。後は、『飛行』で各市町村を回るつもりだ。
全ての町と村にゲートを作るのに10日ほど掛かった。その間に、ボラード市の状況が分かった。かなりひどいらしい。昨年のボラード市からの税収はゼロだったことが出納簿で分かった。ボラード市の市長は、ガトリングという男で、元はヘンデル帝国の騎士だった男のようだ。イチローさんの話では、市はガトリングの私有物のようで、衛士たちも何も言えない状況だそうだ。エクレア市行政庁の出納係、今は出納長だがの話では、いくら税金を納付するように督促しても納めてくれないそうだ。ベンデナイも、特に強く言わないため、うやむやになってしまっている。
イチローさんは、税金の着服の証拠は揃っているが、それだけではないようだ。裏社会の人間が市を牛耳っているようだ。そいつらも、ヘンデル帝国からの流れ者らしい。僕は、ボラード市に行ってみることにした。ジェーンさんと一緒だ。ジェーンさんの『魅了』スキルで、僕の見た目をその辺の男のように見せかけるためだ。
ジェーンさんは、飛行服セットを紫色に統一している。市内に入って驚いた。ゴミの街だった。至るところに、ゴミが散乱している。また、酔っぱらいも多い。あちこちで酔っぱらいが寝ていた。真冬の最中だというのに、あれでは死んでしまう。実際、死んで雪に埋もれている者もいた。それよりも目についたのはゴロツキどもだ。角々にゴロツキが立っていて、僕達を見ている。特にジェーンさんを見ている目付きは、さかりの付いたオス犬のようだった。
市内の中心街にある、上等そうなホテルに行ってみる。ロビーは、閑散としていた。ドアマンもボーイもいない。フロントの男性は、白髪の紳士で、ヒルトンさんと言ったが、目に光がなかった。ダブルの部屋は、銀貨3枚と相場の値段だったが、宿泊税が同額取られるそうだ。それに、旅行者の場合は、滞在手数料が一人銀貨2枚だった。結局、二人で大銀貨1枚になってしまった。
これでは、よほどのことが無い限り、この市へ来てホテルに泊まろうとする者なんかいない。ましてや今は真冬、旅行に最も不適な季節だ。今日の宿泊客は、僕達だけだった。
早晩、このホテルは潰れるに違いない。従業員もとっくに逃げ出したそうだ。今、このホテルは、ヒルトンさんと彼の奥さんだけでやっているそうだ。と言うことは、ヒルトンさんは、このホテルのオーナーなのだろう。誰もいないレストランで、ヒルトンさん夫婦に話を聞く。ジェーンさんに『魅了』を解いてもらい、新しい領主であることを告げた。
ヒルトンさんが、小さな声で、話し始めた。この街の市長、ガトリングがやって来たのは、今から20年くらい前だった。騎士崩れの若者を10名位連れてきていた。最初に彼らが始めたのは、賭場の営業と、レストランや商店からの見かじめ料の徴収だった。衛士と度々トラブルを起こしていたが、衛士隊分駐所の隊長が何者かに殺されてから、衛士達は何も言わなくなった。
ガトリングの仲間はどんどん増え、娼館を経営するようになってからは、市内で彼に文句を言うものがいなくなった。その時期に、当時の市長が惨殺された。市内の至るところに市長の手足が転がり、頭は市庁舎の入り口に飾られるという惨い事件が起きた。次の市長は、ガトリングだった。ベンデナイ行政長官の任命書を持っていた。本来なら、エクレア辺境伯の任命書でなければならない筈だが、誰も文句を言えなかった。
それからは、彼らのやりたい放題だった。ヒルトンさんには、娘が一人いたが、3年前、まだ13歳だったのに、素っ裸で街に転がされていた。それから妻は喋ることができなくなった。ヒルトンさんの奥さんは、同席していたが、目の焦点が合わず、ずっと窓の外を見ていた。
話しながら、ヒルトンさんはボロボロ涙を流していた。僕は、『今日で全てが終わりますから。』と言ってあげた。キョトンとするヒルトンさんに、ゴロツキの事務所や娼館の所在地を聞いておいた。
旧エクレア領内は、広大です。さすが元辺境伯領地です。でも、隣のブリンク領も広大なのです。今、ゴロタが最も悩んでいるのが、自治体をどうやって統治するかです。
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