第223話 聖夜の混乱と欲望の日々
あっと言う間に年末です。クリスマスです。この世界では、キリスト教は存在しません。でも、クリスマスです。
(12月20日です。)
コリン・ダーツ行政長官から今年度の年貢の徴収状況があった。今年は天候に恵まれ、平年の2割増しの収穫があったそうだ。しかも、帝国への援助等で穀物価格が高騰し、現在のところ、大金貨に換算すると15000枚の歳入だそうだ。僕は、耳を疑った。ゼロが一つ多いのではないかと。シェルは、平然としている。
「で、今年度の予算執行状況はどうなんですの。」
コリン・ダーツ長官は、額に大粒の汗をかきながら、色々言い訳をしているが、結局、新規事業や新規人員の採用など経費もかかってしまい、さらに王国へ納める公賦金や、来年度に回す予備費を除くと、僕の収入は、大金貨200枚程度になるらしい。
これは、通常の公爵の収入にしては少ないそうだ。しかし、今後、来年2月に公務員や会社員などの年収が確定し、現在、事前に給料から天引きしている所得税が確定すると共に、自営業者や会社、店舗の利益にかける税金が大金貨8000枚位あるだろうから、徴税事務や職業訓練用の施設建設費などを引いても、僕の収入は1000枚を越える可能性があるそうだ。
その他、ギルドやホテル等の直営事業の収入があり、歳入とは別に来年の事業拡張の予算、いわゆる特別会計予算を確保できそうなので、ホッとしている。来年は、エクレア領の運営でいくら経費が掛かるのか分からない。
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この日の午後、ジェーンさんと南のダンジョンに潜ってみた。ジェーンさんは、軽装備だ。武器は、ショートソードを使う。左腕には、ガントレットを着けている。僕は、ジェーンさんの後ろで動きを見ていた。速度は早いが、無駄な動きばかりだ。きっと、実践オンリーで腕を磨いて来たのだろう。そして5年以上のブランクだ。今のランクは『C』の下くらいだろうか。
結局、この日は地下3階層迄にした。ダンジョンから出てタイタン市に戻ったら、明鏡止水流の道場に連れていった。師範に、基礎から教えてくれるように頼んだのだ。
まず素振りからだ。ロングソードの木刀を振る。早く振ろうと言う意識がありありだ。師匠が、まず正眼の構えから教えた。足の幅、足長、重心、姿勢そして剣の握り方からだ。ジェーンさんは、構えただけで膝がプルプルし始めた。緊張して、力が入り過ぎている。それに、あっちもこっちもと気にし過ぎているのだ。師匠は、遠くを見るようにと教えた。できれば道場の壁の向こう側の何かを見るつもりで、見ていると、周りの動きが見えて来ると教えていた。いわゆる『遠山の目付』だ。最初は、うすぼんやりで良いから、自然体でボーッと見ていると、身体の余計な力が抜けて来る。
うん、落ち着いて来た。まずは、こんなところから始めることになったが、これが基本中の基本だ。ジェーンさんは、馬鹿にせずに一生懸命やろうとしているので、きっと強くなるだろう。
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(12月24日です。)
今日も、早朝、まだ暗いうちに起き出して、剣の型の稽古をする。裏庭にはこの前から降り出した雪が積もっていたので、まず溶かすところから始める。勿論、僕がだ。
ジェーンさんも仲間に入ったので、4人になった。ジェーンさんには、ロングソードの木刀を持たせて、正眼の構えからゆっくりと頭上に振りかぶり、右足を前に出してゆっくり振り下ろす。正眼の構えに戻ったら、半歩下がる。これだけをやらせている。肩の力が大分抜けてきていた。
ブリちゃんは、『魔封じの大剣』を大分使いこなしてきた。鞘から抜いて、フッと気合を込めると、すこし青みががって来る。魔法を防ぐ効果が発揮できている。僕が、MP1程度のファイアを背後から撃ってみる。当たっても、火傷もしない程度の魔法だ。本人は意識していないが、当たる瞬間、剣から背中にシールドが回り込んで来る。ファイアを跳ね返すと同時にシールドは消えた。無駄がない。今度は、こちらに向き合って、MP3程度のファイアを撃つ。これは当たると火傷間違いなしだ。ブリちゃんは、大剣を横にする。僕のファイアは、上にはじき飛ばされて消えた。これ以上は、周囲に被害が及ぶ可能性があるので、あとは実戦で使うことにした。ブリちゃんは、魔法は使えないが、相手の魔法攻撃を無力化できるのならば、あとは剣の技勝負だ。いくらでも強くなれるだろう。
今度、タイタン領騎士団の演習場に行って、剣術の稽古をして貰うことになったらしい。少し、早い気がするが、まあ、大丈夫だろう。騎士団の騎士だって毎日稽古しているのだから。
今日は聖夜だ。いつもの通り、七面鳥を狩りに行かなければならない。去年、狩った分の残りが5羽分位あるので、今日は10羽位狩ったらやめにしようと思っている。タイタン領の森は、他の冒険者のために、僕は狩らないでおいて、モンド王国の最南端の森まで行く。そこに行くと言ったら、エーデルも一緒に行きたいと言ったが、目的が違う気がしたので、断って一人で行く事にした。
モンド王国には冒険者がいないので、七面鳥ものびのびと餌を食べている。タイタン市ではありえないが、草原で餌を啄んでいるのだ。僕は、オスの大きいのばかりを10羽狩って、その場で首を落として血抜きをした。領主館に戻ると、メイド達が大きな鍋にお湯を沸かしていた。
今日、白薔薇会は、全員、クレスタのケーキ屋『ラ・パティスリ・クレスタ』の手伝いだ。もう1週間、ケーキを焼き続けているようだ。サクラさん達女性忍び20人は、孤児院の慰問だ。山のようなお菓子を大きな袋に入れている。エクレア市の孤児院もあるので、大忙しだ。
僕は、ザッと七面鳥の羽をむしると、あとはメイドさん達に任せた。今日は、土魔法で、特大のオーブンを中庭に作っておいた。1度に10羽分焼けるオーブンだ。当然、火の管理はイフちゃんだ。メイドさん達は、毛抜きで羽の残った部分を抜く担当、お腹を割いて、綺麗にし詰め物をする担当、オーブンを見張って、適宜、七面鳥をひっくり返す担当に別れている。
午後1時、僕は、タイタン市の中央広場に面している『クレスタの想い出』に行く。パティスリーの『ラ・パティスリ・クレスタ』と、お土産屋さんの『クレスタの想い出』でケーキを買ってくれた女性のお客さんに、僕との握手券を渡しているのだ。昨日と今日の午前中だけで、2000個売ったそうだ。白薔薇会の人達は、目の下に隈が出来ていた。おそらく昨日は、徹夜でケーキを焼いていたのだろう。1週間前焼いたケーキは、イフちゃんにしまってもらっている。
もう、長い行列ができていた。イチローさん達と衛士隊の皆さんが交通整理をしている。今日の中央広場は、馬車の通行を禁止している。列が広場を塞いでいるのだ。握手するだけの筈なのに、並んでいる女性達は、手に色々プレゼントの品を持っている。それに、手鏡でお化粧を直している女性もいた。衛士隊の女性陣とか女性騎士も並んでいる。あ、あの子はハッシュ村の娼館の子だ。知った顔も大勢並んでいた。握手は、一人5秒に制限している。でも、オーバーする女性ばかりなので、平均10秒はかかる。それが2000人という事は、20000秒、5時間以上だ。手が痛くならなければ良いが。
午後1時、握手会がスタートした。はじめは順調だった。そのうち、僕に抱きついてきた女性がいた。即、白薔薇会のメンバーが引きはがす。しかし、1人が抱き着いてしまったら、次からは全員が抱き着いて来る。もう、だれも握手なんかしない。抱きついて、僕の手を胸に押し当てたり、股間に持って行こうとしたり。誰かが、僕の口にキスをした。直ぐに引きはがされたが、その次からはなんでもありだった。白薔薇会の女性陣は、冬だと言うのに汗だくだ。風邪を引かなければいいのだが。
あ、後ろのほうでパンツを脱いでいる女性がいる。一人が脱いだら、皆、脱ぎだした。もう、駄目だ。このままでは、僕は気を失ってしまう。女性特有の匂いがあたりに充満している。もう、握手会ではない。抱きつき等なんでもあり会だ。遂に、上半身裸の女性が出て来た。さすがにこれは不味い。衛士隊がシーツを持ってかぶせて連行していった。そのうち、僕の服のポケットは女性のパンツで一杯になってしまった。顔は口紅で、真っ赤になっているだろう。まだまだ陽は高かった。僕は、我慢して立ち続けた。皆、クレスタの高いケーキを買ってくれたのだ。1個、銀貨1枚から売っているのに、高い方から売れて行ったらしい。それには訳があり、高いケーキのほうが時間が長くなるという全くのデマが流れていたらしい。もうやめたかったが、ここで辞めると『クレスタの想い出』の信用がなくなるので、じっと我慢した。
ようやく、後ろの方が見えて来た。もう、皆の行動はパターン化してきた。僕に抱きつき、キスをする。僕の手を取って股間に持って行く。白薔薇会に引きはがされる。もう、どうでも良かった。これで終わりだ。来年は、握手会なんか絶対にしないと心に誓う僕だった。こうして、タイタン市の混乱と、女性達の欲望の処理は終わりを告げたのであった。その時、僕はまだ知らなかった。1か月半後の来年2月14日にも同じ状況が発生することを。
この日の夜、聖夜のパーティが領主館で行われていた。昨日の内に、リンダバーク村のノエルの両親と、イースト・フォレスト・ランドのシェルの両親、それにカーマン王国のガーリック伯爵とモンド王国のデビタリア伯爵には、去年狩っておいた七面鳥を届けていた。モンド王国では、七面鳥を食べる習慣がないらしく、食べ方を知らなかったので、シェフにレシピを渡しておいた。ジルの両親のウオッカ準男爵の所はジルの兄弟が多いので、七面鳥を2羽置いてきた。
今日は、ゲートを使って、ダッシュさんやスターバ騎士団長とジェリーちゃんの両親のブロック夫妻がこちらに来ている。領主館に戻って来た僕は、フラフラだったが、シェルに『女臭い』と叱られて、直ぐに風呂に入れられた。今日のイベントを考えたのは、シェルとクレスタだから、叱られるのはおかしいと思ったが、黙っていることにした。
シェルが、一緒に入って、ゴシゴシと僕の首筋や両手を洗っていた。かなり、怒っていた。本当は、シェルは留守番の筈だったが、こっそり中央広場の状況を見に来ていたらしい。身長こそ185センチを超える僕だったが、顔つきは、まだ少年というよりも少女顔だ。タイタン市のアイドルには違いないが、あの大勢の女性陣の欲望に満ちた顔に我慢できなかったのだろう。握手だけなら許せるが、あれは我慢の限界を超えているようだ。
あのシェルさん、そこは女性たちに触られていないから、洗わなくても良いのですよ。
クリスマスに告白しようと考えていた男性陣にとって、ゴロタは天敵です。でも、領主様だし、イケメンだしお金持ちだし。諦めています。




