第217話 タイタン市の孤児院
何時の世でも、戦争孤児は悲惨な人生を送ってしまいます。餓死も弱い子供達から死んで行きます。
(9月20日です。)
タイタン市には、孤児院が2つある。ゼロス教会直営とアリエス教会直営のものだ。造りは全く同じだ。孤児の収容人員は、1施設60〜90人だ。1部屋を3人で使うと90人収容となるが、平素は50人位しか入所していない。今は、緊急事態だ。幼児は、一つのベッドに2人寝かせている。
ゼロス教孤児院の現在の収容児数は、97名だ。入院している子が退院してくると、もう少し増えるかも知れない。孤児の世話をする院長のマザー・フミとシスターの8人だ。あと、掃除や洗濯を手伝ってくれる人が5人と、施設の修繕や庭木の手入れをしてくれる男性が2人居る。
マザー・フミはフランちゃんの婆やのフミさんだ。もともと、シスターだったのをフランちゃんの婆やとして大司教国に招聘されたのだ。その時、フミさんは18歳だった。それから10年間、ずっとフランちゃんの面倒を見て来たのだ。この孤児院が出来るまでは、エクレア市の治癒院の院長をしていたが、孤児院ができたというので、希望してこちらに来て院長をしているのだった。
フミさんは、今回、入所してきた子達を心配していた。両親が酷い死に方をしているそうだ。子供達の目から恐怖の光が消えてくれない。夜中に叫びだす子や、オネショをするくらいなら未だいい。自分を傷つけたり、食べて直ぐ戻してしまうような子達は、何もしてあげられない。子供達との信頼関係をどのようにして作って行くか、手探りの状態が続いている。
フミさんは、子供は好きだが、一生、神にお仕えするつもりでいた。でもフランシスカ様のお世話をしているうちに、自分の好きな道を歩きたくなったのだ。孤児院の院長は、自分から望んだ道。子供達の笑い声を聴くと、疲れも一遍に飛んで行ってしまいそうだった。フミさんの両親は和人だった。黒い髪と瞳が特徴的だ。でも、お爺さんが大陸から渡ってきた人だったので、目鼻立ちはくっきりとしていた。
この大陸で生まれ育って、差別が無かったとは言わないが、神の道に進むことができて幸運だったと思っている。そういえば、カーマン王国の両親はどうしているかしら?手紙は、書いているが返事は中々来なかった。手紙の配達料は、大陸間では、銀貨4枚もするので、中々出せないのだろう。
今、フミさんは、教会からの手当が、年金貨3枚で、ゴロタさんから、孤児院の院長手当を年に金貨12枚貰っている。食費と居住費が掛からないので、お金は溜まる一方だ。
今度、休暇を貰って実家に帰ってみよう。もう私も若くないんだし、今のうちに親孝行をしておきたい。ゴロタさんに頼んで、カーマン王国の王都まで連れて行って貰おう。そこからなら馬車で4日で実家の村に着くし。そう、思っている時、シスターが院長室に飛び込んできた。
「マザー、大変です。ザイツ3番が、息をしていません。」
ザイツ3番とは、この前ヘンデル帝国から連れて来られた5歳位の女の子だ。6歳位の男の子、ザイツ2番とは兄妹らしい。フミさんが、治療室に駆け込む。フランシスカ様の話では、この子は、どこも怪我をしていないし、病気でもない。極端な栄養失調なので、静かに寝かせてあげて目が覚めたら、白湯を飲ませてあげてと言われていた。
目が覚めるのを、今か、今かと待っていたのだ。目が覚める事なく死んでしまうなんて。いくらゼロス様のお導きでも、これではあんまりだ。フミさんは、自分の無力を呪わずにはいられなかった。
女の子の、力が抜けている肩を抱きながら、涙を流していたが、いつまでも泣いていられない。そばにいたシスターが叫んだ。
「マザー、ザイツ2番が目を覚ましました。」
ザイツ2番も、昏睡状態だった。目を覚ましたら、やるべき事がいっぱいだ。フミさんは、白湯をスプーンですくって、男の子の口に持っていく。飲む力がなく、口からだらだらと垂らしてしまう。フミさんが、白湯を口に含み、口移しに飲ませる。漸く飲み始めた。ほんの少しだが、少年の顔に生気が戻ってきた。
次に、蜂蜜を溶かしたお湯を、飲ませた。今度は、スプーンから飲んでいる。だいぶ意識がハッキリしてきた。
後は大丈夫。フミさんは、ザイツ3番の亡骸を、講堂の祭壇の前に運んで行く。もう、4人の遺体が並べられている。フミさんは、ザイツ3番を並べて置いてから、ゼロス様に祈りを捧げた。生と死を司る神よ、罪深き御霊が貴方様の御力により清められ、永遠の世界に旅立てるように。
祈っていて、また、涙が溢れてきた。この幼い女の子は、一体どんな罪を犯したというの。たった4〜5年の間に、死をもって贖わなければならない罪とは何ですか。
フミさんは、いつまでも泣き続けていた。
翌日、僕が子供達の亡骸を、郊外の墓地に埋葬した。フミさんは一緒に行かなかった。お別れは、もう済んでいる。今は、生きている子達、生きようとしている子達に全ての力を注いでいたいのだ。
孤児院では養護の手が足りないので、ジェーンさん、レイミさん、それにノエルとビラが手伝っている。白薔薇会のお姉さん達は、エクレア市の孤児院に手伝いに行っている。シェルは、行政庁に行って、里子の斡旋を、もっと迅速に出来る様に働き掛けた。各市町村を回る旅費や里親手当の増額も、臨時予算を組むようにした。元からいる元気な孤児達を早く里子に出して、シスター達の負担を減らしてあげないと、共倒れになってしまうのだ。
コリン・ダーツ行政長官に、里親募集の範囲を王都まで広げて貰うようにお願いした。王都なら、かなりの人口だから、里親になってくれる人も見つかりやすいだろう。それから、子供のための独立行政機関を作って貰うことにした。母親と子供の保護だけではなく、子供が元気で明るく育って行くための助成機関だ。12歳以下の子供を、性の対象にしたり、過酷な労働に従事させたりしてはいけない。それに違反したら、親と言えども子供の養育権を失うとともに奴隷落ちの刑に処する法律を制定するようにもお願いした。
そういえば、最近、ハッシュ村の様子を見に行っていないが、娼館が健全に運営しているかどうか、たまに見に行かなければならないだろう。それに、今度新しく領地になる市町村には可哀そうな子供達がいないのか、調べなくてはならないと考えてるシェルだった。
コリン・ダーツ行政長官から、お願いがあった。今度、領地となるエクレア伯爵領内に嫌な噂があるらしい。エクレア市行政長官のベンデナイという男が、領民に苛政を敷いているらしいし、各種許認可で賄賂を取って至福を肥やしているらしいというのだ。エクレア伯との約束で、行政庁や衛士隊、騎士団の人達はそのまま地位が保証されることになっているが、犯罪行為をしているとなると話は別だ。これは調査しなければならない。
シェルは、詳しい話を聞きたいと言ったが、コリン・ダーツ長官は、これ以上詳しい事は知らないそうだ。そこでシェルが、独自に調査してみることにした。シェルが領主館に戻ると、イチローさんとサクラさんに調査をお願いしている。イチローさん達は、エクレア伯領内のすべての市町村に行って、ベンデナイ行政長官の悪行の証拠を集めて来ることになった。調査経費は惜しまないようにお願いして、各人に金貨3枚を与えておいたみたいだ。
僕は、このことについて報告を受けたが、証拠が集まってから、対処を考えようという事にした。とにかく、来年1月1日の領地移譲までは、何も権限がないので証拠があっても何かできるという事はないのだ。
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(9月30日です。)
今日は、ノエルの18歳の誕生日だ。リンダバーク村からダンテさんとワカコさんを招待することにした。お昼過ぎに、ノエルと一緒にリンダバーク村に行く。さすがに、再会して泣くようなことはなかったが、久しぶりの再会にとても喜んでいた。
タイタン市に行く前に、ノエルとの結婚式の話になった。いつまでも婚約者のままと言う訳にも行かない。ノエルの両親からもうそろそろ、正式に結婚してはどうかと言われた。僕は、ノエルが20歳になるまで待とうと思っていた。『災厄の神』の件が片付くまでは、結婚しなくても良いと思っていたからだ。でも、今までの例を見ると、結婚してもおかしくなかった。それで来年、3月に大学が休校となった時期を見計らって結婚式を挙げることになった。当然、式場はアリエス教会だったが、王都のアリエス教総本山教会で大司教様に執り行って貰うことにした。
大学関係者や魔導士協会の方々も招待しなければならない。盛大にやることとなった。村かも村長や小学校の同級生などを呼ぶことにする。とりあえず、4人でタイタン市の領主館に『転移』した。ダンテさん達は、初めて領主館に来たので、驚くやら関心するやらだったが、一番驚いたのは、妻と婚約者それと婚約者候補が増えていた事だった。しかし、幸せそうなノエルの顔を見ると、なにも言えなくなっていた。
誕生パーティは盛大に行われていた。この日、ノエルは僕の隣だ。その隣にダンテさん達だ。シェルは、反対側の僕の隣に座る。それから、順にエーデル、クレスタ、ビラと現在の妻達が座る。反対側には、シズちゃん、フランちゃん、ジェリーちゃん、ブリちゃんそしてジルちゃんが座った。
ジェーンさんとレミイさん、それにドミノちゃんはそれぞれの主人のそばに座った。フミさんは、何があっても対応が取れるように、孤児院のそばの一軒家を借りて暮らしているが、今日は、お祝いに来てくれた。ワカコさんとフミさんは、同じ和人として、また年回りも近かったことから、話が合っていたようだ。皆に、来年、3月にノエルと結婚することになったと発表した。すぐ新婚旅行の話になった。『和の国』に行く事にしたと言ったら、ワカコさんとフミさん、そしてフミさんの両親も連れて行ってあげたいと言ってきた。フミさんの話を聞いて、とりあえず、近いうちにフミさんの実家に行ってみることにした。
ダンテさんとワカコさんは、今日は領主館に泊まり、あすの午後、僕がリンダバーク村まで連れて帰ることにした。ノエルへの誕生日プレゼントはエメラルドを嵌め込んだプラチナの髪飾りだ。値段は、シェルには黙っていた。
フミさん、さすがに聖職者です。でももうすぐ、性食者になるかも知れません。




