第216話 災厄の神って残念?
ジルちゃんの話は終わりました。いよいよ災厄の神の話です。
(9月11日です。)
今日は、ブリちゃんの学校へ授業参観に行く日だ。シェルと一緒に参観する。ブリちゃんは、2年A組だ。教室の一番後ろが、ブリちゃんの席で、身長が高校生級のために机も椅子も高等部から持ってきたものだ。授業は、数学だ。図形と数字を書いているが、僕にはよく分からなかった。僕が知っているのは、掛け算、割り算位だ。あんな放物線なんかやっていない。でもブリちゃんは、全部、理解できているみたいで、誰よりも早く問題を解いているみたいだ。
一緒に校内を回ってくれている校長先生が、この前の休み明けテストで、ブリちゃんは学年トップの成績だったと教えてくれた。2番は、ジェリーちゃんだ。でも、魔法実習の点数を加えるとジェリーちゃんが逆転するそうだ。ジェリーちゃんのクラスも見学する。ジェリーちゃんは、前の方の席だった。クラス委員長の腕章をしている。校長先生が、このまま伸びていくと、王立魔法学院もトップ合格できるでしょうが、ぜひ我が校の高等部魔法専門課程に進学させて下さいと言っていた。
最後に、ジルちゃんのクラスだ。僕が入っていくと、女子生徒達に嬌声が上がった。ジェリーちゃん達2年生は、何度か授業参観に行ったので免疫ができていたのだろうが、3年生のクラスは初めてだった。ジルちゃんは、真ん中位の席で、顔を真っ赤にして下を向いていた。
担任の教師が、皆を静かにさせ、授業が再開された。ジルちゃんは、学年主席だそうだ。生徒会の副会長をしていて、男女両方から人気があるそうだ。ただ、今まで学校行事にはあまり参加せず、社会見学等も欠席していたそうだ。卒業旅行も、王都見学を計画していたが、王都出身だからと言う事で、不参加となっているそうだ。シェルは、その理由がすぐ分かった。必要経費として月々シェルから貰う大銅貨3枚のわずかなお金も、実家に送金していたのだ。その上、旅行や社会見学等経費のかかる行事を全て断っていたのだろう。
そういえば、ジルちゃんが洋服やお菓子を買ったのを見た事がない。外に出る時は、いつも制服だった。シェルは、一緒に暮らしていながら、そんな事も気がつかないなんて、保護者失格だと反省するとともに涙ぐんでしまっていた。ジェリーちゃんには、毎月、金貨1枚を上げていたが、シェルに預けていて、何か欲しい物があるときだけ、必要な額を渡していたのだ。ジルちゃんとは学年が違うから、気がつかなかったが、確かにジェリーちゃんには学校行事のお金も渡していた。でも、ジルちゃんは、一切、そんな事は言って来なかった気がする。シェルは、10月に予定されている卒業旅行にジルちゃんも参加しますと校長先生に伝えた。
給食の時間になった。学年ごとに食堂に向かう。この前の改善で、スープなどは、常に温かいものが用意されていた。脇に、売店があって、果物やジュースが売られている。ジェリーちゃんは、りんごジュースとバナナを買っていた。ブリちゃんはパパイヤジュースだ。ジルちゃんは、何も買わずに、クラスメイトと一緒に食事をしている。飲み物は、水だった。
シェルは、悲しくなった。こんな生活を1年以上させていたなんて。これは、全て自分の責任だ。シェルは、涙を拭うと、売店に行ってパパイヤジュースのダブルと、一番高いデザートを買ってジルちゃんの所へ持っていってあげた。ジルちゃんは、吃驚していたが、それ以上にクラスメイトの反応にシェルが吃驚した。皆、泣き始めたのだ。ジルの肩を抱きしめてくる子もいた。ジルの環境を知っていたが、ジュースを買って上げるわけにもいかず、皆、その事を気にしながら、口に出来なかったのだ。
ジルちゃんは、中学に上がって初めて、ささやかな幸福を感じたのだった。
午後の授業参観は、実技だった。ブリちゃんは、体育だった。1500m走の測定だったが、女子に見学者が異様に多いのは何故だろう。シェルも学校に行った事がないので分からなかった。校長先生が、女子特有の日だと教えてくれた。え、未だ13〜14歳なのにこんなに多いのかと思ったが、走りたくないので仮病も多いとの事だった。ブリちゃんは、入念に準備体操をしている。以前のスケート大会を思いだす。
最初は、男子だった。僕も飛び入り参加をさせられた。女の子達の声援がすごい。靴も革靴だし、無理せず流そうと思った。さあ、スタートだ。最初は、皆、ダッシュだ。僕は、3番手位だったが、200mほどで皆のペースが落ちてきたが、僕は、そのまま走り続ける。ゴールの時は、2周以上の差が付いた。タイムは、3分半ちょうどだった。汗もかかないゆっくりのペースだった。僕が走っている間中、女の子の歓声がグラウンドに響き渡り、校舎の窓からも女の子の顔が並んでいた。
続いて女子の部だ。これは、ブリちゃんの圧勝だった。走りのペースがまったく違う。コーナーは、内側に傾いて走っている。どう見ても、短距離走だ。そのまま走り切ってしまった。タイムは、僕よりも早かったが、僅差だった。なぜか僕と対抗していたみたい。流石に汗ビッショリだ。濡れた運動着で、ブラが透けて見える。男子が鼻血を流していた。
次は、ジェリーちゃん達の番だ。一生懸命走っていたが、前から10番目位だった。うん、頑張ったね。
魔法演習場では、ジルちゃんのクラスが、魔法測定をしていた。ジルちゃんは、教材のワンドを使ってファイアを撃っているが、火が飛んでいかない。何度もやっているが、ワンドの先に、ポッと炎が出るだけだった。見かねた僕が、ジルちゃんの左手を握って、右手に持っているワンドに魔力を流し込んであげた。魔力はあるのに、ワンドへの流し込みの仕方が分からないようだ。
周りの女子達が『ずるい』と冷やかしていたが、構わずに流し込んだ。漸く分かったのか、自分でやってみようとした。短い詠唱で、炎が飛んで行く。測定人形は、僅かに色が変わっただけだったけど、今の段階なら十分だろう。
それからが大変だった。すべての女子に同じように魔力を流し込んで上げる羽目になったのだ。もう、握手会状態だ。あの、先生、先生はしなくていいでしょう。列の中に女性教師が数人並んでいた。
授業が終わってから、ジルちゃんと2人で王都へ行く事にした。ジルちゃんのワンドを買いに行くのだ。ジルちゃんの魔法適性は、『火』だそうだ。火属性の魔石が入った魔石5個セットと魔石を嵌める事のできるワンドを買ってあげた。
シェルがいなかったので、ジルちゃんが口にキスをしてきた。僕は、優しく突き放した。お礼はいいから、魔法、練習しようね。
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(デビタリア市です。)
辺境伯邸の奥の部屋でリトちゃんは、じっとしていた。父親から、リトルホライズンという名前を貰ったが、長いので短くしてリトちゃんだ。計画は、大失敗だ。まさか、この家と、あの『全てを統べる者』が縁者とは思わなかった。2人の使徒は、どうやったか知らないが、一瞬で殲滅させられた。まあ、妾 (わらわ)との繋がりを疑う者などおらぬじゃろうが。これは用心しないと。あの者がいる時は、邪悪な事を考えてはいかんのじゃ。妾の思念を読まれてしまう。妾に、あの者の盾を破る力などあるわけがない。そんな力があったら、とっくに地上界を支配してるわ。
当分、使徒は無しじゃ。余り頭の良くない、妾を産んだこの女を使徒がわりに使ってやることにした。まあ、乳がデカいから良いが。お、お腹が空いてきたぞ。ここは、可愛らしく泣けば良いのじゃな。小さな声で泣くと可愛らしいそうじゃ。
リトちゃんは、可愛らしい声で泣いた。すぐ母親が抱き上げ、大きなオッパイをボロリと出して、リトちゃんに咥えさせる。授乳が楽しみな母親だった。授乳中3回は感じている。でも、誰にもバレないように、歯を喰いしばって、声が出るのを我慢している。授乳ってこんなに気持ちがいいものだとは思わなかった。だから女は皆、子供を産みたがるのか。一人、誤った考えで納得していた。色欲の神は、力を僅かに出しながら乳を吸い続けた。早く大きくならなければ。あの男に気づかれる前に逃げなければ。
自分が、地上界を支配する使命など、全く意識していない。あの男と戦うなどもっての他だ。過去3000年、全ての災厄の神が殲滅されて天上界へ逃げ帰ってきた。自分は、痛いのや熱いの、苦しいのは大嫌いだ。最優先事項は、あの男に殲滅されずに逃げ出す事だ。
リトちゃんは、やはり残念な神様だった。色欲の神は、男を狂わせ、女を狂わせる。その思念は、創造主たる神の思念にも似た力強く、また甘美なものである筈だった。しかし、今、彼女を支配しているのは崇高なる神のものでは無く、消滅を恐れる赤子のものであった。
あの『全てを統べる者』が寿命を迎えるのがいつかは分からないが、彼が生きている間は、絶対に正体を暴かれてはならない。大体、最初の使徒はなんて事をしてくれたんだ。誰が国を滅ぼせなんて言った。国を混乱させ、それを乗り越える人間を救う筈だったろう。みんな殺したら、救う人間がいなくなってしまうじゃないか。あの、腐れサキュバスめ。
自分が、早く起きていれば、そんな事にはならなかったのに、そのことは全く気にしていない災厄の神だった。
戦いに入るのはいつでしょうか。災厄の神が殲滅されるのが、このお話のゴールではありません。




