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第210話 暗黒の夜

ビラとの新婚旅行は続きます。

(6月25日です。)

  モンド王国内の馬車の旅は、平穏にいくかと思ったら、その日の夕方、ハーピーの群れが襲って来た。大きな木の枝にぶら下がっていた奴らだ。どうやら森から出て、旅人達を襲っているみたいだ。ぶら下がっていた木の下には、腐り切った死体が転がっている。ハーピーの群れは、衛士隊には厄介な相手だ。耳を切り裂くような喚き声で、方向感覚が失われる。頭上から、色々なものを投げて来る。自分たちの糞や尿だ。そして、もっと嫌なのが、急降下しての、噛み付きと引っ掻き攻撃だ。腐乱死体を喰らう奴らは、雑菌の塊だ。少しでも傷をつけられると、あとで菌が全身に広がり、最悪、死を迎えてしまう。


  ビラが、ワンドを振り上げて、、ハーピーに雷撃を浴びせている。胸から心臓を貫き、背中から飛び出ていく雷撃だ。1匹ずつ確実に落としていく。ここから奴らの位置まで100m以上離れているが、ビラにとってそれくらいの距離は全く関係ない。衛士隊は、突然ハーピーの胸の前に現れた電撃が、胸を刺し抜いていく光景に、最初、何が起きたか分からなかった。しかし、後ろを振り向くと、ワンドを頭上に掲げたビラが青白く光っているのを見て、全てを理解したようだ。


  戦闘が終わった。死んだハーピーは8体だった。死体が余りにも臭いので、僕が炭も残らないほど焼き尽くした。ビラは、傷ついた衛士隊にヒールをかけてゆく。強力なヒールのため、傷口が一瞬で治ってしまう。幸いな事に死者はいなかった。


  衛士達は、無詠唱で、手も触れずにヒールを発動させるビラの魔法に驚いていた。衛士隊長が、僕達に何者かと聞いて来たので、3等宝珠武功勲章を見せたところ、全てを理解したようだ。人間族で、この3等宝珠武功勲章を授与された者は1人しかいない。北の大陸の勇者ゴロタ殿だそうだ。え、僕って『勇者』なんですか。隊長の話では、最近、この手の魔物が増えているそうだ。代わりに、野盗がいなくなったそうだ。


  この日は、野営だった。僕は、いつものように皆から少し離れたところに野営セットを設営した。ビラも余り料理は得意ではない。しかし、今日は、一生懸命手伝おうとしている。南半球では、これから冬本番、もう野営には向かない季節だが、土魔法の応用で、雪の小屋を作り、中をシールドで覆う。皆は、馬車の中で暖を取っているようだ。


  お風呂は、かなり離れたところに作った。2人で、ゆっくり入っていると、ビラが迫って来た。こんなに積極的ではなかった筈なのに、まるでエーデルのようだ。そういえば、エーデルとは、まだ本当の夫婦になっていなかった。帰ったら、本人の希望を聞いてあげよう。まあ、答えは分かっているが。


  お風呂から上がると、そのまま、身体を乾かして、雪の小屋の中に入った。僕が、そのまま眠ろうとすると、ビラが起き上がってきた。それから甘い新婚さん達の夜は更けていった。


  夜、イフちゃんが起こしに来た。弱い魔物が近づいているそうだ。僕は、服を着て、『オロチの刀』を持って雪小屋の外に出た。野営地から1キロ位離れた所に、魔物の気配がある。11体だった。僕は、『暗視』と『遠視』のスキルで敵の正体を見極めた。屍喰鬼の魔物オーガだった。


  オーガは、通常は粗末な毛皮を腰に巻いている。低級な亜人だが、それなりの恥じらいがあるからだ。しかし、このオーガ達は、身体に何も付けていない。寒さを感じていないようだ。長い体毛が体を覆っているので平気なのだろう。それどころか、長さ50センチはあろうかという男根を屹立させている。男根から湯気が立っている。女を見たゴブリンのようだ。女オーガもいた。一生懸命、男のオーガを誘っている。しかし、男のオーガどもは見向きもしないで、野営地に向かって来ていた。


  僕は、剣を抜くと走った。オーガに近付くと『瞬動』で、オーガ達の脇をすり抜けた。オーガの胴体が上下に切り離されていく。瞬く間に全てのオーガを切り倒していった。『斬撃』は、使わないが、切ってから、オーガの身体が上下に分かれるまで、若干の時間差があるので、僕が血飛沫を浴びることは無かった。オーガ達は、真っ暗な中、何が起きているのか分からないまま、雪の中で死んでいった。


  戦闘後、洗濯石で、剣に付いた血糊を取り除いてから、『空間転移』でテントに戻った。距離は短かったが、節減の至る所に、オーガの血溜まりができていたので、避けて歩くのが面倒臭かったのだ。テントでは、ビラが暖かいミルクを入れてくれた。蜂蜜がたっぷり入ったものだった。ああ、温まるなあ。


  翌日、何事も無かったかのように駅馬車は出発した。衛士隊の皆は、昨夜の出来事を知らないので当然だった。






  王都を出発して最初の村に到着した。人口は、2500人位の中規模の村だった。魔人族の小人種が、7割以上の村だ。女性も150センチ以下で、パッと見には子供のようだった。魔術遣いが多いので、村全体に寒さと魔物除けのシールドが張ってある。これならサキュバスの邪悪な思念も、ある程度は防いでいる筈だ。村長に会って、最近、変な事件が発生しなかったかと聞いたら、昨日、1件あったそうだ。


  事件は、40代の夫婦で、夫が妻を絞殺し、続いて隣の奥さんを強姦しようとしたところを、農作業から帰って来た隣の夫に殺されたそうだ。男は、20年以上、夫婦仲もよく、近所付き合いもちゃんとしている働き者夫婦だったそうだ。


  聞くと、その男は、南の家畜場で作業をしていて、帰って来たときには、既に目付きが尋常では無かったそうだ。おそらく、サキュバスの淫夢を見てしまったのだろう。僕は、村の外に出てみた。変な匂いはしなかった。サキュバスの本体は、ここまで来てはいないようだ。


  村長の所に戻ると、『異次元空間』に保存していた魔除の石板を1枚渡し、同じものを後3枚作って、村の東西南北に置くように指示した。この村には魔術遣いが多いのだ。石板を真似して作るなど造作もないことだろう。その日は、村の旅館に泊まる事にした。旅館の夕食は田舎の料理だったが、心がこもっていて美味しかった。





  翌日、駅馬車が出発する前に、村長が女の人を連れて訪ねて来た。その女の人は、この村一番の魔術使いだそうだ。聞けば、あの石板がどうしてもうまくできないらしいのだ。形は、何とか似せても、はめ込んだ魔石に魔力を流そうとすると、石板が割れてしまうらしい。


  しょうがないので、旅館の外で、土魔法により石板を作り出してあげる。魔力を流すと割れるのは、魔力の通り道を塞いでいるからだ。石板にそれほど価値のない小さな魔石をはめ込み、魔力の流れる道を刻み込ませてみる。いわゆる魔法陣なのだが、やはり一部間違えている。僕は、女性魔術遣いに、間違えやすいところを教えてあげて、最後に、間違えているところをナイフで削り直させてあげる。これで、もう何枚でも作れるだろう。村長には、サキュバスの事を教えてあげた。その恐ろしさは十分に知っているみたいで、今日、これから緊急の集会を開くそうだ。僕達は、先を急いでいるので、集会には参加せずに、出発した。






  旅の途中、所々で死臭がしたが、無視する事にした。人間も魔物も、サキュバスに魅了されると、最終的には死を選ぶ事となるので、犯人探しをしてもしょうがない。普通、魔物は、餌を食べるために人間や他の魔物を狩るのだが、サキュバスやインキュバスに魅了されると、溢れ出る性欲の処理のためのみで他者を犯し殺すのだ。


  奴らにその他の生存欲や食欲、睡眠欲は感じなくなってしまうようだ。サキュバスが都市に入り込んだら、3日もしないうちに、都市は壊滅する。現に、ヘンデル帝国は、たった1匹のサキュバスにより、壊滅しかけたのだ。そのような話をしていたら、駅馬車は、次の村まで行ったら、引き返す事になってしまった。その村は、住民の2割が狂ってしまったのだ。被害に遭わなかった女性は1人もいなかった。中には、自殺した女性もいたようだ。


  村の若者達で自警団を編成したが、その中からも淫夢に侵された者が出てしまう状況だったようだ。男に殺された女が400人、正気を保った男に殺された狂人の男が200人だった。あと、怪我人は数えきれない程だ。ビラは、重傷者から治癒していった。腕や足が切断された者は、取り敢えず繋ごうとしたが、傷口が酷く崩れていた場合は、繋がらなかった。時間が経ち過ぎたものも同様だった。


  僕は、エリクサーを与えようとしたが、負傷者の数が多すぎて、全員を救うことは無理だと思い、可哀想だが放置する事にした。この先、旅を進めると、さらに負傷者が増えると思われた。駅馬車と別れた後、僕は、この村に1泊する事にした。村は、悲しみに包まれていたが、僕には何もしてあげることがない。サキュバスは、一体、どこにいるのだ。情報が全く無いので、今の段階では、どうしようもなかった。





  翌日、ビラと僕は、飛行服を着て旅館を出た。村人達は、飛行服を初めて見たらしく、吃驚していたが、2人が手をつないで飛び上がって行ったのには、更に吃驚していたようだ。


  僕達は、上空から、街道や町を偵察しながら飛行した。街道や町で、男が狂っている場合が多かった。しかし、すぐ殺す訳にも行かない。ビラの『聖なる力』で、邪悪なる思念を浄化していく。正気に戻った男達は、涙を流して女達に謝っていた。被害に遭った女に殴られ蹴られても、泣いて謝っていた。僕達は、その場をそっと離れて、飛行を続けた。

サキュバスの力、恐るべしです。

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