第188話 空のかなたの白の大地
シェルは19歳になって、直ぐ空の旅に出ました。途中、温泉にも入ります。
(4月24日です。)
全能の王にして世界を救う者よ。目覚めの時は来た。高き山の向こうを目指せ。
全能の王にして世界を救う者よ。目覚めの時は来た。西の白の大地を目指せ。
また、あの声が聞こえた。今度は、西に行かなければいけないようだ。既に、国王陛下の勅許は貰っている。今日、これから出発する予定だ。
昨日、シェルの誕生パーティが終わってから、西に向かう事は皆に話している。皆も付いて来たいと言っていたが、それぞれ、毎日やることがあるので、今回は二人だけで向かう。直ぐに帰ってくる予定なので、その次には、何とか皆で行けるようにしようと言うことになったのだ。
シェルと二人、飛行服に着替えて、西の草原に向かった。シェルの飛行服は、赤なのは変わらない。サイズもほとんど変わらないので、前のままだ。僕のは、新しく新調しなければならなかった。色は、緑色を基調に、茶色と灰色のまだらになっているものだ。『迷彩』という柄で、最近、王都ではやっているらしい。武器は、落としたら嫌なので、イフクロークに仕舞っておいた。シェルと二人で、手をつなぎ、浮き上がってみる。ゆっくり上がってみる。うん、特に問題は無い。『重力』スキルで、体重をゼロにする。念動で、二人を浮かせようと意識した途端、急上昇してしまった。
シェルが悲鳴を上げる。どうも調整が難しい。一旦、地上に降りてみる。ゆっくり着地するイメージで降りた。スキルをあれもこれも使おうとするとうまく行かないようだ。
今度は、自分一人で、飛ぶイメージを思い浮かべた。イメージ通りに飛行できた。次に、シェルと手をつないで、二人で飛ぶイメージを思い浮かべた。一緒に、イメージ通りに飛べた。
うん、スキルは、あれを使おう、これを使おうと考えるのではなく、何をしたいかだけを考えると、必要なスキルが必要なだけ発動するのであろう。
それさえわかれば、後は簡単。二人で、西の谷を目指した。あまり早く飛行するとシールドをしていても呼吸が苦しくなるので、呼吸ができるレベルで飛行する。およそ時速300キロ位か?
あっという間に、谷の上に到着した。東の方は、荒野が拡がり、地平線が見える。タイタン市は、全く見えなかった。谷の底へ、ゆっくり降りて行く。ところどころ湯気が吹きあがっている。まだ4月なのに、随分熱く感じる。谷底の川から湯気が上がっている。温泉だ。硫黄の匂いがするが、毒の空気は無いようだ。川の水温は、水ではないなと思える程度で、熱くはない。
上流に歩いて行くと、物凄く湯気が上がっているところがあった。温泉の源泉だろう。川の水もかなり熱いようだ。折角だから、二人で温泉に入ることにした。ちょうど良い湯加減の所を探して、二人で入った。飛行で冷え切っていた体に心地よい。
それから二人だけの時間が過ぎていった・・・・。
疲れ切ったシェルを休ませながら、周囲を点検した。特に危険はないようだ。この谷底に下りる道を作れば、温泉宿が出来るかも知れない。ここまで、ゲートを繋げれば、直ぐに来ることが出来る。とりあえず、崖の上から谷底まで、なだらかな道を作ろう。馬車1台が通れる幅で良いだろう。次に、谷の上に行って、坂道の始まる部分辺りに、ゲート用の石門を建てるのだ。いつもの通りだ。訳の分からない模様をそれなりに彫り込んでおけば良い。これで、タイタン市からゲートを繋ぐだけで、温泉に自由に入ることが出来る筈だ。
そう思った途端、山の向こうからワイバーンが現れた。僕は、直ぐにシェルの所に戻ると、既に飛行服に着替えていた。二人で、ワイバーンを迎え撃つ。空中に飛び上がり、ワイバーンの上空で静止する。シェルを浮かせたまま、僕だけ、ワイバーンの背中近くに『転移』する。瞬動と違い、景色が一瞬で変化してワイバーンの背中が目の前だった。『オロチの剣』を首の根元付近に突き刺す。ほとんど、スポンジのように刺すことが出来た。きっと『絶通』スキルが発動したのだろう。自分では、全く意識せず、刺し貫こうとイメージしただけだった。
ワイバーンは絶命したが、そのまま落下させずに、ゆっくりと降下させた。シェルと自分も同じように降りて行く。ワイバーンを川の上5m位のところで、静止させ、僕達の方が先に着地した。ワイバーンをゆっくり横移動させ、河原に降ろしてから、イフクロークにしまった。傷口は、もうふさがっていて、探しても見つからなかった。『復元』スキルで小さな傷は塞いでしまったのだろう。もう、この谷底には用はないので、山を越えて行くことにした。ドンドン上昇して行くが、なかなか頂上が見えない。漸く、頂上を過ぎると眼下は、まだ冬の世界だった。ズーッと西の方まで、山脈が続いている。この山脈を人間の力で横断することは、ほぼ不可能だろう。それほどに険しい山々が連なっていた。
僕は、シェルと一緒に西に向かって飛行した。シールドを張っていても、かなり寒さを感じる。僕は、シールドをそれぞれに纏うことにした。これで、寒さを感じなくなる。ズーッと飛んでいると、さらに高い山が見えた。え、未だ高い山があるのかと思った時、そいつは突然現れた。空中に突然、出現したのだ。黒龍だ。大きさは、500m以上、いやもっと大きいかも知れない。ブラックさんではない。邪悪さを感じる。黒龍の目を見ると、赤く燃え上がっているようだ。あ、いけない。そう、思った瞬間、意識を失ってしまった。
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クレスタは、店の中で、お菓子の試作品を作っているとき、ふと胸騒ぎを覚えた。あ、ゴロタさんが危ない。そんな気がした。もう、どうしようもなく心配になり、クリームだらけの手を洗うことなく、階下に降りて、店の外に出た。西の空を見ると、夕方でも無いのに、赤く燃え上がるようだった。
僕は、シェルと一緒に闇の中にいた。シェルは、随分小さかった。あの、夢で見た6歳のシェルだった。僕は、現在の僕のようだ。闇が薄れて行く。そこは、氷の空間だった。素っ裸のお姉さんがいる。ナイスバディのお姉さんだ。身長は、180センチ以上ありそうだ。僕は、恥ずかしかったので、ブラックさん用のドレスを渡して着て貰うようにした。
『人間、妾の国に何をしに来た。』
その女の人は、服をモタモタ着ながら、僕に聞いてきた。しかし、服のボタンが閉められないのか、いつまでもモゾモゾしている。しょうがないので、背中のボタンを嵌めてあげる。ノーブラ、ノーパンはしょうがない。
『済まぬの、人間の服は600年ぶりに着るのじゃ。』
『いえ、どういたしまして。僕はゴロタ、この女の子は、シェル。何故か小さくなってしまいました。』
『妾は、白の世界の黒龍じゃ。名前は、好きに呼ぶが良い。』
『じゃあ、ホワイトさんだ。』
名前を付けても、何も起こらなかった。どうやら、隷従させることが出来ない黒龍らしい。
『ブラックさんという黒龍を知っていますか。』
『おお、それなら××××××××××××じゃな。』
名前の所は、聞き取れなかった。恐らく、人間の発音器官や聴覚器官では発音できない、聞き取れない言語なのだろう。でも、火の国の太古から住んでいる黒龍というイメージで、誰かは分かったみたいだ。
『どうして、シェルはこんなに小さくなってしまったのですか?』
『それは、その子があるべき姿なのじゃ。ライフイメージでは、19歳となっているが、ハイエルフの世界では、まだ言葉も喋れぬくらいしか生きていないのじゃ。年相応の姿となっているのじゃ。心配することは無い。妾の国を出ると、元に戻るからのう。』
それはいいのだが、飛行服がブカブカで、全てが脱げ落ちそうなのが気になる。とりあえず、寒くないようにシールドを掛け直し、ワイちゃんの服を出してあげた。数か月前の出来事を思い出す。
服を着せてあげると、シェルは涙を流しながら僕にキスをしてきた。言葉は喋れないが、僕の事は知っているようだ。
『なぜ、喋れないのですか?何か、したのですか?』
『いや、妾は人間の女は好かんのじゃ。ピイピイうるさくての。それで、言の葉を遮断しておいたのじゃ。』
シェルは、僕の足にしがみついて、ホワイトさんから隠れている。手が震えている。怖いのだろう。
『僕たちは、もっと西に何があるのかを調べに行く途中なのです。帰してくれませんか。』
『それは駄目じゃ。妾は、人間と話すのは400年ぶりなのじゃ。いろいろ話を聞かせてくれ。』
『どうしても駄目と言うなら、仕方がありません。戦わせてもらいます。』
『フハハハハ、妾も安く見られたものよ。人間風情が妾と戦うなど、笑止千万。』
ホワイトさんは、宙に浮かんで、目から『威嚇』の光を放ってきた。僕は、シールドで跳ね返すとともに、宙に飛び上がり、『紅の剣』を手にした。それを見たホワイトさんは、急に態度を変えた。
『お主、その剣は、あれじゃ、あれ。ほら、くれない、そうじゃ、紅の剣じゃの。何で、その剣を持っているのじゃ。あ、もしかしてお主は。』
ホワイトさんは、ゆっくりと地上に降りた。もう、闘志の欠片も見えなかった。僕も、剣を納め、地上に降りて行った。シェルは、指をくわえて二人を見ていた。
『そうか、お主、あの伝説の男か。人間では無かったのじゃな。どおりで、常人ではできないことを平気でするわけじゃ。妾も、もう少しで消滅してしまうところじゃった。』
『妾も、って。あと誰が消滅されたのですか。』
『何じゃ、知らんのか、あれじゃよ、あれ。傲慢の神とか憤怒の神とかじゃ。もう5柱、消滅させておるじゃろ。』
僕には、全く覚えのない事であった。
黒龍なのにホワイトさんとは、ちょっとおかしいですかね。