第178話 新年早々の事件
事件といっても、悪人や魔物はできてきません。
(2024年1月1日です。)
僕とシェルは、のんびり新年の朝を迎えていた。本当は、誰も居ない別荘だったはずだが、領主館となってしまったので、来客がひっきりなしになってしまった。元旦の習わしで、村長が領主の屋敷に新年の挨拶に来ることになっている。しかし、一番遠いフライス村からは、馬車で2日以上かかるので、去年のうちに村を出て来たみたいだ。
馬車代だって馬鹿にならない。これからは、新年は、ゲートを開くことにしようと思ったが、常設のゲートを作るのも悪く無いかもしれない。
村長達とは、昼食会を開いて、色々な話を聞いた。現在、各村で建設中の小学校は、来年春には開校できるようだとの事だった。公立小学校なので、授業料と教材は無料とすることを伝えると、みんな吃驚していた。この国では、本はかなり高価なものとして扱われている。そのため、きちんと印刷された教科書は、教師が1冊だけ持っていることが普通なのだ。また、開校にあたっての必要な教師は、経験者か教会のシスターにお願いするが、各村長が選任し、採用された教師には月に大銀貨3枚以上の報酬を支払うことにした。アント村以外は、今年から年貢を納めて貰う。平年並なら収穫の2割、豊作なら2割5部にし、その内から村長、村役人そして衛士の給料を引いたものを納めさせる事にした。
午後、シェルさん達と王都の屋敷に戻った。グレーテル国王陛下に挨拶に行くためだ。王城での陛下への謁見は直ぐに終わり、あとは屋敷に帰って、セバス達と新年のお祝いをすることにした。夜になって、スターバ将軍の孫娘のジェリーちゃんが訪ねて来た。正月の間は、両親と共に過ごす筈だったのにどうしたのだろう。聞けば、進学のことで両親と喧嘩したそうだ。元々、ジェリーちゃんは、王都の私立ナデシコ女学院初等部に通学していた。その学校は、王族や貴族の娘が通うお嬢様学校だ。
しかし、ジェリーちゃんは、中学からはタイタン市にできる新設学校の中等部に行きたいと言うのだ。両親の説得にも聞く耳を持たないので、怒った父親が、『そんなに自分の思う通りにやりたいなら、この家を出て行け。』となったそうだ。
聞いていたシェルは、呆れてモノも言えないようだ。娘も娘なら、父親も父親だ。正月元旦くらい、仲良くできないのかと思ってしまう。ジェリーちゃんは、ズーッとベソをかいているし、困ったもんだと思っていると、ジルちゃんがジェリーちゃんを迎えに来た。メイド服を着て、初めて会ったシェルに挨拶をしていたが、ジルちゃんの僕を見る目付きに危険を感じたシェルは、僕を下がらせて、ジルちゃんに事情を聞いいた。
ナデシコ女学院の中等部からは、全寮制となり月に1度しか、自宅に帰れないらしい。それでは、全く僕に会えなくなるので、王立の騎士学校か魔法学校或いは普通中学に行きたい。可能なら、タイタン市に出来る学校に行きたいと言うのだった。これは、直ぐには解決できない問題と思い、今日は屋敷のジェリーちゃんの部屋にの部屋に泊まる様に言うと、安心したのか、泣き止んでくれた。
お腹が減ったと言うので、お餅を焼いて、海藻を巻いたものを作ってあげた。ジルちゃんも、初めて食べるお餅に興味深々だったが、食べてみて、美味しかったのか3個も食べてしまった。ジェリーちゃんがジルちゃんに自慢そうにしている理由が分からなかった。後は、修学旅行状態の2人をほっといて、ジルちゃんの部屋を作りに行くことにした。2人一緒の部屋がいいと言うので、ジェリーちゃんの向かいの部屋から、ベッドを運んで二つを並べた状態にしてあげた。
黙って泊める訳には行かないので、シェルと一緒に『空間転移』で、スターバ邸に移動し、両親と会って話をすることにした。両親の話によると、小学校のお受験の際に、あんなに苦労してやっと合格したのに、辞めてしまうなんて勿体ないと言うのだ。僕は、知らなかったが、女の子が上流階級で生きて行くには、あの学校で、最低でも中学校を卒業しなければ相手にされないらしい。また、ご学友の存在も大きなウエイトを占めているらしいのだ。父親は、男爵家の3男でまだ爵位は無い。将来的には義父のスターバ将軍から子爵の爵位を貰える事になっているが、一人娘のジェリーには、是非、相応しい男性つまりかなり高位な爵位を持つ相手を見つけてやりたいと考えているらしいのだ。僕の所に預けているのも、義父とジェリーの一時の気の迷いで、飽きて帰って来れば、それで良いと思っていたそうだ。
シェルは、父親の話を聞いていて、ちょっとだけムッと来たようだが、顔には出さず、暫く様子を見てあげようと言う事にして、スターバ邸を後にした。屋敷に帰ったら、2人はもう寝たそうだ。そう言えば、今月5日は、シズちゃんの誕生日だ。それまでにシェルの実家に里帰りをしなければならない。
ああ、新年だと言うのに、なんでこんなにやることが多いのだろう。
次の日、朝食の時に驚いた事がある。ジルちゃんが、全くメイドの仕事をしないばかりか、普通にジェリーちゃんの隣に座っているのだ。
聞けば、ジルちゃんは、メイドではなく、中学進学のために同居しているだけらしい。メイドと言ったのは、ジェリーちゃんの見張り役では、僕に同居を許されないと思って嘘を付いたらしい。何を見張るのかと言うと、嫁入り前の身体に傷が付かないかどうかだそうだ。
僕は少女趣味は無いので、そんな事がある筈無いのだが、僕の冒険者としての二つ名に『ロリコン』と言うワードが入っていた様な気がして諦めてしまった。
結局、お子様2人追加となっただけであった。そう言えば、ジルちゃん、あのメイド服、もう着ないのですか。今は、学校も無いのに、中学の超ミニスカセーラー服を着ている。昔のビラを思い出して、頭が痛くなって来た。ビラは、ジルちゃんの制服を見て、目が燃えていた。あの、もうセーラー服、着なくていいからね。そう言う趣味はないから。
お昼過ぎに、グリーン・フォレスト連合公国の王都に行った。シェルの父君のアスコット大公閣下に拝謁した後、去年の体験を話したのだ。数多くの戦場で、必ずシェルがいた事。3000年位前にシェルと似た女の子と旅をした事。そして『傲慢』の神を殲滅した事。などなどだ。この謎が解けていない。ヘラと言うエルフの娘が持っていた『クレイス』の弓も謎だ。それに、今背中に背負っている『ヒゼンの刀』、この剣が、何故『オロチの刀』と呼ばれているのかも謎だった。
シェルの母君アンナシュラ大公婦人が口を開いた。伝承があるらしい。
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エルフの王の娘は、死する定めに生まれる
力の根元を知る娘 力を放つ娘
しかし地上に降りし神が娘を命無き者にする
その定めは、繰り返される だが必ず救いが現れる
紅き剣と青き盾 世界を統べる力を持つ男
7度戦い 6回は救う事能わず
7回目 娘は死から解放される
災厄の神は退けられた
男は地上の王となる その名は 娘だけが知る
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シェルは、心当たりが無かった。僕を知ったのは、あの森の中だったし、当然、名前など知らなかった。今でも、僕と会った時のことは、はっきり覚えている。女の子と間違えたことや、恥ずかしい姿を見られたことなどだ。何百年も何千年も前の事なんか覚えているわけがない。
シェルは、もう考えるのをやめやめてしまったようだ。今の僕が大切なのだという。過去からの約束や言い伝えなどどうでも良かったといいたいみたいだ。シェルは、僕の手をそっと握った。僕も、しっかりと握り返してくれた。
ヘラに作ってあげたと言う弓のことについて、アンナシュラ大公夫人は、『ヘラクレイスの弓』を出してもらい、その上に右手をかざした。隠蔽の魔法が解除された。弓には、僕が錬成で彫り込んだ魔法陣が現れた。その反対側には、知らない魔法陣が彫り込まれている。しかし、じっと見ていると、心臓の下が熱くなってくる。力の魔法陣だ。誰が彫ったのだろう。
この弓は、エルフの王の娘しか使えない。シェルとシェルの母君、アンナシュラ大公夫人だ。僕でさえ、この弓は使えなかった。シェルは、この弓を使う時、どんな感じがするのだろうか?
「胸の奥が熱くなってくるけど、爆発するような感じでは無いわ。」
と言った。分かるような、分からないような。
『オロチの刀』には、伝承もなく、何もわからなかった。しかし、過去に亡くしてしまったので、未来が変わってしまったかも知れない。
謎は、解けなかったが、まあ、少し進歩した気がする。シェルの両親に『デル・モンドの月』を、10個程プレゼントした。この国に圧倒的に足りない物、それはスイーツだった。甘みは、蜂蜜とカエデの樹液から精製されるシロップだけだった。そのため、僕のプレゼントは非常に喜ばれ、次の満月の日のメインディッシュにするそうだ。
アンナシュラ大公夫人から、衝撃の事実が判明した。南のメディテレン海、あの海は太古の頃、大きな湖だった。それが長い年月を経て、今のような海になったらしい。僕には思い当たる事がある。あの、『傲慢』の神を殲滅した時にできた大きな穴、あの穴は今は無い。埋まったか、海になったかのどちらかだろう。遂に、僕は、メディテレン海の創造者になってしまったようだ。
その日は、公国に泊まることにした。シェルは、母君や婆やと話し込んでいるので、僕1人で眠ったが、真夜中、シェルに起こされて、甘い夜を過ごすことになってしまった。
翌日、近衛兵の中から10名ほどの兵士を借りることにした。タイタン領騎士団の幹部候補生だ。大公閣下は、信頼できる部下の中から優秀な人材を選抜してくれた。男7名に女3名だった。将来、大公国の精鋭な指揮官になる者ばかりだ。ご厚情に頭が下がってしまう。
グレーテル王国に帰る前に、宮城の中に白い大理石でできた大きな門を作った。全く意味のない魔法陣をいくつも彫り、所々に大きな魔石を嵌め込んで、如何にも大魔法が発動するかのように装った。僕は、ブツブツと呪文を詠唱した。小さな声だったので、聞き取れないが、凄みのある呪文だった。意味は全くなかった。それなりの呪文に聞こえたら言いかという程度だ。
「大きな太陽、月、火星、光と陰、山と川、空と海。開けゴマ。」
ゲートが開いた。キーワードは『開けゴマ』だけなのだが、それは秘密だ。行き先は、タイタン村の行政庁脇の広場だ。今は、何もない広場だが、領内のすべての村に通じるゲートを常設するつもりだ。
指揮官候補生のエルフ兵達は、真新しい都市に吃驚していた。まだ、全ての建物が出来ている訳では無いが、6割方は出来ている。
この都市が出来てもハッシュ村が寂びれないようにしなければならない。そのためのゲートだ。
グリーンフォレスト連合公国には、許可された者しか行けないようにする予定だ。その為、入国管理事務所の出張所を行政庁の中に作り、その奥に、常設のゲートを設置する事にした。
ジェリーちゃんは、今12歳です。同意があっても、エッチな事をしたら法律違反です。絶対許してくれません。




