第177話 タイタン市の聖夜
聖夜って、クリスマスイブの事だと思いますが、この世界で12月25日に生まれた人って、いったい誰だったのでしょうか。
(12月24日です。)
いつものように、今年の聖夜も忙しい。朝から、森に入らなければならない。あの、今日だけ大発生する鳥、七面鳥の狩猟だ。この森で狩るのは初めてだった。去年は、王都の森だったからだ。
父親のベルが生きている時には、ベルが1羽だけ狩ってきたので、どれだけいるのかも分からない。
村の冒険者達も、森の手前で、日の出を待っている。不思議なことに、この鳥は、日の出前には殆どいないのだ、一番鶏が鳴くと同時に大発生する。早く狩って、村に売りにいかないと、直ぐに値下がりしてしまう。村の肉屋さんでは、1羽当たり大銅貨8枚が、当初の買取価格だが、夕方近くになると誰も買いに来なくなるので、大銅貨1枚まで値崩れしてしまう。
しかし、今年は大丈夫だ。シェルが、ギルド内で買取保証をしている。シェルは、下処理が終わっているものに限り、大銅貨3枚で買い取っている。
イフクロークがあるから、いくらでも保管できるし、来年は、他の村へ売りに行けば、良い儲けになるからだ。
取り敢えず、僕が帰って来るまでは、冷蔵保管しておく。まあ、季節は冬だから、外に出しておくだけでいいのだが。
僕は、森の中に入って驚いた。木の枝々に鈴なりで七面鳥が止まっている。僕は、『威嚇』で、20羽だけ落としておいた。全てをそのままイフクロークにしまい、領主館に戻った。
メイド長のイブさんに5羽預け、ハッシュ村に行く。ギルドに1羽、ホテルに2羽、娼館に3羽それに村長に1羽をあげた。王都の屋敷に2羽預け、バンブーさんに1羽あげた。注文していた大きなケーキ3個を受け取り、今度はティファさんだ。大きなキャッツアイが付いている金のネックレスを24個、ルビーの指輪を8個買った。オマケしてもらって大金貨1枚半だった。
ダッシュさんを連れて領主館に戻り、それからノエルを連れて領内の残り3村の村長に1羽ずつプレゼントした。最後に、リンダバーグ村へ行き、ノエルの両親に2羽プレゼントした。ノエルが、泣きながら両親と抱き合った後、今日はここに泊まると言ったので、ルビーの指輪をノエルにプレゼントして、領主館に一人で戻った。ノエルを迎えにいくのは、1月6日にした。
領主館に戻ったら、大変な事になっていた。七面鳥の処理で大騒ぎになっていたのだ。殆どの女性陣は、七面鳥の処理などした事が無く、シェルとクレスタはハッシュ村だ。結局、全てを僕が処理する事になった。
裏庭で、まず大きな鍋にお湯を沸かせた。あまり熱くすると肉が煮えてしまうので、注意が必要だ。
まず、全ての首を落として逆さに吊るす。血が出なくなったら、お湯に次々と放り込む。羽の根元が柔らかくなるまでお湯につけてから、取り出して一気にむしる。最後に、メイドさん達にピンセットで細かい羽毛を抜いて貰い、第一段階は終了だ。
次は、ローストターキーの準備だ。まず、お腹を割いて内臓を取り出す。内臓も全て食べられるので、大切に保管する。次に、お腹にタマネギ、ジャガイモ、ハーブを詰めて切り口を太い木綿糸で縫い合わせる。
後は、イフちゃんの出番だ。大きなオーブンを作り、中に七面鳥を吊るす。それをじっくりローストしていく。イフちゃんは、屋外でも寒くないので、僕達は、ゆっくり屋内で待つだけだ。
聖夜のパーティーは盛大に始まった。使用人も全員参加と行きたかったが、入りきらないので、2組に分かれて実施する事にした。男性使用人は、使用人住居棟で行うことにし、七面鳥2羽とワインをたっぷり差し入れた。プレゼントは、1人大銀貨1枚の入ったカードにした。
本館の方は、大変な騒ぎだった。シェル達9人のテーブルと、白薔薇会やサクラさん達それとメイドさん達24名のテーブルに分けたのだが、お酒が入ってきたら、もうグチャグチャになってしまった。プレゼントを全員に渡す。その度ごとに、皆、感謝のキスをしてくる。
あのフミさん、何をしているのですか?
いつもなら止めてくれるシェルさんは酔っ払っていて役に立たなかった。
妻達へのプレゼントを渡す。ジェリーちゃんが、お礼のキスを、口にしようとしたので、僕のホッペにチュッとして貰った。
パーティーが終わって、ユックリ露天風呂に入っていたら、エーデルが、入ってきた。そういえば、今日はエーデルの番だった。エーデルは、僕に抱きつき、キスをしてきた。
いつものコースかなと思ったら、何もせず、ただ抱きついているだけだった。
上がってから部屋に戻ると、ベッドに腰掛けているだけだった。どうしたのかと聞いたら、
「あなたが居なくなった時、毎日、帰って来たらあれをしよう、これをして貰おうって考えていたの。でも、本当に帰って来た時、何をするのか分からなくなってしまったの。」
ベソをかきながら言った。本当だったら、『もう、何処にも行かない。』と言いたいのだが、それは嘘になる様な気がして言えなかった。
僕は、そっとエーデルの肩を抱いて、
「ごめんなさい。」
としか言えなかった。
明日から、ギルドと娼館はお休みだ。新年の営業開始は、1月4日からだ。とりあえず、ギルドのレストラン『ラビット亭』で働いている兎人たちで、実家に帰りたい人たちを『空間移動』で送って行く。娼館で働いている人達で、僕の知っている村や町の出身者も、帰りたければ送って行くと言ったが、誰も帰りたがらなかった。今の商売をしていると、出身地にはなかなか帰れないようだ。
ダッシュさんとシズちゃん、ジェリーちゃんを王都の自宅に送り届けた。
ジェリーちゃんの自宅では、両親が、挨拶に出て来た。父親は、騎士団ではなく、魔道士協会の幹部をしている。母親が、スターバ団長の娘らしい。来年は、7日からお邪魔する予定だが、メイドを1人付けるので、よろしくと言われた。ああ、まだ増えるのかと思ったが黙っていた。
丁度、そのメイドがいるので挨拶をさせたいと言って来た。
部屋に入ってきて、そのメイドを見ると、どう見ても12〜3歳だ。聞くと、13歳だそうだ。名前は、ジルちゃんと言い、今中学1年生だそうだ。また、シェルが怒りそうだ。
ジルちゃんは、ジェリーちゃんのお父さんの従姉妹の娘で、行儀見習いと王都での勉強のために、スターバさんの家で、住み込みで働いているらしい。
綺麗なカーテシで挨拶をしてきたので、僕も黙って一礼をした。ジェリーちゃんも対抗意識を燃やしてカーテシをしていたが、それ、今するところではないから。
エーデルとクレスタも、正月は実家で過ごす事になり、クレスタをカーマン王国のガーリック男爵邸に送っていった。お義父さんに挨拶をしたら、この度の交易路確保の功績により、伯爵に叙されると共に、外務大臣就任も内定したらしい。
交易路の整備は、クレスタの得意魔法で処理できるのだが、あまり早く整備しても、国防措置が遅れては危険なので、ゆっくり整備するそうだ。それよりも、僕の公爵への叙爵と領地の下賜に対してのお祝いの宴をしたいので、今日は泊まっていけと言われた。そんなつもりはなかったので、何も準備していなかったが、クレスタにも頼まれたので、今日は泊まっていく事にした。
一旦、広間を辞してから、領主館に戻り、シェル達に断ってから、モンド王国の王都デル・モンド市に行って、『デル・モンドの月』を大量に買った。このお菓子は、とても美味しいので、僕の領内でも作らせよう。名前は『タイタンの月』にしようと考えていた僕だった。まだ、商標権などない時代でした。
また、大宴会が始まった。少し暑くなったので、外の冷気に当たっていると、クレスタも外に出てきた。
僕の胸に顔を埋めて泣き始めた。心配と寂しさで気が狂いそうだったと言った。今まで、我慢していたのだろう。
僕は、震えるクレスタの肩を抱いてあげた。今日は、満月だ。月明かりにクレスタの涙が光って、とても綺麗だった。
次の日、僕1人で領主館に帰った。シェルと白薔薇会の皆が、ギルドに出かけていた。大掃除をするそうだ。
イチローさん達は王都に戻っている。どうも、サクラさん達と別れて行動したいそうだ。なるほど。男の事情を理解している僕だった。
メイドさん達も、帰るところがあれば帰って良いと言っていたが、領内出身者の2人以外は、館に残っている。執事さん達や庭師の方達も、館に残っていた。
次の日、皆で餅つきをする。初めての経験で戸惑う者もいたが、少しやると慣れた様で、規則正しい音が聞こえてきた。今日は、大根のすった汁に醤油をかけた物と混ぜて食べた。スープと一緒の餅は、元旦に食べる事にした。
シェルとビラ、フランちゃんを連れてシェル・ダンジョンの5階層に『空間転移』する。最初から、水着を着て貰っている。
僕の目的は、タコとエビだ。タコは、懲りないクラーケンの触手を1本切り取って十分だ。しかし、エビは厄介だ。岩の陰で夜までジッとしている。僕は、エビが隠れている隙間に激流を生じさせた。エビが遂に身体を表した。デカイ。魔物級だ。僕は、『威嚇』で、動きを止めてから、ユックリ捕獲した。後は、岩にしがみついている、平たい貝や、渦巻き状の貝を磯場から採取してきた。
これで、新年の料理の素材は大体揃ったはずだ。
漸く、都市を越す準備が終わりました。来年は、どんな年になるのでしょうか。




