第130話 ビラさんとも婚約しました。
ビラさんとも婚約します。まあ、そんな気がしたのですが、男女関係に臆病なビラさんは、自分の気持ちの整理がつかなかったようです。
(10月1日です。)
今日は、西に出発する日です。大司教様やトム達とお別れとなる。
トムは、ジェリーと一緒に大司教国へ向かう事になった。大司教様とジェリーの護衛である。イチローさん達も、一緒に行く事になった。このメンバーでは、通常の人間族では絶対に敵わない筈だ。大司教国へ、送り届けたら、カーマン王国のクレスタさんの屋敷に来る事になっている。
ジェリーのために、この帝国内のゼロス教会から犬人族の『婆や』、『執事』そして『メイド』を選抜していた。格好は、今のところ、神父さんやシスターの格好だが。向こうに着いたら、本格的に任務につくようだ。そのため、彼らの馬車1台がチャーターされていた。
大司教様が、『帰りたくない。このまま旅を続ける。』と駄々をこねていたが、婆やさんが厳しい一言で黙ってしまった。『鞭』とか『百』とか聞こえたが、聞こえない事にした。
ジェリー頑張れ。心の中で祈る僕だった。
カーマン王国の王都シャウルス市までは、馬車で3週間の旅だ。順調にいけば、10月20日頃に、王都に到着する予定だ。それから、1週間でクレスタさんの故郷、チェダー市に到着する。ぎりぎり10月中の結婚式が可能になる筈だ。順調ならば。
事件は、中央フェニック帝国最後の街セバス市で起きた。
その日、いつものようにダブル1部屋、ツイン2部屋を取った。今日は、ビラと寝る日だったので、先にお風呂に入り、ベッドに先に入って寝ていた。眠りかかった時に、ビラがベッドに入って来た。ビラとは、夜のセレモニーが無い関係なので、そのまま背を向けて寝ていたら、どうも様子がおかしい。
背中越しの胸の感触が、何時ものパジャマではなく素肌だったのだ。僕は、あれ!と思ったが、眠かったのでそのままにしていたら、腕を前に回して、ギュッと力を込めて抱きしめて来た。僕は、振り向かずにそのまま寝ていたら、ビラがすすり泣く声が聞こえて来た。
僕は、そのまま、眠ってしまったらしい。朝、起きたらビラがいなくなっていた。最初は、トイレか散歩でも行っているのだろうと思ったが、朝食の時間になっても帰ってこない。これは、おかしいと思ってイフちゃんに聞いたら、
「朝、暗い内に出て行ったぞ。『聖魔法』を纏っていたので、痕跡を辿るのは難しい。」
と言ってきた。シェルさんに、昨日の夜の事や、今までの事を全て話した。シェルさん達は、ビラが僕と夜のセレモニーをしていない事を知らなかったらしい。
直ぐに探すように言われた。シェルさんが怒っている。クレスタさんは、困った顔をしている。ノエルは、何となく分かっていたようだ。エーデル姫は、うん、そうだね。
僕は、自分は何も悪く無いのに怒られてしまい、少し悲しかった。もう17歳なんだから、と思ったが、やはり悲しかった。ジッと泣くのを我慢した。ビラを探すのは、難しかった。でも、まだ駅馬車が出ていないので、そう遠くへは行かない筈だ。
コマちゃんは、ビラと一緒だ。コマちゃんの鼻を頼りにしたかったのに。
え? コマちゃん! コマちゃんを頼ろう。僕は、念話でコマちゃんを呼んだ。
『なあに、僕のこと呼んだ?』
喋り方が子犬になっている。あの偉そうな喋り方の狛犬は何処に行ったのだ。そんなことは、どうでもいい。今、いるところを聞くと、街の教会の中らしい。
何の教会か聞いても、分からないという。この規模の街だと、教会は各宗派1つずつはあるので、その内の何処かだろうということが分かった。居場所が分かったので、取り敢えず、ホテルで朝食をとる事にした。
皆で、朝食を取っていると、ビラが泣き腫らした目をして、レストランに入って来た。
皆が注目する中、クレスタさんに抱きついて泣き始めた。
シェルさんが、そっとビラの肩を抱いて、クレスタさんと一緒に部屋に戻って行った。ノエルも、急いでスープを飲み干して、部屋に戻って行った。エーデル姫は、紅茶をお代わりしていた。
2時間後、僕はシェルさんに説教されていた。勿論、正座だ。
どうしてビラちゃんの気持ちが分からないの。これから、どうする気なの。そう言われても、キチンと答えることが出来筈のない僕だった。
兎に角、今すぐ指輪を買って来なさいと言われた。仕方がないので、シェルさんしか知らない、次元のゲートを開けた。
向こう側には、あのティファサンの店の裏口が見える。周りには、誰も居ない。ビラの手を取って、ゲートの穴を跨いだ。
2人はティファサンの裏口に立っていた。後ろでは、次元のゲートを通じてホテルの部屋が見える。シェルさんが、跨いでこちら側に来た。クレスタさん、ノエルそしてエーデル姫まで来てしまった。ホテルには、誰も居なくなってしまう。シェルさん達の旅行鞄があるだけだ。
皆は、ゲートに興味深げだったが、まあ僕なら『有り』かなと思っているようだ。
エーデル姫は、ちょっとお城に帰ってくるから、後で寄ってと言って、行ってしまった。クレスタさんは、ニヤッと笑っていた。きっと、結婚式が早くできる事に気がついたらしい。それはノエルも一緒だった。
皆で一緒に、お店の前から店内に入った。店内のゴージャスさに女性陣は驚いていた。
「いらっしゃいませ。ゴロタ様。今日は、どのようなご用件でしょうか。」
店長が、駆け寄ってきたので、自分達の指輪やネックレスが、世界トップクラスの宝石店の本店で買われたことを初めて知った女性陣達だった。
ビラに、ノエルと同じダイヤの指輪を買った。回りの飾り石は黒真珠にした。サイズは、少し詰める必要があったが、超特急で30分ほどで仕上げるとのことだった。
金貨4枚半だった。シェルさん達も何か欲しがったが、最低でも金貨1枚以上の品しか置いていない高級店だ。僕は、直ぐ店を出りことにした。
朝食もそこそこだったので、スイーツ屋さんに行って、何か食べることにした。ビラは、ずーっと指輪ばかり見ていた。シェルさんが、今日の夜、ビラの婚約式をしようと言った。ビラは、顔を赤くしてはにかんでいる。
ホテルに帰る前に、王城に行って、国王陛下、皇后陛下にご挨拶に行った。僕の活躍が逐一、耳に入っているらしく、直ぐに玉座から降りて歓待してくれた。少し遅い昼食を、城内の貴賓の間で摂った。パン粥とフルーツの盛り合わせだったが、とても美味しかった。国王陛下や宰相殿は、ダブリナ市の事件やナレッジ村の事など、色々知りたがったが、自分の娘に聞いて欲しい。僕が答えられる訳がないじゃないか。
後、結婚式について、来年4月にしたいが、どうだろうかと言ってきたが、僕に異論はないので頷くだけだった。
せっかく来たので、ダッシュさん達にも会いに行く。僕は、この前会っているので、特に懐かしい気がしないが、シェルさん達は、1年半ぶりだった。クレスタさんとビラは初対面である。
シズさんが、クレスタさん達の左手薬指の指輪を見て、涙目になっていた。シズさん、あなたは、まだ若いんだから、いい相手を見つけてください。何故か、ビラが得意げな顔をしていた。
特に、お土産も準備していなかったので、挨拶だけにして、帰ることにした。裏庭を貸して貰う。時空のゲートを開けて、セバス市のホテルの部屋とつなげる。
ダッシュさん達が吃驚しているのも構わず、皆がゲートを跨いで向こう側に行く。最後に、僕が向こう側に行こうとすると、シズさんが、僕を振り向かせて、キスをしてきた。舌を絡ませてくる濃いキスだ。ダッシュさんが、引きはがそうとするが、なかなか離れない。しばらくして、漸く離れたシズさんは、まだ泣いていた。
僕は、無言で向こう側に行って、ゲートを閉じた。
シェルさんは、呆れていた。妻が一人と、婚約者が4人もいるのに、僕を狙っている女性は、もう分からない位にいる。バイオレットさん、シズさん、ビビさん、エリーさん、大司教様、サクラさん達4人それから行く先々のギルドの女性達、皇帝の娘、将軍の娘、領主の娘などなど、本当に『垂らし』だ。
僕が、もっと普通の顔だったら、きっとそんなことは無い筈だ。何たって、妖精の血を引くだけあって、性別不明の美しさを持っている。それでチートで、優しい。コミュ障だって、無口と思えば大丈夫だし、慣れれば普通に話してくれるし。
シェルさんは、色々考えているうちに、涎が垂れているのに気が付かないのであった。
夜の婚約パーティは、イフちゃんも入れて7人で祝った。ビラの両親は、すでに亡くなっており、親戚もいないことから、ビラの一存で婚約を決めることができる。僕も明確には反対していない。そう言えば、誰も、僕からプロポーズされたことが無いことが判明した。
これでは、示しがつかないと、シェルさん相手に、模擬プロポーズをさせられた。
「あの、あの、ぼ、ぼ、ぼ、僕とけ、け、け。」
駄目だった。言いたいことは分かるが、最後まで言うのを待っていたら夜が明けてしまう。シェルさんは、ワインを飲み続けて、ブツブツ言っていた。
「満足にプロポーズもできないのか。このヘタレ!」
これ以上飲むと、危ないので、パーティはお開きになった。
今日は、またビラと寝ることになった。その前のお休みのキスにも、ビラは参加してきた。積極的に身体をくっ付けて来てのキスだった。舌を絡ませてきたので、僕も拒否しなかった。ベッドの中では、上を向いてジッとしていた。コマちゃんは、ベッドの下で丸くなって眠っていた。
この日、眠りについたのは、2時間後だった。
明け方、ビラはソファに座り、窓からの日差しに指輪をかざしたり、指にはめたりしながら微笑んでいた。
ビラさん、良かったですね。しかし、16歳で、ダイヤの指輪なんて、絶対、価値観を間違えている気がします。




