第125話 忍びの集団
大司教様の行くところ、トラブルありです。
(9月3日の夜です。)
僕は、テントの中で異様な気配を感じた。東の方から、10人位の気配が近寄って来る。しかし、全く足音がしない。西風が吹いているので、風上にいる僕には、匂いは感じられなかった。ただ、気配は、心臓の鼓動や呼吸それに本人の『気』からも感じ取ることができるので、確かに誰かが接近してきている。
『イフちゃん』
『ああ、知っておる。これは、猫人族の忍びじゃ。大司教を狙っておるぞ。』
誘拐か、暗殺か?僕は、ヒゼンの刀を持って、コッソリとテントを出た。僕は、完全に気配を消した。
『暗視』と『遠見』のスキルにより、敵の様子がよくわかる。敵は、猫人族の獣人達で、2人2組で行動している。忍びと言われている集団だった。驚いた事に女性の忍びもいた。
彼らは不思議な格好をしていた。全身、黒色で、和の国の着物のようなものを着ている。ズボンはふっくらと膨らんでいるが、膝から下は、幅広の紐を巻いている。靴は、革の草履の様なものだが、長い紐で編み上げていて、脱げないようにしていた。背中には、和の国の刀を背負っているが、反りの無い直刀のようだった。
大司教様のテントの中に、煙玉の煙を入れている。眠り薬を燃やしているのだろう。彼らは、決して急がない。ゆっくりと確実に仕事をしようとしている。2人が、大司教様のテントに入り込んだ。物音一つしないままに、毛布に包まれた大司教様を抱えてテントを出てきた。
僕は、気配を消すのを止めると同時に、ヒゼンの刀を鞘ごと横なぎにした。大司教様を抱えていた二人組が、気を失ってその場に倒れた。あばらの2〜3本は折れたかも知れない。
仲間の忍び、8人が縦1列に並んで、掛かって来た。右に左にと予測の付かない動きが続いて襲って来る。相手の動きを見てから応じていては、連続しての次の動きが見切れない。僕は、静かに剣を下ろした。感覚で、体捌き、足捌きを駆使し、相手の攻撃を躱す。
一瞬、相手の攻撃が切れる瞬間がある。その機を逃さず、下段からの小手打ち、相手の親指の骨を叩き折る。全ての忍びの親指を潰した後、ゆっくりとヒゼンの刀を納める。まあ、抜刀していないので、左手で持って下げた位置にしただけだが。
忍び達は、後方に逃げようとしたが、その時には、起きて来たエーデル姫のレイピアが待ち受けていた。『熱刺し』で、太腿を貫き通し、動けなくする。真っ赤なレイピアに刺されても、血管も瞬間的に焼け付いてしまうので、血は一滴も出ない。
しかし、ガウンを羽織っているだけなので、ポロリと胸が見える時があり、いくら暗闇とはいえ、真っ白なオッパイは目立っていた。まあ、他の乗客は、騒ぎには気が付かないで寝ているし、執事さん達も眠らされていたので、見たのは僕だけだったが。
彼らは、フェニック帝国の闇組織の者だった。大司教を誘拐すれば、いい金になると思った忍びの頭領に命ぜられ、襲ったらしい。僕は、知らなかったが、猫人族や犬人族の獣人は、忍びとしては、非常に優秀らしい。気配を消す。跳ねる。飛び上がる。穴を掘る。通常の人間族の2倍、3倍の能力を発揮する事が出来る。
ただし、獣人は目立つので、隠密行動が苦手だ。隠密行動の出来ない忍び。使い道が無いかもしれない。
とても残念だ。早く気付くべきだ。
ふと、兎人族のサリーを思い出した。彼女は、絶対に忍びにはなれないと思った。
ビラが、大司教様達にヒールを掛けて眠り薬成分を除去し目覚めさせた。執事さん達は、吃驚して大司教様の無事を確認したが、大司教様は眠ったままだ。ビラによると、眠り薬の効果は、完全に消したそうだ。という事は、単に寝起きが悪いだけのようだ。なんて癖の悪い女の子だ。
執事さんが、毛布の上から、肩を揺すって起こしていた。漸く起きた大司教様が、上半身を起こした時、毛布がずり落ちてしまった。寝巻きは、スケスケのパジャマで、彼女もノーブラだった。嫌、ブラが要らない程の貧乳、チッパイだった。
執事さんが、慌てて毛布を肩から掛けたが、僕はしっかり見てしまった。チッパイだが、わずかに膨らんでおり、シェルさんよりは、遥かに大きいと思った。
大司教様は、涙目で僕を睨み、一言、言った。
「見たなあ!」
うん、もう寝よう。
翌朝、忍び達を警護の衛士さんに渡したら、吃驚していた。これから、街まで1日連れ回す訳にも行かないことから、日なたに転がし、後で護送車で迎えに来ると言う。
と言う事は、護送車の到着は、明日の夕方になるわけで、この寒い中、明日まで生きていけるのかな?と思ったら可哀想になった。
忍びの兄貴分に、どうしたいか聞いたら、街に行ったら自首するから、置いて行かないでくれと泣きながら言われた。
衛士さんに、そうしても良いか聞いたら、襲われたのも、倒したのも僕達だから任せると言われた。
それから、忙しかった。ノエルとビラは、忍び達の傷をヒールで直し、クレスタさんと僕とメイドさんは、朝食10人分を追加して作り、シェルさんと執事さんは、忍び達の武器を探して押収しなければならなかった。
あ、当然、エーデル姫は何もしないで、テーブルで大司教様と一緒にお茶を飲んでいる。テーブルには、婆やも座ってお茶を飲んでいた。
忍びの武器で、投げナイフは分かるが、十字形の鉄板とか、トゲトゲの硬い木ノ実とか、何に使うのか分からない玉とか、忍びって『本当にウザい。』と思ったシェルさんでした。
取り敢えず、全てイフちゃんに預かって貰った。
朝食は、2回に分けなければいけなかった。テーブルと食器が足りないのだ。
メニューは、パンケーキにメープルシロップ、バターたっぷりフワフワオムレツ、梨とバナナのフルーツサラダ、そして発酵乳の蜂蜜入り。
僕とクレスタは何枚焼いたのか分からないほどパンケーキを焼き続けた。
出発してから驚いた。忍び達の走る速度が異様に速い。駅馬車は、平均15キロ、早い時は20キロ位の速度で走るのだが、忍びの人達は、2列になって付いてくるのだ。
走り方も変わっている。足を殆ど上げずに走るのだが。そのせいか、土埃も殆ど立てない。
あの、頭と顔に巻いている不思議な布、息苦しいし、幾ら冬と言っても暑いと思うのだが、汗一つかいていない。後で、聞いたら、舌と掌にある肉球だけで汗をかく訓練をしているそうだ。さすが猫族の獣人だと思った。
昼食時、たっぷりのホットミルクを出してあげたら、驚きと喜びで、喉がゴロゴロ鳴っていた。うん、猫だ。
何故か、女性の忍びの人達が、頭の布を外し、着物の前を広げて、濡れたタオルで胸を拭き始めていたが、ワザと僕の方を見ながら拭いていたので、シェルさんが僕の顔の向きを反対にしていた。女性の忍びは4人居たが、皆、美人さんのナイスバディだった。
昼食は、カレーライスにした。物凄くお代わりが多く、ご飯を炊き直した。カレーは、保存用を温めて出したら。大司教さんまでお代わりをしていた。
食後、忍びの兄貴分と今後のことを話した。
もう、犯罪はやりたく無い。頭領と手を切って、真っ当に忍びとして生きたいと言われた。忍びの女性達は、泣いていた。きっと、辛いこともあったのだろう。女性の辛い事に、想像がつくようになった僕だった。
僕は、シェルさんの方を見た。
コソコソ話をしてから、シェルさんが提案した。
「皆さんを、私たちの警護担当として雇うことにします。それが嫌なら、街で自首して奴隷になってください。」
忍び達は、ここで奴隷になるか、街で奴隷になるかの差しかないと思ったが、シェルさん達と一緒にいると、美味しい食事が食べられそうなので、シェルさん達の奴隷になる決心をした。
「勿論、お給料は払います。1人、年に金貨4枚を支払います。昼食は、可能な限り、こちらで準備します。」
「仕事は、1日8時間、それ以上になったら、割り増し料金を払います。」
「それから、街などで宿泊した場合は、大銅貨5枚の宿泊補助費を支給します。夕食と朝食は、自弁でお願いします。休日は、月に4日以上とします。」
忍びの皆は、驚くやら、嬉しがるやら。この世界では、年に金貨4枚半有れば、親子4人が何とか暮らしていくことができる。それが、単身で4枚、完全に高給の部類になる。
皆には異論はなかった。後は契約書だが、街に着いたら、書士の人に作って貰うことにした。
忍びの人達は、原則、名前はないそうだ。でも、それでは困るので、男性は、イチロー、ジローからロクローまで、女性はサクラ、ツバキ、ボタン、ユリと和の国風の名前にした。
男性は、28歳から19歳、女性は18歳から15歳までだった。
シェルさんが、女性の忍び達を見て、本当に嫌そうな顔をしていた。僕は、猫人族の見分けがほとんどつかなかったが、毛の色と耳の形で見分けようとしていた。
その日の夕方、女性陣はサクラさん達と服の買い物に行った。イチローさん達は、白の作業服と水色の作業ズボン、黒の作業靴に統一した。襟にウサギの毛が付いている防寒衣だが、真っ白なので、雪原で隠れるのに都合が良いようだ。後、昼用の頭巾は、今の時期は白色だそうだ。
予想していたが、サクラさん達はミニスカメイド服だった。隠密行動は考慮しなかったそうだ。次の日は、6人用と4人用のテントセットを買い、さらにテーブルセットを2脚、購入した。
夕食は、皆の歓迎会と言うことで、近くの焼肉レストランでパーティーとなった。勿論、大司教様一行も一緒でだった。予想していたが、経費は僕が負担した。
ホテルは、僕達が最上級にしたが、イチローさん達は、補助しか貰えないので、普通クラスにした。全部屋、ツインで5室、二人ずつで泊まる。イチローさん達の頭領は、王都にアジトを構えているので、王都に着いた時に、交渉することにした。
次の日、駅馬車を2台、追加でチャーターした。
馬車で走行中、2名が斥候で先行しようとしたので、必要が無いと断った。イフちゃんがいるし、もっと先まで見たいときは、ビラのバルドがいるからだ。野営の時も、2人1組で、起番をしようとしたので、それも必要が無いと断った。
とても楽な警護勤務だった。
これじゃあ、ゴロタ達はそのうち大部隊になっちゃいますね。




