第120話 南の国に行く船に乗ります。
ゴロタ達は、南の国を目指します。でも、結構遠いみたいです。
(7月27日です。)
セレナ公国とフーガ公国の国境の森に差し掛かった。森の奥から、嫌な声が聞こえてきた。イフちゃんやコマちゃんたちには聞こえたようだが、シェルさん達には聞こえない。複数の狼が、何かを喰らっているような音。それとともに、女性の悲鳴だ。
僕は、馬車から飛び降りて、音の方向に向かった。シェルさん達は、馬車で留守番だ。コマちゃんが、皆に今の状況を教えてくれた。僕は、ベルの剣を左手に構えて、声のする方に走った。
森が深くて進みにくかったが、目前の樹木から張り出した枝などは、問答無用で、切り倒して、通路を作りながら進んだ。狐や兎の魔物達は、ほんのちょっとだけ、『威嚇』を使って追い散らしている。
いた。僕は『探知』スキルと『遠見』スキルを同時に使った。
あと、500m。森の中の開けた場所にそいつがいた。
体長6mほどの真っ黒な身体に、3つの頭。真っ赤に輝く6つの目玉。ケルベロスだ。そいつは、真ん中の頭で、人間だった物を喰らい続け、右と左の頭が、それぞれの方向に対して、警戒をしているようだ。左側の頭が僕を見つけた。真ん中の頭が、腸を口からぶら下ながら、頭を上げた。広場の向こう側には15歳位の女の子がしゃがみ込んでいる。
僕は、ベルの剣を右手に持ち替え、背中のヒゼンの刀を抜き、2刀流に構えた。ゆっくりとケルベロスに近づく。ケルベロスは警戒の唸り声をあげた。右のケルベロスが、空に向かって遠吠えをした。直後、奥の方と右手の方からも狼の遠吠えが聞こえた。近い、近くにいる。
現れたのは、銀色の毛を纏ったシルバーウルフの群れだった。僕は、『瞬動』で、向こう側に飛び込み、女の子を背に狼どもに対峙した。一旦、ヒゼンの刀を納刀し、背後の女の子を左手で抱えて、駅馬車の位置まで空間転移した。
女の子が履いていたズボンは濡れていたが、構わずに、その場で放置し、自分だけ元の位置に戻った。殲滅することもできたが、初めての魔物達だったので、素材を集めるために、丁寧に討伐することにした。
最初は、シルバーウルフの群れだ。ゆっくり、ヒゼンの刀を抜刀し、2刀に気を込める。ほんのり青白く光を放つ。その直後、普通にシルバーウルフの群れの左側に走り込み、ヒゼンの刀で、シルバーウルフの首を跳ねる。何も音がしない。聞こえるのは、ヒゼンの刀の風切り音だけだった。
僕は、直ぐに次の獲物に近づき、ベルの剣で、口の中から脳に掛けて突き抜く。剣を抜く勢いで、右回転すると同時にヒゼンの刀で、次の獲物の首を跳ねた。上空から、ジャンプして襲ってきたシルバーウルフをベルの剣で防ぐとともに、ヒゼンの刀を上にはね上げる。肩から首に掛けて斜めに切り上げられて二つになったシルバーウルフが地上に落ちて来た。シルバーウルフが逃げ腰になってきた。退路にイフちゃんを配置する。イフちゃんは火の姿になって、脅している。
ケルベロスが、口元から嫌な匂いをさせて来た。瘴気だ。僕と目が合ったそいつは、口から瘴気弾を放ってきた。丸く黒い球、こいつに当たったら面倒なので、僕は聖なる光で消滅させた。と、同時にケルベロスの胸の下に潜り込み、心臓付近をヒゼンの刀で貫く。ケルベロスに刺さった状態で、『ホーリー』を剣に流し込む。ケルベロスは動かなくなった。
残っていたシルバーウルフ4頭が、一斉に僕に襲い掛かってきた。2頭は、口から後頭部へ貫いて殺したが、残りの2頭は、僕の首元と型に噛みついてきた。僕は、噛みつかせたまま、思いっきり『威嚇』を放った。極めて至近距離で強力な『威嚇』を浴びた2頭は、その場で気を失ってしまった。僕は、ゆっくりと、傷があまり付かないようにとどめを刺した。
ほぼ無傷のケルベロスや、シルバーウルフは、そのままイフちゃんに仕舞って貰った。頭が切り離されたシルバーウルフは、頭は回収し、身体は、毛皮を剥いで回収した。シルバーウルフの銀色の毛皮は、銀の針のような毛と、かなりの硬度を有している皮が、それぞれ高額で取引きされている。勿論、両方セットでも貴重な素材である。皮を剥がされ、残った身体から銀色の魔石を回収して、ゆっくりと歩いて駅馬車の方に帰って行った。
駅馬車に戻ると、先ほどの女の子が、エーデル姫のミニスカを借りて着替えていた。ズボンとパンツは、捨てたそうだ。聞けば、猟師の両親と一緒に森まで狩りに来ていてケルベロスに襲われたそうだ。エルフ族は優秀な狩人が多いので、この子の親もきっとそうなんだろう。しかし、両親は今日、魔物の餌になってしまった。
今まで、ケルベロスなど現れた事も無く、せいぜいシルバーウルフの群れがこの森のヒエラルキーの最上位だとの事。しかも、通常は、向こうから逃げて行くので、鹿や兎、猪など魔物ではない獣を狩って生活をしていたそうだ。この森でも、何かいつもと違うことが起きているようだ。
次の村には、その日の夕方着いたので、その子とは、そこで別れた。その子の叔母さんが、この村にいるとの事だった。ミニスカートはエーデル姫がプレゼントしていた。
夜、村の旅館で食事をしていると、兎の唐揚げを持って来てくれた。昼間のお礼だそうだ。外側はカリッとしていて中の肉はジューシーでとても美味しかった。
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(8月2日です。)
フーガ公国の公都ノア市に到着した。この街も交易で栄えており、交易会社が数多く軒を連ねていた。
珍しく、冒険者ギルドがあったが、ここもフーガ公国内のみの組合ギルドだった。ケルベロスをオークションに掛けたかったが、グレーテル王立冒険者ギルド総本部の指揮下若しくは共同関係に無いので、オークションへの出品もできないそうだ。
この街には、南のゴーダー共和国の大使館があるらしい。大使館でも入国許可を貰えるので、明日、行ってみることにした。
夜、この公国を納めるフーガ公閣下から食事のお誘いがあった。今度の公閣下は男性なので、シェルさんは安心して御呼ばれに応えることにした。
公閣下から、ゴーダー共和国の事について、色々教わることが出来た。かの国は、君主がいない。国内は45の県に分かれ、県知事がその地域の施政権を握っている。
国全体の事は、県知事の中から選ばれる総代表が行政、司法、立法そして防衛の全権を掌握するが、4年ごとに選び直されるそうだ。軍隊以外の各分権機関には長官がおり、その長官は、選抜試験で選ばれた中から昇任していくそうだ。
その辺は、ヘンデル帝国と良く似ているが、ヘンデル帝国の場合は、皇帝が全権を握り、上級認証官も行政官にしか過ぎないが、ゴーダー共和国では、皇帝がいないので、選任された行政官がトップに着くようだ。僕には良く分からなかった。
そもそも、ゴーダー共和国の広さを知らないので、それを45に分けてやっていけるのか分からない。王国の場合、貴族が領主となっているが、管轄する領土はかなり広い。それくらい広く無ければ、収益も大したことが無いので、軍隊だって雇うことが出来ないだろう。
まあ、行ってみれば分かるし、シェルさんやエーデル姫は一生懸命聞いていたので、僕はそれ以上考えるのをやめた。
翌日、ゴーダー大使館に行った。手続は、スムーズだったが、異様に時間が掛かった。職員は決して、サボっているわけではないが、要領が悪いのだ。1人の受付を終わると、最終的に入国許可証が発行されるまで、その受付の人が、手続きに付き添ってくれるのだ。当然、次の人は、待たされる事になる。受付の人は5から6人いるのだが、申請者数に比較して少なすぎた。
サボっている職員は、1人もおらず、皆、汗をかいて対応してくれているので、何も言えない。
それに手続きが細分化されて過ぎている。最初に、渡航相談から始まり、申請準備、書類交付、申請受付前審査、受付、申請費用納付、納付書提出、渡航理由聴聞、理由書作成、渡航審査、再聴聞、入国審査官審査、入国許可証交付前点検、入国許可証交付手数料納入、納入書提出、入国許可最終審査、許可証作成、入国に際して諸注意、許可証交付。頭が痛くなる。
お昼休みになると、どんなに並んでいても、1時間、きっちりと休み、午後1時になると、また一生懸命働く。決してサボらないのだ。朝、大使館に行って、手続きが終了したのは、午後4時だった。疲れてしまった。
次の日、フーガ公国の国際港セフィーロ市に向けて出発した。セフィーロ市までは、馬車で1日の距離だった。ゴーダー共和国への船は、3日に1便しか無かった。
僕達は、公都ノア市の海運会社で、ゴーダー共和国までの切符を買っておいた。その切符は、セフィーロ市までの駅馬車と、同市での1泊料金も含んでいるセット料金だったので、後は、のんびりツアーを楽しむだけだった。
セフィーロ市で泊まったホテルは、海運会社が経営しているホテルで、最上級の部屋を用意してくれた。ダブルが1室にツインが3室だった。コマちゃんとトラちゃんは別料金だったが、ケージに入れれば、部屋でもOKだった。
部屋の中に入ったら、勝手に出て来てしまったが、だれも何も言わなかった。コマちゃんは、ビラと寝ていたが、トラちゃんは、シェルさんがお気に入りのようだった。
翌朝、午前10時に船が出航するので、乗船手続きは30分前までに完了しておかなければならなかった。入出国管理事務所で、ゴーダー市への入国許可証と、僕達の旅券を確認したのち、出国許可のスタンプを旅券に押して貰った。流石に、これは手際が良く、すぐに終わった。
船は、ツインの個室を3つ取っていた。ベッドは、移動しないように床に打ち付けられていたので、ベッドを移動してダブルにすることはできなかった。僕は、シェルさんと同じ部屋になった。
船の構造は、ポール市から和の国へと渡ったときに乗った船と同じだった。ただ、海流が強いので、水魔法で、船の進行方向を調節する必要があるみたいだった。出航してから、55時間で、ゴーダー共和国の国際交易都市モッツアレラ市に到着した。
途中、赤道を通過したそうだが、アナウンスがあっただけで、暑いだけだった。
到着時間は、午後5時だったが、入国管理事務所の人達は、就業時間など気にせずに、迅速に入国手続きをしてくれた。聞いたら、遅番の人達だった。その日も、海運会社が経営するホテルに宿泊することにした。さすがにここのホテル代は、僕達が負担することになっていた。
南の国へ着きました。これから、南の国を冒険です。




