第116話 和の国の女帝陛下 レイ・ワノ・ヒミコ
今日は、ヒミコ女帝陛下との謁見です。残念でなければよいのですが。
(6月21日です。)
昨日、御所から使いが来て、本日、女帝陛下との謁見がセッティングされたとの事だった。朝、ホテルまで、迎えの馬車が来た。ホテルから、御所の正門まで、歩いても10分位なのに、わざわざ馬車をよこすのも、どうかと思うが、それがしきたりなので従うしかない。
僕は、王国の貴族服、シェルさんは、シルクのミニスカートドレスを着て、頭にティアラ、首にダイヤのネックレス、左手薬指にダイヤの指輪とフル装備だ。
馬車は、白い馬4頭に曳かれた4人乗りで、出迎えの執事の方と一緒に乗り込んだ。とても豪華な馬車で、外装は黒色の漆塗りに金色の文様が飾られており、室内は、黒の皮張りで、床にはフカフカのカーペットが敷き詰められている。
御所の正門を入っても本城までは、かなりの距離があり、正門を通過してから10分位経過してようやく正面玄関前についた。これなら、馬車で迎えに来たことも理解できる。
執事さんやメイドさんなど50人位が並んでいる中を、同行の執事さんに案内されて、宮殿の中に入っていった。奥の階段の上には、玉座があり、女性が一人座っていた。
場内は、シーンとしており、女帝陛下の脇に立っている男の人が、小声で女帝陛下に耳打ちをしていた。
案内されたとおりに階段の前の謁見者立ち位置に立ったところ、脇の男の人が、名前を名乗るように僕達に行ってきた。二人は、その男の人に、自己紹介したところ、その男の人は、直ぐに階段を上って行って、玉座の段よりも2段低いところから、女帝陛下の脇の男の人に、そのまま伝えている。そうすると、その男の人が、女帝陛下に耳打ちをして伝えている。
この調子では、今日1日かかってしまうと思ったら、先ほどの男の人が、降りてきて、
「お上が、ようこそいらっしゃいました。用件は何でおじゃるかとご下問になられました。」
と、言ってきたので、大公閣下からの書状を渡すのと同時に、『全てを統べる者』についてのお話を聞きたいと申し上げた。
男の人が、また階段を掛け上がり、暫くして降りて来てから、
「こちらへどうぞ。お上が直答をお許しになられましたでごじゃる。」
と言って、右脇の部屋に案内された。まだ、6月だというのに、その男の人は、汗びっしょりだった。可哀想に。息もハアハアだった。
たった2回の階段の上り下りで、こんなになってしまったら、仕事の役に立たないのじゃないかと心配していたら、平素は、伝声管を使っているそうだ。今日は、国の賓客という事で特別だったらしい。
直答の間は、普通の応接室みたいだった。女帝陛下は、傍の男の人と一緒に入ってきた。その男の人はニッポニア帝国の行政長官だそうだ。いわゆる宰相である。
女王陛下は、昨日の巫女さんが着ていたような着物だったが、何枚も色の違うのを重ね着しており、黒髪は、後ろ側の背中の部分でまとめて下げている。ポニーテールとは全く違う髪型だった。目は大きく見開かれており、年齢を聞かなければ20代後半かなと思う顔立ちだった。
もともとは、市井の一般女性だったのが、前の前の女帝、つまり第24代ヒミコ女帝が、占いで当時5歳のレイ様を探し出したらしい。東の前女帝もそのようにして見つけ出している。
レイ女帝は、絹のセンスを広げて、口元を隠して話しているが、今は直答なので、直接、僕達に話しかけている。
「ゴロタ殿と、シェル王女は新婚旅行との事だそうだが、妾の国は初めてでごじゃるか?」
「はい、貴国の素晴らしさは、以前から聞き及んでいましたが、これほどまでに美しく礼節を貴ぶ国とは思いませんでした。」
社交辞令半分、本音半分です。シェルさん。
「オホホホホホホ、お世辞は良いのでごじゃる。」
「それで、初夜はどうじゃったのじゃ?」
「はあ?」
え、この女帝もとても残念な方なのですか?
僕は真っ赤になってしまった。シェルさんは、平気な顔で、
「陛下、それは夫婦の秘め事ですので申し上げられませんわ。オホホホ。」
「そうか、その話は、後でゆっくり聞くでおじゃる。ところで、ゴロタ殿、ゴロタ殿は全てを統べる者の候補者との事じゃったが、誠でごじゃるか?」
黙っている僕に代わり、シェルさんが答えた。
「まだ、はっきりは分からない状態です。我が国では、伝承も途絶えており、ゴロタ君の出生も、両親がいないため、良く分からないのです。」
「ゴロタ殿は、このような伝承を聞いたことはあるかえ?」
レイ女帝陛下は、次のように詠唱した。
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男は 未来の王の地位が 約束されていた
約束は神より賜り 民から託された
王たる御印は二つ
その一つは 真紅の血よりも紅き剣
全ての人と獣と妖精を断ち切る力を統べるもの
失われし古代の力を纏いしもの
その一つは 深き海よりも蒼き盾
如何なる力にも 立ち向かう力を統べるもの
恐怖と専制と隷従に抗う 唯一のもの
彼は一人の妖精と出会った
決して結ばれることのない 不毛の出会いであった
全てを捨てて かの妖精の愛を得ようとした
王たる御印の 剣も盾も そして 誰よりも優れたる その黒き角も
彼は愛を得るため 楽園を捨て 死する定めの地上に降り立つ
最愛の者とともに
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「これは、全てを統べる者となるべき者が、精霊たる妖精と恋に落ちて、全てを捨てるという抒情詩なのだが、この詩には続きがあるのでおじゃる。」
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妖精は、人の身体を借りて、男の子を宿す
愛しの子は、7つの時に我が手を離れる定めだった
全てを統べる力を持つ子は、全てを失う
父の教えを、母の愛を
全てを統べる力を持つ子が、20の時を迎えるとき
紅き剣と蒼き盾が力を与える。
この世に陥ちし神と戦う力を、滅亡の時を待つこの世を救う力を
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「すでに『紅き剣』は手に入れているとのこと。蒼き盾が何処にあるかは妾は知らぬでおじゃる。しかし、伝承では、この青龍が守りし国に、蒼き盾の依り代があるとの事じゃ。」
「わが和の国を守護する神とともに霊峰に登るのじゃ。そこに答えがあるじゃろうと、占いに出ておる。」
僕は、黙っていた。『この世に落ちし神』って何。その人と戦わなければいけないのかな。もし、負けたらシェルさんは、どうなっちゃうのかな。誰が守ってやるのかな。
そう考えていたら、涙が流れて来た。怖いからの涙ではなかった。別れの可能性を悲しんでの涙だった。
レイ女帝陛下は、優しく微笑み、
「ゴロタ殿、心配はいらぬのじゃ。シェル殿は、ゴロタ殿を信頼しておるのじゃ。そして、邪なものに勝つ力を必ず手に入れるはずじゃし、その力を手に入れぬ限り、戦いは始まらないと占いにも出ておるのじゃ。勝つことを約束された八百長試合のようなものでおじゃる。」
ちっとも、慰めになっていないレイ女帝陛下の言葉に少し安心した僕だった。
アオちゃんが、僕のポケットから這い出してきて、人の大きさになった。宰相は、吃驚して衛士を呼び出そうとしたが、レイ女帝陛下が、手を挙げて止めた。この女帝陛下、怖い。全てを知っているみたいだ。
アオちゃんが、レイ女帝陛下に向かって言った。
「ヒミコよ、儂じゃ、青龍じゃ。そなたは、預言によりゴロタの来訪を知ったであろうが、これから先の末法戦争の結果については、そなたの預言力では力不足じゃ。」
末法戦争って、何だろう。シェルさんが、アオちゃんに聞いた。
「あのう、『末法戦争』とは何ですか?」
『ああ、この国では、そう呼ぶが、お主らの国では『終末戦争』とでもいうのかな。』
終末戦争、この世界が神によりつくられた時から、終わりが定められている。神々と、反神々が争い、全てを消し去ろうとする。七つの災厄が世界を覆いつくし、神の御印が獣の血を継ぐ者に穢されるとき、この世界を救う者が現れるという伝説である。
シェルさんは、今、非常に混乱していた。僕は、一体誰の子なのだろうか。誰と戦う運命なのだろうか。
堕ちてきた神って、いったい何?魔物だけじゃない何かと戦わなければならないの?
だれか、本当の事を教えて。女帝陛下やアオちゃんは、本当は全て知っているのではないのか。知っていて、あえて教えてくれないのではないだろうか。
そういえば、イフちゃんも、まだ知るのは早いって言っていた。それにさっきの伝承。僕が20歳になったときに何かが起きるということか。あと、3年ちょっとしかない。
シェルは、ギュッと僕を抱きしめた。僕は泣いていた。何故泣くのかよく分からなかった。シェルも、涙がこぼれて来た。
イフちゃんが忽然と現れた。黙っていられなかったのかも知れない。女の子ではなくお兄さんの姿だった。
「ゴロタよ。よく聞くのじゃ。お主は、まだ自分の力を知らない。紅き剣もまだ、不完全じゃ。ここにいる蒼き龍は、お主の傍らにいる定めにより、現れたのじゃ。あの白き虎もそうじゃ。お主は、これから全ての守護神に会うであろう。それが定めだからじゃ。真の光の力を得るのは、まだ先じゃが、そのための準備をしなければならない。かつて、精霊の力と魔界の力を有した者がそうであったように、そなたも力を得るための務めを果たさなければならない。今、お主に言えることはそれだけじゃ。」
イフちゃんは、アオちゃんをギロッと睨んでから消えた。アオちゃんは、少し顔が青ざめていた。
あれは、地獄の業火を司る者。空から全てを焼き尽くす炎と硫黄を降り注ぐ者。なぜ、僕と一緒にいるのか。神の啓示は無かった。アオちゃんは、かの者の御業を防ぐ術を知らなかった。
ちょっと残念でした。でも、大分、進むことができたかも?




